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冥土の土産と異世界転生

 ーーなんだかふわふわする。

 まるで温度のない泥の海の中に身体全体がとっぷり浸かっている……、包まれている……。

 上下も左右も判然としない、朦朧として揺蕩う、そんな感覚。


 ーーここが死後の世界だろうか。脳裏には痛烈な熱い赤色の感覚妹のあの表情がまだ残っている。

 芽衣……、どうして………………。


 これはきっと悪い夢に違いない。今の状態もきっと夢と現実の狭間に取り残されて、宙吊りになっている、たまにあるあの状態に違いない。明晰夢だ。

 


「残念ながら、夢ではないよ。ーー少年」



 どこからともなく、透き通るような声が聞こえてくる。その声が染み渡り呼応するように、俺の意識の輪郭はだんだんとはっきりとしてゆく。


「あなたは……、誰ですか…………?」


「僕は……、なんと説明したら良いのでしょう……。御饌津神(みけつのかみ)の一部とも言えるし、それ自身であるとも言える。あるいは……そうじゃないのかもしれない」

 何やら意味ありげな風に言葉の主は答える。


「みけ……、神と聞こえたのですが、神様なのですか?」

「うん、そうだね。僕は神様だ。厳密にいうと少年、君の住んでいた地域の土地神といったところだね」


 土地神さまか……。だとすると、きっと小さい頃からよく通っていたあの神社の神様なのかもしれない。


 ーーでも、夢じゃないとしたら……そうか……。俺は本当に死んでしまったんだな……。

 そして、芽衣の手を汚させてしまった……。


「……全く、不甲斐ないよな……。どんな理由があるにしろ妹を人殺しにしてしまうなんて。これじゃあ地獄行きだな……」


 もっと妹の話を聞いてやればよかったのかもしれない。何か、彼女には彼女なりの悩みがあり、俺が追い詰めていたのかもしれない。後悔先に立たずというが、全くもってその通りだ。



「……………………………………………………………………まあ、君は地獄には行かないよ」

 予想外な答えが土地神さまから返ってくる。


「そもそも、僕の世界観的にいわゆる地獄というものはなくてね。確かにキリスト教や仏教ではそのような考え方があるようだし、神仏習合といって神道と仏教を同一視されているようではあるけれど、少なくとも僕が担当している領域に関しては地獄なんて最初からないよ」


 なるほど確かに、勘違いしていた。言われてみれば最後の審判はキリスト教だし、閻魔大王も仏教の価値観だ。

「じゃあ、私は……これからどうなるんですか?」

 俺はぐっと息をのみ、尋ねる。


「私の仕事はね、通常、死後の魂を分解し氏神の一部に昇華することなんだ。氏神っていうのは地域一帯であったり、先祖代々の魂の集合体のことで僕もその一柱とも言える。多くの魂は僕のところに来るまでに力が氏神などに吸収されるのだけれど、思念エネルギーが強いものだと残滓が留まり、悪霊に転化してしまう恐れがある。そうなる前に対処するのが僕の役目さ」


 わかるような、わからないような。神道的なことにそこまで詳しくない俺にとっては話が少々難しい。

「つまり、僕は思念エネルギーが強かったから、こうしてここにいるってことですか?」


「いや、君は例外」

 例外……?


「君の魂は特別に僕の一存でここまで保護させてもらったからね」

 特別に? 何かやってしまったのだろうか。


「……どうして私はここに呼ばれているのでしょうか?」

 そう僕が尋ねると土地神さまは何やら後ろめたそうに咳払いをすると「ま、まあ別にそれはともかくとして、君のこれからについてだが」と話を逸らされてしまった。


「君には異世界で新たな人生を歩んでもらうよ」


 い……異世界………………?

「黄泉の国と言った方が少年にはわかりやすかったかな?」


「つまり、ーーあの世ってことですか?」


「あの世というと聞こえが悪いけどね。魂を別の世界で受肉させるだけさ」

 「おっと、あまり時間も残されてないようだ……」神様はそう呟くと、何やら祝詞らしきものを読み上げる。


「ここから先、未知の常識、様々な不条理、異なった価値観に出会うだろう。でも少年、君ならきっと適応できるはずさ……。大丈夫、ほんのちょっぴり旅路の祝福を授けるよ。……冥土の土産……なんてね」


 神様がそう最後に告げると、目の前は眩い光に包まれた。




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