1・「文句があるなら俺より稼いでみろ」
婚約者の様子が最近おかしいと思っていたけれど、とうとう浮気の証拠を見つけてしまった。とある男爵令嬢からの手紙と、それに対する彼の、書きかけの返事だ。
『ウラキス様、次はいつお会いできるのでしょうか。先日お会いした際は、一晩中あなた様を感じることができ、身も心も熱くなってしまいました。1日でも早くまたお会いして、ウラキス様の体温を感じたいです』
『ラフリーヌ、俺も早く会いたい。君は本当に花のように可憐で、宝石のように美しい。俺の婚約者である、地味で冴えないレティーとは大違いだ。ああ、運命とはなんて残酷なんだろう。レティーさえいなければ、毎日でも君と愛し合いたいのに』
私は今18歳だが、ウラキス様とは家同士の決定で、13歳の時から婚約していた。
彼はギルモノ公爵家の嫡男であり、私はルシャルダン侯爵家の長女。爵位でいえば彼の家の方が上だ。だけど、私の魔力と彼の魔力は相性がいいと、この国の子どもなら誰もが受ける魔力判定式で判明し、婚約のきっかけとなった。いつか自分の血筋から勇者を出したいと、魔力の高い子どもを欲する公爵様が、私をウラキス様の婚約者にと望んだのだ。
ウラキス様も、婚約が決まってから今まで、婚約を解消したいと言い出すことはなかった。むしろ出会ってから数年の間は、彼の方も「愛してる」と言って、スキンシップなどもベタベタと、過剰なまでに私の身体に触れてきた。
だけど時を重ねるうちに、ウラキス様は素っ気なくなっていった。これまでも何度か、いろんな女性と夜会で親しくしていたり、街で買い物していたりという噂を聞いたのだけど……「社交は貴族にとって重要だから」「偶然会っただけ」とずっと誤魔化され続けてきたのだ。
怪しいと思う気持ちと、信じたい気持ちがあった。お互いの家のための婚約なのだし、ウラキス様との関係を良好にしたくて、自分から何度も歩み寄った。次期公爵の妻として相応しい人間になろうと、勉強や舞踏だって必死に努力してきた。
だけど、私との婚約は彼にとってもはや「運命とはなんて残酷なんだ」と嘆くようなものになっていたらしい。
呆然としていると、ガチャッと音がして、この部屋の主――ウラキス様が入ってきた。
「レティー、お待たせ。……あれ? その手紙は……」
最近なかなか会えていなかったから、「今日は久々に2人でゆっくりしよう」と彼の部屋に招かれていたのだ。そして彼がお手洗いに行っている間に、窓から入ってきた風でウラキス様と浮気相手の手紙が私のもとに飛んできて……という状況である。
「ウラキス様……この手紙は一体……?」
尋ねると、彼の表情が変わった。
気まずそうな顔でも、申し訳なさそうな顔でもなく、不機嫌そうな顔だ。
「……読んだんだな? だったら、わかるだろう。見ての通りだ」
「……ちなみに、ウラキス様が私以外の女性と関係を持つのは、今回が初めてではないですよね?」
別に、この手紙の「ラフリーヌ」さんとやらに本気で惚れてしまったわけではないのだと思う。いや、今は本気であっても、そのうち熱が冷めるはずだ。彼はそうやって、今まで陰で女性をとっかえひっかえしていたのだから。
するとウラキス様は、一言も謝罪することなく、むしろ開き直って言った。
「だって、ずっと同じ女といたら、飽きるのは当然だろう。それに夜会に行けば、君よりもっと美しい令嬢達がたくさんいるのだから、目移りするのは仕方ないじゃないか」
だから自分は悪くない、と言いたいらしい。私の気持ちなんてお構いなしだ。
「……わかりました。ともかく、婚約解消ということですね」
「いや? 結婚はする。だが、他の女と遊ぶことをやめるつもりはない」
「――はい?」
「女遊びは男の甲斐性だ。このくらいのこと、笑って許せるのがいい女だぞ」
ウラキス様は反省ではなく、私を非難する目をしていた。
……え? はい? まるで、笑って許せない私が悪いかのような言い分だけど。なぜ、私が責められる側なのですか。
「俺達の結婚は家同士の決めごとでもあるし、それを解消するのは外聞が悪い。手紙のラフリーヌの件は、遊びであって別に本気じゃないさ。お前のことを貶めていたのも、ラフリーヌの機嫌をとるためであって……そのくらいわかるだろう?」
まったくわからない。私と結婚するつもりなら、なぜ他の女性をその気にさせるというのか。私にもお相手にも失礼だろう。
(大体、手紙であんなことを書いていた相手を、信用なんてできるはずがない)
けれどウラキス様は「お前が俺に逆らえるわけがない」とばかりに威圧的な目で私を見る。もはや、出会った頃とはまるで別人のようだ。
「お前は侯爵家の娘とはいえ、領地は兄が継ぐのだろう。なら俺と結婚するしか、この先、生きていく道はないだろ。お前みたいな地味女をもらってくれる男が他にいるとも思えんしな。この先、誰のおかげで生活ができると思っているんだ?」
「……ご自分が浮気したのに、謝罪を口にすることもなく、威圧して私を従わせようというのですか。次期公爵ともあろう御方が、そのような……」
「口応えをするな!」
ガシャン! と音がして、テーブルに載っていたティーカップ――紅茶が、床に落とされる。
(……!)
「俺は次期公爵だ。お前は俺の領主としての収入で生きる以外に、道はないんだ。文句があるなら俺より稼いでみることだな」
一人で生きていくなんて、どうせ無理だろう。お前は俺の下で生きていくしかできないんだ――そんな侮辱が滲み出る態度だった。
「わかりました」
こんなことを言う人と、もう一緒にいられるわけがない。
これ以上、一秒でも一緒にいたくなくてはっきりとそう言った。ウラキス様は、虚を突かれたような顔をしていた。私がこんなことを言うなんて考えていなかったのだろう。少し脅せば、私は情けなく謝ることしかできないと思っていたに違いない。
「これからは、一人で生きてゆきます。あなたとの結婚はこちらから願い下げですので、さようなら」
彼の浮気の証拠である手紙を握ったまま、私はギルモノ邸を背にした。
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