第四章 トーナメントの結末
前回同様、転載作品になります。
興味のほどあれば次回以降もお読みいただければ幸いです。
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アランは決勝戦が始まるまでの間、エリンに受けた腹の傷を治癒師に治してもらい、試合に備え雷剣のエレメントの調整や、回復後の体の動作確認を行っていた。
しかし、今回も数分の休憩をはさんで5分前のアナウンスがかかり、競技場への集合を余儀なくされる。傷と魔力は既に回復しており、あとは万全の態勢で戦いに挑むだけだろう。持ち前の雷剣を手にアランは闘技場に赴いた。
闘技場に着くと、準決勝時に足を踏み入れた時を超える歓声に迎えられる。
「なんか、観客の数が段々増えている気がするんだが…」
試験トーナメント決勝戦にあたり、現在の時間は昼過ぎを回っていた。恐らく、学会内の講義時間の合間に試合を観に来ている生徒が一定数いるのだろう。
そんな試験に向けられた多くの視線を感じつつ、アランは、競技場の向かいに立つサリアの姿を見やった。
試合前ということもあり、いくつかの水魔法を交互に発生させて試合を控える彼女は、まるで魔法が体の一部であるかのように術式を操作している。そんな傍ら、ふと、体を伸ばした彼女と偶然、視線が合う。
「あっ…」
しかし、ここまで時間を隔ててもなお、それと言った話す内容は見当たらない。ここまで勝ち上がってきた意味は、この力をサリアに証明するため。そのためだけを考え続けてきたため、この試験を迎えてからまともな会話を交わしてこなかった。
「今更だけど、サリアと俺って戦ったことあったっけ?」
言葉が浮かばない中、無理やりひねり出した話題を尋ねると、空気中に浮遊したいくつもの水の塊を操作しつつ、サリアは言葉に応じた。
「確か、一回だけあったと思うけど、いつだったっけ? でも確かにあったはずだよ」
―そうだったっけ?
学会に入って以来、しばらく会話を交わしてこなかったため忘れていたが、本当に戦ったことがあったのだろうか? 動機が不明であり、戦った理由に少しの違和感を感じたが、試合準備の合図がかかったため、仕方なく、アランは開始位置まで向かった。
「サリア。開始前にも言ったけど、今の俺はあの時とは違うからな。それをこの勝負で証明してやる」
「分かってるよ。だって、このトーナメントが始まった時からずっとアランの試合見ていたんだもん。でも今までの試合、本当に全力だった?」
開始直前になってもなお、杖先の水エレメントを気化させる彼女は、視線を向けるアランに向けて、静かに問いかける。
やはり、先ほどのエリン同様、これまでの試合は全て見てきたようだ。であれば、雷魔法がどのような戦い方をしているかは既に割れているだろう。しかし、まさか、魔法の度合いまで見切られているとは思わなかった。
6章魔法は雷消滅以外にも存在し、構築可能な術式はあと少しだが残されている。しかし、どれも試行錯誤をしていないため、どこまで実践で使用できるかは正直、未知数だった。
「出せる力は全て出すつもりだよ。そもそも、サリア相手に手を抜く余裕なんてないだろうし」
「ふふっ、なら決勝戦らしい試合になるかもね?」
「いや、決勝戦らしいってなんだよ…」
試験トーナメントの最終戦前とは思えない気楽な会話を交わしていたが、そこでようやく審判から開始の指示が掛けられた。ついに、試験トーナメントの最終戦が幕を開ける。
「それでは、試合開始!」
試合の開幕と共に、アランはいったん距離を取りつつ、手始めに右手に構えた雷剣にゆっくりと微量のエレメントを流し込んでいく。
―まずは様子見だ。
雷魔法の対策は練ってきていることは間違いなく、何があっても初手は彼女の出方を伺うしかない。
「雷魔法 第1章 サンダーアロー・トライ(3本の雷矢)」
コールと共に、雷剣を真横に切り払うと、その軌跡に発光した3本の矢が生成される。空中に制止する3本の矢は、切り返しで縦に剣を振り下ろした直後、弦を離したように、サリアに向けて一直線に放たれた。
「全て違う軌跡を通る矢…前の戦いで放った銃弾の応用だよね」
独り言を零すサリアは、即興で杖にエレメントを集中させ、杖の動きとシンクロするように、魔法名を唱えた。
「水魔法 第2章流の型 ウォーター・フォール(滝創造魔法) 付随・樹脂魔法」
エンチャントの宣言と共に、サリアは目の前に水に樹脂の性質変化を加えた滝を生成する。液体のように流れる樹脂の性質は当然、ゴムであり、それが矢の軌跡を隔てる壁として生成される。
「何だと!」
樹脂に向けて放たれた矢は衝突と同時に空気中へと気化していく。樹脂が天敵だという事実は、先の雷剣狼との会話で確認済みだったが、まさか、サリアも会得しているとは思わなかった。
「やっぱりそうだよね。樹脂なら、電気は通らないから」
その言葉と共に、滝として生成したゴムの液体はたちまちフィールド中を埋め尽くし、足場のすべてが、白い樹脂と土が入り混じった灰色一色に染まる。その間、僅か数秒。
「これで、第2章かよ…」
フィールド中を埋め尽くす樹脂の水はエンチャントこそあれ、階級は先ほど放った「雷矢」の一つ上。階級の事象は使い手によって変化するとは言うが、ここまでの規模を持つ序章魔法は、これまで見たことがない。
「まさか、ここまでの範囲とはな…しかも性質はゴム。この状態じゃ…」
その予感を肯定するかのように、その言葉を聞いたサリアは遅れて口を開く。
「アランは分かってるとは思うけど、樹脂魔法は電気を通さない。だから、先に先手を打たせてもらったよ」
そう告げるサリアは真下を覆いつくす樹脂へ向けてを指をさす。
「電磁浮遊で宙に浮く時に、多分、足に雷のエレメントを宿す必要があるんじゃない? 樹脂で足場を覆ったのはただの行動抑制じゃないよ」
「ほう」
どうやら、先の戦いで電磁浮遊のタネは割れていたらしい。彼女の言う通り、このままでは樹脂により行動制限を強いられるだけでなく、電磁浮遊で空中に逃げることもできないだろう。
だが…
「まぁ、やってみないと分からないだろ」
樹脂に覆われて行動が制限される中でも、やれることはある。エレメントを宿して、雷剣を剣宿しの状態へと変化させ、アランは前方で静かに距離を取るサリアに向けて走り出した。
2
アランとの距離が10メートルを切った時点で、サリアは魔法を発動した。
「水魔法 第3章 フォーサイド・アクアフォートレス(4面水砦) 付随・樹脂創成」
先と同じく、「付随」を軸とした魔法のコール。その言葉に導かれるように、ゴムでできた壁がアランをの進行を阻むように現れる。
「今度は壁か…」
先ほどは、水に付与された樹脂だったが、もともと、彼女の用いる魔法の多くは液状の水を固形として扱うものが大半だ。むしろ、液体としてそのまま生成することは稀であり、地面を覆った先ほどの滝はむしろ珍しいケースだったのかもしれない。
「どんな形でも生成できる水魔法と、サリアが特に優れていた「物質形成」の組み合わせ。おまけに、性質はゴムときた」
行く手を阻む攻撃はこれまで何度もされてきた妨害であり、そもそも、魔導士同士の戦闘では、相手に不利を押し付けなければ、ただの消耗戦となる。そうなっては、魔力が尽きるまで、永遠に決着はつかない。
その上、サリアが自分に不利を状況を強いている以上、次の一手は大型魔法の可能性が高い。このままでは早期決着の可能性も避けられないだろう。
「前は、行動制限で随分痛い目にもあったからな」
言葉を零す中で、先ほどの戦いで発動された「純霧」を思い返す。あの場では突破する力を見誤り、魔力を余計に消費しただけでなく、早くから痛手を負うことになった。
「もう同じ失態は繰り返さねぇ!」
言葉と共にアランは雷剣を背後に構え、僅かに腰を落とす。その後、右手に持つ雷剣に全力で魔力を注ぎつつ、アランは追加で詠唱を始める。
「引用魔法・炎渦・付随・放電」
コールと同時に、雷剣によって変換される雷のエレメントは詠唱を境に、空気中に漏れるプラズマが徐々に赤みを帯びていく。背中にわずかな熱を感じる中、数秒のうちに熱を持ち始めた雷光は鉄のように赤熱化し、そこから赤い火元素のエレメントが僅かにあふれ出す。
「燃える意思。光と、溶け合い、燃え上がれ!」
超常詠唱であるため、式句は省略することができない。しかし、詠唱をする魔法にはどんな元素であれ、特定の事象が付与される。先の戦いでエリンが使用した6章魔法を見ていたことが幸いした。
「合技 サンダー・フラム・ウォーテックス(雷炎渦)」
赤熱化したプラズマを纏った雷剣を腰の回転を利用して斬撃を放つと同時、アランはその斬撃を回転切りへと派生させる。真横に切り払われた雷剣は遠心力で壁の各所に火花を迸らせ、その軌跡からは幾多の赤い細線が形成される。
その直後、線が通過したゴムの4面の壁は、みるみるうちに溶け出し、発生したあまりの熱によって、各所で発火が起こる。従来の樹脂であれば燃え続けて窒息死も避けられないが、これがあくまで性質をも模倣しただけの水魔法。一定まで発火した樹脂の壁は倒壊と同時に崩壊し、たちまち、従来の水へと還っていった。
すると、水に戻った壁の奥には発動以前と変わらない位置に佇むサリアの姿があり、壁の消滅と同時に突如として彼女の口が開かれる。
「初めのエンチャントは引用魔法で、それを後に発動した付随魔法に重ねて同時発動。それで発生した雷魔法の形をした炎魔法で、樹脂の壁を焼いた。さっきの詠唱だと、たぶん、こんな感じかな?」
アランが壁を消滅させたのを見ての疑問なのだろう。予想外の問いかけにアランは一瞬、硬直すると同時に、少し遅れて口を開いた。
「詠唱だけですべて分かるのかよ…」
発動に際して、確かに自分はエンチャントを2連続で唱えたが、その説明は一切していない。彼女が詠唱の大半を網羅しているのは理解していたが、まさか詠唱だけで魔法の形態が理解できるとは思わなかった。
「その通りだよ。ただ、雷魔法は六元素と違って、引用出来る魔法は限られているけどな」
説明はサリアが疑問として投げかけた内容がすべてであり、軽い魔法の詳細を口にする。すると、それを聞いたサリアは少し驚いた様子で言葉を返した。
「試験トーナメントが始まってから、アランって別人みたいに変わったよね。あの時に魔法が使えないって言っていたのがウソみたい」
―いや、魔法が使えないのは本当なんだよな…
称賛する彼女の声がなぜか、今のアランには異なる意味を持って伝わってくる。雷剣狼による雷剣の譲渡は、今日になって突如、魔法が使えるようになったようなもので、かつてより努力して魔法習得に励んでいたサリアとは対極に位置する力だ。そんな力でサリアと対等というのは少し意味が異なってくる。
しかし、そんな思惑など知る由もないサリアは言葉を続ける。
「まさか、樹脂魔法を解除されるなんて思わなった。けど、無力化できる以上、手を抜くわけにはいかないよね」
言葉と共にサリアは杖に水のエレメントを纏わせて魔力を蓄積させているようだった。その準備にアランは再び緩めていた剣を持つ手に再び力をこめた。
確かに、この力は自分自身の力ではない。だが、今ここでそれを議論していても仕方がない。今できるのは持ち得るすべての力を用いて全力で戦うだけだ。
「遠慮はいらねーよ。お互い、完封でもしねーと勝利にはならないんだからな」
その言葉を最後に、2人はほぼ同時に流れ込むエレメントを調整しつつ、魔法の詠唱を始めた。
3
魔法の詠唱には数秒の沈黙が流れたが、アランが剣を構えたのを皮切りに、戦闘は再開された。
「雷魔法 第7章矛の型 トライデント・サンダーボルト・オブ・テンカウント(10本の三つ又の雷槍)」
すると、コールと同時に、アランの頭上には10本もの電気を帯びた三つ又の槍が姿を現した。その顕現に一瞬だけ目をむけるアランは、続けて詠唱をコールする。
「付随指令・一斉放射」
上空に構えられた10の槍の下で唱えられた詠唱は直接、空中に浮く全てのトライデントに伝わる。剣の二倍の長さはあるであろう槍は初動こそ低速だが、徐々に加速していき、やがては1本ずつが一筋の矢と化した雨となって、サリアに向けて放たれた。
「ここまでの試合で、すごく思ったけど、アランの使う魔法って遠距離で広範囲型のものが多いよね。確かに、広範囲魔法は逃げ場を無くすのには最適だし、遠距離だからカウンターのリスクが低い。けどね、広範囲魔法でも、反魔法が見つかれば…」
ここで言葉を切ったサリアは、迫りくる矢を察知して、指先にエレメントを込めて魔法名をコールする。
「水魔法 第7章(推定) イノセント・ウォーター・ウォール(純水壁)」
サリアの元に槍が到達する寸前で現れたのは、先ほど行く手を阻んだ3章魔法を大きく凌駕する縦長の水壁。しかし、今度はゴムではないため、雷との相性は非常に悪い。
基本的に雷エレメントは特定の形を持たず、水であれば、透過後に再構成して攻撃は命中する。そのため、本来であればサリアの発動した水の壁は防壁としては機能しない筈…なのだが、
「えっ?」
状況に選考して驚きの声がアランの口からこぼれる。直進を続ける雷槍はようやくサリア元まで到達し、壁面との拮抗を始めている。しかし、なぜか出現させた水の壁に触れても、壁面に到達した2本の槍はエレメントへの変換が始まらない。
ー何故?
他の槍は一直線にサリアの斜め後ろの地面へ突き刺さっている中、壁へ到達した槍だけは何故か、未だに拮抗を続けており、エレメントへの変換が行われない。すると、その直後、エレメント構築の限界を知らせるように、形を保っていた槍は一瞬でエレメントへと姿を変え、空気中に霧散してしまった。
その様子を確認するや否や、言葉を止めていたサリアは再び口を開く。
「自分を守るだけで、簡単に相殺できる」
語り掛けるサリアは完全に消滅した雷槍を確認した後、アランを試すように僅かに首を傾ける。
しかし、余りの事態にアランの理解は追い付かない。
『なんで水に触れて雷槍が霧散したのか?』
浮かんだ疑問はそれだけだが、まさか本来透過できるはずの水に、雷魔法が防がれるとは思わなかった。天敵となる魔法は樹脂魔法と雷剣狼の告げた虚無魔法だけではなかったのか?
いや、今思えばエリンの使用した「純霧」も元は風魔法だった。そういえば、サリアがコールした際に何か言っていた気が…
すると、そこまで考えが至った直後、その答えを告げるように、サリアは一呼吸おいて再度口を開いた。
「今出した壁はただの水じゃないよ。壁を構成していたのは『純水』。純水は電気を通すための不純物が存在しないの」
理屈を説明しながら、サリアは実践するかのように、杖先で生成した水滴を残留するエレメントへ向けて放ち、弾いて見せる。
「その水で作った壁だから、電気はこれを貫通できないってこと」
意気揚々と話すサリアの説明だが、半分ほど聞いた地点でアラン脳は理解が出来ずに停止した。不純物があるから水に電気が通るが、純水はそれがないから雷が通らない。詳しい仕組みは分からないが、恐らく、槍が防がれたのはそんな理由だろう。
しかし、それを理解するのと同時、アランは反魔法を独自で生成したサリアに対し、反射的に一歩後ずさった。
先ほどの樹脂魔法に加えて、純水壁といった雷魔法を完封するための魔法をサリアは試合開始地点で既に持ち得ていた。前の戦いで超常詠唱を見ていなければ恐らく、開始地点からアランは何もすることが出来ずに負けていてもおかしくはなかっただろう。
その上、さらに反魔法を隠し持っている可能性もあれば、いくら奥の手を出しても無駄な可能性もある。3回戦以上にあらゆる魔法の行使をしなければ、間違いなく今のサリアには勝てない。
「やっぱり流石だよ、サリアは。俺の魔法全てを対策されてそうで、正直怖いくらいだ」
あまりの底知れなさに言葉がこぼれ、その言葉にサリアは僅かに視線を上げる。それに気がつかないまま、アランは言葉を続けた。
「俺はサリアみたいに楽に勝てた試合なんて一つもない。でもな、全ての試合で全力で戦えたから、今じゃ、自分の力はよく理解できてるつもりだ」
言葉と共に、アランは剣宿しの状態に切り替えた雷剣のエレメントを徐々に体へと流していく。
「俺だけの力じゃ間違いなく、サリアには遠く及ばない。けどな、ここまで死ぬ気で戦ってきた、相手が弱いなんて言わせないためにも…」
言葉を止めてアランは流していたエレメントを全身へと流し、その光によって体を帯電させる。
「俺はお前を越えなきゃならない」
その直後、アランを中心として体中に通したエレメントが空気中で放電を始める。放電の光で辺りは一瞬で閃光に包まれ、しばらくの間、その発光は続いた。
数秒が経過し、ようやく光は落ち着きを取り戻す。しかし、そこには体を剣宿しのように薄い黄色の光に包まれたアランが、同色のエレメントを纏った雷剣を構え、立っていた。
4
「エレメント」、それは、魔法を使う上で、最も重要な要素の1つだ。
魔法使用時に、流すエレメントの属性によって魔法の属性が決まり、属性を宿さないエレメントは、白い無属性エレメントとなる。つまり、エレメントは、魔法の発動における根幹であると同時に、発動魔法の属性を決めるにあたり、重要な役割を果たしている。
しかし、それは同時に、エレメントの危険性を示すものでもある。魔法には属性ごとの章や種類ごとにエレメントの配分が決まっており、その流す量を間違えれば、少なければ不発、多すぎれば量にもよるが魔法の暴走が起こる。つまり、戦闘において魔法のエレメント量をコントロールできなければ、モンスターに隙を与え、命を落とす可能性もあるということだ。
そんなエレメントをアランは今、体に纏っている。魔力を纏うだけならシエンも行っていたが、彼の武装魔法と、アランの帯電は根本的な仕組みが異なっている。
まず、シエンの用いた「ブレイズアーマー」は鎧をあらかじめ詠唱により生成しておき、それを魔法による呼び出しによって纏っているに過ぎない。
しかし、今のアランが纏う雷は、事前準備として生成していた鎧ではない。鎧のように体中を取り巻いているのはエレメントそのもの。体内に直接、雷エレメントを流すことにより、神経刺激による身体能力の強化、武器なしでの魔法の発動に加え、「ブレイズアーマー」と同様に魔法を防ぐ鎧の役割も果たす。そのため、鎧という共通性を除けば、ほぼ別物といっても差し支えないだろう。
だが、体中にエレメントを流すということは、従来であれば非常に大きなリスクを伴う。
そもそも、エレメントは武器に流し、魔法を発動させるための「エネルギー」として魔導士は用いている。そのため、魔法の動力源であるエレメントを体に流すということは、武器が本来行う、エレメントから魔法の創造における過程を、全て自分が担うということだ。つまり、発動中は常時、エレメントの流動が体内で起こり、体には大きな負担がかかる。当然、過度な使用は、体の臓器にも障害を残す可能性もある。
しかし、それはあくまで、一般の魔導士が一般のエレメントを体に流した時の話である。
そもそも、魔導士には魔法を使用する上での分類が2つある。1つは魔力放出型、このタイプが魔導士の一般的な類型であり、全魔導士の約9割はこれにあたる。
魔力放出型は、空間中からエレメントを自由に取り出すことができ、魔法詠唱から放出までの時間が短いことから、集めたエレメントを瞬時に放出することが可能だ。
それに対する、もう1つの分類は魔力蓄積型。放出型が9割であるのに対し、この型は全魔導士の中でも該当するのは約1割。非常に割合が少ないことが特徴だろう。
魔力蓄積型の魔導士は、放出型と比べ、同じ時間詠唱をした魔法でも、明らかに威力が劣り、その上、エレメントの吸収が魔力放出型より1.5倍ほどの時間を要する。そのため、型の名称が確定する200年ほど前までは、この型の魔導士は問答無用で「魔法不適合者」の烙印を押され、師団から忌避されてきたそうだ。
しかし、ある時、1人の魔法蓄積型の魔導士が魔法の暴走を引き起こした際に異変は起きた。
魔力暴走を引き起こした魔導士は、自ら発動した水魔法で息が出来ず、命を失いかけたが、その際、突如として周囲を覆う水が消滅したことにより、その魔導士は何とか一命を取り留めた。
200年前は魔法の発見から100年しか経過していないこともあり、魔法学が発展途上の段階に置かれていた。文献などを見ても、当時は基本元素すらまだ4つしか解明できていない時代だ。その事態を耳にした魔法学者たちは誰もが魔法消滅の解明をするべく、魔力蓄積が多であった当人に対し、様々な検証を行った。
すると、その中で魔力蓄積型の魔導士は体内に一定量の魔力を溜めることができ、その魔力を利用して、魔法の再使用ができる力を持っていたことが判明した。
その上、魔力蓄積型の魔導士は、魔法を体内に留める都合上、エレメントを体に流してもエレメントと体の間に生じる魔力抵抗が存在しないようで、当時の魔法学者たちによって、魔力蓄積型の魔導士は魔力を長時間纏わせて戦うことができることが世間一般に公表された。そのため、これまで蓄積型を敬遠していた放出型の魔導士もその公表以降は彼らを迫害の対象から忌避の対象とするようになっていった。
そのため、一部の魔導士の間では、魔力蓄積型の魔導士、魔法剣士のことをこういう者がいるそうだ。
「ウェア・ソーサラー(魔力を纏いし者)」と。
5
アランは雷を纏った状態で、手を動かし、体が動くことを確認すると、あらためてサリアに向き直った。
「これが今の俺だ。魔力が無かったあの時とは違って、今は自分で戦える。俺の全力でお前を越えてやるよ」
すると、言葉に反して、サリアは考え込むように少し黙り込んだ。
「魔力蓄積型…属性魔法を使った所なんて見たことなかったから、全然知らなかった」
ぽつりと言葉を零したサリアは、静かに目を閉じ、流れるような動作で杖先に目いっぱいのエレメントを注いていく。
「水魔法 第8章 エターナル・オーキャーシュ(永久の水牢)」
魔法名をコールした直後、見上げる様な分厚い水の壁がフィールド全体を覆うような形で生成される。囲まれた水壁は魔力を含んでいるようで、壁の表面はほんのり青白い光を放っている。
「その状態なら、半端な攻撃は全て無効化される。遠慮はいらないよね?」
発動後も、持ち手には常にエレメントを留める彼女は、目の前でプラズマを迸らせるアランに向けて静かに問いかけた。その言葉に無言でうなずいたのち、アランは改めて状況を再確認する。
「囲んでいるのは魔力を含んだ水壁で、水質はおそらく純水。壁に当たれば俺の魔法は消失するから、対雷魔法用の結界か」
置かれた現状を踏まえ、冷静に見解をまとめると、その言葉に目の前のサリアはそっと頷いた。
「まあ、そんな感じかな。もちろんそれだけじゃないけどね」
言葉と共にサリアは手を上にかざして詠唱の式句を付けを加える。
「清らかなる水よ。荒む、大地に、救済を」
省略不可の詠唱の式句。その後に備える大技の予兆にアランの体は一瞬、身震いする。
「水魔法 第7章乱の型 リリース・フル・レイン(放たれる幾千の雨)」
魔法名のコールと同時、周囲を取り囲む全ての壁面から数多の水滴が生成され、それが一瞬のうちに、アランに向けて一斉に放たれる。
「囲むだけの壁じゃないとは思ってたが、流石にこの規模は…」
大技であることは想定していたが、まさか、広範囲攻撃に転じられるほどの魔法であるとは思いもしなかった。それでも、咄嗟に全方位から迫る水滴との距離を確認して、アランは雷剣を上に投げて、魔法名を唱える。
「雷魔法 第3章 エレクトラ・ファルト・オブ・サラウンド(囲む雷壁)」
コールの直後、アランの周囲で白線が迸るほどのプラズマが発生し、そのプラズマが雷剣と周囲の地面を繋ぐようにアランを覆い、数秒のうちに円錐状の、青く発光した雷壁が姿を現す。
「その魔法も雷魔法でしょ? なら純水で貫通しちゃうんじゃない?」
「見てれば分かるさ」
サリアの疑問に一言で応じたアランは、向かいくる水滴の弾丸に備える。
雷壁に到達したのは雷壁が発動した僅か数秒後。全方位からアランを狙う水滴は青白い膜に覆われた雷壁を透過しようと膜の形を歪ませながら、アランに向けて直進を続ける。
しかし、サリアが放った雨の銃弾は、初めこそ雷壁のを貫通するほどの威力を保っていたが、徐々に壁の抵抗力に推進力が劣り始め、元の形状に雷壁が戻った直後に、全方位から放射された水滴は完全に気化してしまった。
「…ッ⁈ どうして!」
サリアは、なぜ純水が雷壁に弾かれたのか分からずにいると、その反応に遅れてアランは言葉を返す。
「不純物を取り除いた『純水』でも、完全な絶縁物質じゃない」
「えっ?」
言葉の意図が分からず、思わず言葉を問い返すサリアに、アランは再度口を開く。
「純水は確かに、不純物が取り除かれている水だ。けどな、不純物がなくとも、水を構成している水素と酸素は絶対に取り除けない。だから、その間に電子を置けば、少量の電気なら通るんだよ」
水の構成している分子の不純物を取り除いた純水も、完全に電流が流れない絶縁物質ではない。であれば、アランの構成した雷のエレメントで攻撃を受け止め少しづつ、水内部の電子量を増加させていけば、いずれかは純水の水分子の間にも電流が流れる回路が出来上がる。半ば空論で賭けのような算段だったが、どうやらうまくいったようだ。
しかし、それを聞いたサリアは、納得がいかない様子で構えていた杖を下ろして口を開く。
「自分の使う魔法の特性はやっぱり理解してるんだ」
戦いを終わらせるつもりで発動した魔法が一魔法で完封されたことが納得いかなかったのか、呟きのような言葉が返ってくる。ため息をつく代わりに一瞬、視線を落としたサリアは再度口を開いた。
「それに、雷魔法がまさかこんなにもアランに適合していると思わなかった。教えて貰う前から、元々使用していたんじゃないかってくらい、属性魔法を使いこなしてるんだもん」
使いこなしているというのは、恐らく、ここまでの戦いのことも含んでいるのだろう。六元素魔法の適性がない事は彼女も理解しており、実際に、アランも雷魔法を授かるまでは属性魔法での攻撃方法は知識程度しかなかった。その事実を脳裏に留めて、平然を装いつつ、アランは返答に応じる。
「それには俺も驚いてるよ。元々、善戦を目指して戦ってきたから、まさか、ここまで戦えるとは思わなかった」
昨日、雷剣狼に出会い、雷剣を受け取っていなければ、きっと自分はここに立つことすら叶わなかった。決して雷魔法は自ら得た力ではないが、今だけは雷剣をくれた雷剣狼にただただ感謝するしかない。
すると、その言葉にサリアはそっと微笑みを返した。
「ふふっ、教えて貰った魔法だから魔法知識の方が先行しているのかな?」
「かもな。けど、そうだとしても、負けたくない気持ちは変わらねーよ」
能力を疑われる中でもサリアと戦うためにここまで勝ち上がり、負けたくないという気持ちは本心だった。同じとはいかないまでも、一魔導士としてサリアと戦うことは出来る。それを証明したい一心で決勝まで来た事実は雷魔法を抜きにしても何一つ変わらなかった。
「やっぱりアランはアランだね…」
かつての会話をするがごとく、サリアはため息を零した後に小さく言葉を返す。それが諦めない姿勢に対して向けられているのかは分からないが、彼女なりに、追加で疑問を投げかけてくることはなかった。
「まあ、当たり前か……けど、私も負ける気はないからね」
「あぁ、望むところだ」
互いの気持ちを再確認したところで再び試合が動き出す。詠唱によってエレメントを蓄積する両者は、数秒後、再び試合を再開しようと剣と杖をたがいに構える。
ーその時だった。
「スペースコール・ホロウ・ワールド(空間呼び出し 消失世界)」
突然告げられた魔法のコール。その直後に闘技場フィールドを除いた全ての空間が色彩を失い、世界が一瞬で灰色一色に染まる。色が変わった周囲の動きは次第に低速化し、数秒としないうちに会場にいる全員の動きが停止する。それと同時に試合の盛り上がりを示す周囲からの歓声も徐々にゆっくりとなり、観客の動きは停止したのと同時に完全に会場は無音に包まれた。
「何だよ、これ……」
試合の途中だったが、あまりに豹変した会場の様子にアランは駆け出す手前、足の勢いを落として急遽、停止する。
すると、その言葉を皮切りに急遽、目をやったフィールド端の空間が歪み始め、そこから黒い靄が出現する。それは間違いなく外部からの他者の侵入を表しており、その異変を巻き起こした張本人は2人が戦う大地へと静かに降り立った。
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「お前は誰だ?」
思わぬ侵入者の出現に、反射的に言葉が喉を通る。上空から降りてきたのは黒いローブを纏った青年。見た限り、年齢や容姿はアランたちより一回り年上の上級魔導士程度だろうか。停止した周囲の様子を確認した青年は、ゆっくりと声の方向を見やると、少し遅れて口を開いた。
「俺はリゼル。虚無の王の命により、『水の巫女』を連行しに来た」
アランの問いかけに答える青年だったが、言葉に反して、突然の事態ということもあり、今の状況が理解できない。疑問を返す以前に、アランは先んじて置かれた状況を確認する。
周囲の空間と闘技場はほぼ断絶しており、動きの停止した会場の人間にこの危機を知らせることは恐らく不可能。その上、この侵入者を知覚できているのも会場内では、このフィールドにいる2人だけだろう。
求めているのは水の巫女。巫女というからには神祇的な存在のようにも思うが、その対象は定かではない。これだけでは、青年が求める存在が曖昧であり、ここへ来た理由も不明のままだ。聞きたくもないが、アランはその対象をリゼルに尋ねる。
「水の巫女? 誰のことだよ?」
すると、アランの疑問に先んじてリゼルは、口を開く。
「お前の前にいるだろう。彼女を差し出せば、お前に危害は加えないでやる」
「は…?」
予想外の切り返しに一瞬、言葉の意味が理解できなかったが、その数秒後、アランはこの男の目的を理解した。
どのような理由があるのかは知らないが、おそらくあいつらの狙いはサリアで、彼女を先ほどの空間転移で連行するためにここに現れた。それも、他者が干渉できない状況を選んで。
その瞬間、とある日の情景がアランの脳裏をかすめる。
瞬間的に過る光景は血塗られた槍と瓦礫に覆われた民家。そして動きの止まった大きな広間の様子。
もう、かなり前の記憶になるが、同じような境遇にアランは以前、立たされたことがあった。容姿は青年とほぼ同じ黒いフード。あの時のアランはその一方的な力に全く太刀打ちできなかった。
しかし、今は違う。
ーもう同じ光景は繰り返さない。
記憶が蘇ると共にサリアを求めた青年に対する怒りが徐々に込みあがってくる。あの時、彼らに対峙したアランは自分の弱さを呪った。その悔しさは時が経った今でもなお、忘れることはない。戦いに燃やす決意を胸に、アランは恐らく青年が求めているであろうサリアに向けて問いかけた。
「今は一旦休戦だ。おそらくあいつの狙いはサリアだ」
水の巫女が示す存在が彼女である以上、このままではサリアが先ほどの転移魔法で連れ去られるのも避けられない。彼女が戦えば、最悪、隙を見て彼に連行される可能性もあるだろう。
だとすれば、要求を拒んだ上で彼に対抗する手段は必然的に限られてくる。覚悟を決して、アランは会場全体が停止した様子に動揺する彼女に向けて、小声で打開案を持ち掛ける。
「俺があいつの相手をする。サリアは攻撃に当たらないように、外周へ離れていてくれ」
青年の意図を鑑みての提案だったが、その言葉に意識を戻したサリアは驚きの表情を浮かべる。
「アランが1人で⁈ そんなの無茶だよ! 魔力量的にあの人、実力は多分、上級魔導士以上はある」
ここまでの戦闘経験から、直感的に放出する魔力量で、魔導士の力が分かるのだろう。戸惑いを隠せないサリアは言葉を続ける。
「1人でどうにかできる相手じゃない。上級魔導士でも呼んでこないと太刀打ちすらできないって!」
言葉を続けようとしたサリアの話にアランは無理やり、言葉をはさむ。
「今の状況じゃ、術者のあいつを倒さないと会場の人たちも動かないままだろ。それに、防ぐ程度なら俺でもできる。だから…」
そこまで説明をしたところで、アランの言葉が止まる。以前、黒フードの魔導士と対峙した時には確か、サリアも一緒だった。あの場で二人は命からがら逃げだしてきたのは今でも鮮明に覚えている。対処できる相手だと啖呵を切ったが、実力を見誤ったあの時のアランは対峙した魔導士相手に完膚なきまでに敗れ、多くのものを失ったのだ。
あの時の失敗はもう繰り返すわけにはいかない。
「負けたままじゃ、終われないんだよ」
実力差が圧倒的な中でも、この言葉は決して強がりのつもりで発したわけではなかった。魔法を使用できる今の状態なら、少なくとも以前のような完璧な敗北はない。力を持ちえた今の自信が、この絶望的な状況下でもなお、アランの戦闘心を燃やし続けていた。
サリアから視線を切ったアランは、上空のリゼルへ向けて口を開く。
「派手な演出して来てくれたんで悪いんだが、水の巫女は渡せない」
「そうか、なら無理やり連れていくほかないが、それでも?」
戦闘は避けられない。そう言いたいのだろう。むしろ想定通りの返答に、アランは言葉を返す。
「そうはさせねーよ。いつも、お前らの思い通りになると思うな!」
言葉と共に手に持つ雷剣にエレメントを宿し、アランは戦闘態勢に入る。その様子を確認したリゼルは微笑を浮かべ、ゆっくりとした口調でその言葉に応じた。
「ハッ、なめられたものだな。お前のような低俗が俺を倒せるとでも?」
対峙するのは自信と力量が伴っている相手であり、返す言葉はないが、それで微塵も弱音を吐くつもりはない。この戦いにおける敗北は、間違いなく、サリアの連行を確定させてしまう。
「倒せるかじゃねーんだよ。何が何でも倒す」
そう言って、アランは雷剣に宿したエレメントを体へと流し、戦闘の準備を完了させた。
7
アランが体にエレメントを流したのを戦闘の合図と受け取ったリゼルは呟くように言葉を零す。
「そうか、戦う気か…いいだろう、目にものを見せてやる」
言葉を最後に、リゼルはゆっくりと手を前に出して静かに口を開く。
「エンプティー・ディミリオンバレッジ(幾千の虚無弾幕)」
詠唱無しの魔法のコール。すると、リゼルの手を中心に黒い弾を複数出現させる。
「この黒い球は虚無のエレメントで出来ている。この意味は分かるな?」
「ああ、『その魔法に当たった魔法は、その本人から魔法そのものを奪う』だったか?」
平然を装いつつ、言葉を返すアランに対し、リゼルは不気味な笑みを浮かべて再度口を開く。
「ならこれがどういうことか分かるな?」
言葉と共にリゼルは腕を上へと上昇させて、一言。
「付属放出・虚光反射」
追加詠唱の直後、腕を下に振り下ろしたと同時に、空中に制止していた黒い球は一斉に四方へ散り、停止した会場とフィールの間に設けられた隔壁を反射して、アラン目がけて一斉に照準を定めた。
「複数生成した黒球の反射ホーミング…同時発射はさすがに逃げ場が無ぇな」
先のエリンに向けた自らの攻撃が脳裏に過ったが、今のアランが防衛魔法を構築すれば、球の着弾と同時にその術式は今後一切、使用が不可能になる。そのリスクを初歩的な攻撃によって負うわけにはいかない。
「たしか、サリアが言ってたよな。『1点集中型はアンチを見つければ、相殺できる』だったか?」
それは、7章のトライデントを生成した際に、広範囲攻撃をいとも簡単に防いだサリアに告げられた対策法。しかし、それを今行うには多くの問題が生じる。
「今の俺に虚無魔法のアンチとなる創造魔法は当然、使えねぇ。そもそも、雷剣狼が話した本意は対峙したらすぐ逃げろっていう警告だったのか?」
しかし、防衛が不可能である事実を確認する以前に、アランには見逃せない疑問がたくさんあった。
そもそも、リゼルはなぜ、アランの時間を止めずに、水の巫女の話をしたのか? そして、どうして、雷剣狼が戦うことはないと告げた日のうちに虚無魔法を用いる魔導士がこの会場に姿を現したのか?
考え直せば、雷剣狼は虚無魔法の存在のみを教えて、会話を終えてしまった。意味もなくコンタクトを取り、それだけ話をして会話を終えたのもかなり気がかりだったが、今、そんな事を今気にしている暇はない。
とにかくアンチとなる魔法が使えない以上、今のアランには被弾を覚悟で攻撃を躱すほかない。だが、その際に一切の魔法の使用は不可能。であれば、必然的にアランのとるべき行動はたった1つに絞られる。
「できれば、2度目は控えたかったんだが、やるしかないよな…」
先の戦いで多くの魔力を消耗したこともあり、過度な魔法の使用は控えたかったが、この対峙は勝利が絶対条件である以上、出し惜しみは出来ない。アランは手前に雷剣を構え、目を閉じながら静かに魔法名を唱えた。
「引用魔法・魔力吸引」
そのコールの直後、雷剣の周囲を取り巻く空気一帯が歪みを帯び始め、地表に見える陽炎のごとく、その場の空間にいくつもの波を作り出していく。しかし、その僅か数秒後、その中心にある雷剣が自然と光を帯び始め、それが空気中から集積された電磁波の集積を知らせた。
微かだが確認できた発光を見逃さなかったアランはコールに続いてさらに追加詠唱を唱える。
「付随指令・電磁流」
コールと同時に、アランが雷剣を真横に切り払うと、目の前に迫っていた黒球は全て、直撃を目の前にして2人の後ろと流れ、観客席との境界である闘技場の外壁に当たって消滅した。
切り払いの直後、ここまでの魔力枯渇を予感させる倦怠感が体を襲ったが、防衛だけで魔法を止める訳にはいかない。募る疲労感の中でも構わず、アランはさらに続けて、魔法の発動を宣言する。
「付随・電磁浮遊(エレクトロ・フロータ―)」
リゼルが姿を現したと同時にこれまでフィールドで発生していた魔法の全ては消滅していた。そのため、サリアがフィールドの外周を囲んでいた8章魔法と、試合開始直後に放たれた樹脂の水で覆われた地面は今となっては跡形もなく消え去っている。それが幸いして、万全の状態で浮力を発生させたアランは、発砲された弾丸のごとく、瞬く間にリゼルの上空へと上昇し、再度姿を現した直後には、先んじて魔力を蓄積していた雷剣を構えて、魔法名を口にする。
「雷魔法 第5章 ライトニングスロー・オブ・サウザンド(千発の雷剣投)」
すると、詠唱と同時にアランの背後へ数多の雷剣が出現し、剣の切り払いと同時に、それらすべては弓が弾かれた矢のように、リゼルに向って一直線に放たれた。しかし、それを見てもなお、変わらない不敵な笑みを浮かべつつ、ゆっくりと剣が放射された上空へと視線を移す。
「聞いてなかったのか? この魔法は全ての魔法発動を封じる」
自分への直撃を確信したリゼルは、先んじて持ち手の杖を向かいくる剣の方向へと向けて、虚無のエレメントを集め始める。このまま、彼が展開した虚無魔法が雷剣の一本にでも触れれば、ライトニングスローの消滅は免れない。
「そんな魔法、虚無魔法で触れただけで瞬時に…」
しかし、そこまで言いかけたところで、アランは言葉に割り込むように5度目の詠唱を口にする。
「付随・制御」
すると、詠唱が実行された直後、向かいくる雷剣は半数に分割され、リゼルの左右を囲むように軌道を修正する。
「何ッ?」
予想外の軌跡を描く雷剣の動きに困惑すると同時、上空の一点に向けられていたリゼルの杖の矛先が次第にぶれ始める。しかし、アランが再度、剣を発光させた様子を見た直後、リゼルの顔色は嫌でも次第に変化していった。
「まさか、お前…」
向けられた思惑にようやく気がついたリゼルだったが、ここまで詠唱の時間を稼がせてはもう遅い。あまりの魔力枯渇に活動限界を知らせる頭痛が思考を阻害する中、アランは直下のリゼルへ向けて、静かに口を開く。
「虚無魔法は確かに、相手の魔法を奪える本当に怖い魔法だよ。だがな、相手を狙っているだけじゃ、避けることや対処のしやすさは通常の魔法以下だ!」
発動を前に最後の言葉を残して、アランは魔法の発動を宣言した。
「雷魔法 第5章滅の型 ツイン・ソード・ペネトレイション(双剣貫破)」
そのとたん、分散した雷剣は双方共に光子として一つに集約され、二つの大きな剣と姿を変える。それが詠唱と共に、一斉に放たれ、リゼルの体を交互に貫いた。
「がぁぁーーーーッ‼」
変化した二本の剣はリゼルの両脇腹を捉え、命中した箇所からは、絵の具を零したのように、鮮血が地面にこぼれる。命中後、数秒はその場に留まっていたが、やがて地面に吸い込まれていくように、リゼルの体はフィールド向けて崩れ落ちていった。
腕丈を超える太さの雷剣に貫かれたのだ。確認せずとも、リゼルの体は間違いなく重体だろう。意識がもう持たなかったが、命中したリゼルの体が動かないのだけを確認し、アランは下で待つサリアの元へゆっくりと降下していった。
8
地面に着いたアランは、電磁浮遊を解き、フィールド端でこちらを見つめるサリアの元へ向かった。
「なっ? 防御程度はできるだろ?」
魔法の連発により急激に意識が揺らぐ中、アランはゆっくりと言葉をこぼす。しかし、向けた言葉に反して、これまでの一部始終を見ていたサリアは足早に駆け寄り、静かに口を開いた。
「ここまで戦わなくてもよかったでしょ! 動けなくなってたらやられていたかもしれないのに…」
「それは、悪かったよ。ただ、あの魔法を使う以上、サリアに相手をさせるわけにはいかなかった。それだけは分かってくれ…」
戦ったことに対する叱責に反省の意を示す中、アランは先の戦いにおける戦況の変化を再度思い返す。
リゼルとの戦闘では、引用魔法の魔力吸収で大気中にアランの発生させた電磁波が無ければ、魔力、電磁波ともに枯渇し、虚無魔法を流すどころの話ではなかった。そして、あの魔法を流すことが出来たのも、今思えば、ほぼ偶然のようなものだった。
彼の放った黒球は1つ1つが魔力が高度に擦り込まれており、魔法自体の威力は、先の戦いで見せた5章のサウザンドに匹敵する。思えば、同等か格上以上の魔法に対し、土壇場で魔法を流せたこと自体が不思議なくらいだ。
「危険だ、って言ったのに…本当に心配したんだよ?」
「……ごめん。ただ、サリアも知ってるだろ? 俺達がまだシュリークにいたころ、同じような魔法を使う魔導士が…」
しかし、そこまで言葉を発したところで、突如、魔法名のコールが告げられる。
「ジェネレート ホロウ・ゲージ(生成 虚無の檻)」
言葉と同時、サリアとアランの間には互いを隔てるように黒く細い線が出現し、瞬く間にそれが太い格子へと変化する。それだけでは当然終わらず、格子の生成に遅れるようにして、サリアの周囲に同様の格子が4面にわたって生成され、一瞬のうちにサリアの体は真っ黒な檻の中へと閉じ込められてしまった。
「…ッ‼ サリア!」
アランがそう叫んだのもつかの間、彼女の閉じ込められた檻は空中に連れ去られ、いつの間にか、上空へ姿を現した魔導士の前で停止する。
「よし、捕獲には成功。あとはあの方のところまで届ければ…」
「な……ッ!」
突如現れた魔導士は、サリアを捕らえた檻を見やり、安心の言葉をこぼす。
「ッたく、リゼルのやつも、こんな単純な事を何で出来ないかな? だから、初めから手を抜くなって、いっつも言ってんのに」
独り言を零しつつ、ため息をつく魔導士は、ようやく存在を認識したのか、目下のアランへと視線を移す。
「あとは、こいつから魔力を奪って…って言いたいとこだが、リゼルの失態もあるしなぁ。やはり、報告が優先か」
本人をそっちのけで話を進める上空の魔導士は檻に手を添えつつ、先んじて手に持つ杖を一振り。その直後、魔導士の背後には、限りなく黒く染まった靄のゲートが生成された。しかし、話を勝手に進めた挙句、撤退をしようとする魔導士に痺れを切らしたアランは、その手前で自然と口をはさんだ。
「おい、待てよ!」
雷剣を構え、上空の魔導士に向けて一言。それが聞こえたのか、檻と共に去ろうとした魔導士は、ふとアランのほうを振り返る。
「なに? 撤退してあげるって言ってるのに、まさか、戦う気?」
完全に退散モードだった魔導士だが、戦闘姿勢を見て、僅かに驚きの表情を浮かべる。しかし、その言葉に反応して、何かのスイッチが入ったのか、振り返りざまに、杖を持つ手に僅かな力を込められたようだった。
「そんなに戦いたいなら、楽にしてやるよ。魔法を奪われた魔導士に価値はねーからな!」
不気味な笑いを浮かべ、上空の魔導士は杖の周囲に先ほど生成した虚無のエレメントを纏わせる。
会話からも、リゼルよりも上位に位置している魔導士が言うのだから、彼の言葉からして、恐らく本気なのだろう。しかし、今のアランには知ったことではない。絶対にあいつを行かせてはならない。
その瞬間、再度、13年前の記憶が頭をよぎる。アランはその時はまだ両親といて、サリアとも普通の友達だった。しかしある時、アランのいた家は火の海に包まれ…
そこまで思い出したところで、アラン脳内に電流が走ったような衝撃が走る。
「あいつの強さの問題じゃねー。こいつらは絶対に行かせちゃならない。もう二度と…」
ー繰り返させない。
記憶と共に蘇る、決意と共にアランは反身を翻した上空の魔導士に再度、向き直る。
「その言葉、そっくり返してやるよ。お前らがしようとしていることを俺は止める。いつもいつも、お前らの思い通りになると思うんじゃねぇ!」
零した言葉を最後に、手元の雷剣にエレメントを流す。
「付随 電磁浮遊」
もう動かない体だが、アドレナリンで無理やり活性化させ、高速で詠唱を唱えたアランは、上空にいる魔導士に向けて、一直線に飛んでいった。
9
向かいくるアランを視界に捉えた魔導士は、小さなため息を零した。
「はぁ、時々いるんだよね。格上が相手で圧倒的差があるにも関わらずに挑もうとするやつ。そういう奴って…」
独り言をつぶやく傍ら、向かいくる相手に向けて魔導士は腰元に収めていた刃が真っ黒な剣を取り出し、
「大…ッ嫌いなんだよね!」
そう言葉を残し、上空の魔導士は剣を横に構えて魔法名をコールする。
「クライムコンビクト(罪の償い)」
すると、コールの直後、彼が薙ぎ払った剣の軌跡から、上空に向けて大量の黒い水が流出し、フィールドの4分の1ほどの空を覆いつくす。その水の下は影となるほど微塵の光も差さない。そんな空中に不気味に制止した液体は、向かいくるアランの退路を完全にふさいでいた。
「知るかよそんなん」
だが、そう言い捨てた、アランは前進する中で再度、魔法の詠唱を加える。頭はアドレナリンで冴え渡り、先ほどリゼルを倒した記憶を思い起こし、その技術を応用して即急でコールの式句を構築する。
「雷魔法 第7章速の型 ライトニング・テレポーテーション(光の瞬間移動)」
魔法名を口にした直後、アランの体は瞬時に消滅し、一瞬のうちに魔導士の背後へと転移した。
先ほどリゼルの体を貫いた際の魔法のコントロール方法だったが、実際の体でもどうやらうまくいったようだ。これなら、あの魔導士の上を取ることができる。
「お前らがどうしてサリアを狙うのかは俺には分からない。だがな、いつも悲しみを押し付けるお前らのやり方だけは俺は絶対に許さない」
剣を切りつける手前、自分の方向を一瞥もしない魔導士に向けてそう言い残し、アランは後ろから魔導士に向けて剣を振り下ろす。しかし、
「お前に僕らの…」
言葉に反応を返した魔導士は僅かに体に魔力をちらつかせる。
「何が分かるー!!」
剣が到達する手前、発狂と共に、彼の体を覆うようにアランと同様の黒いエレメントが出現する。振り下ろした剣宿し状態の雷剣が纏う雷の元素は発生した黒い靄に吸い取られ、徐々に発光していた光を失っていく。その消失と同時にエレメントの放出を受け流せなくなったアランの体は弾き飛ばされるようにして雷剣もろとも地面へと落下していった。
「…ッ! お前、まさか!」
弾かれて地面に吸い込まれる中、影ではっきりと目視できない上空の魔導士の姿を見て、アランは確信する。意識外からのエレメント放出は燠型の魔導士でなくては出来ない芸当。だが、その例外を先ほどのサリアとの戦いでアランは既に示していた。
しかし、その理解を認知していたのか、その答えをつぶやく手前で先んじて魔導士の口が開かれる。
「体外への魔力放出。俺は魔力蓄積型の魔導士だ」
影になっていても分かる、あざ笑うかのような笑みを浮かべて、落下するアランを魔導士は見つめる。
「雷魔法が消えて残念だなぁ。だが、安心しろ。既にその魔法の主は俺が殺してある」
「な、何だと!」
突如告げられた、言葉にアランは考えていた思考の全てがフリーズする。
―雷剣狼が…死んだ?
勿論、魔法を封印した後ということもあり、感情を揺さぶるための嘘である可能性は十分にある。しかし、ここまでの実力、そして2回戦後に急遽告げられた雷剣狼の言葉がその思考を完璧に否定する。
真偽は分からないが、今思えば、雷剣狼が何故かしていた虚無魔法の説明は、自分を殺した後、この魔導士がアランの前に現れることを予期していたのかもしれない。
雷剣狼から連絡があったのはあの一度きりで、それ以降の連絡は当然ない。その間の試合が2戦しかなかったことから、にわかには考え難いが、この2戦の間に彼は雷剣狼との戦闘を終えて、この競技場に姿を現したのだろう。だが、あの出現させた空間転移を考えれば、それも不可能ではない。
「俺は虚無の王配下、サード(3位)のイエム。雷の狼を殺した魔導士の名前だ。覚えておけよ?」
動揺が収まらない中、これ以上ない嫌味を込めて魔導士は自らの名前を口にする。しかし、そんな言い方など気に留めている暇もなく、アランは雷剣狼の経緯を順に振り返っていく。
雷剣狼はシエンとの戦いの後の連絡の時、既にイエムの存在を知覚しており、恐らくアランに伝える必要があることも理解していた。その上で、雷剣狼はもしもの時にと創造魔法のことを教え、実際にイエムとの戦闘を行ったのだろう。
その後、雷剣狼はイエムに敗れ、その流れでイエムと先ほどのリゼルはこの会場に姿を現した。そう仮定すれば、ここまで、雷剣狼の連絡を怪しいと思いつつも考えを後回しにしていた自分が、どれほど愚かだったかが分かる。
「なんで、こんなことになってんだよ。どうして…」
自分が気づけなかったこと、そして、何も出来なかったことが悔しく、しばらくの間、一切の言葉を失う。しかし、それに反してイエムは思い出したかのように急遽、口を開く。
「あの狼は継承者であるお前の居場所は最後まで口を割らなかった。だから、俺はここに来るのがリゼルに比べて、来るのが遅れてな。まぁ、お前が水の巫女と一緒にいるなら、結果オーライだったかもしれないが…」
何か言いかけた様子だったが、その言葉のみを残してイエムは構えていた剣を振り下ろす。
「さあ、終わりだ。カタストロフィ(破局)」
コールと同時、それまで上空に魔力でせき止められていた水が一斉に動き出す。上空はもはやプールのように一面に水をせき止めており、当然、雨のように降りだすわけもなく、まるで洪水のように落下中のアランの体を一瞬で覆いつくし、洪水の流れに巻き込まれていった。
10
「アラン!!」
サリアがそう叫んだ時には、既にアランの体は黒い水に飲まれ、その姿は見えなくなっていた。
「溺れる心配はないさ。あの水は普通の水とは違って、水中でも呼吸は出来る。まあ、虚無魔法に触れた以上、魔力は失うことになるけどね」
サリアの言葉に反し、まるで他人事のようにイエムは目の前の光景に説明を加える。そして、アランの姿が視界から消失したのを皮切りに再度、サリアへと向き直り、口を開いた。
「さあ行こうか、水の巫女。王はきっと君を待っている」
「あなたたちは何が目的なの? 私に固執する理由は?」
理解が追い付かない中、我先にと事を進めようとするイエムに向けて、サリアは疑問を投げかける。すると、当のイエムは一瞬、驚いたように眉を上げた後、その言葉に静かに応じた。
「僕たちの目的は魔法をもとあるべき場所に返すことだ。そして、君に固執しているのは僕じゃなく王の意思。だから、その問いは僕じゃ答えられないな」
競技場へ現れた時と同様、不気味なまでにフランクな言い回しで返答を残し、イエムは再度、式句を並べて来た時と同様の黒い霧を作り出す。霧の正体は当然ワープゲートであり、本来であれば高等魔法に準ずるものだ。それをいとも簡単に出現させ、操作するイエムは、枠を拡張させて檻をその内部へくぐらせると、ゆっくりと檻の転送が始まった。
しばらくは空中に制止する檻だったが、時間と共にワープによる消滅が進み、やがては捉えられていたサリアもろとも、完全に姿を消してしまった。
「さてと、仕事も終わったし、あとはここを後にするだけか」
灰色に包まれた世界で一人、イエムは独り言のように呟きを零す。そして、向かってきた唯一の相手が沈む眼下の漆黒を一瞥したのち、自身もワープゲートに入り、一瞬のうちに姿を消した。
直後、フィールド上に溜まっていた水と、結界は一瞬で消滅し、止められていた時間も拘束が解かれたように再び活動を再開する。
競技場のギャラリーからすれば当然、何が起こっているのかが理解できない状況。当のアランは、漆黒の海の底で沈んでいたため、ただ一人、競技場で仰向けに倒れていた。
一瞬で目の前の光景は変化したことから、周囲の上級魔導士もその異変を感じ取ったのだろう、審判か見守りの魔導士が周囲で騒いでいる声が微かに聞こえてくる。しかし、今のアランにとってはそんな言葉など微塵も耳に入らなかった。
サリアを奪い、雷剣狼を殺したイエム。彼との戦いにアランはなすすべなく完敗した。嫌というほど自分の無力を思い知らされ、消失感からくる心の穴がどうしても塞がらない。
ふと、初めて雷剣狼と出会った際に宣言した自らの言葉が蘇る。
「魔法が使えないからこそ、戦うしかない。まともな魔法が使えない人間は逃亡の有無すら選べないんだよ」
それは魔法が使えない中でも格上の相手に戦えるのかという雷剣狼の問いかけに対する答え。その言葉に今の状態を照らし合わせ、あまりの惨状に自然と笑いがこみ上げてきた。
「はっ、ザマァねえよな。結局、雷魔法があっても何もできねーじゃねーか」
雷魔法は何もない自分に、雷剣狼が託してくれた唯一の力。その力をくれた恩に報いるためにもイエムとの戦いに負けるわけにはいかなかった。それなのに、結果は惨敗。その上、託してくれた雷魔法も奪われたことで、今のアランに残るものは何一つなくなった。
「身近にいたサリアでさえ救えないんじゃ、誰が救えるんだよ」
思考だけは何とか働いていたが、ようやくアドレナリンも切れてきたようで徐々に視界が暗くなっていく。その上、絶望からくる無力感も相まり、アランはついに意識を手放した。
何の魔力もない落ちこぼれへと回帰。しかし、それを嘆くより先に、今はやるべきことがある。そのことにアランが気が付くのはまた、少し先の話。
落ちこぼれ魔法剣士のリバースゲイザー
第1部 終