悪役王妃は強く生きていきます!
ビビアンは辺境の町の領主の娘だった。
田舎者の貴族の令嬢が王都に赴き、王族と謁見し、さらに王太子の妃に収まったのは、ビビアンに魔法の力があったからだった。
この国に魔法使いが最後に現れたのは100年も前のこと。
王国はビビアンを歓迎し、ビビアンを自分たちの庇護下に置いた。
やがて、王太子は王となり、ビビアンは王妃となった。
ビビアンは大切にしてくれると誓ってくれた王を愛していた。
またビビアンは同じくらい豊かな王都も愛していた。
まばゆい白壁の美しい王宮、贅沢に布地を使ったドレス、
ほっぺたが落ちるのではないかと思うくらい美味しい食事、
きらきら輝く宝石、
見て回れば1年は退屈することのなさそうな街並み、
ビビアンは王妃となって心ゆくまで贅沢を味わった。
そんなビビアンを最初は王も愛しげに見守っていたはずなのだが、
いつのころからか、
ビビアンと一緒に街の通りを眺めたり、貴族ご用達のレストランにも連れ立っていくこともなくなっていた。
ビビアンはある日噂を耳にする。
「王は聖女を愛妾にしている」と。
半年前、王国に聖女が現れた。
教会は聖女を聖女と認定し、祝福した。
聖女は王都に凱旋し、ビビアンが魔法使いとして歓迎を受けたのと同じように
人々の歓迎を受けた。
ビビアンは王に噂の真偽を確かめようとしたが、
王は否定するでも肯定するでもなく、ビビアンをけむにまいた。
王の側近たちのビビアンをみる侮蔑の表情や立ち振る舞い、
ビビアンにできるだけ関わろうとしない
最近の王宮の人々の動きになにかおかしいと感じたビビアンだったが、
表向きは噂など信じない、という態度をとった。
ビビアンもわかっているのだ。
王妃の地位は王の気分次第でどうにでもなるということを。
愛し、愛された人の180度ぐらいに変わった冷たい態度にビビアンもノホホンとはしていられなかった。
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王宮の奥深く、まさしく奥深い地下に、いくつも連なる階段と螺旋階段があった。
誰もこないような奥深い地下なのに階段には常に光がともされ、これ以上壁が白いところはないのではないか、というくらい美しい壁に囲まれた場所をビビアンは一人で歩いていた。
突当りには壁があるだけでこれ以上進めないと思われたが、ビビアンはためらうこともなく、両手で壁を押し、壁を開いた。
そこにはさらに下に続く階段があった。
階段を降りると、大きなアーチ状の天井がある空間の真ん中に白い龍がいた。
龍にそっとビビアンは声をかけた。
白い龍がピクリとまぶたを動かしたと思うと、顔を上げ、咆哮した。
振動で回りがびりびりと音がするようだ。外にも感づかれたかな、とビビアンは心配になる。
白い龍は歯を向きだし、爪を持ち上げ、ビビアンに今にもとびかかりそうになっている。
「古き約定に従いて、我と契約を結べ。
我、魔女ビーストローズティアン、
風と水、大地の理とともにこの誓を結べ。」
ビビアンの呟きとともに白い龍はその姿を小さくしていき、詠唱が終わると
白い猫になっていた。
(なぜ、お前が私の名を知っている。)
ビビアンの頭の中に直接声が響いた。
「こんにちは。白き龍。そろそろ、ここから解放されたくないかな、って思ったので、お誘いにきました。」
(質問に答えろ!)
「あら?もしかして、いやだった? 私はビビアン。で、
貴方と契約している国の王妃。
なので、わかるじゃない。ほら。
前の王妃様から引き継ぎっていうの?。
前王妃もなんだかわからない昔からの言い伝えとか、やらなきゃいけないこととか、受け継がなくちゃならないこととか、いろいろ教えてもらったり、古文書とか濁った水晶とかももらったの。
で、もらってびっくり玉手箱ね。
あの人たち自分たちが何を持っているのかわかってないってのもかなりの驚きだったけど。
その中でもあなたの真名の木霊玉※があったのが一番のびっくりだったわー。
もう、とうに西に去っていったと思っていた白き龍がまさか、
恋人の国に尽くすために… 」
(お前なんかに従わない。)
「そういわないでよ。
この王国は白き龍のことなんで忘れてしまって、あなたは飢え死に状態だったじゃない。ここまで回復したのだって、私が一生懸命魔力を与えたからなんだよ。少しは恩に着てもらってもいいじゃない。」
(立ち去れ。)
「でも、契約しちゃったし。悪いけど、あなたには選択権はないのよ。」
ビビアンは気の毒そうに言った。
が、顔をすぐに笑顔にして言い放った。
「でも、ほら、よく言うじゃない。求められた結婚のほうが幸せだって。」
(誰が結婚の話をしてるー!!)
白い猫はシャーと毛を逆立ててビビアンを威嚇した。
先ほどの龍の姿と違ってかなりの迫力不足ねーふふふ、と思いながらビビアンは階段を上がり、石のドアを開け放つ。
「ほら、ウィエト、あ、これ、あなたの名前ね。真名は長すぎるし、発音難しいから。ね、そんなに不貞腐れないでよ。さあ、上りましょう。ここにいたら、今は猫のあなたは飢え死にするだけよ。」
白い猫はまだ毛を逆立ててはいたが、ビビアンを追い越して階段を上がり、扉の向こうへと走り去ってしまった。
ビビアンはその様子をみてほほ笑んだのだった。
※木霊玉:いわゆる録音機。野球のボールぐらいの水晶で割ると音声とかが聞ける。(音声より広い音域が聴ける優れものアイテム)一回きり。
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ある晩夏の夕べ、王宮で夏を祝う夜会が行われた。
ビビアンは王と並び立ち、臣下の面々に向かって労いの言葉をかけるはずだった。
が、今、ビビアンは両手を騎士に抑えられ、床に座りこんでいた。
「王妃、そなたは、民を顧みず、贅沢しつくし、その上、聖女を害そうと企てた、その罪は重い。よって、王妃の権限をはく奪する。」
王は声高に宣言した。その隣には聖女が立っている。
ビビアンは、まさか祝宴である夜会で堂々と地位を奪われるとは思っていなかっただけに、衝撃で抗議の声すら上げることができなかった。
そのままビビアンは騎士に引きずられて退出し、王宮の一角に閉じ込められた。
数日後、王の側近から、王宮からの永久追放が言い渡され、最北の修道院への蟄居が命じられた。
ビビアンは黙ってそれを受け入れた。
数枚の着るものとわずかな金銭とそして白猫を一匹つれて、王宮を後にしたのだった。
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1週間ほど、粗末な馬車に揺られて、最北の修道院についた。
監視役の騎士たちはこんな辺鄙な場所を嫌うようにすぐに王都へ帰っていった。
修道院の人々もビビアンに不愛想だった。
贅沢三昧で国庫を破綻させ、その上、聖女の殺害を企てた悪女との罪状ではみな、同情もしてくれなかった。
一室を与えられ、毎日1回の礼拝に出席し、毎日2回の粗末な食事が部屋の中に運び込まれてビビアンは白猫と一緒に食事をとる。そんな生活を数週間を続けていた。
(お前は本当に魔法使いなのか。こんな目にあっても呪いの言葉もはかない魔法使いも珍しい)
白猫がビビアンに話しかけた。ビビアンは目を見張って、白猫を見る。
「ウェイトこそ珍しいじゃない!私に話しかけてくれるなんて!うーん。その辺微妙なんだよね。私の先祖には魔法使いと魔女がいるらしくってさ。まぁ、魔法使いのほうが受けがいいので、お父さんが『ビビアンは魔女だろうけど、魔法使いってことにしておきなさい』っていうから、魔法使いって肩書にしたんだー」
(ずいぶんと魔法使いたちの扱いが昔と変わったようだな。)
「へー?どのへんが?」
(……扱いが軽い。さらに言えば、昔の魔女はもっといい意味で執念深かった。)
「執念深いにいい意味ってある?」
(プライドがやたら高いが、そのためかやることは有言実行。自分が粗末に扱われたと感じたら即座に呪いで人々を殺す、というのが魔女だと思っていたが。)
「だから、魔女は迫害されたんだね。いちいち、馬鹿にされたからって人を呪っててもしょうがないと思うけどなー」
ビビアンはそういいながら薄い塩味のスープをスプーンで口に運ぶ。
そして、いかにもまずい、という風に顔をしかめた。
「でも、まぁ、有言実行ってのは魔女の美徳かもね。私もやっぱり魔女かも。」
(どういう意味だ)
「私も言ったことは実行するってこと。そろそろ、潮時だから、ここを離れるわ。ウェイト、嫌だろうけど、一緒にきてもらうわよ。」
にゃー、と白猫は鳴いた。
その晩、修道院は火事を出した。修道院の人々は命からがら火の手から逃げ出すことができた。
王妃一人を除いて。
王妃の部屋は外から鍵がかけられていて、王妃は抜け出せなかったであろうと思われた。
火事は苛烈をきわめてすべてを焼き尽くし、人間の骸かどうかもわからないほど修道院は黒焦げになった。
さんざん悪事を働いてきた王妃は神に罰せられるがごとく、火事で焼き死んだのだった。
「 というのが、私のシナリオなのよ。なかなかよくできているでしょう?」
ビビアンは上機嫌にウェイトに話しかける。
(私との契約がお前の計画の一部だとしたら不愉快きまわりないな。)
ウェイトは背にビビアンを乗せて、空を飛んでいた。
最北の山々を後にしながら南へ向かう。
「えー。私的には、人助けならぬ、龍助けだと思ったのにー。でも、ま、白い龍、南の目的地までのせっていってくれれば、もう契約終了よ。ありがとう。
後は生まれるまで確保しておいた隠れ家で過ごしたら、実家にでも帰るわ。」
(生まれる?)
「そう、実は私、妊娠5か月なんだー。あ、もちろん夫との子だよ。王族の血を引いてる、とかやばいよね。」
(?やばい?)
「そう、久々に王家の魔法と野の魔法が混じったことがね。
大昔、龍を従え、他の国を制圧できるほどの魔力を持ってた王家は近親相姦でだいぶ弱くなってしまっていたのに。この国で今一番の魔力を持つ私との子が生まれるの。どんな子が生まれてくるかしら。ふふふ。
楽しみのような、怖いような。
なんだかこう不安で落ち着かない気分なのになぜかワクワクするの。大きな嵐がくる前のような。
はじまりのはじまりっていうのかしら。
あ、これは魔女としての予感よ。聖なる白き龍、あなたもなにかしらの気配や予感を感じない?」
(……)
魔女を乗せた白き龍ウェイトは答えず、さらにスピードをあげ、滑るように雲の間を南へと飛んでいった。
thank you for reading 悪役王妃が子育てする話を書くつもりだったのに、そこまでたどり着かずに終わってしまいました。