16・誤解は解けて
「皆さん! 皆さんの中にも、彼は悪事なんて働いていない、ひったくり犯を捕まえてくれたんだって、見ていた方々もいますよね!?」
私が、周囲の人々に誤解を解く協力を呼びかけると、鞄の持ち主だった女性も続けて声を上げる。
「この方の言う通り、獣人の男性は、私の鞄を取り返してくださったんです! 私、本当に彼に感謝しています」
すると、その瞬間を見ていた人々も、少しずつ声を上げてくれた。
「あ、ああ。確かに、そっちの女性が、鞄を盗まれて……逃げられちまいそうだったところを、その獣人が取り押さえたんだ」
「あの速さ、すごかったよな……」
「ていうかその縛られてる男、最近この辺りで事件を起こしてるって噂になってた奴じゃないか? なんか、顔見たことあるぞ」
今まで、様子を窺うように黙っていた警察官が、ひったくり犯に近付いて彼の服のポケットや懐の中を調べる。
すると、他にも盗難届が出ていた装飾品などが出てきて、彼は警察官に縄をかけられた。
「まったく。なぜこんなことをしたんだ」
「チクショー、遊ぶ金が欲しかったんだよ……っ」
「救いようがないな。ほら、行くぞ」
警察は犯人を連れて署へ向かおうとし――去り際に、リーフさんの方を振り向いて頭を下げた。
「先程は疑ってしまい、誠に申し訳ありません。ひったくり犯を捕まえていただき、ありがとうございました。あなたの勇気に敬意を表します」
警察の人はそのまま犯人と共に歩いて行ったが――その現場を見ていた周囲の人々は、ザワザワと声を上げる。さっきまでのような獣人に対する恐れではなく、自分への反省や、リーフさんへの感謝の声だ。
「獣人だからって悪者だって勘違いしちゃって、恥ずかしい……」
「犯人を捕まえてくれた人だってのに、申し訳ねえよ……」
「獣人って野蛮だと思ってたけど……いい人もいるんだ……」
皆さんはそれぞれ、謝罪と感謝を込め、リーフさんに頭を下げて立ち去ってゆく。
やがて鞄の持ち主の女性も、もう一度お礼を告げた後に去ってゆき――その場には、私とリーフさんが残された。彼は、どこかぽかんとした顔のまま立っている。
「リーフさん、あらためて私からも、ありがとうございました。それにしても、困っているところに颯爽と現れてくれたから、びっくりしましたよ」
「あ、はい。今日は店が休みなので、買い物をしていたら偶然レティー様の声が聞こえて……。って、そうじゃなく!」
「そうじゃなく?」
「あの、レティー様。俺のこと、怖くないんですか?」
「怖い? どうしてですか?」
「いや、ですから……。見ての通り、俺、獣人ですよ。普段は耳と尻尾が出ないようにして正体を隠し、人間のふりをして働いていますが……。気が昂ったりすると、耳も尻尾も出てしまうんです」
さっきは犯人を追いかけることで、獣人としての狩猟本能が刺激され、耳と尻尾が出てしまったのだろう。
だけどさっきも今も、彼の言葉は理性的であり、犯人以外の人を襲おうなんて素振りは少しもなかった。むしろ、私を気遣ってくれる優しさを感じる。
「獣人でも人間でも関係ありませんよ。リーフさんはいい人じゃないですか。私の声を聞いたら駆けつけてくれて、犯人を取り押さえてくれて。本当に助かりました」
「こんな、人間とは違う耳と尻尾……気持ち悪くないんですか?」
「何が気持ち悪いんです? 耳と尻尾、もふもふで素敵じゃないですか」
本心だった。動物は好きだから、ケモミミと尻尾なんて最高だと思う。できれば触らせて、モフらせてほしいけど、さすがに同い年くらいの男性に耳と尻尾を触らせてなんて頼んだらセクハラだよなあと思い我慢する。
リーフさんは私の反応に、かなり驚いた顔をしている。きっと、今まで獣人であるということで、気持ち悪いと言われてきたのだろう。
「リーフさん。前に、他のお店では働けないと言っていたのは、獣人であるせいですか?」
「はい。獣人は、不気味がられる存在ですから……」
獣人はそもそも絶対数が少なく、ゆえに所属できる場所もない。
人間より身体能力が高くても、獣人はあくまで人寄りであって獣ではない。ちゃんと人間と同じように思考力や理性のある獣人に、人間は暮らせないような森の中で暮らしていけというのは酷な話だ。かといって人間の国で暮らせば人間から迫害されてしまう。どこにも、行き場がないのだ。
「今リーフさんが働いているお店の店主さんは、リーフさんが獣人だとわかったうえで雇い、あのような扱いをしているのですか?」
「いえ、全く知りません。店員を雇うときにろくに面接や調査をしない、杜撰な店だったから雇ってもらえたのです」
「ああ、なるほど……」
(……でも、もったいないと思う。リーフさんなら、あんな理不尽な待遇に耐えなくたって……)
「あの、リーフさん。この前言えなかったことがあるのですが」
「はい?」
「私のお店で働いてくれませんか?」
「――――はい!?」
私の言葉は、リーフさんにはかなり予想外だったようだ。彼は目を丸くし、耳も尻尾もピンと立ってしまっている。可愛い。
「私、これから抹茶と和菓子を味わえるお店を開店する予定でして。まだ開店していない、この国では初めてのお店で働くのは不安かもしれませんが……私には品評会で優勝したという経歴もありますし、きっと繁盛すると思うんです。それで、リーフさんにも力を貸していただけないかと思って」
「そんな……すごくありがたいお話ですけど、俺なんかでいいんですか」
「リーフさんがいいんです。あなたのお菓子作りの腕は、本当にすごいですから。私のお店でメインとなるのは、和菓子という、リーフさんにとっては馴染みのないものですが……抹茶ケーキとか抹茶ムースとか、抹茶を使った洋菓子も出したいなと考えているので。リーフさんの力を貸してもらえたら、きっと素敵なお店になると思うんです」
リーフさんの尻尾は嬉しそうにぱたぱたと揺れていたけれど、それでも彼は、私に迷惑をかけてしまうかもしれないと考えているようで、難しい顔をしている。
「ですが、俺は獣人ですよ? 隠しているとはいえ、今日の一件で、何人かの人々には知られてしまいましたし、噂になるかもしれません。獣人がお菓子を作っているなんて、お客様が怖がって来店してくれなくなる可能性も……」
「今日のことが噂になったら、むしろリーフさんの評価は上がるでしょう。ひったくりの犯人を捕まえ、警察からも感謝された勇敢な人として。もしも最初、来店を迷う人がいたとしても、おいしいお菓子を出して真面目にお店を続けていけば、怖がることなんて何もないんだって、わかってもらえるはずです」
「レティー様……」
ずっと、獣人ということで全てを諦めていたようだったリーフさんの瞳に、光が灯る。まるで、この先生きてゆく光を見つけたように。
「ありがとうございます。俺……レティー様のためなら、どんなことでもします! 俺を使ってください」
「ふふ、こちらこそありがとうございます。でも、おいしいお菓子を作ってくだされば、それだけで充分ですよ」
こうして私の甘味処に、リーフさんという頼もしい菓子職人さんがくわわることになった――
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