竜巻と狐龍
「お待たせしました」
「じゃあ、行くか」
待ち合わせ場所に百合が来たので任務に出発した。
魔導電車に乗って移動し、降りたのはこの街を囲む城壁付近。
駅から出れば徒歩数分で城門まで辿り付ける。
「お疲れさんでーす」
「お疲れ様です」
携帯端末のディスプレイに自身の証明書を映し、番兵に見せつつ城門を潜る。
「お気を付けて」
見送られつつ街を出ると、そこは手つかずに大自然が君臨していた。
なだらかな起伏が続く丘陵地帯が広がり、その向こうには鬱蒼とした森が聳えている。
「城門を出るといつも転移が恋しくなります」
「VR世界に慣れすぎるのも考えものだな」
仮想空間は自由で、現実世界は不自由だ。
まぁ、俺の場合はその自由のせいで弱体化しているんだけれど。
「ほら、行こう。嘆いたってウィンドウは出てこないぞ」
「はーい。諦めて自分の足で歩きまーす」
目的地を目指して丘陵へと足を踏み入れた。
§
振り返ればすでに街の城壁が小さく見えていた。
「――たしかこの辺りですよね?」
「そのはずだけど……」
森へと入り注意深く周囲を見渡していると、茂みの奥に赤い枝が見えた。
「百合」
「はい? あっ」
百合もそれを見て息を潜めた。
「あれですよね。依頼の魔物」
「あぁ、間違いなさそうだ」
俺達が受けた依頼は赤角牡鹿の鹿角の収集だ。
あの漆塗りのような美しい赤色の鹿角には、色々と使い道があるらしい。
赤角牡鹿に戦闘力は合ってないようなものだけれど、とにかく素早いことで有名だ。
「気づかれないようにそーっと行こう」
「はい」
赤い角を目指してゆっくりと近づいていく。
茂みを避けて、飛び出した枝を潜り、一歩ずつ進む。
そうしてあとすこしで手が届くという距離に来て、ぱきっと乾いた音がした。
百合が枝を踏み折った音だ。
「百合ぃ」
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
音に敏感な赤角牡鹿は、跳ねるように逃げていく。
「まぁ、しようがない。追い掛けよう」
「絶対、捕まえますから!」
目標を追い掛けて俺達も駆け出した。
「やっぱり速いな」
木の根が這う悪い足場も、乱雑に生えた木々も、器用に躱して跳ねている。
この分だと正攻法で追いつくのは難しそうだ。
「百合。手柄は譲るからなにか良い案はないか?」
「えーっと、えーっと……あ、そうだっ!」
何かを閃いて、百合は実行に移す。
「逆巻け、旋風。龍が如く!」
唱えた魔法は逆巻く竜巻となって出現し、渦の最中に標的を捕らえる。
囚われの身となった赤角牡鹿は、その場で足踏みしつつ周囲を見渡し、嘆くように鳴き声を上げた。
「ふっふー。どうですか? 想真さん。私も結構やるもんでしょ?」
「あぁ、そうだな。これで最初のミスがなければ完璧だったんだけど」
「ミス? ナンノコトダカ」
「なかったことにしようとするな」
まぁ、こうして無事に捕まえられたことだし、いいか。
「じゃあ、あいつには悪いけど角を回収させてもらうか」
「あっ、はいはい! 私が切りたいです!」
勢いよく挙手がなされる。
「百合の手柄だ。好きなようにどうぞ」
「やったー! じゃあ道具を――」
そう言いつつ百合が空間魔法を使おうとした、その時だった。
不意に木々の影から大型の魔物が現れ、竜巻に囚われた赤角牡鹿を捕食したのは。
「あ」
「あぁ!」
丸呑みにして呑み込むと、視線がこちらを向いた。
龍の胴体に獣の四肢を持ち、鱗に覆われている。
獣龍と呼ばれる大型の魔物だ。
二叉に別れた獣尾と、狐を思わせる造形の頭部を見るに分類は――
「狐龍か」
「ど、どうするんですか? 勝てませんよ、狐龍なんて……」
「でも、依頼の品はあいつの腹の中だ」
「べ、べつの個体を探せば」
「それもいいけど。あいつがそう素直に見逃してくれると思うか?」
狐龍が咆哮を放ち、獲物を逃がすまいと結界を張る。
淡い紫色の障壁がドーム状に展開され、俺達は逃げ場を失った。
「ほらな」
「ほらなじゃないです!」
百合はいつかのようにまた涙目になっていた。
「百合はサポートを頼む」
そう言いつつ腰の鞘から抜刀する。
「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれってな」
刀を構えて駆け出し、狐龍へと肉薄した。
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