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1.善悪の区別はつくけれど、悪と極悪の区別はつかなかった

「悪いことをしてはいけません」なんて、幼稚園児の頃から言われてきたことだ。

ただ、陽英(ひよん)は知らなかった。

悪事の中でも、取り返しのつかないことがあることを。


「デカ猿!お前んちの父親マッチョーズの店長なんだろ!?俺たち金ないから奢ってよ〜」


放課後の教室で囲まれた。

目の前に並んだ、洗髪、ピアス、化粧…校則違反のバーゲンセール見たいな集団を盗み見る。


文芸部の友人はすでに部活へ行ってしまっていた。

…まあ、自分と同じ根暗な彼女がこの場にいても、助けは望めないだろうが。

すでに諦めの境地にいたりながら、陽英は170センチ近い身長を縮こまらせる。


「あの、そういうのは困るんですけど…」


ボソボソと反抗する。

しかし、柄の悪い数名の同級生らは陽英の言う事になど耳を貸さない。

「行くよ!」と真っ赤な唇をした女に背中をどつかれるようにして校舎を出る羽目になる。


どうしようどうしようどうしよう。


クラスでいじめられていることなど、親に言えなかった。

陽英が()()()を連れていくたびに、「ひよんと仲良くしてくれてありがとねえ」と言ってドリンクバーを無料にしてしまう、見る目がなさすぎるけど血を吐きそうなほどお人好しな父親に本当のことなど言えるはずもなかった。

店のノルマが達成できていないと、娘二人の教育費はどうするつもりだと、毎晩毎晩言い争う声を聞くたびに罪悪感で死にたくなるのだ。あのドリンクバーの料金は父親の懐から出ている。娘のためだと思っている父親の善意がひどく苦い。


陽英たちは校門を出て、交差点で信号を待っていた。

ここを過ぎてしまえば、もう陽英の父親が雇われ店長をする店は目の前だ。


…逃げるなら今しかない。


前動作なしに陽英は駆け出そうとした。

しかし、残念ながら陽英の運動神経はあまりよろしくない。


「何逃げようとしてんだよ!?」


男子生徒からしてみれば、「軽く」髪を掴んだだけだったのだろう。

それでも、髪が根本から何本も抜け、頭皮には涙が出るほどの痛みが走った。


…大人しくなった陽英を見て、男子生徒は下卑た笑みを浮かべた。

「かわいそーじゃん」と薄っぺらい声で言い合っている女子生徒たちも目の奥は(わら)っている。


陽英は諦めた。

痛いのは嫌だった。

少なくともこいつらは、父親の店では「お友達」を装うので、大人しくしていればこれ以上危害を加えられることはない。


…そう、高を(くく)ってしまったのだ。

あとでどれほど後悔することになるかも知らずに。


入店した時からおかしかった。

陽英をど突き、「奥の方の見えにくい席にしろ」なんて言ってきたのは初めてだった。


陽英は浮かべたくもない愛想笑いを浮かべ、父親に手を振った。


「店長!…奥の席、いい?」


お父さんでなく店長と呼ぶのはお客さんの目を考えてのことだ。

父親は慣れた様子で「ご案内しますね」とメニュー表を持って、希望通り、陽英たちを奥の席に案内した。


いつも通りにパスタやピザ、デザートを頼みーーー早く食べていなくなれ、と陽英が呪詛のように願っていた時だった。


「…じゃあ、撮影始めるよーっ」


茶髪が明る過ぎて毎日生徒指導室に呼ばれている女が、見た目以上に軽薄な声を出しながらカメラを構えた。

陽英は背筋がネバっとするのがわかった。

昏い笑みを浮かべる彼らの間には何かの共通認識があった。

何かとんでもなく悪いことが起きようとしてるのがわかった。


彼らは大笑いしながら「虫のおもちゃ」を取り出した。

そして何故か料理に沈めたり埋め込んだりし始めた。

陽英はパニックだった。

何が起きようとしているのかわからなかった。


「じゃあ、ここは…陽英ちゃんに頼もうか。さあ、このハンバーグを切ってみて?」


陽英はもちろん首を振った。

父親の店の料理が好きだった。

チェーン店だけど、季節のメニューのこれが美味しいんだと語る父親は仕事に誇りを持ってることをわかっていたから。

だからこんな馬鹿げた企みに加担するのなんてごめんだった。

しかし、足を強く踏みつけられてしまえば…涙目を隠しながら、生きつった笑みを浮かべてしまう。

そして、カメラを見ながら、料理を切った。

出てくるのは、当然の如く彼らの隠した「おもちゃ」。


「きゃー、きもちわるう」


ギャハハハハ、と笑う彼らの神経がわからなかった。

吐きそうなほど震えながら、笑わなきゃ殴られる気がして口元をあげてた。


…その動画が、拡散されるなんて知らずに。



動画の拡散規模自体はそこまで大きなものではなかった。

ただ、チェーン店での動画騒ぎが問題になっていた世間の背景もありーーー店には誹謗中傷が相次いだ。

陽英が驚いたことに、動画を撮った彼ら彼女らは一週間もたたないうちに全員停学処分を受けた。

幸い陽英には温情がかけられた。動画に脅された場面が残っていたらしい。


だがーーー父の店の入り口に貼られた「閉店」の張り紙を見て、陽英は自分のしたことの大きさを理解した。

雇われ店長…しかも、娘が原因の一端として店の看板に傷をつけた雇われ店長の行く末なんて決まっていた。

動画の拡散の翌日から、黒いスーツの男が何人も出入りし、父親と母親が紙のような顔色で頭を下げているのを何度も目にした。

両親は陽英に聴かせないようにしていたようだったが、学校をしばらく休んでいた陽英は両親の後をつけて会話を盗み聞いた。


知らなかった、では済まされない。

それでも知らなかったとしか言えなかった。


チェーン店のような大企業のイメージを損なうようなことをしたらどれほど多額な賠償を請求されるのかも。「イメージ」というのは作るまでが途方もなく大変で、崩れ去るのは一瞬であることも。

「いじめを受けていた娘への温情」で父は賠償請求はされなかったがーーー


「…この業界では2度と働けると思わないことですね」


解雇宣言の時に父が投げつけられていた言葉だった。

ちなみに、そのチェーン店のオーナー企業は飲食業だけでなく服飾や金融業界にも展開していた。40代で無職となった陽英の父親の働き口は絶望的だというのを夜中の夫婦喧嘩で知った。


「陽英がいじめられていたなんて気づかなかったよ…ごめんなあ、父さん鈍いんだ」


ーーーこれが、父親との最期の会話になった。


家のゴミ箱で「死亡保険」のチラシを見た一週間後に両親が他界した。

山奥でハンドル操作をミスして崖から転落したとのことだった。

死亡保険の掛け金は降りなかった。保険会社も馬鹿ではない。ロクな遺産もなく取り残された娘二人と、陽英の父親は呆れるほどに頭が回らないお人好しだという事実だけが残された。


絶望の極地では涙も出なかった。()みが()たれる意味を生まれて初めて知った。

陽英の両親の死によって、陽英は彼らに償う機会を永遠に失った。


「ーーーお姉ちゃんが死んじゃえばよかった!!!」


葬儀場で妹に叫ばれた時ーーー陽英は、ほっとした。

誰かに責めて欲しかったのだ。

陽英の両親も、教師も、大人たちは誰も陽英のことを責めなかった。

陽英は正しく、自分のしでかしたことを理解していたのに。


陽英はあの動画撮影を止めなければいけなかった。

殴られることよりずっと悪いことだと気づかなければいけなかった。

両親が死んで自分だけでなく妹の将来までめちゃくちゃにして、ようやく理解した。


「神様…時間を戻して、無理ならせめて妹だけでも」


陽英と違って明るく活発で運動神経もいい妹は学校でも一軍だった。

その妹が、髪をびしゃびしゃにして、体操服で帰宅した。


陽英は玄関を開けて、妹が赤い顔を隠すように二階へ消えていくのを黙って見送った。

負の連鎖はまだ止まらないらしかった。

両親だけでなく、可愛くて出来がいい妹までもが不幸になっていた。


…そこからの陽英の行動は早かった。

幸い妹は陽英の卒業した中学校に通っていた。

だから家に残してあった制服を着て、放課後になって何食わぬ顔で侵入した。


妹はバスケ部だったので、体育館へ向かいーーーちょうどその瞬間に出くわした。


「調子乗ってたバチが当たったんだよ!…死ね!」


ーーー振り上げられたパイプ椅子を見て、最近のJCは恐ろしいなあと呑気に思った。

それから、人生で一番早く走って…パイプ椅子をぶつけられそうになっていた妹を突き飛ばした。


「ーーー誰!?」


きゃあ!という悲鳴と、吹っ飛んできたパイプ椅子。

頭にひどい鈍痛が走って、床に押し倒されてーーー視界がどんどん暗くなる。

「やば!ほんとに飛ばしちゃった!」という声で「また余計なことしたのかも」と悟る。


「お姉ちゃん!?なんでここに!?ていうか起きてよ!ねえ!起きてよぉおお!!」


妹が泣いている声がした。

体も揺さぶられている気がする。

でも、瞼が重くて、返事もできなかった。


…死ぬんだ、とわかった。

怖くて冷たくて最悪な気分だったけどーーー妹だけは守れたのはちょっとよかったと思った。




「起きてください」


肩を揺さぶられる感覚で目を開ける。

…陽英は真っ白い空間にいた。


妹はどうなったの!?


慌てて辺りを見回すが、それらしき姿はない。中学校からこのヘンテコな場所へ拉致されてきたのは陽英だけらしい。


陽英は目の前が真っ暗になった。

妹は無事だろうか。自分はこんな場所にいる場合ではないのに。最後に泣いてた。抱きしめてあげなきゃ…


「妹のところに戻ることはできません。あなたは死んだのです」


陽英はここでようやくもう一人の存在を知覚した。

声のした方へと意識を向ける。壁に寄りかかるようにしてギリシャ彫刻みたいな美男がいた。ただし色は全身真っ白。背景と同化しそうなくらいに真っ白。

異様な空間と異様な人物に突然出くわし、陽英は慌てて体を起こそうとしてーーー手も足も何もないことに気づく。


「ああ、今は魂に話しかけていますからね」


「そのままでいいですよ」とか言われたが落ち着けるわけもない。

妹はどうなったの?私が死んだってこいつは言ったよね?あの子は今どうしてるの?


「質問ばかりですね。…多くは伝えられませんが、妹は無事です」


ーーー無事。妹が無事。

陽英は途端に大人しくなった。安堵のあまり号泣しそうだった。涙を流す肉体などないのだが。


「ともかく少し話しましょう」


妹の安否を知れたことで、陽英の意識はようやく今この瞬間へ浮上した。

そして今更な違和感に気づく。


…考えてることが読まれてる???


「読まれてますよ、ここは輪廻に入れなかった魂が来る場所ですからね」


…やばい、考えがバレてるのも気持ち悪いし、「輪廻」とか真顔で言う頭もイカれている。


「…失礼な人間ですね。ーーーはあ、さっさと用事を済ませますか」


用事…?死んだ私に用事なんておかしなことを言うやつだ。

…というか、ほんとに死んじゃったのか。わたし。

まだやりたいこといっぱいあったのにな。

ーーーでも、お父さんとお母さんを死に追いやった私は死んで当然だったのかな。


白の美男は陽英の思考内容に片眉を上げることで答え、いかにも退屈そうに語り始めた。


「輪廻を外れてくる魂には色々なパターンがありますが…あなたの場合は少し特殊です。両親が輪廻転生の時に娘二人の無事だけを祈って虫畜生に転生したのに、あなたが一年もたたずに死んだりするので、このままでは我々が言葉を偽ったことになってしまうんです」


「何こんなに早く魂になってくれてるんですか」とか言われても知らない。

というか、両親に向けて勘弁してくれ(愛してる)と声を大にして言いたい。

お人好しは死んでも治らなかったのか。虫畜生に転生したって正気なのか。こんな親不孝な娘のために来世まで犠牲にしたと言うのか。


ごめんなさい。

何一つ恩返しできなかったのに。

生きてほしいっていう最後の願いも叶えられない娘でごめんなさい。


ただひたすらと懺悔を繰り返す陽英を白の美男は無言で見下ろした。


「あなたの前世を見ましたがね…恥ずかしくないんですか?」


陽英は絶句した。

まさか死んでからもこのように言われるとは思っても見なかった。


「ほらそれですよ。被害者みたいな顔して何も言い返さない」


陽英が絶句している間に、ご丁寧に目の前に映像が映し出された。

葬儀場のような場所で、一人の少女が泣き崩れていた。


ーーー妹だった。


「お姉ちゃん!なんで死んじゃったの?謝るからあ!死んで欲しいなんて嘘だからあ!!」


「ひとりにしないでよぉ」という叫び声と共に映像が途切れた。

実際に見たわけではないのに陽英にはこの映像が虚偽ではないことがわかった。

だって、思い出した。末っ子のあの子は誰よりも甘えん坊で寂しがり屋だった。

なぜ自分は死んだりしたのだろう。

憎まれても、何があっても、両親を姉に奪われた可哀想なあの子の盾になってあげなきゃいけなかったのに。


今すぐに伸ばされた手を掴んであげたい。

戻って抱きしめてあげたい。


「無理ですよ。あなたはもう魂になってしまっている」


ーーーうるさい、言われなくてもわかってる。


「…いい調子です。その調子で怒りながら考えなさい。ーーーあなたはなぜ不幸な死に方をしたと思いますか?」


急な問答に陽英は戸惑った。

妹の泣き顔に引きずられながらーーー「ファミレスであいつらを止めないといけないと思った」と唱えた。

すぐさま「違う」と否定されたが。


「あなたは選択肢の時点で間違っている。動画撮影を止めないで暴力を受け入れるつもりだったのだろう?理不尽を受け入れるな。弱者に甘んじるな。幸福になりたくないのか」


「このままじゃ転生しても同じ過ちを犯すぞ」と白い美男は鋭い視線を向けてきた。

陽英はたじろぐ。何故責められているのか分からなかった。自分は被害者なのに。悪いのは…


「悪いのはあいつらだ?ーーーちがう。何もわかっていない。両親を、妹を、愛するものを不幸にしたのはあなたです」


ちがうちがうちがうちがう。

だって、暴力は嫌で、怖くて、逆らうといじめがさらに悪化してーーー


…悪化するから、なんだというのだろう。

両親が自殺して、妹の将来が破壊されるより悪いことなんてあるわけがないのに。


ストン、と落ち着いた陽英を白の美男が静かに見やった。

陽英の中から恐怖という感情が抜け切るのを待っているような顔だった。


「落ち着いたようなのでもう一度問いましょう。ーーーあなたは何故不幸な死に方をしたと思いますか?」


陽英は再びたじろいだ。

でも、先ほどのように「誰か」の名前を口にすることはなかった。


「…わからない、という顔をしていますね。まあ、言い訳しなくなっただけ及第点をあげましょう。あなたがここに送られてきた時点で、周りの境遇にも問題があったことは間違いありませんから」


「大変でしたね」と今さらとってつけたように言われる。

これには陽英も面食らった。一連の出来事は「大変でしたね」などという軽い言葉で済まされるようなものではない。


「さて本題に入りましょう」


こんだけ戸惑わせておいて本題じゃなかったのか、と陽英は脱力した。

白の美男は陽英の様子など気にも止めずにふわりと手を動かした。

彼の手の上に地球儀のような青く輝く卵型の球が現れる。

この辺になると陽英も目の前の白い人物の正体を朧げだが察し始めていた。人間ではないのだろう。妹のこととか見せてくれたし、多分、神様とかそういうやつ。


「虫畜生になってしまった両親のためにもあなたには次の生ではましな死に方をしてもらわなければいけません。…ただね、転生先がちょっと難易度高めと言いますか」


「今のあなたの感じだと一年持たずに死ぬでしょう」と堂々宣言され陽英は呆れを通り越して感心してしまった。罵倒の次は死の宣告。こいつはよほど陽英が嫌いらしい。


「失敬な…あなたのために私自ら推し問答をして差し上げているのに。ーーー今の感じだと死にますが、変わればいいのですよ。人間は変化し、進化し、地球最強になった。あなたも変化すればいい」


いちいち話の規模がデカすぎていまいち本題がふわふわする。

結局なんの話だ?


青い球を眺めていた白の美男が不意に陽英を見た。

思いがけない強い視線に背筋が凍る。


「理不尽に抗うために強くなれと言っているのです。両親と自分が死んだだけでは足りませんか?」


…強く、なる?


「何を不思議そうな顔をしているのです。また、あなたの身近な人が死んでいっていいのか聞いているんですよ」


もう一度、死んでいっていいわけだって?


「いいわけないでしょう!!!」


初めて声が出て、びっくりした。

でも、怒ったからなんだと言うのだろう。

両親は死に、妹は一人残された。

陽英のやったことは取り返しのつくことではなく、どれだけ後悔しても何の意味もーーー


「言い忘れていましたが、あなたには今千載一遇の好機が訪れています。ーーー両親と妹にもう一度会いたくありませんか?」


陽英は亡くなったはずの心臓が刺されたような衝撃を受けた。

まさか、まさか、できるのか?そんなことが?

ありえない、と思った。

でも、この目の前の男ーーーおそらく神に近い何かの言葉には嘘だと言い切れない重さがあった。


「もう一度、両親に、妹に、会えるんですか?」


声が震えた。縋るように見上げた男はーーー凪いだ瞳のまま首を縦に小さく振った。


「次の生で、あらゆる生きるものの命を助け、徳を積み上げなさい。ーーーさすれば、私の力を持って、あなたとその両親、妹を同じ家族に転生させると約束しましょう。あなたの記憶は残ったままにしておきますから、次はもう少し上手くやると良いでしょう」


男の言葉を信じていいのかわからない。

でも、真っ暗闇に一筋の光が刺した気がした。

時間を戻して欲しい、という神への願いは聞き届けられていたのかもしれない。


…目の前の全てが息を吹き返した気がした。


「『あらゆる生きるものの命を助け』ればもう一度お父さんとお母さんと妹に会えるーーーそう思って、いいんですよね」


白の美男は頷き、口を開きかけた。勢いよく言葉を発した陽英に遮られたが。


「なんだってします、命も助けます。徳…よくわかんないけど、いいこといっぱいします。それでーーー本当にみんなにまた会えたら。もっとずっと上手くやって、両親も妹も、泣かせませんッ」


白の美男は宣誓でもするかのような陽英の勢いに驚いたのか、少しだけ目を見開きーーー。


「簡単なことではありませんよ」


「覚悟はあるのですか?」と静かに問われ、陽英は迷うことなく頷いた。

神が言う「簡単ではないこと」がどれほどのものか知らないが、はじめから選択肢なんてなかった。

もう二度と会えないと思っていた彼らに会えるならーーー陽英の口から「ごめんなさい」と「ありがとう(愛してる)」を言うチャンスがもらえるならなんだってするつもりだった。


陽英は気づいていなかったが、覚悟を決めた魂には変革が起こっていた。

真っ白だった陽英の魂は金色に輝き出していた。

白の美男は眩しそうに目を細めた。


「ーーー天照様の見立てに間違いなどないのか。こんな小娘がまさか本当に王魂(おうこん)とは…」


独白のような男の言葉に陽英が眉を顰めた。

「何か言いましたか?」と頭の中で念じても返答はなかった。陽英に聞かせるつもりの言葉ではなかったらしい。


「ここを通った魂は例外なく特別な存在として生を受けます。試練は大きく、使命への責任は果てしない。ーーーただ、先ほど説明した通り、見返りも大きい」


滑陽英(ぬらりひよん)」と呼ばれた時、身体の奥から暖かな奔流を感じた。

新たな伊吹は陽英の背骨を通り、指先となり、脳に満ちた。


「心が強くなければ、どんな肉体も塵と化します。陽英、両親を、妹を不幸にしたのはあなただ。その現実から逃げ出してはいけない。自分の咎を受け入れることが強者への大切な一歩になります」


白の美男の言うことは相変わらず抽象的で掴みづらかった。

ただ、陽英にはもう迷いはなかった。

「両親と妹を不幸にしたのは自分」ーーーそれなら、彼らに償いができるのも自分しかいないのだ。


「具体的に何をすればいいのですか」


初めとは打って変わって、前向きさの滲み出た陽英の言葉にーーー初めて白の美男が笑った。


「簡単ですーーー命を助け、世界を救うーーーそれくらいの徳を積め」


陽英は眉を顰めた。

白い美男の言葉は抽象的すぎた。

ただの小娘でしかない陽英に世界を救う?命を助けろの方はなんとなくわかるが…


「ーーー時間がありませんね。…ご両親に免じて一つだけアドバイスを。最初に出会った生き物を大切に慈しみなさい。()()が無事に成体になれば、あなたの未来も自ずと開ける」


ふっと視界が霞んできて、白の美男の姿が見えなくなっていく。

「さようなら」と言う声が聞こえーーー目を閉じた陽英にとんでもないセリフが聞こえてきた。


「ではご両親のためにも世界を滅亡から救ってくださいね。妖怪王、ぬらりひょん」


…は?



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