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紫刀の如く


 一息に駆け抜けて接近し、狐龍こりゅうの鱗に一閃を見舞う。


「浅いか」


 一撃は鱗を裂いて過ぎたものの、深くまで刃が通らない。

 獣龍と呼ばれる個体は、ほかの魔物とは一線を画した存在だ。

 生半可な攻撃は深手には到底いたらない。


「ォオオォオオオオオオッ!」


 二撃目を浴びせようと刀身を翻すと、それより早く獣尾が振るわれる。

 二叉の二閃が薙ぎ払われ、その場から跳躍して回避し、近くの木の幹に足を付けた。

 顔を持ち上げて狐龍を視界に納めると、奴が大口を開いているのが見える。

 爆竹が弾けるような音と火花が散り、口腔に狐火が灯った。


「こりゃ不味い」


 すぐにその場から飛び退いて地面へと逃れる。

 その直後、狐龍が火炎のブレスを吐いて樹木を焼却した。


「骨も残らないな」


 地に足を付けてすぐ、周囲をぐるりと回るように駆ける。

 狐龍はそれを追い掛けるように火炎のブレスを薙ぎ払った。


「大惨事になりそうだ」


 地面に這う木の根が燃え、上からは火の雨のように燃えた葉が落ちてくる。

 結界が張られていなかったら、瞬く間に森林火災になっていたに違いない。


「おっと」


 駆けているうちに周囲が炎上し、足の踏み場もなくなってしまう。

 しようなく魔法での鎮火を強いられるが、唱えようとしたところで風が吹いた。


「駆けよ、一陣。駿馬の如く!」


 風が集いて一頭の駿馬となり、駆け抜けた蹄が地表の炎を吹き消していく。


「わ、私も戦います!」


 駿馬は最後、火炎のブレスに焼かれてしまう。

 だが、最後に自ら爆ぜることで爆風を起こし、狐龍の口腔から狐火を吹き消した。


「頼りにしてる」


 逃げの一手から反転して攻めに掛かる。

 一撃目より深く鋭く一閃を描くため、刀の間合いにまで迫った。

 踏み込み、一刀を振るう。

 その瞬間、体が宙に浮かぶほどの衝撃に突き上げられた。


「がぁっ!?」


 宙を舞う状況化で辛うじて見えたのは、地面から突き出た獣尾だった。

 二叉の片方で地中を掘っていた。

 そしてもう片方が鞭のようにしなり、空中にいる俺を木の幹に叩き付けた。


「――」


 木の幹にもたれ掛かり、込み上げてくる血を地面に吐き捨てた。

 全身が悲鳴を上げている。

 身が強張り、骨が軋み、心臓が激しく脈打っていた。

 意識は朦朧とするし、頭がくらくらする。

 だが、それでも樹木を支えにして無理矢理立ち上がった。


「想真さん! 無事ですか!?」


 ふらつきながらも立ち上がった俺の側に百合がくる。


「……狐龍は?」

「分身でかく乱してますけど、大丈夫なんですか!?」


 風の分身で一時的に、か。


「大丈夫に、見えるか? 全身、大激痛だよ」


 たぶんどこかの骨もいくつか折れてるかな。


「でも、これがいい」


 一歩目を踏み出し、風の分身を相手にしている狐龍を見据える。


「この逆境がいいんだ」


 血反吐を吐き、満身創痍で、相手は依然としてほぼ無傷。

 この状況が、逆境が、俺の戦闘力を高めてくれる。


「駆けよ、稲妻。閃光の如く」


 紫電を纏い、両足に力を込めて駆ける。

 稲妻の雷光となって過ぎ、狐龍の獣尾を根元から切断した。


「まず一つ、仕返しだ」


 宙を舞った二叉の尾が地面に落ちる。


「オォオオオオォオオオオオオッ!?」


 自身が断ち切られたことを遅れて知った狐龍は激痛に襲われて悲鳴を上げた。

 それは悲鳴から怒号へと変わり、鋭い視線でこちらを睨む。

 大口が開かれ、火花が散り、口腔に激しい狐火が灯った。


「撃たせない」


 遡る雷撃となって跳び、狐龍の顎を蹴り上げる。

 下顎骨を砕き、牙を折り、狐火が口腔で爆ぜて血煙を上げた。


「ォォォオオオォオオオッ……」


 蹴りの衝撃に抗えず、狐龍は大きく仰け反って倒れ込んだ。

 狐龍が立ち上がり、こちらを見据え、反撃に移るまでの間に、刀を鞘に納めた。

 納刀し、鞘に雷の魔力を充電する。

 紫電がほとばしり、周囲の岩や石が宙に浮かぶ。


「オォオォオオオォオオオッ!」


 狐龍が起き上がり、こちらに向かって突進してくる。

 それを合図に魔法を唱えた。


「馳せろ、迅雷。紫刀の如く」


 鞘から抜き放つは紫色に染まった刀身。

 鋒で描いた軌道は紫電の一閃となって馳せ、視界のすべてを両断してみせる。

 結界を斬り裂き、木々を両断し、狐龍の首を落とす。

 静寂の最中に鞘へと納めた刀の鍔がかちりと鳴って、すべてが一斉に鳴り響いた。

 それが騒々しくこの死闘に幕を引く。


「あぁ……疲れた」


 どっと疲れが押し寄せ、痛む体を庇うように木の幹に身を寄せる。

 肉体に深刻なダメージが残っているせいか、まだどうにか逆境バフで立っていられた。

 この分だと街についた途端にぶっ倒れそうだ。


「狐龍……本当に倒しちゃいましたね、想真さん」


 いくつもの倒木の中に横たわる狐龍の亡骸を百合は見つている。

 未だに信じられないと言った様子だ。


「一流パーティでも苦戦する魔物ですよ? それをたった一人で」

「一人じゃない。一緒に戦っただろ?」

「そ、そんな……私は別に大したこと」

「助かったよ、ありがとな」


 風の駿馬で火を消し、風の分身でかく乱してくれた。

 助かったのは事実だ。


「うぅう……な、なんなんですか。そんなこと言うと好きになりますよ!」

「ははっ、なんだそれ」


 なかなかの冗談だ。

 軽く笑うと全身が軋んで痛みが走った。


「いてて。とりあえず回収業者を呼ぶか。腹の中に赤角もいるし」

「あー……そう言えばそうでしたね」


 狐龍の登場ですっかりと忘れていたみたいだ。


「じゃあ、私が連絡して起きます。想真さんは休んでいてください」

「助かるよ。体がだるくてしようがないんだ」


 ずるずると腰を下ろし、一息をつく。

 それからしばらくして、無事に回収業者が到着する。

 赤角牡鹿を喰った狐龍ごと回収してもらい、ついでに俺達も街まで乗せていってもらった。


「も、もうダメ……」

「そ、想真さん!?」


 街に着いた途端に案の定、逆境バフが切れる。

 繋ぎ止められていた意識も失い、俺は病院へと担ぎ込まれたのだった。

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