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後編 彼の姦計

 その姿が見たかった。その目が、その顔が。

 身の内に溜め込み煮詰めてグズグズになった激情が、溢れ、君自身を呑み込んだこの姿をずっと待ち望んでいた。


「きゃ――――ッ!!!」「誰か、誰かぁ!!!早く来てぇえ!」


 色とりどりに着飾る令嬢たちが悲鳴を上げる中、ただ目に入るのは眼前の刺殺者の赤い色。

 血のようだ、と称すものがいたが莫迦らしい。この真っ赤な髪は轟々と燃え盛る業火だ。赤黒い瞳は奥底に燻る炎だ。周囲も、自身の身さえも燃やし果てる魔女の熱情だ。


 それは、なんて美しいのだろう。


 彼女の灼けつく熱情を胸に受け、刺された胸が燃えるように熱い。深々と突き立てられた短剣が離れると、煮え立つ赤色が吹き出した。まるで私の熱情を曝け出すように。

 冷たい床に身を打ちつけながら思う。

 君は本当は、こんなことしたくなかったんだろう。こんな自分自身を壊すような真似。

 身の内に燻る熱情を、君はとうに手放したかったはずだ。


 ゴ――ン……ゴ――ン…………


 大きな鐘の音に包まれ、この場に彼女と二人だけになったかのようだ。音が、どんどん遠くなる。


 こちらを見下ろす彼女の顔は今にも泣き出しそうだ。笑うようにその顔が歪んだように見えたが、重くなった瞼を開けていられなかった。

 ガチャガチャと甲冑を鳴らす騎士が床を打つ振動が響く。薄っすらと開いた霞む視界の中、騎士の手から逃れるように、彼女が手にした短剣を喉にあてがうのが見えた。


 君はこんな結末を望んでいたわけではないのだろう。

 私とてこんな結末を望んでいたわけではなかった。

 それでも君の激情に(まみ)れた姿が見たかった。内に焦げ付き燻る炎を曝け出す姿が見たかった。

 君のその姿は何よりも美しい。

 だから私は私の行動を改められない。

 そうしないこともできるのに、そうさせないこともできるのに、私はそれを選ばない。




 彼女と私の命の灯が消えようとするその瞬間、眩い朱色が世界を覆った。




 ◆




 煌びやかな宮殿に負けぬようにと色とりどりに着飾った令嬢たちが周りに侍る。その隙間から覗く、遠く壁際で一人佇む赤い色。こちらをただ無感情な赤黒い目で見つめる私の婚約者。


「ねえ、殿下。また公爵令嬢が睨んでらっしゃいますわよ」

「おお怖い。わたしたちが邪魔なのではないかしら。嫌だわ、何かされたりしたらどうしましょう」


 いつもの会話。彼女たちはいつも同じことを繰り返す。


「心配ないよ。彼女が君たちに手を出すようなことはないさ。彼女は僕に興味が無いからね」

「あら、でもあの方は殿下の婚約者でしょう?」

「形だけのね」

「まあ!またそんなことを言って」

「お可哀想に、殿下」


 しなを作り、慰めるように令嬢たちが寄り添ってくる。

 彼女たちの不安を否定せず、『魔女の悋気に当てられてしまうかもしれないね』と答えた時はひどく怯え、こちらが宥める羽目になった。

 それが冗談だとわかっていても彼女のことが恐ろしいのだろう。

 令嬢たち越しに盗み見た婚約者は、無感情を装った瞳をこちらに向け続けていた。彼女が何を思っているのか手に取るようにわかり、思わずほくそ笑んでしまう。必死に取り繕ったその姿は、だが、さながら私の浮気性に怒り、令嬢たちを睨みつけ呪うがごとくに周りからは見えているのだろう。

 上背があり凛とした姿は人々に威圧感を与えるらしい。その姿は美しい一輪の薔薇のようだというのに。


「殿下も大変ですね。彼女が魔女に生き写しなばっかりに婚約者に据えられてしまうなんて、あんまりです!国に逆らった過去を持つ家の者が未来の妃だなんて!こんな横暴許されていいはずがありません!」


 薔薇の鑑賞を邪魔するような声が令嬢たちの中から上がった。憤慨し、彼女を敵視する声に思わず顔を顰めた。

 私たちの婚約は陛下が許可したことだ。それを否定することの意味を理解しているのだろうか?

 ヴェンレッド公爵家に対する認識といい、この令嬢の頭はあまりよろしくないようだ。取り巻きの中では新顔で、この夜会ではいる場合といない場合があった。何度か傍に置いたがまだ手を出していないのが幸いか。


「だ、男爵令嬢、滅多なことを言うものではありませんわ」

「そうですわよ!ね、ねえ、殿下?わたしたち疲れてしまいましたわ。休憩なさらない?」


 慌てたように他の物分かりの良い令嬢たちが場を取りなす。彼女たちは頭が良く、自身の立場をよく弁えている。その上で自分たちが望む立ち振る舞いをしているのだ。互いに利益があるから傍にいる、共犯者はそうでなくてはならない。


「……いいよ。そうしようか」


 彼女たちの提案に乗り、会場を後にしようと動く視界の隅で、婚約者が踵を返すのが見えた。

 ──逃げる、つもりなのか。


「待ってください」


 まるで代弁するかのようなセリフが会場に響く。

 それは私の気持ちか、彼女の気持ちか。声を発した当人は、おそらく両方に向けて言ったのだろうが。


「待ってください、殿下!殿下はあの方に騙されているのです!あの方が何もしないなんてことありません!」


 大勢の前で彼女に指を突きつけ、先程の男爵令嬢が声を荒げた。折角先程の発言を不問にし、他の令嬢に助けてもらったというのに、更に無礼を重ねる気なのか?


「……彼女が君に何かをしたというのか?」


 令嬢の傍により宥めつけるが、それを拒否するように彼女を睨みつけたまま言い募る。突然のことに赤黒い瞳を困惑の色に染めたまま、婚約者は微動だにすることもできずにいた。私たち三人の周りから人が退き、対立が衆目に晒される。……彼女を晒し上げるような真似はしたくないのだが。

 どうやら男爵令嬢は、彼女が自分を階段から突き落としたと主張するらしい。今までも何度と嫌がらせを受けた、と。

 なんて莫迦莫迦しい話だ。彼女がそんな無意味なことをするわけがない。

 彼女の嫉妬は令嬢たちには向かない。彼女の心には私だけしかいないのだから、彼女が激情を向けるのは私だけだ。そうでなくてはならないし、それ以外は許さない。あの赤色は私だけのものだ。

 一瞬交差した視線から逃れるように、深々と頭を下げて婚約者は謝罪を述べた。無礼を働いた男爵令嬢を非難することなく、勘違いさせてしまった己の行動を詫びた。彼女は何もしていないのだから当然だろう。

 だが男爵令嬢はそれでは気に食わなかったのか、あるいは引くに引けなくなったのか、よりにもよって大勢の貴族の前で醜態を晒した。


「ふざけないで!そんなの信じられるわけないでしょ?!殊勝な態度を取ろうと騙されないわよ!魔女の末裔、国逆の一族のくせに!」


 瞬間、変わった会場の空気にこの令嬢は気付いたのだろうか。


 当時の国王に牙を剥いた魔女。その命を奪い、公爵夫人の地位を掠め取った女。

 彼女自身は田舎の弱小貴族の末娘だった。ただ類稀なる魔力を持っていたが為に、不当な扱いを受けた元公爵家嫡男を想って国に反旗を翻したのだ。

 だが当時の国王はとんだクソ野郎だった。

 領地を騙し取られ爵位を奪われたのもその男だけではない。圧政は民を苦しめ、苦言を呈す臣下は斬り捨てられた。誰もが王の退位を望み、だが誰も彼に手を出せなかった。

 王族には王族の魔力がある。魔法がある。なまじその力が強いが為に、国王を脅かせるような存在はそれまでいなかったのだ。

 だからその愚王を退けた魔女は、ともすれば英雄に近い。現に平民たちの間で魔女は今でも英雄の扱いをされている。

 与えられた、いや、返還された爵位も、その後の王家からの目配りにも多大な感謝が含まれていた。

 もちろん愚王のおかげで甘い汁を吸っていた貴族たちはヴェンレッド公爵家を目の敵にしているが、表立って非難したりはしない。大半の貴族は事情を知っているし、魔女に感謝の意を示す貴族も多い。それだけ当時の王の横暴は酷かったのだ。

 それでも、絶大な力と権力を持った国王に対して、一方的な想いでたった一人立ち向かった魔女の狂気とも言える激情への忌避は、貴族の間で根強く残っていた。

 故にヴェンレッド公爵家は噂の的になりやすく、恐れられているのだ。


「わたしにそんなつもりは……!」


 滅多になく焦る彼女の大きな声に意識が引き戻された。


「あたしたちを排除すれば相手されると思ったのかしら?無理矢理婚約したくせに、心まで得ようとするなんて、魔女様は強欲なのね!」

「わたし、は!」

「そこまでだ」


 彼女が何と続けるのか聞きたくなくて、咄嗟に話を遮った。


「公爵令嬢との婚約は私が望んでのことだ。決して脅されてのことではないよ。それとも君は、私が脅しに屈するような男だと思っているのか?」


 得意げな顔で彼女を責め立てる男爵令嬢の顔をこちらに向かせ、甘い顔を作って宥めた。湧き上がる怒りを必死に押し殺しながら。

 私以外の何人も彼女を傷つけることは許さないというのに、この女は何をしてくれるのだろう。

 それでも見せつけるように令嬢に微笑めば、婚約者が平静を装いながら拳をきつく握りしめていた。無感情の赤黒い瞳の奥に燻る炎がチラチラと瞬く様子に喜びがこみ上げる。


「彼女は大切な婚約者だからね。あまり突っ掛からないでやってくれ。……彼女が君たちに何かをするようなことは絶対に無い」


 目を逸らせずにいる彼女の瞳を遠慮なく覗き込む。いつもいつもこちらを見つめているくせに、目を合わそうとすると直ぐに逸らしてしまう。時折訪れる瞳の邂逅だけが、私の楽しみだった。

 君は今何を思っている?胸の奥で燻る炎は、押し殺した熱は、今どれほどのものになっている?私は待ち遠しいんだ。今すぐにでも時間を早めてしまいたいほどに。

 身の内に溜め込み煮詰めてグズグズになった君の、それが溢れるのは──…………


「……殿下は騙されているんだわ!!」


 普段にない私の様子に何かを察したのか、それが女の勘なのか、令嬢が大きな声を上げた。

 止める間もなく彼女に詰め寄り、あろうことか彼女の胸ぐらを掴んだ。

 驚いた彼女の手が動く。ドレスの裾に隠した短剣(お守り)に。


 ────やめろ!!!


 それはお前のものじゃない。その鋭い輝きを受けるのはお前じゃない。私の、私だけのものだ!!!


「令嬢、それ以上の手出しは許さないよ」


 彼女の胸元を掴む不躾な手を剥ぎ取り、彼女から引き離す。一向に事態を理解できず言い募る令嬢に怒りを隠さない笑顔を向けるとようやく黙り込んだ。ガタガタと震え青褪める彼女の耳元で囁く。


「もしこれ以上彼女に……私の()()()()()に手を出すと言うなら、適当な罪をでっち上げて男爵家ごと破滅させるぞ。……それが嫌なら…………二度と彼女に関わるな」


 恐ろしさに目を剥き、息を呑んだ男爵令嬢は血の気の引いた顔で逃げて行った。それを見るともなしに見やり、向かいの彼女へ視線を戻す。邪魔をする者のいない至近距離。彼女の目は伏せられ、地面を睨んでいる。手は、未だお守りに添えられていた。


「……君のそのお守りはまだとっておきなさい。使う相手は彼女じゃないだろう」


 護身用に持たされているそれは愛の(くさび)だ。間違っても、私が戴く前に大衆の目に触れて取り上げられでもしたらかなわない。

 触れようと伸ばした手は、しかし避けられてしまった。


「たす、けていただいて……ありがとうございます、殿下」

「……君も災難だったね。彼女があんなに血気盛んなお転婆だったとは知らなかったな。君に嫉妬していたんだろうね」


 彼女と話すのはいつぶりだろうか。こんなに距離を縮めたのは、ダンス以外であっただろうか。

 彼女はこの夜会の最中、私から逃れようとあらゆる手を取っていた。

 到着早々に帰ろうとしてみたり、夜会が終わるまでどこかに隠れようとしてみたり、私とのダンスから逃げてみたり。しかしその度に、それが運命なのか彼女は私の前に引き戻された。

 触れたくても触れられない距離。いつだって私に触れる許可を出すのは彼女だ。


「……わた、しは別に、なんとも思っていません……!」


 拒絶の言葉が、悲痛な叫びが本心ではないことは知っている。だがその言葉に何度も私の心は抉られるのだ。……自業自得だと言うのに。


 彼女は絶対に本心を言わない。ひた隠しにして素知らぬふりをして無感情を装う。けれどその瞳の内に燻る炎が熱が激情が瞬いている。

 君のその熱情を曝け出してほしいぶつけてほしい跡形もないくらいボロボロにぐちゃぐちゃに私を蹂躙して欲しい。君が君の本心を口にしない限り、私はこの時間から逃れたくない。この逢瀬から抜け出したくない。

 だからいつもいつも君に背を向ける。令嬢たちの中に身を隠しながら、そんな私を見る君の目を盗み見る。君を突き放し興味などないフリをしながら決して君を手放さない。


 それは全て、身の内に溜め込み煮詰めてグズグズになった激情が、溢れ、呑み込まれた君に会う為に。









「きゃ――――ッ!!!」


 私を取り巻いていた令嬢たちが悲鳴を上げる。その中で眼前に迫る愛しい赤い色。激情が溢れ涙に塗れた君の険しい顔。憎悪か、嫌悪か、それは愛情なのか。

 ずっと焦がれた赤色が、私だけを一心に見つめている。


「誰か、誰かぁ!!!早く来てぇえ!」


 騒ぎ立てる周りの有象無象など目に入らず、かすむ視界の中ただひたすら彼女を見つめる。


 彼女との婚約は私が望んだことだ。

 文献にある魔女の姿に恋をした。それほどの愛情で想われた男が羨ましかった。公爵家の令嬢が魔女に生き写しだと聞き、一も二もなく国王に婚約を願った。

 思い出す。そうして迎えた顔合わせの日、母親に連れられやって来たのはただの可愛らしい少女だった。はにかむぽちゃぽちゃとした頬、どこかモジモジとした態度。歳のわりに見目は大人びていたが、中身は幾分か子供に思えた。

 どこが魔女にそっくりなのか!!その時の私は心の内で憤慨し、絶望した。焦がれた魔女の激情など微塵も感じられない。姿は確かに絵姿の魔女に似ているが、私は魔女の見た目に惹かれたわけでは無い。

 和やかに進んだ顔合わせが終わる頃、二人きりになった時に思わず口が動いていた。

 縛られたくないと、形だけの婚約だと、心を得られると思うな、などとのたまったのだ。

 どの口が、と思いつつも、これで令嬢の方から拒否してくれれば無意味な婚約を結ぶことはないのにと期待していた。

 言われた令嬢は、ポロポロと涙を零して逃げ出したのだから、十分その可能性はあった。泣かしたと父に知られたら面倒なことになるなと気は重かったが。

 だが母親の陰に隠れ、戻ってきた彼女の顔に涙の跡はなく、ただジッと私を見つめ続けていた。その瞳は先程までとは打って変わり、影を帯びた暗い瞳。そこにチラチラと燻る赤い熱情が見えた。

 意外なことに、彼女は婚約に否を唱えず、私たちの婚約は結ばれた。

 私は、そんな彼女の姿に魔女の面影を感じたんだ。


 彼女はきっと私の求める魔女だ!焦がれた魔女の姿を見せてくれる相手に違いない!


 それからだ。私は彼女の奥底に燻る炎を育てた。

 興味のないフリをして、他の令嬢と遊びながら、決して彼女を無下にはせず婚約者の義務を果たし、時折優しく彼女に接する。そうすれば彼女の内で押し殺された炎はどんどん大きくなっていった。その幾重にも押し潰された炎がとうとう噴き出す瞬間を、私は心待ちにしていたのだ。


 ゴ――ン……ゴ――ン…………


 過去から引き戻すように鐘が鳴り響く。私の行いを責め立てるような大きな大きな音。


 彼女が手にした短剣は私の胸に深く深く突き立てられ、名残り惜しげに赤い糸を引いて離れていく。抉るような痛みが、燃えて焼き付く痛みが、刺された胸から全身へと広がっていく。私の意識を奪っていく。

 この激しい痛みを伴う執着は、なんて甘く身体に響くのか。


 彼女が犯す凶行は激しい愛の告白だ。


 魔女に想われた男はその激しい愛情に落ちた。国王を手にかけた己は大罪人であると、彼の前から姿を消そうとした魔女を引き止めるために、男は新たな国王に頼み込んだ。爵位を賜わる条件に魔女との婚姻を入れてくれ、と。その代わりにヴェンレッド家は、王族に絶対の忠誠を誓うと。

 魔女の力を手放したくない国にとっても、その申し出は渡りに船だった。


 絡めとられたのは一体どちらなのか、そんなのは些細なことだ。その後の二人の仲睦まじさは、今のヴェンレッド公爵家を見ても明らかだ。互いが幸せならばその恋は幸せだったのだ。


 泣きそうな顔でこちらを見下ろす婚約者が見える。

 君は幸せだろうか?そんなはずは無いこと、聞くまでもないか。

 私が望む幸せはこれなのか?そんなこと、問うまでもない。


 ゴ――ン……ゴ――ン…………


 0時を告げる鐘の音が頭を揺さぶる。もうすぐ日が終わる。この逢瀬が終わる。



 そしてまた、()()()()()()()()()



 ()()()彼女が私を刺した時、私は驚き、そして歓喜に酔いしれた。

 眼前にいたのは、私が求め、望み、焦がれ、夢に描いた魔女そのものだったから。いや、それ以上のものだった。

 身の内に溜め込み煮詰めてグズグズになった激情に塗れた赤い刺殺者の姿に私の心は鷲掴みにされた。

 彼女こそ、私の、私だけの魔女だ!!


 その時だ。

 私が私自身に刻まれた魔法を発現したのは。


 王族には王族の魔力が、魔法がある。それは願いだ。強い祈りが形を成したものだ。生まれと共に身体に刻まれる魔法はその後個々人の特性により効果を決定し、必要となった瞬間に発現する。

 私が得たのは刻魔法だった。一日の終わりから、一日の始まりにまで戻すことのできる魔法……

 その魔法により私は、私たちはこの刻を繰り返していた。この舞踏会を、私たちだけが知る秘密の逢瀬を。私と彼女だけが、繰り返すこの時間を知っている。

 私や彼女が行動や言動を変えれば状況は変わる。ここはまだ確定されていない時間。それが私が発動した刻魔法の効果だった。現に、あの男爵令嬢がでしゃばったのは今回が初めてだ。


 けれど、いつも結末は同じだ。


 君が短剣を首に当てる姿は祈りのようだ。

 次は、次こそは。

 そう思いはすれど、私は君が与えてくれる熱情から逃れられない。

 互いが尽き果てるまで、この二人だけの逢瀬をやめられない。


 私の行いで君が苦しんでいることは知っている。

 だが、それでも。

 君の激情に塗れた瞳で見つめられたい。

 熱く鋭い想いをぶつけて欲しい。

 それが例えどんな形であれ、私はそれだけで幸せなのだ。

 だから私は私の行動を改められない。

 私の意志ではやめることができない。



 彼女と私の命の灯が消えようとするその瞬間、眩い朱色の光を伴って、刻魔法が発動する。




 そしてまた。

 世界が閉じて、開く。







 何度でも、何回でも。





君はもっと自分を大切にすべきだ系好青年イケメンに参戦してほしいです。



◆蛇足

何度繰り返しただろう。何回彼の目に留まることができただろう。そんなこと、望んでいなかったはずなのに。

縛られたくないと彼が言ったから、邪魔をしないようにしていたのに。迷惑な気持ちなど持たないようにしていたのに。


でも、わたし本当は。


「殿下。いえ、ローレンス様。わたし、貴方を愛しています」

「やっと言ってくれたね、ローディア」

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