15・獣人への偏見
獣耳と尻尾の出ているリーフさんを見て、ひったくり犯は顔を青くして震える。
「ひ、ひいぃ、獣人……!? お、恐ろしい……!」
「――いいから、盗んだものを出せ」
「は、はい。こ、こちらです……!」
ひったくり犯から鞄を受け取ると、リーフさんは犯人が逃げ出せないよう、着ていた上着で足を縛ったうえで、私に鞄を差し出してくれた。
「レティー様、どうぞ」
「あ、ありがとうございます、リーフさん。えっと……その鞄は、あちらの女性のもので……」
「えっ」
鞄を盗まれた女性は、息を切らしてハアハアと走ってきて、ようやくこちらへ追いついた。
「あのっ、鞄を取り返してくださって、ありがとうございます……! 大切なものが入っていたので、本当に助かりました……!」
「え? あ……、あっ」
リーフさんはきょとんとした顔で鞄と私を交互に見ながら――自分の勘違いに気付いたように、かああっと顔を赤くする。
「俺、レティー様の声が聞こえたから……てっきり、レティー様の大事な物が盗まれたのかと思って……」
恥ずかしそうにもじもじするリーフさんは、犬っぽい耳もぺたんと垂れてしまっていて、ちょっと可愛い。
「いえ、その。私は、ひったくりの現場をたまたま見かけたので、声を上げて……。でもリーフさん、本当にすごいです。すっごく足が速くて……一瞬で犯人を捕まえちゃって、かっこよかったです」
リーフさんの顔が、かあっとますます赤くなる。彼は恥ずかしそうに視線を逸らしていたが、ふさふさの尻尾が嬉しそうにゆらゆらと揺れていた。
「その……レティー様は以前、店で、俺を助けてくれたでしょう。だから、俺もレティー様の力になりたかったんですが……」
「あの鞄は私のものではありませんでしたが、正直、犯人が捕まらなかったら、嫌な気持ちを引きずることになってしまったと思います。それに犯人が放置されたままだったら、別の日に自分が狙われていたかもしれません。リーフさんが犯人を捕まえてくださって、安心しました」
周囲に人が集まってザワザワと騒がしくなってきたおかげで、見回りの警察の人が異変に気付いたようでこちらにやって来る。
「どうしました? ……なっ、獣人……!? 獣人が何か騒ぎを起こしたのですか!?」
警察は、リーフさんの獣耳と尻尾を見て目を吊り上げ、あからさまに警戒する。
それを見てチャンスだと思ったのか、足を縛られていた犯人が声を上げた。
「そうだ! 俺は何もしていないのに、そこの獣人が俺を襲って、足を縛ったんだ!」
「な……っ」
犯人の嘘に惑わされ、事情を知らず、何ごとかと今寄ってきたばかりの通行人達が、不気味なものを見る目をリーフさんに向ける。
「やだ、獣人が事件を……? 怖い……」
「やっぱり獣人って理性のない化け物なのね」
場の空気が、「獣人が悪い」で塗り替えられようとしてしまった中。
私はすうっと息を吸い込み、できるかぎりの大声で叫んだ。
「違います!! 彼は、ひったくりの犯人を捕まえてくれたんです! 悪いのは、縛られている人の方です!」
私の大声に、犯人はビクっと身震いする。
だが、この国において獣人は偏見を持たれている。野性的で理性のない化け物だとか、人間のふりをした魔物だとか、さんざんな言われ方をされているのだ。そのため、周囲の人々は私よりも犯人の嘘を信じているようだった。
「なんだ女、お前、獣人なんかを庇うのか!?」
「私は真実を言っているだけです。あなたは、彼が人を襲っているところを見たのですか?」
「そ、それは……見てはいないが……」
「ではあなたは、何も見ていなかったのに、彼が獣人だというだけで、勝手なことを言っているわけですね? それは、憶測だけで事実を捻じ曲げることであり、真犯人を野放しにすることにも繋がりますよ」
私に怒鳴りかかっていた男性は、気まずそうにぐっと言葉に詰まる。
「思い込みで物を語るのはよくありません。彼は真っ先に犯人に立ち向かってくれた、優しくて勇敢な方です」
リーフさんは、驚いたような……まるで瞳の中に輝きを閉じ込めているような顔で、私だけを見つめていた。
「レティー様……」




