知らないって事は幸せだ?
ん? この人物は......
【アズレイト王国の某所】
「アリスティア様。ご報告がございます」
「メルシィ? どうしたの?」
珍しく侍女のメルシィが沈んだ顔で話しかけて来た。
この子がこんな表情をするなんて。
一体どうしたのだろう?
そうで無くても毎日が憂鬱なのに。
これ以上余計な仕事を増やされても嫌なんだけど。
「で? 一体何があったのかしら?」
「実はですねぇ。例の少年に召喚状が出まして」
はぁ?! 何でよ! 私の封印が効かなかったの?
そんな事はあり得ないわ! マモルは魔法使えないはずだし!
それにアマンダに頼んであるんだから。
マモルは優しいから、絶対争いに巻き込んじゃダメなんだよ!
「何でそんな事になったの? あの子目立たないはずでしょ?」
「それが......クッカの兵士詰所に通報がございまして......」
ちょっと! 何処の馬鹿なのよ!
余計な事してくれっちゃって! 許せないわ!
うーん。でもどうするべきかしら? お父様に相談?
でもなぁ。そんなことしたら、あっちに行った事バレちゃうじゃない!
それだけは避けないと駄目よ! お母様に怒られちゃう!
お母様って怒ったら怖いんだもん! あれは絶対鬼バ......ゲフン。
「メルシィ。何とかならない? お父様とお母様には知られたくないんだけど」
「それなのですが。先程、リンダス将軍にお願いをしてみました」
そっか。リンダスの叔父様かぁ。
叔父様は私には甘いしね。
きっと何とかしてくれるかな?
「それでなのですが。リンダス将軍がお時間を頂きたいと申しております」
「それって会いたいって事かしら? 勿論大丈夫よ?」
「良かった。ではお連れしても?」
ちょっと! それって初めから会う前提じゃない!
実は部屋の外で待ってました-ってやつでしょ?
まぁ叔父様なら別に良いけどさ。
だ・け・ど! 一応私もレディなんだからさ。
メルシィって昔から少し抜けてるんだよね。
確かに小さい時から男の子みたいに育ちましたよ。ええ。
一緒に育って来たくせにさ。メルシィだけ女の子らしくなっちゃったし。
どうせ私は出る所も出てませんよ-だっ!
あっ! そう言えば、マモルにも失礼な事言われたわ!
思い出したらイライラして来た!
「ア、アリスティア様? どうか致しましたか?」
「え?! ご、ごめんなさい。何でもないわ」
しまった。思いっきり考え事してしまった。
はぁ。とりあえず、叔父様に何とかして貰いましょうかね。
でもあんまり借りは作りたくないんだ。
どうせ「そろそろ結婚のお相手を」とか言われるんだろうし。
そりゃあさ。もう婚約ぐらいしてなきゃいけないんだけどさ。
私は重い気分のまま、叔父様とお話する事になった。
◇◇◇
【せせらぎの宿】
あの騒ぎから1週間。兵士が来る事も無かった。
良かった。何とか諦めてくれたんだろう。
いきなり王族と会うとか無理っしょ!
偉い人なんて学校の校長ぐらいしか会った事無いし。
俺もアニメや小説なんかで、異世界物について知識はある。
やれチ-トだ。それ王様と仲良くとか。
そんなの現実で考えて有る訳がない。
それに偶然襲われてる馬車を助けたら、実は相手はお姫様だった?
何てある訳ないだろ! アホかっての。
「何を大きな声で言ってるんだい! しっかり仕事しな!」
「え?! もしやまた口から出てました?」
「そうだよ! 口より手を動かしな!」
アカン。俺って考えている事駄々洩れだった!
これって余計な事考えたら、直ぐにバレるや-つ!
「はぁ。知らないってのは幸せなもんだねぇ」
ん? アマンダさんどうしたんだろ? ため息なんてついちゃって。
いかんいかん。今は仕事中だ。
今日から注文も聞かないと駄目だから、ちゃんと仕事せねば!
「兄ちゃん! 注文良いか?」
「ハーイ! 直ぐ行きま-す!」
接客もする様になってからは、結構忙しい。
最初は何も出来なかった俺だけど、覚えてみたら楽しいんだ。
日本ではアルバイトもした事無かったしね。
別に学校で禁止されて無かったんだけどさ。
父さんや母さんが家を空ける事が多い分、お小遣い多めに貰ってたんだよ。
そうそう。あれから例の黒髪の噂も色々聞いた。
「黒髪の剣姫」は二つ名通り剣を使って戦うって事。
独特の剣術らしいので、遠目で良いから見てみたいよね。
この世界に写真が無いのが、本当に勿体ない。
結構美人さんらしいから、ブロマイドでもあったら良い商売になりそうなのに!
そして「黒の蹴人」は、面白いんだ。鎖の付いた鉄球を足で蹴り出すんだってさ。
その威力がめちゃくちゃ強力。一撃で砦を破壊したんだって。
普通の人は鎖の付いた鉄球振り回すんじゃないか?
それだったら想像も出来るんだよ。だから蹴るって言う発想が凄い。
一体どんな足してるんだよって思うよね? きっと足も鉄で出来てるんじゃないかな?
俺なら絶対足を骨折して、戦うどころじゃない。
さぁ行くぞ! バンッ! ポキッ! ギヤアアアアア!!! ってなるパタ-ン!
情けない顔で運ばれて行く俺が想像できてしまう。
まぁ戦い方法で思う事はあるよ。聞いた時に連想できるからさ。
蹴人ってあの競技? って考えたよ。
でも鉄球は蹴れないだろ? 蹴ろうと思う奴いたら引くわ。
そんな訳で今の所これ以外に情報が無い。
瞳の情報なんか、これっぽっちも出て来ないんだよなぁ。
アイツはもしかしたら、引きこもってるかも知れない。
世渡りは俺よりよっぽど上手いから、生きてることは確信してる。
でもきっと苦労はしてると思うんだ。
瞳が得意なのはコンピューターだろ? この世界にそんな物無いし。
そんなアイツがこの世界で何をやってるのか? めっちゃ気になる。
「マモル! シチューあがったよ!」
「はい! 今行きます!」
俺はこの世界での平和な生活を楽しんでいたんだ。
とても楽観的に何とかなると思っていた。
今は見つからない瞳を連れて、元の世界に帰れると。
でもそんな甘い考えは、人の悪意が破壊するんだ―――
異世界を楽しむマモル。まだ全てを現実として受け止めていない。
そんなマモルは......