第三章 トーナメント準決勝
前回同様、転載作品になります。
興味のほどあれば次回以降もお読みいただければ幸いです。
1
闘技場に足を踏み入れ、準決勝が実際に開始されたのは、わずか5分後だった。
開始までの猶予は残されていないが、その時間を無駄にするわけにはいかない。アランは今まで発動できた魔法、そして対人用の雷剣の振り方を再確認していた。
しかし、魔法の発動を確認する中、ふと、脳裏に館での第5章のライトニング・スローを雷剣狼のような、剣の複製を試していないことに気が付く。
「雷剣狼があんなに使っていたのに、何で試してなかったんだろう」
時間も迫っていたが、気が付いた以上、試さない訳にもいかない。残された時間でアランはライトニング・スロー発動に必要なエレメントの集積を始めた。
「汝に命ず、われらを隔てる壁を破り、雷の意思のもとにその力を示せ」
雷剣狼と同様、簡潔な詠唱とともに剣の持つ手にエレメントを慎重に流していく。そして十分な魔力による発光を確認したのち、アランは呟くように魔法名をコールする。
「雷魔法 第5章 ライトニング・スロー」
すると、手にしていた雷剣の横に、同サイズで模倣された光の剣が一本出現すると同時、矛先を向けた競技場の地面へ向けて勢いよく突き刺さる。二本だけだが、どうやら複製には成功したらしい。
「よし!」
まだ、応用は効かないだろうが、雷剣狼も行っていた剣の複製は何とか発動できるようだ。その成功に内心喜ぶと、数秒遅れて試合開始前の合図がかかった。剣を手元に戻し、ここまでの試合と同様、お互いの位置に向かって行く。
そこに向かうさ中、対戦相手の顔がふと目に入る。
水晶板に記された相手の名前はエリン。当然、杖を持った魔導士だが、一風変わった緑基調のローブを身に纏った女子生徒。一本に束ねた銀髪を風になびかせ、手に持つ杖は白樺のように白く、まっすぐな持ち手とは対照的な杖先は何故か歪に湾曲している。
『中央貴族か、、』
学会にはアランのような一般魔導士の家系以外に、数人程度、帝都バルキアに在住する宮廷貴族の末裔が所属している。彼女の持つ杖はまさにそれの象徴。貴族を装うはったりでなければ、恐らくそれで間違いない。
中央貴族は従来、学会へ所属する以前に幼少期から魔法教育を受けており、学会の成績上位は年齢問わず彼らが大半を独占している。余程のことがない限り、かなりの手練れだろう。
しかし、そんな思惑の中、引かれた白線の手前で試合開始を待っていると、目の前に立つエリンの口が唐突に開かれる。
「先に言っておくけど、あんたの魔法、私に通じないから」
「え?」
意識外の問いかけで言葉が聞き取れず、アランは疑問の声を返す。しかし、次の瞬間には試験管から試合開始の合図が告げられる。
「それでは、試合開始!」
唐突な発言から幕を開けた準決勝だったが、言葉に反し、先手を取ったのはアランだった。
予定としては敵の間合いに入り、詠唱より先に雷剣のエレメントを付着させて攻撃。そのつもりだったが、アランが間合いに入ろうとした直後、ここまで詠唱すらしなかった彼女は唐突に魔法名をコールした。
「風魔法 第5章 イノセントミスト(純霧)」
すると詠唱の直後、彼女を囲むように、その周囲から突如、白い霧が発生し、急速に範囲を拡大させていく。霧の噴出は凄まじく、それによってアランの視界は一気に真っ白になった。
「な!」
―またこの展開かよ!
叫びたい衝動を押し殺し、アランは急いで攻撃を中断して霧からの脱出を試みる。しかし、認知できない外部から、エリンは再度、魔法名をコールしていた。
「風魔法 第6章 メテオリック・ストーム(暴風の流星雨)」
すると、コールした直後、アランの立つ数センチ横で爆発が起きたかのような強風が巻き起こる。直撃は避けられたが、周囲で爆発は連鎖的に発生し、アランの安地を徐々に減らしていく。
「マズい!」
このままではいずれ直撃は避けられず、ともかく霧から出ることを専決に考える必要がある。エリア外にならぬよう、足元を注視しつつ、外縁へ向けて急いで駆けていく。
「出れた!」
展開が競技場全体を取り囲むほどではなかったようで、霧から出るのは思いのほか早かった。すかさず、エリンの位置確認も含め、霧の全容を確認する。
霧は半円状に展開がされており、どうやら試合場を中心に展開されていたらしい。外縁部だけは歩ける程度の安地が残されており、それ以降は先が見えないほどの深い霧が立ち込めている。
しかし、試合場の外縁を急いで回ったが、エリンの姿はどこにも見えない。反対側にいるのか? ともかく視覚外から攻撃を行っていることは間違いないだろう。
「エリンは?」
感じた疑問がふと声に出ると、それを聞いてか急遽、その答えは返ってきた。
「上だよ」
言葉を聞く前にアランは声が発された方向である上空へ急いで視線を移す。
半球状に展開される霧の上部は従来であれば青空。だが、見上げた上空には、なぜか空中で静止しているエリンの姿があった。
2
この瞬間、アランは少し驚いていた。
「なぜ、あいつは浮いている?」
その一言で片付くかもしれないが、気がかりなことは他にもある。
まず、浮遊術を使える魔導士は上級魔導士の中でも、異常に数が少ない。しかも、そんな貴重な浮遊術であれ、発動中は少しずつだが、魔力を消費する。
それを、5、6章と同時に使うことなど、魔法の英才教育を行う中央貴族であったとしても、まず、不可能なはずだ。
ーなら、彼女は?
しかし、ふと浮かんだその疑問に、彼女は先んじて言葉を返した。
「『上級魔導士でもないのになんで、浮遊術が出来るんだ?』って思った?」
「は?」
思考を読まれているかのような返答の言葉に、アランは条件反射で疑問の声を上げる。すると、その反応を見てか、エリンは小さくため息をついて、静かに口を開く。
「浮遊術を教えてくれたのが、魔術団の元リーダーのラキア。その妹って言ったらわかる?」
「ラキアだと?!」
彼女の告げたその名前に、アランは咄嗟に声が出る。
元魔術団団長のラキアといえば、劣国だったかつてのアストラル王国において領土拡大に努め、10年で国を再建した英雄だった。
講義で習った程度だが、彼の戦術は基本的に地の利を生かした軍の人員配備。そして、人数が絞られてきた段階で、空中からの魔法詠唱による殲滅を得意としていた。
軍内で浮遊術を使えたのは彼だけだったが、彼には、軍師としての素質があり、陣形の形成において上空からの戦況把握は、多勢相手にも有利だったと聞いている。
しかし、彼の指揮をもってしても、軍の魔導士の死は避けられなかったようで、国の再建を終えた時期には魔術団の魔導士はほぼ壊滅状態。その結果、王国再建後に魔術団は解体され、それに代わる形で現在の魔術師団が創設された。
そのため、今では歴史を学ぶ時以外は、彼の名前を口にするものは殆どいない。そんな彼が兄だというのなら、あの空中浮遊と魔法詠唱は頷ける。
「って、納得してる場合じゃねー! あいつ、出自の地点でヤベェ奴じゃねーか!」
現状を考えても、素直に考察をしている暇などない。一刻も早く、上空からの攻撃をやめさせなければ、今のアランに勝機はない。
「このまま、さっきのを連発されたら数分ともたねーぞ」
そう気持ちを言葉にすると同時、ライトニング・スローの発動を試みるが、
「風魔法 第1章 テイル・ウィンド(追い風)」
エリンが先にコールして出現させた衝撃波により、アランは後ろに押し返され、再び霧の中へ戻される。
「くそッ、あと少しだったんだけどな」
詠唱の不発を悔やみながらも、一章の魔法のためか身体ダメージは皆無。であるため、即座に霧の外への脱出を試みる。しかし、突如、上空から光のような1本の線が降り注ぎ、剣を構えていた腕を一直線に貫いた。
「があぁぁ、、ッ!!」
霧に戻された直後に放たれた攻撃。予測不能の光線を受けて、腕を中心に痛みは全身へと広がっていく。
しかし、激痛が迸る中でも、既に光の2発目を視界にとらえており、そのままでは直撃は避けられない。腕の負傷を庇いつつ、アランは急いで真横に回避をした。が、移動の衝撃でその痛みはより悪化した。
「痛てェ! 視覚外からの攻撃は反則だろ!」
攻撃を続けることは容易に想像でき、アランは取り敢えず、矢が飛んできた方向に向けて壁を作ることにした。
「雷の眷属よ、わが身を守る盾となれ、雷魔法第3章エレクトラ・ファルト(雷壁)」
しかし、詠唱をしたものの、手元から無属性エレメントが注がれるだけで、雷剣自体には一切の変化がない。
「え?」
従来であれば、無属性エレメントは雷剣を介して雷元素へ返還されるのだが、今の雷剣にはそれを示す黄色い発光すら見られない。思わぬ事態に理解が追い付かず、疑問を口にすると同時に、上からエリンの声が耳に入る。
「魔法発動の時にも言ったけど、この霧は「純霧」。この霧は電子を一切持たないし、外部から受けとることもないの。だから、ここにいる限り、あなたが雷元素エレメントを集めることはできない」
エリンは上空で何不思議なく事情の解説をしている。一見すると手の内をさらしているように思えるが、話したところで魔法が封じられている事実は全く変わらない。
この霧が発言通りの性質であれば、内部からの魔法構築はほぼできないとみていいだろう。そうなれば、ここにいては先ほどの光に貫かれるのも時間の問題。となれば・・
現状を理解し、アランは再度、上空へ浮遊を続けるエリンに向けて向き直った。
3
「つまり、お前が言いたいのは、この霧を出ないと、俺は魔法が使えない。そういうことだろ?」
理解した現状をありのままに話すと、エリンはすました様子でその言葉に応じる。
「極論そういう話ね。だから、そこにいる限り、あんたは『ウィンド・スナイプ』の照準に狙われ続けるだけ。まあ、霧から出たとしても狙うだけだけどね」
説明に肯定を示すとともに、彼女はさらっと先の腕を貫いた光の魔法名を口にする。しかし、発言の内容は紛れもない事実であり、このままでは、上にいる彼女の優位性は変わらず、自分はその照準にならざる負えない。
「その前に降参でも私は構わないけど?」
思考のさなか、上空からの煽りの文言が聞こえてきた気がするが、今はそれを否定する口実が弱いため、真っ向から反論できない。
彼女の言うように、このまま霧の中を逃げ回っていても、いずれ射抜かれるのは時間の問題。しかし、同時に霧の外に出れば、攻撃をかわす手前で胴体を射抜かれることは間違いない。先ほど腕を貫いた光の威力をみても、どのみち、重症は避けられないだろう。ならどうすれば・・
すると、視線を落とした際にふと、手元の雷剣が目に入った。
「手元にある攻撃手段はこれだけ。その上、霧の中での魔法の発動は出来ない」
魔法発動を雷剣に頼っていることから、今のアランは杖を持っていない。ここまでは、何も問題なかったが、ここにきて六元素を使えない欠陥が露骨に表れてきた。
今思えば、ここまで雷魔法だけで戦ったのだから、他の生徒がその対応してくるのはむしろ、当然だろう。
しかし、それを理解したとしても、今の状況不利は覆らない。今は唯一、使える雷魔法で何とか活路を切り開くしか勝利する術はないのだから。
敵の動き、自分の置かれた状況を整理するべく、アランは数秒で思考を巡らせる。
『エレメント蓄積の無効化… まてよ?』
エリンの発言では、発動不可の原因は確か、霧の中でエレメントが集められない事だった。
「雷剣にエレメントは集められない。けど、雷剣内部の魔力は変わっていないよな?」
思い至った直後、咄嗟に雷剣の持ち手から魔力放出を試みる。すると、放出を表す黄色い発光が僅かに目視でき、空気消滅こそするものの、残留する魔力自体は残っているようだ。
「よし、魔力は残っている。なら、全く不可能でも無さそうかな…」
そう呟いたのち、アランは腕の痛みをこらえつつ、上にいるエリンに向って叫んだ。
「ご忠告どうも。けど、俺だってこんなとこで負けるわけにはいかないんだよ!」
「そう、なら終わらせるけど、かまわないわね?」
すると、その言葉が耳に入ると同時、アランの口元には自然と笑みが浮かんでいた。
「いや、勝つのは俺だ」
突発的な宣戦布告を叩きつけると同時、アランは負傷していない片腕で雷剣を全力で真上へと投げた。
そして、ある一定の高さに到達した直後、アランは即座に魔法名を唱える。
「雷魔法 第6章 ライトニング・バニッシュ(消滅)」
6章のコールにより、霧の手前で落下する雷剣の軌跡を霧が通り、直下に広がる純霧雲が消滅する。当然、それと同時に魔法の制限も解除された。
その瞬間を縫って、アランはもう1度、魔法の発動を宣言する。
「魔力付随エンチャント・魔力接続マナコネクト」
マナコネクトの宣言により、掲げた手の指先と剣の持ち手が薄い黄色の発光で包まれ、2つ目の詠唱を続けて発動する。
「雷魔法 第6章矛の型 ライトニング・リプロダクション(複製)」
その直後、空中に投げた雷剣は無数に増殖を繰り返しつつ、空中で範囲を拡大させると同時、エリンの方向を向いて一斉に静止する。その数、数えられる範囲で、およそ数百本。
「だからどうしたの? 剣なら詠唱一つで全て落とすこともできるけど」
強がりのようにも聞こえるが、優位者としては当然の反応。その言葉が耳に入った瞬間、急激な魔力減少を知覚する中、アランは再度、笑みを浮かべ、さらに魔法を重ねた。
「魔力付随エンチャント・放 電ディスチャージ」
すると、数百本ある雷剣から、その間を繋ぐように歪んだ白線が出現し、そこから空一帯を覆うように網状のプラズマを発生させた。バラバラに発生していたプラズマは雷剣1本1本に集まっていき、やがてはすべての雷剣が剣宿しの状態へと姿を変える。
「お前が全ての剣を弾けるんなら、俺は本気でいく。絶対にお前に負けはしない」
その言葉が、上空で浮遊する彼女への宣戦布告となった。
4
「付随指令エンチャントオーダー・一斉射撃レディエーション」
アランが魔法の放射を宣言した直後、空中に止まっていた雷剣が一斉にエリンに向って放たれる。
しかし、対するエリンは焦る様子もなく、手元で文字列を並べていたのか、詠唱無しでゆっくりと魔法を唱えた。
「風魔法 第6章破の型 ミリオン・ゲイル(千の強風)」
コールと同時、横一直線に彼女が杖を振ると、照準を合わせた雷剣へ向けて、薄緑に発光する無数の衝撃波が放たれる。
「なっ!」
数百の雷剣とはいえ、複製された剣自体は脆く、向かいくる同数の衝撃波によって、その勢いは即座に相殺されていく。その光景を見送るつもりも無いようで、エリンは先の発動に続けて詠唱を口にする。
「天下を、貫き、吹き荒れろ」
コールする中で横に振った右手を再度、手元に手繰り寄せ、彼女は掲げるように杖を両手で構える。
「風魔法 第6章激の型 ダウンバースト(超常下降気流)」
発声と同時に杖を振り下ろすと、闘技場の地面が一瞬、僅かに振動する。地上で身構えていたアランだったが、土魔法以外による予想外の揺れによって、僅かに態勢が崩される。
「何が来る?」
僅かな振動だけで終わる6章魔法など存在する訳がない。揺れの次に来る攻撃に備え、上空のエリンや周囲に向けて全身の神経を集中させる。
すると、その直後、何の前触れもなく、上空から叩きつける様な強風が一直線に吹きつけ、音を立てながら競技場の外周以外の足場が崩壊を始める。
「は……?」
突然の景色の変化に、状況がついて行かず、口からは拍子抜けな声が出るばかり。
気づいた時には既に態勢を立て直せるような足場はすでになく、足場と同時に落下するアランは、重力に従うように、開けられた深い穴へと落下していく。
「……ッ! ちょっと待て!」
「自分の力は過信しないことね。あんたは、ここに来るのが早すぎたのよ」
そう言い残し、エリンは競技場に背を向けて地面への効果を始める。しかし、穴の端に着地しようとしたその瞬間。
「え!?」
地上へたどり着く直前でエリンは周囲の違和感を知覚する。上空が瞬時にして雲に覆われ、その変化から闘技場中に一瞬の静寂が訪れる。
「何かおかしい……」
その予感は的中し、その直後、大きな音を立てて、穴に大きな落雷が直撃した。
―あの場所はあいつがいた場所……
数秒前の記憶をエリンが呼び起こすと同時、それを待たずして穴から盛大な声が一帯に響き渡る。
「雷魔法 第5章速の型 リバース・ボルト・アクセラレーション(逆転落雷加速) 魔力付随・電磁浮遊」
穴の中から続けて魔法が唱えられる。すると、落雷を逆流するかのように、凄い速度で上昇すると、途中で空中で停止する。
「こんなことで終わるわけにはいかねーんだよ!」
そう言い放ち、アランは地上手前で佇むエリンを前傾姿勢で上空から見降ろしていた。
5
「な、何で、あなたが浮いているの? 上級魔導士でもないのに、どうして、浮遊術が使えるの?」
あまりの状況の変化にエリンはその状況が理解できない。
「発動の時に言っただろ。これは、浮遊術じゃない、エンチャントの電磁浮遊だって」
発言を再確認し、アランは言葉を繰り返すが、それでもエリンは事態が理解できない様子で静かに首を横に振る。
「嘘よ。浮いているなら浮遊術の1つではないの? 術式複合? 一体……」
そう言い続けようとしたエリンの言葉に割り込み、アランは先んじて言葉を返す。
「じゃあ聞くが」
勝手に話を進めるエリンの反応に、小さくため息を零し、アランは再度口を開く。
「浮遊術はそもそもどんな魔法だよ?」
突然の質問で、戸惑うと同時、エリンは数秒の思考の末に改めて口を開く。
「六元素魔法の最頂点、第七元素である「万物魔法」を魔法の核として、その周りに風魔法を纏わせて浮力を発生。その魔法内の風魔法のエレメント量をコントロールすることによって浮くことが出来る……」
「なら言っておく。俺は万物魔法はおろか風元素魔法すら使えない。浮遊術は発動自体が出来ないんだよ」
そうアランが応じると、エリンは驚いた様子で再度、口を開く。
「ならどうして!」
「言った通り、これは電磁浮遊。一定範囲の空間に発生した電磁波を雷魔法で反応させて、浮いてるように見えるだけだ」
大雑把な説明をして解決を図ったアランだったが、それだけでは当然、エリンは納得できるわけがない。
「浮遊しているのは電磁波の反応ってこと? それだけで浮力が生まれるっていうの?」
浮遊術しか魔導士が宙に浮く方法を知らないエリンは、発言が半ば信じられず、整理できない疑問が独り言のように呟きとなる。
「磁力の反発だけで人体を持ち上げてるの? いや、そもそも電磁波ってなんなの?」
「電磁波は名前の通り、磁力に作用する電気の波だよ。空気中に蔓延している理由は……お前なら分かるだろ?」
そう言い残し、穴の上空で静止するアランは、即座に空気中に蔓延する電磁波中から銃を生成し、そこから即座に、弾丸を放った。
しかし、長く浮遊することは出来ないのか、説明に痺れを切らしたのかは分からないが、エリンは最も聞きたかったのはその説明ではない。
「語源なんて聞いてない! 蔓延してるなら何で増えたのよ?」
電磁波に関する一切を語らないのは対戦である以上、仕方ない。だが、未知の魔法でやられないためにも電磁浮遊の仕組みは必ず解明する必要がある。しかし、今は発砲された弾丸の対処が先だった。
目視で確認できる範囲で直進してくる弾丸の数は3つ。連続で放たれた弾丸の発砲は同時なのか、時間差を作らずに全弾平行してエリンに向かってくる。
―杖じゃ、一斉処理はキツイか……
消費魔力と生成時間を考えて、杖での処理が不可能であることを悟ると今まで持っていた杖を鞘に納め、試験条件として装備していた短剣に手を伸ばす。その直後、手に触れて構えるまでの間に徐々に剣は魔力を纏い始め、数秒で黄緑色に発光する剣宿しの短剣へと姿を変えた。
「風魔法 第6章剣の型 ストーム・スライサー(強風の斬撃)」
魔法の発動を宣言し、左下、真縦、左上と順番に剣を振り下ろすと、その軌跡から無数の風の刃が生成される。光の刃は衝撃波のように一直線に銃弾へと迫っていき、対峙する弾丸を跡形もなく消滅させた。
「というか、エンチャントを連発していて、まだ魔力で生成できるって、なんで魔力枯渇にならないの? 本来なら、とっくに魔力が尽きていてもおかしくないのに」
魔法を防いだものの、浮遊しつつ、魔力で生成した銃で発砲をしたことにエリンは違和感を覚える。しかし、弾丸の消滅後、上空の立ち姿が一瞬だけふらついた。
「やっぱり、もう魔力の限界なんだ。あんな連続で発動していて魔力が長く持つ筈がない」
魔力切れがこないことを疑っていたが、やはり、ふらついた様子からも、内在魔力はぎりぎりのようだ。
「といっても、私はあいつのこと言えないか」
多くの魔力をダウンバーストの発生に注いだことに加え、銃弾を弾くために魔導士には魔力効率の悪い剣宿しを行ったことで、魔力は今にも底を尽きようとしている。
しかし、大技であれば1発である反面、小技であれば数発程度は撃てるだろう。
―イチかバチかだけど勝負するしかないか。
魔力が少ない以上、エリンが取れる手段は必然的に限られてくる。上空のアランに向けて、エリンは静かに魔法の詠唱を始めた。
「あいつマジかよ」
防がれた銃弾を見やり、手元の拳銃を消滅させて、アランは呟きを零す。
まさか、同時発砲の弾丸を杖から一瞬で短剣に持ち変え、消し飛ばすとは思わなかった。魔力減少が深刻化する中で絞り出した内在魔力を、あれほど簡単に消滅されてはさすがに堪らない。
エンチャントでの浮遊はここまでの間に数回試していたが、ここまでうまくいくとは思わなかった。しかし、肝心の攻撃を外してはその意味もないだろう。
銃弾を放つためだけに拳銃を生成した理由は、一つは杖による銃弾迎撃の阻止、もう一つは一斉射撃による防御対象のかく乱だった。どちらにせよ、杖では対処が困難であり、3発中、1発は命中して欲しかったが、さすがに相手の方が一枚上手だった。
あれを防がれた以上、残る魔力量的に小規模魔法であっても、1度が限界だ。それほどに複製した銃弾を防がれた損失は大きかった。
「魔力接続」を初盤に引き出されなければ、ここまで魔力減少も深刻化はしなかっただろう。
しかし、現実は彼女の魔法に圧倒され、ここまで3度にわたるエンチャントのコール。思い返しても、エンチャントを温存して戦うなど到底、不可能な相手だった。
「決勝なんて無謀だったかな……」
銃弾を防がれた喪失感と魔力減少による疲労感が入り交り、全身を襲う。アドレナリンの切れた体に力は入らず、態勢を保っているだけでも一苦労。次の魔法を唱えることすら困難な状況だった。
「やべー、ここで終わりかもしんねーな」
電磁浮遊は消費魔力が限りなく低く、宙に浮いているだけで魔力切れになることはないが、積み重なる魔力減少による疲労ともなれば話は別だ。立ちながら浮遊する中でも、徐々に力は失われていき、ふと力が抜けた拍子にたちまち体は前に傾倒する。
しかし、意識を手放そうとしたその瞬間、聞き覚えのない声が脳内に響き渡る。
「大丈夫、君ならいけるよ」
その声かけに全身が震え、手放しかけていた意識を無理やり引き戻す。何故かは分からなかったが、ここでは絶対に負けられない。そう再確認し、膝をつく手前で何とか態勢を立て直した。
「いける…そうだよな。ここで負けるわけにはいかない。雷魔法を習得したのもここで恥をかかないためだ」
心意気を言葉に変換する中で、徐々に自分自身の気持ちを鼓舞していく。ふと、先ほど攻撃を防いだエリンを仰ぎ見る。遠くではっきりとは確認できないが、どうやら長い時間をかけて魔法を唱える準備をしているようだ。
「あいつ、もう終わらせる気か!」
魔法詠唱にかける時間は基本的に章ごとのグレードで比例する。6章魔法であそこまで長く詠唱を続ける魔法はおそらくないだろう。
「あいつも焦ってんのか? だとすりゃ、残りの魔力残量も多くはないはずだが…」
お互い、ここまで6章魔法を連発したのだ。従来は3~5章の魔法を連発するのに比べると、彼女がどれほど異常な戦い方をしているかがわかるだろう。
そんな魔力量を誇る彼女でも、ここまでの戦いで魔力はほとんど残されていないようだ。
「望むところだ」
お互い魔力が残されていないのであれば、大型魔法の発動はむしろ好都合だった。どの道、魔力の打ち合いを続けていては魔力以前に体力が持たない。
魔力詠唱を続けるエリンを遠くに見据え、アランは大きく穴の開いた競技場の対岸にゆっくりと降り立った。
6
両者向かい合いながら、呟きのような詠唱を続けること数分。互いに相手の魔力の高鳴りを感じる中、無言でにらみ合うことにしびれを切らしたアランは、唐突に口を開く。
「お前、本当にラキアの妹なんだな。浮遊術と6章魔法の併用なんて並の魔導士じゃまず出来ねーよ」
しかし、とっさの話題に反し、エリンは僅かに顔を上げる。その後、正面に対峙するアランを静かに見据えた。
「それだけで、そう判断できるなら幸せね」
「えっ?」
思いがけない否定の言葉にアランは耳を疑う。しかし、その反論を告げる前に先んじてエリンの口は開かれる。
「どこまでも兄弟として比べられ、どこに行っても、尋ねられるのは兄の事だけ。魔法だけを見ているあんたには絶対に分からない」
その言葉と同時にエリンの両手で構えていた杖に強い緑色の光がともった。数秒遅れてアランの雷剣にも黄色の光がともり、二人の詠唱は共に終わりを迎える。
「そうかよ。なら、決着をつけるだけだよな」
「当然、あんたには絶対に負けない」
互いに宣戦布告を交わし、二人は同時に魔法の発動を宣言した。
「雷魔法 第7章 ライジング・モメンタム・ライトニング(勢増続雷)」
「風魔法 第7章 エンドレンス・ソウル・テンペスト(繰り返す魂の騒嵐)」
二人がほぼ同時に唱えた魔法は、黄と緑の閃光となってぶつかり、その間で激しいスパークが巻き起こる。
相対するのは、片や一直線に放たれる刹那の雷光、片や軌跡をも歪める一筋の息吹。両者の放った強大な魔法は競技場の中央で拮抗している。
しかし、時間と共に競技場の中央で静止していた光も、徐々にアラン側へと傾向していく。
―このままじゃマズイな。どうにかしないと…
脳内で魔力の出力不足を自覚する中、対峙するエリンは余裕があるのか、咄嗟に口を開いた。
「やっぱり、魔力がほとんど残ってないんだ。なら終わらせるよ」
その発言の直後、エリンはさらに魔力を上昇させた。
「くっ!!」
魔力を上げた直後、衝撃でアランの体は数メートル後ろに後退する。それと同時に発動していた方の腕に纏わせていたエレメントが徐々に削られていくのが、感覚的に知覚できた。
「あいつ、完全に俺を潰す気でいやがる。この勢いだと、場外も時間の問題か?」
満身創痍で勢いを押しとどめる中、アランは一瞬だけ、背後の競技場の外縁との距離を確認する。
残された距離は1メートルを切っており、この状態が続けば、数秒のうちに場外は避けられないだろう。
「この場だけでも、どうにか出来ないのかよ!」
均衡を保つ傍ら、打開策を探すアランはふと、この空間に漂っている電磁波の残量を確認した。
「恐らく、あと1発、もって2発か…」
銃の生成は幾度も試したが、どれもこの現状を打破できるほどのものはない。しかし、試せてはいないが、その可能がある構築は一つだけある。
2回戦終了後に雷消滅の式句を並べる中、唐突に思い立った術式。しかし、時間の都合上、一度も試したことは無かった。
だが、このままでは、負けは確実。初見の構築であっても背に腹は代えられない。
アランは右手の剣先で魔力の均衡を保ちつつ、左手の手元に魔力を集め始める。
魔法を片手で抑え込んでいるため、魔法名をコールする暇はない。言葉のリードが無い分、生成はゆっくりだが、徐々に、銃身の代わりに2本の太い鉄棒が両端に付けられた銃が姿を現した。
「1発で決める。いや、決めなきゃ俺は負けだな」
そう告げた後、アランは押しとどめる手に再度力を込め、その銃を構えたのちに魔法を発動した。
「武器付属・電磁砲、操作・光子抹消」
発動と同時にアランはそっと銃身のトリガーを引く。それと同時に銃身からは眩い黄色の閃光が迸り、目の前で発動していたスパークは突如として消滅した。すると、お互いの魔法が消失したのを確認したアランは、間髪入れずに銃身に全魔力を注ぎ、二発目の銃弾生成のための詠唱を重ねた。
「操作、魔力消滅」
その直後、全身を感じたことのない疲労が襲うのと同時、その手前で発砲した銃弾が、銃の存在を知覚し、回避を試みたエリンの左足に命中した。
「かかった!」
全身は疲労困憊で今にも倒れそうだが、これが命中した以上、少しの勝機は見えてきた。魔力切れで消失した銃の代わりに、アランは再び雷剣を構えなおし、対岸のエリンに向けて外周を走り出した。
7
先ほど、あえて電磁波の詳細を省いた理由は大きく分けて2つある。
1つは、雷魔法を使う上で電磁波はその範囲拡張に大きな役割を持っているため。
雷魔法の大半は空気中に残存する電磁波によって、その規模を拡大することができる。電磁浮遊もやっているのは、足一点の魔力集積であり、強い電磁波が充満する空間に留まれば、あとは少ない消費魔力での浮遊が可能だ。そのため、少ない魔力で最大限のパフォーマンスをするには電磁波の存在は不可欠だった。
そして、もう1つは仕組みを解明されれば、この戦いでの勝利が確実に潰えるため。
電磁波は発生条件が分かれば、誰でも簡単に発生を止めることができる。残りの魔力で彼女と戦うには、この先も継続的な電磁波の発生が不可決であり、対策をされれば、地力の差でたちまち敗北に追い込まれることは避けられない。この戦いに勝つためにも、その種を自ら相手に教えるわけにはいかなかった。
電磁波は端的に言えば、属性魔法(特に雷魔法)同士が、魔力衝突を起こした際に、その副産物として出てくる残滓だ。目視こそできないが、感覚としては空気中に残留する煙のようなものであり、多く集積された空間には、誰でも体感で異常が察知できる。
多くの電磁波が残留する空間に長くいると、次第に視覚や聴覚に支障が発生する。そのため、長時間空間に留まることは出来ないが、残留している期間は、自らの魔力と同等の指示を電磁波に出すことができるのだ。
電磁波が残留する場所で戦う以上、適度な空間の出入りは確実だが、その場にいる限りは今まで以上に魔法の力を底上げでき、端から見れば便利なものにも見えるだろう。
しかし、空間で電磁波を利用するとその弊害か、魔法発動時には、電磁波が魔法の発動を阻害し、発動できる全ての魔法は第5章までの出力に抑えられてしまう。
この状態では、高火力魔法を打たれた際には対処のしようがなく、これまでの戦いの中で、アランはこの特性を知覚したが、極力、その利用は避けていた。
しかし、魔力切れが近い今となっては、そのリスクに怯えてなどいられない。既存の魔力だけで高火力魔法を放てる回数は限られており、少ない魔力で中級魔法を使用できるのだから、利用を躊躇う理由はないだろう。
いや、むしろ、そのおかげで、彼女と互角に渡り合えているのだから、電磁波にはむしろ感謝しなくてはならない。その気持ちを胸にアランは穴の開いた競技場の外周を駆けていく。
8
拮抗する魔法が突如、消滅して以降、エリンは事態がうまく把握できずにいた。
「あれほどの魔法同士を、どうやって消滅させたのか?」
考え直せば、開始直後に生成した純霧は競技場の半分以上を占拠していた。それを一瞬で消滅させたのだから、きっと不可能ではないのだろう。
それに、魔法消滅自体は2回戦で彼が決め手として隠していた魔法だった。幾度となく魔法の消滅を見てきて、これが予期できなかったのだから、むしろ、自分の学習能力を疑うのが正しいのかもしれない。
「あそこまで魔力が減少していて、なんで、魔法を消せるの? それになんか、足に銃弾が当たったけど、実弾のような痛みはない」
銃弾を放って以降、急いで競技場の外周を回るアランの姿が見えたが、確認する程度の時間はまだ残されている。そっと打たれた左足を見やる。しかし、痛みがない事からも、外見に大きな変化は見られなかった。
「って、ことは多分、別の効果があるはず…」
そう思う傍ら、先ほどの魔力消滅が脳裏に過り、エリンは手元の杖に魔力を集め、第1章のスペルを羅列し始める。しかし、文字が空中に生成される手前で、エレメントそのものが完全に消滅してしまった。
「やっぱりね。魔法が直撃して無傷な地点で嫌な予感はしてたけど…」
構えていた杖を静かに下げて、エリンは小さなため息を零す。
いくら魔力が減少しても、本来であれば、スペル一文字すら生成できないなどありえない。一時的に魔力を消滅させたのかは定かではないが、少なくとも、アランが向かってくるまでに、この状態は解消されないだろう。
「ホントあいつ何なの。魔力が無いのに魔法が消せるし、こっちの魔力は消えるし、本当に意味わかんない!」
続けざまに理不尽を押し付けられ、僅かながらに怒りが込みあがってくる。
対峙しているのは確かに雷魔法であり、1回戦で存在を認知してから、ここへ勝ち上がる前まで、自分なりに幾度も対処法は練ってきた。聞いたことはなかったが、性質上、効果がない物質はあらかた想像ができ、抜かりがないように、その対応策はいくつもあったのだ。
それなのに、今対峙している魔法は何だ?
まともに対峙した雷魔法は衝突した7章と迎撃した複製剣のみで、他は全て魔法消滅。これでは、消滅式句使いと戦っているのと何ら変わらない。
しかし、怒りを知覚すると同時に、エリンは根本の原因を理解する。
「まあ、私も初めに手抜いてたし、文句も言えないか」
思い返せば、この試合は、純霧を展開した地点で一斉攻撃を仕掛けていれば、即座に勝てていたかもしれない。それなのに、完全勝利を狙って相手を挑発し、挙句の果てには魔力封じでこの体たらく。この展開を招いたのは、紛れもなく自分だった。
ならば、その奢りの代償は自らの手で清算しなければならない。
「魔力を奪われた以上、杖の魔法は一切使えない。その上、相手は直剣だから、本気で戦わないと絶対負ける」
気持ちを新たにエリンは現在の状況を考えて向かいくるアランを見据える。
魔法が発動できない以上、自らを自衛する手段は試験条件であった腰の短剣のみ。その上、直剣の対処は一歩間違えば、全身を切られる可能性もある。
ならば、短期決戦で先に一刀を入れて、戦闘不能に追い込むしかない。
「って、言うのは簡単だけど、あいつ剣しか武器がないし、絶対に強いよね」
アランが剣しか持たず、杖を所持していないのはこれまでの戦いからも理解していた。恐らく、実力もそれに準ずるものと見ていいだろう。
しかし、それだけで決意が揺らぐほど、この状況は甘く見てない。
「致命傷を避けて、1、2撃は食らう覚悟で行こう…」
多少の被弾は避けられない。その事実を理解すると同時、エリンはふと、向かいくるアランの姿を確認する。
どうやら、もうすでに外周の中ほどまで向かってきているようで、その様子を確認したエリンは、杖をしまい、代わりに腰から持ち前の短剣を取り出す。
「やっぱり、剣での直接対決に持ち込むつもりね。判断としては当然だけど、私もこのままやられるわけにはいかないから」
向かいくるアランに備えつつ、エリンは静かに短剣を構え、その到着を静かに待った。
「やっぱり、そうなるよな」
対岸まで半分を切ったあたりで、エリンは持ち前の杖をしまい、武器を剣に持ち変えた。どうやら、先ほどの魔力消滅はしっかりと機能しているようだった。
しかし、今の状態的に対戦には多少の不安が残る。
先ほど、レールガンの顕現を解いた地点で、空気中の電磁波は大半が消滅し、現在の内在魔力はもう、切れる寸前。恐らく、1章魔法すら今の状態では放つことはできないだろう。
そのため、魔力を奪われたエリンは当然、剣で戦うが、自分も剣だけで戦うことを余儀なくされた。
「あいつ、6章魔法を剣宿しで発動できるんだよな、素手だとしても戦いたくねー!」
この戦いで勝利する以上、直接戦闘は避けられないが、やはり直前になると、どうしても拒否反応が出てくる。
「あそこまで剣宿しを使いこなして、魔法剣士じゃないって、どれだけヤベェ奴なんだよ…」
言葉と共に、銃弾が弾かれた先ほどの光景が脳裏に過る。到達までの弾速は確かに遅かったが、あれほどの短時間で、剣に光を宿し、弾丸すべてを弾いた姿は嫌でも忘れられない。
あれら全てを術式構築に依存していることを祈りつつ、ついに、アランは彼女のいる対岸へとたどり着いた。
9
アランがたどり着いて数秒は互いに向かい合ったまま、無言の静寂が続いていた。しかし、それを最後に、2人は何の前触れもなく剣を構え、試合が始まった。
手始めに放った右上からの振り下ろしは短剣の柄で綺麗に流され、返しに脇腹に向けて剣が伸びてくる。その動きは何度も実践で打ち込まれており、アランは剣を下段で静止させて、踏み込んだ反対の足で後ろに後退した。
同じような動きで、互いの手を探り合いは続いた。魔力減少の体力低下も相まって、2人共、派手な博打の手は打つことが出来ず、気がつけば、数分が経過していた。
お互い、魔力の減少も相まり、冴えない動きながら一歩も引かずに形勢は拮抗している。今でも、剣の流される音のみが響き渡り、受けて交わされを繰り返し、戦闘は続いている。
剣同士の戦いである以上、お互いに被弾は命取りとなり、一時たりとも油断はできない。張り詰めた緊張中で剣を振るうアランだったが、ふとした拍子に受け流そうと構えた剣先が僅かに高く、胴に僅かな隙が生まれた。慌てて修正を試みたが、どうやら、彼女はその隙を見逃さなかったようで、態勢を落とし、すれ違いざまに、一直線に脇腹を切り裂いた。
「がぁぁ…ッ!」
直後、鈍い感覚を抉るように激しい痛みが全身を貫く。切り口は幸い、深くはなかったが、魔力減少による疲労も重なり、感覚だけはより、遠くなっていく。
斬撃の痛みで態勢を崩しそうになったが、ここで倒れてはその瞬間に勝敗は決する。アランは倒れそうな体を根性だけで引き留めた。
痛みで顔が引きつる中、倒れそうな体を無理やり起こし、ぎりぎりでその場に踏みとどまれた。
「立ってるのも限界でしょ? これ以上戦ったら死ぬんじゃない?」
疲労からか、とめどない息切れを繰り返すエリンは、背後からそっと口を開く。
切られた脇腹を押さえつつ、振り返りざまにエリンの様子を見ると、止まらない息切れの通り、やはり表情は優れなかった。短剣を握る手の血色は悪く、額にはところどころに汗が浮かんでいる。魔力消滅の地点で彼女の魔力は空であり、この傷を除けば、彼女の置かれた状況はアランと同じだった。
「お前だって……限界が、近いんだろ? 俺が倒れた方が…そりゃ、楽でいいよな」
魔力切れで朦朧とした意識の中、アランは威勢だけの抗弁を垂れる。彼女の状況に加え、今のアランは意識がはっきりとしない。その上、出血からか手足の感覚も遠くなっていった。そんな中で張れる威勢などたかが知れている。
「何で、そこまでして勝とうとするの? 上位成績を収めるだけで、願いは叶えられるのに……」
しかし、その威勢に真っ向から潰しに行けるだけの余力は彼女にもないようだ。試験の目的である上位成績を収めめても、なお、立ち続ける意図が分かりかねないのだろう。
端から見れば、手傷を負ってまで勝ちにこだわる意味が分からなくて当然だ。アランがこの試合にかけてきた思いなど、自分以外には誰も知らないのだから。
「何が何でも、俺は…負けられないんだよ」
言葉を発するだけでも苦しく、目の前が少し揺らいでいるものの、アランは言葉を続ける。
「隣のBブロックに……サリアっていう…魔法使いがいてな。あいつは既に…決勝への進出を、決めてるんだよ」
「サリア…確か、最年少で水魔法の4章を覚えたっていう、レコードホルダーの子よね?」
―やっぱ知ってるよな。
有名人であるため、中央貴族であっても、存在自体は認知していたのだろう。知らない前提で会話をしていたが、どうやらそのための説明は不要だったようだ。その疑問に対し、僅かに頷きを返す。
「あいつ、一応…俺の幼馴染でよ。昔は……届くはずがなかった。けど、今は戦えてることを…あいつは知らない」
会話を進めるうちに、短剣が走った位置に血がにじんでいることに気がつく。このままでは出血による強制敗北の可能性もあるが、話す言葉は止まらない。
「だから…あいつとは決勝で…戦わなきゃいけねぇ。戦う理由は…それだけだ」
その言葉を最後に、アランは力の入らない手で剣を構える。視界は以前よりさらに揺らぎ、中々、焦点が定まらない。それでも、膝をつく訳にはいかず、勝負が決してもアランを、エリンは手を前に出して止めた。
「なら、やめておけば? 次の試合を万全で戦いたければだけど…」
「…え?」
アランが言っている意味が呑み込めずにいると、エリンはエリア外で審議を行う審判に向けて手を上げる。
「サレンダー(降参)」
その直後、審判をしていた上級魔導士は棄権の意思を受け取り、勝負の決着を宣言する。
「3回戦、Aリーグ決勝 勝者アラン」
「なっ……!」
勝利宣言と同時に観客席の彼処で歓声が響き渡るが、突然の戦闘棄権の宣言にアランの頭は整理が追い付かない。やろうと思えば、彼女は自分を倒すことができたのだ。ここまでの会話で、なぜ、降参を選択したのかが、どうしても理解できない。
すると、ゆっくりと手を下ろしたエリンは、その疑問に静かに応じる。
「上位10人のうち、準決勝まで残った上位4人に関しては、要求できる階級が全て同じなの。それに…魔力空にされた状態で、決勝戦なんて挑みたくないもの」
簡単な理由を述べた彼女だったが、それでも、理由としては限りなく弱い。試合前には治療師が控えており、消費した魔力含めて、ここまでの戦いで負った傷は回復してもらえる。その上、この試験自体が、学会に所属する同年代の序列を決める目的もある為、高い順位でトーナメントを終えることはそれだけでも意味のある功績だともいえる。
「回復をして貰えても…順位に…興味はないのか?」
「私は別に主席は狙ってないし、ただ、願いが叶えばいいだけ。そもそも、初めは、ここまで来るのが目的だったし」
棄権する理由を付け加えるエリンはさらに言葉を続ける。
「あんたには決勝に行く理由があるかもしれないけど、私にはない。なら、あんたが決勝へ進んだ方がいいって、判断しただけよ」
一方的に理由を述べたエリンは、その言葉を最後にゆっくりと身を翻した。
競技場を後にする足取りは重く、魔力切れの中で剣の打ち合いをしたことが響いているのだろう。しかし、数歩進んで何かを思い出したのか、急遽半身を翻し、エリンは再び、口を開いた。
「そういえば、あんた…7章の魔法が衝突した時、何で両方の魔法を消すことができたの? 私もそうだけど…あの時のあんたには、ほとんど魔力は残っていなかった筈なのに」
オペレーションで光子抹消をした際のことを言っているのだろう。手探りで術式を構築したため、今でもどのような術式を組んだかは分からない。だが、これで黙ればより疑われることは避けらず、アランは出せない声をかろうじて絞り出した。
「雷消滅の応用だ。どうやったのかは…よく覚えていない」
今にも倒れたい気持ちで一杯だったが、競技場を去るエリンに最後の言葉を返す。すると、その言葉に再度、エリンは半身を戻した。
「あぁ、そう」
何か言いたいことがあるようだが、彼女は再度、競技場を去るべく、足を進めた。しかし、そのさ中、呟くようにエリンは口を開く。
「魔力消費無しで、あの消滅なら…何かリスクがあると思うんだけど…」
その言葉を最後にエリンは競技場のフィールドを後にした。
ーリスク…
去り際に呟いた言葉がアランの脳内に反響する。奇跡的に構築できた消滅の力だったが、彼女の言う通り、何かしらの代償が無ければ、あれほど強大な魔力を一瞬で封じることは出来なかっただろう。
では、そのリスクとは何なのか。それを考えたかったが、どうやら体の限界が来たようだ。長時間動かないことを察して、会場の端で待機していた上級魔導士は数人駆けよってきたようだが、かろうじて意識はあり、動かない体を無理やり動かし、自力で台座を降りていく。
次の相手はここまで勝ち進んだ本来の目的、ここまで完全試合で試験トーナメントを進めるサリアだった。
今度の戦いは途中棄権で終わるような生半可な戦いは許されない。持てる限りの力を使い、全力で戦い抜く、それだけを心に留め、アランはようやく到着した上級魔導士に導かれつつ、会場を去った。