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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

勝手に書き終わり祭り ~今様忍法帖~

 普段はKS警備株式会社の現場担当として働く植草忍。

 だがその正体は、現代まで続く忍者一族の末裔“せん”だった。

 彼は密命を受け、KS警備に“草”として潜り込み、ここで行われている非合法活動の調査をしていたのだった。


 その活動とは、世界各国への兵器の密売、及び非人道的人体実験。

 つまり、人間を人為的に怪物兵器と化し、莫大な利益を得ていたのである。


 それを突き止めた殲は、調査の中で知り合った世界的パルクーリストの女子大生、東雲柚姫と共に、敵の本拠地へと向かう。


 全ての元凶、KS警備会長の強羅義博には逃げられたものの、実験棟の破壊に成功。


 崩れゆく実験棟から脱出を計る殲たちの前に立ちはだかったのは、“完成品”として出荷される寸前だった柚姫のかつての恋人、狩野仁だった。

 涙ながらに説得する柚姫を仁は嗤い飛ばし、本当は好きでもなんでもなかったこと、パルクーリストとして嫉妬していたこと、世界大会に出た彼女への劣等感から、彼女を殺すため、自ら改造志願したことなどを話す。


 ショックのあまり放心状態になった柚姫に襲い掛かろうとする仁だったが、その前に殲が怒りの形相で立ちはだかった。

 柚姫がどんな想いでここまで来たのかを語る殲を、知ったことではないと一蹴し、彼女を殺すと言い切った仁。


 ――崩壊するビルの中、殲と仁の死闘が始まろうとしていた。

「てめえ、救えねえよ」


 殲は食いしばった歯の間から、呪詛のように言葉を絞り出す。

 両手に構えた愛刀、“蒼鴉(アオガラス)”“朱蛟(アケミズチ)”が主人の怒りに応えるように、その刃をギラリと光らせた。


「救う? 俺を? 誰が?」


 そんな殲を仁はせせら笑う。


「俺は進んでこうなった。誰のせいでもない、自ら志願したんだ。それを貴様如きに、邪魔などされてたまるものかよ! ……まぁとはいえ、知らねえ国に連れていかれる前にここを叩き潰してくれたことには感謝してるぜ」

「なんだと?」

「おらどけよ、そこのクソ女ぁぶち殺して、俺は最高のパルクーリストになるんだからよぉ!」

「……狂ってやがる」

「俺を救うのはこの肉体、この力だけだ!」



 そう吠えた仁は、その膨れ上がった肉体に生えた四本の腕を大きく広げて見せた。その額には、人体実験成功体の証である“(コア)”が赤黒く輝いている。


「さあ来い忍者! 感謝の証に、てめえの身体を真っ赤な肉団子にしてやるよおおお!!」

「最先端の化け物の割には古臭いこと言いやがる」


 マスクの奥、殲の眼光が鋭く光る。いつの間にか、彼の全身から闘気が湯気のように立ち上っていた。

 殲は仁に顔を向けたまま、意識だけを後ろにへたり込む柚姫に向ける。彼女の精神の糸は、まだぷつりと切れたままだった。


「……柚姫に後で謝らないとな」

「ああん?」

「あんたの男は、俺が殺しましたってなっ!!」


 その言葉を残し、殲が消えた。と同時に、この半ば瓦礫と化した実験室のあちこちから、ヒュンヒュンと風を切り裂くような音が聞こえ始める。


「……ふん」


 仁はその真ん中に立ち、おもむろに瞼を閉じた。


「ふん、そのうるさい音で、貴様の居場所が手に取るように判るぜ。……そこだぁっ!!」


 仁はかっと目を見開き、右の二本の腕で、真後ろに向かって裏拳を放つ。

 だが、そこには殲の姿はなかった。


「何っ」

「ここだよ」


 殲の右手、蒼鴉の一撃が、仁の左側から肩を抉った。


「がああっ……!」

「あんなわざとらしい音に引っかかってんじゃねえよ。弱すぎてうっかり手加減しそうになるじゃねえか」


 殲はにたり、と笑みを浮かべた。仁の五感が 異常発達していることを承知で、忍法風残しを左手に持っていた朱蛟に使い、自分のいる位置が分からなくなるよう、仁の背後の床に突き刺して撹乱したのである。


――とはいえ流石に硬え。余計な腕の一本くらい土産にしたかったんだがな。


「忍者などと古臭い英雄気取りの馬鹿が偉そうに!!」

「英雄気取っちゃいねえがな。そのロートルに最先端技術の化け物が押されてるってのも笑えるなぁおい」

「だぁまれええええっ!!!」


 不意に仁の四本の腕が伸びる。指先が床につきそうな程伸びたところで、その腕が一本一本、別の生き物のようにうねり、暴れ始めた。

 よく見ると、手首から先がどす黒く変色している。


「……毒鞭か」

「蛇毒を極限まで精製した、超即効性の神経毒だ。触れるだけで感覚がなくなり、筋肉が動かなくなる」


——厄介だな。


 今、朱蛟は仁の後ろ、殲の武器は蒼鴉一本のみである。無軌道に暴れまわる四本の腕に対処するには、手数が少なすぎた。

 暴れまわる腕の速度はどんどん上がり、ひゅんひゅんと風切り音が聞こえてきている。殲はその様子を睨みながら、ゆっくりと右手の蒼鴉を目の高さに上げて構えた。


「……覚悟を決めたかロートル」

(しのび)の本懐は任務に殉ずること。刺し違えてでもてめえをぶち殺す」

「面白い、やれるものならなぁ!!」


——柚姫、生きろよ。


 殲は最後の手段、忍法“涅槃蓮華(ねはんれんげ)”を仕掛ける気でいた。全身に仕込んだ指向性爆薬で自分ごと敵を吹き飛ばす、いわば自爆である。

 一連の事件を通じ、すっかり情の移っている柚姫を、ここで死なせる訳にはいかない。彼女を守り、仁を屠るには、今の殲ではこれしか方法がなかった。


「死ね死ね死ね死ねええええっ!!!!」

「忍法“涅槃蓮……”」

「げぇええええええっ!!!!」

「!」

「……仁」


 殲の涅槃蓮華が発動する直前。

 仁の胸から、血のような朱蛟の刃が突き出ていた。その瞬間、殲に向けて伸ばしていた腕がダラリ、と力なく下がる。

 その背中越しには、つい今の今まで心を砕かれていた柚姫が、悲愴な表情で朱蛟を仁に突き刺していた。


「ゆず、き……貴、様……」

「ごめんね、仁。分かってあげられなくて。あんたがそんな気持ちだったなんて思わなかった。……あたしは、これから世界に出ていくあんたと一緒にいたかった。周りからなんて言われても、知ったこっちゃないって笑うあんたが好きだった。……なのに、ごめんね」

「ぐぅぅううううあああああっ!! き、貴様!! かつてあ、愛をちかいあった、俺を! ふざけるなよこのクソアマああああああっ!!」

「仁……」

「洗脳じゃねえか。芯から腐ってて良かったぜ」

「おっちゃん……」

「終わりにする」

「仁……」

「クソがあああああっ!!!!」


 殲は、仁の額にはめ込まれた核に刃を当てた。

 そして。


「あばよ」

「がぁぁぁああああっ!!」


 ぞぶり、と音を立て、朱蛟が核に突き刺さった。


————


 殲と柚姫が脱出してすぐ、KS警備商品開発部は文字通り瓦礫と化していた。

 あとは政府がどうにかするだろう。


 殲は、柚姫を少し離れた公園まで運び、芝生の上にそっと降ろして言った。


「助かった。もう一瞬、お前さんの動きが遅かったら、俺は奴と刺し違えてるところだった」

「なんか、感じたの。おっちゃん、絶対やばいことするって」

「……そうか」

「ねえ。仁はさ、あたしと付き合ってる時からあんなこと考えてたんだね」

「……まあ、ショックだよな」

「うん。……でもね、今はそうでもないんだよね」

「へえ?」

「なんていうのかな、言い方難しいんだけど……」


 考え込む柚姫の言葉を、殲は待った。

 そして紡がれた彼女の言葉に、殲は拍子抜けしてしまった。


「あ、そうだ。あれよ、クズで良かったなって!」

「……へ?」

「あたしは仁が好きだったけどさ、本当はあんなんだったわけじゃない? 可愛い彼女の才能に嫉妬して、殺そうとして、人体実験まで受けてさ。……でも、好きだった頃のあいつは、そんな所全然見せなかった。あたしが好きでいられているまま、あたしを振ってくれた」

「なるほど」

「そんでさ、最後の最後で、別れてよかったって思わせてくれた。……だから、良かったなって」


 最後、声が掠れているのを、殲は聞かなかったことにした。


 静寂があたりを包む。

 遠くから消防車や救急車のサイレンが重なり始めている。

 そんな中、殲は立ち上がり、柚姫に顔を向けた。


「そろそろお開きだ」

「え?」

「お疲れさん。助けてくれてありがとうな」

「え、ちょっと! どこ行くのよ!?」

「おっちゃんはまだちょいとお仕事があるんだ」

「……会長を追うのね?」


 柚姫の言葉に、殲は少し驚いた顔をしてみせる。


「勘がいいな?」

「いや普通に気付くから……」

「ま、そんなわけだ。お前さんの目的は果たしたし、後は俺が受けてる依頼をこなす。元気でな、道で見かけても無視しろよ」

「あたしも行く」

「は?」

「あたしも行く」

「何言って……」


 何言ってんだおまえ、と言いかけたが、柚姫の目は真剣そのものだった。


「こういうの、もうやだから。他の誰がそういう目にあっても。だから、最後まで見届けるから」

「駄目だ」

「なら依頼する」

「何?」

「あたしが見届けるのをサポートして。それまではおっちゃんを手伝うから。それならいいでしょ?」

「……報酬がない」

「感謝するよ、心から」


 そう言った柚姫は、殲を正面に見て、満面の笑みを浮かべていた。


「手がかりは振り出しだ。どれだけかかるか分からんぞ」

「いいよ」

「ちなみに今回までで5年かかってる」

「いいよ」

「途中でこなした案件は87件だ」

「いいよ。何言ってもついてくよ」

「……分かったよ」

「ありがと」

「感謝は依頼を完遂した時だ。あと心からな」

「うん!」



——この件は、一部の報道機関にて事故として扱われ、やがて人々から忘れ去られていった。KS警備株式会社は規模を大幅縮小し、今も存続している。


 それからしばらくして。

 東京の片隅に小さな便利屋の事務所が開かれた。

 看板には“何でも相談、何でも解決! 便利屋ゆずき”と書かれている。


(完)

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