昨日までの平和なんて一瞬で終わる
働いて充実感を味わう毎日。
そんな日常に幸せを感じていた。
今日までの俺は本当に呑気だったんだ。
自分の置かれている現実は、夢の中の世界。
突然、環境が変わり驚いてはいた。
でもそんな夢の様な出来事に浮かれていたんだよ。
だって魔法って物が存在するんだぜ?
あのアニメや小説の中の世界。
そんな世界に自分は居て、実際に生活しているんだもの。
幼馴染の瞳の事は、本当に心配してた。
絶対見つけて、必ず一緒に帰るって思ってた。
でもそれすら忘れる程、浮かれていたんだ。
だが夢の様な日常は本当に突然、破壊されたんだ......。
◇◇◇
その日も何時もの様に仕事が終わり、日課の魔法の特訓をした。
徐々に使い方が分かって来た魔法。
努力を続けたら、俺でも何とかなるって思えていたんだ。
たださ。絶望的に魔法自体は上達しなかったけど。
発動までの時間は短くなっていた。
でもその効果は別。水の量も増えないし、炎も未だにマッチ程度。
ケリ-さんやアマンダさんに相談もしたよ。
でも明確な答えは貰えなかった。
彼女たちも感覚的に魔法が使えるからなんだけどね。
「私達も幼い時から使ってるから、どう教えたら良いか分からない」
そう言われると、俺も納得していたんだ。
魔法が使えるのが当たり前で、日常的に使用して来た二人。
そんな人達と、昨日今日覚えた俺を比較するのが間違いなんだろうってね。
何とか文字を勉強して、読めるようになったら本とかで分かるかも?
なんて淡い妄想もしていた。
だから明日からまた頑張ろうって決意して寝た。
......どれくらい経ったのか?
俺は自分の身体が揺れている気がしたんだ。
最初は夢かと思ってたんだけど、もの凄い音がして飛び起きた。
ドォオオオオオオンッ!!!!!!
「な、何だ⁈ 爆発⁈」
慌てて窓の外を見ると、辺りが真っ赤な光に包まれていた。
一体何が起こっているのか? 窓を開けて外を見た時。
何かが焼ける様な匂いと、黒い煙が見えたんだ。
火事?! そう思った俺は自室を飛び出した。
とにかくアマンダさんとケリ-さんに伝えないと!
ダッシュで階段を駆け下りる俺。
降りた一階は、宿泊客が大勢起きて来ていた。
そんな人混みの中に、アマンダさんとケリ-さんの姿。
俺は安堵し、直ぐに二人に駆け寄ったんだ。
「ア、アマンダさん! ケリ-さん! 一体何があったんですかね?」
「マモル! 直ぐにここから逃げるよ!」
アマンダさんは俺の腕を掴み、宿の外へ連れ出そうとした。
訳も分からずオロオロする俺。
ケリ-さんはそんな俺の背中を押し、一緒に外へ向かう。
宿の外に出た俺の視界に飛び込んできたのは、燃える街だったんだ。
至る所で上がる炎。崩れている建物。
どう考えても理解できない光景だった。
何処へ向かっているのか? アマンダさんとケリ-さんは迷いなく歩く。
俺は引っ張られるまま、街の様子をただ見ていた。
そして見てしまった。
炎に包まれる建物の中で燃える人。
崩れた建物の下敷きになって動かない人。
泣き叫ぶ人。血を流しながら助けを求める人の姿を。
そんな姿を見て、俺はどうすれば良いのか分からなかった。
でもアマンダさん達は何も言わない。
それどころか、無視するように進んで行くんだ。
「ちょ、ちょっとアマンダさん! あの人達助けないで良いんですか!」
俺はその時叫んでいた。だって苦しんでる人が目の前に居るんだ。
俺にも何か出来る事があるかも知れない。
なのに......アマンダさん達はそんな俺を無視し続けた。
最初は何も出来ない。アマンダさん達にもどうする事も出来ないって思ってた。
俺達と同じ様に逃げる事を優先する人ばっかりだったからだ。
でも泣き叫ぶ子供を見た時、勝手に身体が動いてしまった。
アマンダさんの手を振り払い、子供の下へ走る俺。
良かった。ケガはしていない様だ。
そんな俺の耳に声が響く。
「あれぇ? こいつ黒髪じゃねぇか。ラッキ-」
その声に振り向いた俺の目に、剣を肩に背負った兵士の姿が映った。
その兵士の着る鎧は、この前見た兵士とは違う。
そう考えた時、悪寒が走った。
え? も、もしかして今の状況って?
燃える街。崩れる建物。
そして逃げ惑う人々。
この時になっていまの状況を理解したんだ。
襲われているんだってね。
ただ驚いて理解が追い付いていなかった。
「おいおい。噂の黒髪って割に、この状況も把握してないのか?」
「これをやったのは、アンタらなのか? 何でこんなひどい事を!」
笑いながら話しかけて来る兵士に、俺は怒りを感じた。
だから感情に任せて叫んだんだ。
その言葉に続々と他の兵士も集まって来る。
「アハハハ! 何こいつ? 戦争してるに決まってるじゃねぇか」
戦争?! これってやっぱり戦争?! 固まる俺の前で兵士が指差す。
「おっ? 逃げるネズミ発見。ありゃあ的だな」
そう言った兵士が伸ばした右手から炎を出す。
何をするんだ? え? まさか?!
うろたえる俺の前で兵士の出した炎が、逃げる人々へ向かう。
そして......その炎は人間を燃やす。
燃える人々を見て、笑い合う兵士達。
こいつらは遊んでるのか? 人を殺してるんだぞ?
その後も次々に炎を出して、逃げ惑う人々へ向ける兵士達。
その光景にまたもや俺は身体が動いていた。
もう頭の中が真っ白になって、兵士に飛び掛かってしまったんだ。
ドガッ。バシバシ。
そんな俺を簡単にあしらう兵士達。
掴みかかろうとする俺を殴る蹴る。
贖う事も出来ず、ただ一方的にされるがままだった。
「おいおい。こいつ只の雑魚じゃねぇか。黒髪ってだけかよ!」
この時、明確に死を意識した。
このまま俺は死ぬんだろうと。
反撃すらできず、ただ殺されるんだろうと。
何度も何度も殴られ、蹴られ続けた。
もう目も開けられない。
そんな俺の目に映ったのは、アマンダさんの姿だった。
兵士に殴りかかり、同じように炎を打ち出したんだよ。
「ほら。今のうちに逃げるんだ!」
俺の側でケリ-さんの声が聞こえる。
痛くて動けない俺の身体を無理やり立たせるケリ-さん。
もう動けないですって。そんな風に思ってた。
「なんだこのアマ! 囲め!」
意識が朦朧とする中、俺はそんな声を聞いた。
アマンダさんを取り囲む、複数の兵士達。
駄目だ! 危ない!
「ケ、ケリ-さぁ......ア、アマンダさぁ......が」
ケリ-さんは無言で、俺をその場からどんどん引き離して歩いていく。
何で? アマンダさんが危ないって!
頭でそう思うが、身体は全く言う事を聞かない。
そんな俺は見てしまった。四方からの炎がアマンダさんへ向かう瞬間を。
そして......炎に包まれる姿を。
何でだ? おかしいだろこんな事?
あの優しいアマンダさんがどうして?
俺の意識はここで途切れている。
あまりの壮絶な光景に失神したのか?
それとも殴られた事で意識を失ったのかは、分からない。
次に目を覚ました俺は、この時の事を知り絶望する事になるんだ―――