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かくれんぼの鬼

作者: nauji

作者初となるホラー作品。

10文字の方が先ですが、文章としてはこちらが初となります。


完全に思い付き、約1時間にも満たない制作時間。

上手くホラーになっているかは大分疑問です。


それでもよろしければ、お読み下さい。

 かくれんぼ。


 子供の遊びの一種。


 他にも幾つかあるが、何故、"鬼"なのだろう。


 捕まえる側の仮称。


 由来も、起源も知らないが、恐らく、日本全国で知られる遊びだ。


 鬼ごっこ。


 これは分かる。


 何せ"鬼"の文字が入っている。


 "鬼"の真似をする遊び。


 もっとも、"鬼"を知っている訳でもないが。


 触られた者が、次の"鬼"役となる遊びだ。


 氷鬼。


 これも"鬼"の文字が入っている。


 あまり良くは覚えてないが、触られたら動けないって遊びだったか。


 一方、かくれんぼ、はどうだろうか。


 "鬼"役が数を数える間に、他の者は隠れ、"鬼"役が隠れた者を探すという遊び。


 だが、遊びの名称に"鬼"の文字は用いられていない。


 "鬼"を真似る遊びではないのだろうか?


 そもそも、何故、"鬼"を真似る事が遊びに繋がったのだろうか。


 当然のように在るモノ。


 常、人は疑問に思う事は少ない。






 かくれんぼ。


 "鬼"に見つかるだけで、その者は捕まってしまう。


 いや、確か、○○見つけた、と宣言が必要なんだったか。


 走り回る遊びというよりかは、頭を使う遊びに近いだろうか。


 名称からは、見つける遊びではなく、隠れる遊びとの印象を受ける。


 主体は探す側の"鬼"ではない。


 隠れる側の"人間"と言う事か。


 見つかれば終わり。


 見つからないよう、工夫を凝らす。


 あえて"鬼"の近く。


 物の上、あるいは、下。


 草むらの中。


 場所は外とは限らない。


 屋内。


 例えば学校だろうか。


 階数に制限を掛け、教室に身を潜める。


 もっと大規模に、学校の敷地全体というのも在り得るかもしれない。


 そうなれば大変だ。


 "鬼"は、隅々まで探さねばならない。


 かくれんぼで怖いのは、見つける側ではなく、隠れる側だろう。


 いつ見つかるのか。


 そして、見つけて貰えるのか。


 殆どの場合、他の者と同じ場所には隠れないだろう。


 つまりは、一人きり。


 何人で遊び始めたのだろうか。


 少なければ、見つかるまでの時間も短い事だろう。


 では、人数が多ければ?


 十人隠れて居れば、自分が見つかるのは十番目かもしれない。


 次第に隠れている者は少なくなり、周囲に人気は薄れていく事になる。


 周囲が良く見渡せる場所に隠れたならば、そこまで怖くはないだろう。


 だがもし、周囲が見渡せない場所に隠れたならば?


 時間の経過も、人の有無も、分からなければ?


 誰の話し声も聞こえない。


 誰の足音も聞こえない。


 本当にまだ探しているのか?


 自分だけ置き去りにされたのではないか?


 見つけて貰えない、故に(つの)る不安。






 少ない人数でやれば、まだ誰が見つかっていないのか分かり易い。


 だが、大人数でやる場合、本当に全員見つけられているのだろうか?


 誰も置き去りにしていないと言えるか?


 "鬼"は全員見つければ勝ち。


 隠れる側は、誰か一人でも見つからなければ勝ち?


 かくれんぼ。


 隠れる側が主体に思える遊び。


 だが、"鬼"が能動的なのに対し、隠れる側は受動的だ。


 極論として、"鬼"は、探そうが探すまいが良いのだ。


 何だったら帰ったって良い。


 終わりは"鬼"が勝手に決められる。


 隠れる側は、見つけられるまで、隠れ続ける。


 もっとも、あまりに見つけに来なければ、隠れるのを止め、自ら姿を現す事だろう。


 "鬼"が勝手に帰ってしまった場合。


 誰が見つかっていて、誰が見つかって居ないのか。


 分からなくなる可能性がある。


 見つかった者は、既に帰っているかもしれない。


 見つかって居ない者は、まだ隠れているかもしれない。


 "鬼"の不在を知った子供はどうするだろうか?


 "鬼"を探す?


 隠れている子供を探す?


 あるいは、帰る?


 子供は己の欲求に素直な面がある。


 時間が迫れば、自身の都合を優先しがちだ。


 テレビか、ゲームか、塾かもしれない。


 家の都合だってあるだろう。


 誰かが残っている可能性はある。


 誰かがまだ、隠れ続けている可能性はあるのだ。


 隠れている子供が、辛抱強い子だったならば。


 律儀に見つかるまで、隠れ続けているならば。


 アナタは?


 見つける側?


 隠れる側?


 誰か、居なくなった子はいない?






 さて、かくれんぼにおける、"鬼"とは何だったのだろうか。


 見つけるも自由。


 見つけないも自由。


 わざわざ、皆で集まって遊ぶというのに。


 わざわざ、皆を散り散りにさせる遊び。


 妙には思われないだろうか?


 子供をあえて孤立させている。


 先述したように、発見漏れが発生し得るにも拘らずだ。


 "鬼"の目的。


 隠れている者を、見つける事ではないのではなかろうか。


 そう、隠れ続けている者。


 誰からも見つけられずにいる者。


 その存在を生み出す事こそ、"鬼"の目的なのではないか?


 そして、"鬼"とは、かくれんぼにおいて、探す側の事ではないのかもしれない。


 本当は、別に存在するのではなかろうか。


 孤立した子供をこそ狙う、"鬼"が。


 読者の皆様は、無事のご様子。


 なればこそ、他の人や、子供達には気を配られた方が良いでしょう。


 何かがあってからでは、遅いのですから。


実際、夕方以降のかくれんぼは、人攫いや神隠しを懸念して、禁止されていたらしいです。

子供の遊びにしては危険過ぎるのかもしれませんね。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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