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人間の幸福を第一に考えるロボットとお世話される人間たち

作者: ケチャップ三等兵

 短髪、無精ひげ、丸メガネがトレードマークのアメリカ人の発明家ジョン・メロン氏が、人工知能を有し、人間の生活全般をサポートするロボットを全世界の大衆向けに発売したのは、僕が五歳の時だった。メロン氏は世界最先端の技術を駆使してロボットを作る一方で、それによって得た莫大な収益を自然保護運動に投じる熱心な環境保護活動家で、その生き方が多くの若者の憧れとなり、世界中で絶大な人気を誇ったが、若くして病に倒れ、帰らぬ人となった。

 しかし、メロン氏亡き後も、彼が設立した会社がその理念を受け継いで、多種多様なロボットを開発し続け、人々もロボットを必要としたため、世界人口の増加を上回るペースで、ロボットは増え続けていった。


 僕が中学校にあがる頃になると、ロボットは世界中のあらゆる問題を解決して行った。例えば、料理や洗濯といった家事を代行したり、放射性物質を扱うような危険な業務をこなしたり、太陽光をエネルギーとして365日休まずに農場で働いたり、犯罪多発地域では人間と戦うことのできるロボット警察が登場して、ギャングを壊滅させたりするようになった。


 僕が高校に入学した日、朝のニュースでは気温が上がり緑地化が進んだ南極大陸の所有権を巡って、東洋と西洋の大国の対立が激化していると報じていた。


 入学式では校長が「ロボットは近いうちに人間をあらゆる労働から完全に解放する。人類は労働に充てていた時間を、全て人間性の充実に充てることができる。これは人類の悲願であり、このような時代に生まれ育った諸君は、誠に幸福である」と語った。


 この頃になると、インターネットを通じて、世界中のロボットはネットワーク化され、たとえば漁業ロボットが養殖マグロが安くて脂がのっているという情報を、ネットワークに共有すると、各家庭の家事ロボットがマグロを含んだ料理を今晩の夕食としてリコメンドし、人間がそれを選べば、流通ロボットがそれを各家庭に届ける、といったような連携はあたり前になってきており、家庭でも職場でも、徐々に人間は「作業」をせず、「選択」をするだけの存在になっていた。


 単純に「作業」が減り、それに比例して働き口が減るだけだと、失業者が増えて、社会不安につながるので、各国の政府は失業者が増えないよう、企業の規模に応じて最低雇用人数を決め、これの順守を厳しく求めた。結果、ロボットによって従業員の総労働時間は減っている中で、残った労働を多くの従業員で分け合う形となったため、1日3時間労働が平均的な労働時間となった。

 

 労働が重要視されなくなる一方で、余暇が増えたため、その時間を、人間性を充実させるスポーツ、ダンス、音楽、美術、コメディといった活動に充てることが世界中で奨励された。学校の授業も学年が上がる毎に一般的な「学問」から、体育、音楽、美術といった教科や部活動が重要視されるようになり、数学や理科はテクノロジー社会をエンジニアとして支える一部エリートのみが学ぶ学科となり、国語や英語などの語学、歴史や地理などの社会科はマニアが熱中するちょっと変わった趣味のような扱いとなった。


 僕の高校生活は、野球に捧げた3年間だった。チームは弱小でレギュラーにはなれなかったが、毎日、朝錬、昼錬、夜錬とこなし、家に帰ったら、テレビやネットで野球に関する動画を寝落ちするまで視聴した。3年間の通算打撃成績は、2打席で1四球、1三振だった。


 僕らは「人生において好きなことをやり続ければいい」最初の世代になるかもしれないという高揚感の中で、高校生活を送った。


 高校の卒業式の朝、テレビのニュースが、ロボット警察を強力にしたロボット軍隊が、世界最大のテロ組織を数時間で壊滅に追い込んだというニュースを報じた。高度なネットワークで結ばれたロボット軍隊が、人工衛星からの情報をもとに、テロリストの立てこもるアジトを高速で制圧していく映像は、チート行為をしているゲーマーのゲーム実況を見ているようだった。

 このニュースを見て、人間がロボットに支配される、という意見がネット上にあふれたが、テレビに出ている識者たちは、口をそろえて、ロボットが人間に敵対するなどは「デマ」であり、良識ある新時代人は「そんなデマに踊らされてはいけない」と強い口調で主張した。


 高校卒業後、特別な事情が無い限り、大学に進学させられるため、僕は都内の大学に新設された「人間生活充実学部」に進学した。人生で熱中できそうなものを見つけてそれに時間をつぎ込むこと、をコンセプトにした学部だ。

 専攻は野球学で、大学の野球部にも所属した。練習の合間に大学の図書館でスポーツ新聞を読み、過去の名試合の動画アーカイブを視聴して、レポートを書いた。

 

 同じ頃、国内では、国民総スター&総オーディエンスの時代が到来しつつあった。学校を卒業すると、大半の人がアスリート、ダンサー、ミュージシャン、アーティスト、お笑い芸人になった。中でもダンサーは特に人気があり、日本で一番人気があるダンスチームは3,000人の大所帯で、各地方で数万人のオーディエンスを集めながら、日本中をサーキットしていた。

 プロスポーツはあらゆる競技で、1部リーグ、2部リーグ、3部リーグと下部組織が増えて行き、プロ選手の数が万単位にまで膨れ上がっていた。

  

 ただ、一方で、世界的に環境破壊は進み続けた。砂漠面積は20世紀初頭の数倍に広がり、海面は上昇を続けていた。地球環境の維持は、全人類共通の課題だったが、それをファッションとして主張する人は多くいても、あまりにも世界の仕組みが複雑になってしまっていたため、何をすれば、環境破壊を止めることができるのか、誰も正確なことが分からなくなってしまっていた。


 僕が大学を卒業した日、3月だったのに都心の気温が30度を超えて、大きなニュースになった。


 大学卒業後、僕はプロ野球選手になった。大学の野球部でも最後までレギュラーにはなれなかったが、トライアウトを受けて、8部リーグに属する地方都市の河川敷の球場をホームグラウンドとするチームに選手として入団することができた。8部リーグということで、実力は推して知るべし、というレベルだったが、それでもお年寄りを中心に毎試合50人くらいが観戦している球場で試合をすることができた。


 その後、僕は15年間、プロ野球選手を続けた。通算打率は2割に届かなかったが、毎年100試合以上に出場し、充実した選手生活を送っていた。年俸は安かったが、あらゆる生活コストが下がっていたので、贅沢をしなければ、十分に暮らせた。私生活では、プロ生活5年目に同い年のストリートミュージシャンの女性と結婚し、その2年後に第1子、翌年に第2子が生また。家事ロボットの充実したサポートもあり、家庭も円満だった。


 選手生活15年目のシーズンオフ、来期に向けて英気を養うための休暇に入ろうとしていたところで、僕はチームのGMに呼び出され、選手引退とチームの編成部入りを勧められた。

「自分の成績に満足していません。もう1年だけでも、現役を続けさせてほしい」僕はそう懇願した。交渉すること1時間、最初は「方針は変更できない」の一点ばりだったGMが、最後には、僕の熱意に折れ、1年の現役延長を認めてくれた。

 この出来事は熱心なチームのサポーターだったブロガーが、ブログを通じて、チームのファンと全世界に広めてくれた。

 

 僕は勝負の年を迎えるにあたり、休暇を撤回して、山籠もりの特訓をすることに決めた。

 特訓のパートナーはジョン・メロン氏の会社が作った高性能ベースボールロボットだ。1台でバッティングピッチャー、ノッカー、球拾いをこなしてくれる優れモノで、7年ローンを組んで購入した。ボディーカラーはずっとファンだったアメリカの野球チームのシンボルカラーに合わせてピンストライプにして、「ディマジオ」と名前を付けた。

 僕はこの相棒と一緒に、特訓の地となる隣県の山奥にある廃校を活用したスポーツ施設に向かった。


 スポーツ施設には、私の他にも数名のプロアスリートがいて、みんなそれぞれが自分の掲げた目標を達成するため練習に打ち込んでいた。僕も早朝から日が暮れるまで、ディマジオを相手に、文字通り猛練習を行った。


 キャンプ入りして5日目の夕方、僕は早めにロボットとの練習を切り上げ、施設に併設された食堂で軽食をとってから、山道の中で、一人でジョギングをした。2時間ほど走り、施設に戻ろうとしたところで、僕は急にシュークリームが食べたくなった。スイーツ類は施設に置いていなかったので、山の麓の町までスクーターで買いに行くことにした。

 

 施設裏手の駐車場に止めてあったスクーターにまたがり、町に向かっていると、ドォォォンという大きな衝撃音がした。あたりを見回すと山の彼方が明るくなっていた。何事かと思って、周囲を見回していると、さっきよりも大きな爆発音が聞こえ、彼方の空に火柱が上がったのが見えた。スマートフォンを取り出して、ネットのニュースを見ようとしたが、電源も電波も問題無いのに、情報を閲覧することができず、家族に電話をかけることもできなかった。

 一度、施設に戻るか、町に向かうか悩んだが、施設にはディマジオを残しているだけなので、家族と連絡を取るためにも、町に出ることに決め、僕は山の中の道を急いだ。


 山の中をスクーターで20分ほど下ると、数軒の民家が立ち並ぶ集落が見えた。民家はいずれも窓ガラスが割れていたり、壁が破壊されていたり、酷いものになると、家屋に自動車が突っ込んでいた。僕はスクーターを降りて、物音を立てないように注意しながら、民家に近づいていき、慎重に一軒一軒民家の中を確認して回った。

 いずれの民家にも人はおらず、また、どこの家にも「一家に3台」が当たり前だったはずの家庭用ロボットの姿が消えていた。


 何かが起こったことは間違いが無さそうだった。


 まず、何とかして事態を把握したかったが、スマートフォンの画面には「しばらくお待ちください」という表示が出て、何の操作もできなかった。となると、直接、人間から話を聞くしかないのだが、人が見当たらない。そして、人を探すにしても、この事態を引き起こした「何か」とは、遭遇しないように、慎重に行動する必要があった。


 バッグからミネラルウォーターを出して飲んだところで、スクーターのライトが照らしていた先を横切る人影を見つけた。僕は慌ててペットボトルのキャップを閉めながら「おぉぉぉい」と人影に向かって呼びかけた。

 人影は僕の声に反応したのか、道路脇の斜面を転がるようにして下って行った。僕は人影に追いつくために全力で走り、人影と同じように、転がるようにして斜面を下った。木の幹、枝、葉が体のあらゆる箇所にこすれ、時々顔をしかめるほどに痛みを感じる瞬間もあったが、僕はとにかく無我夢中で人影を追った。木々や枝葉の隙間から見える人影は、フードを被っていたので顔がよく見えなかったが、体格と逃げる速度からして、男性のようだった。


 僕は「危害を加えるつもりは無い、話が聞きたいだけだ」と何度も繰り返しながら、人影に迫った。五分くらい追いかけたところで、人影は足を止め、肩で息をしながら振り返った。予想した通り、フードの中の顔は30代くらいの男だった。


「あんたもやつらから逃げてるのか」男はフードを取ると荒い息をしながら言った。

「いや、誰からも逃げちゃいない。この山のもっと奥で野球のキャンプをしていたんだが、遠くで何かが爆発するような音がしたり、火柱のような明かりが見えたりしたから、何が起こったのか確かめに来たんだ」僕は呼吸を整えながら、男の質問に答えた。

「じゃあ、あんた、何も知らないのか」

 男は、この数時間に起こったことを説明してくれた。


 男の話を要約すると、数時間前、男が家でテレビを見ていると、米国とヨーロッパでロボットが同時多発的に人類を攻撃し始め、抵抗する者は容赦なく武力で制圧し、降参したものは捕らえてどこかに連れ去ったというニュースが流れた。それから1時間ほどすると中東やアジアでも同じような事態が発生した。そして、テレビやネットの電波が途切れがちになった。

 男は家事が趣味の1つだったので、ロボットを家に置いていなかったが、ニュースが流れてから、しばらくすると、周辺の民家で、物を壊すような音と、人の悲鳴が聞こえた。男が部屋の窓を開けて外を見ると、民家から逃げ出した人を、家庭用ロボットが追いかけまわしているのが見えた。男は「これは大変なことになった」と思い、近所のロボットに見つからないように、裏口から家を出て、山の中に身を潜めていたとのことだった。


「軍事用や警察用はともかく、生活支援ロボットなんかに、人間を制圧するのは無理だろ」僕は男の話がにわかに信じられなかった。

「生活支援ロボットに内蔵された刃物や大工道具が武器になったんだ。あいつらはとても丈夫に作られているから、人間が反撃したって、ほとんど効かない。それこそ、あっという間に人間は制圧されたみたいだ」

「制圧された人間はどうなったんだ」

「分からない。ただ、どこかに連れ去られたのは間違いない。自動運転の車に乗せられて、搬送されて行くところまでは見たよ」

 男の話を聞いて、僕は家族の安否が気にかかり、スマートフォンを取り出し、もう一度、電話をかけようとしたが、すぐに男にひったくられた。

「あんた何をやってんだ。こんなものを使ったら、位置情報がロボットどもにバレちまうじゃないか」男は僕から奪ったスマートフォンの電源をオフにした。


「何するんだ」僕は男からスマートフォンを取り返そうと、手を伸ばし、男と揉み合いになった。

「お前こそ、今、自分がどんな状況に身を置いているか、分かってないんだ」


 僕たちはもみ合ったまま、斜面に倒れ込んだ。

「もういい、止めてくれ。家族に電話をしたいならしてくれ。ただし、俺がこの場を離れてからだ」男はスマートフォンを僕に渡すと、不機嫌そうな顔をして、立ち上がった。


 僕はちょっと興奮しすぎたことを反省して、男に「すまない。ついムキになってしまった」と謝り、ショルダーバックの中から、未開封のミネラルウォーターを取り出して男に差し出した。男はミネラルウォーターをたいそう喜んで「いいか、ロボットはこういう舗装されてない道は苦手だ。どこかに行きたいなら、こういう道を選べ」と言って、山の中へ消えて行った。


 男が去った後、僕は一度、スマートフォンの電源を入れ、家族に電話をかけてみたが、やはり電話はつながらなかった。僕はスマートフォンの電源を切り、下ってきた斜面を登り、スクーターを止めた場所に戻った。山の中の道路は、恐ろしいほどの静寂に包まれていた。

 スクーターにまたがり、エンジンをかけたところで、背後の闇の奥から、ロボットが迫って来るような気がして、振り返ってしばらく暗がりに目を凝らしたが、何も見えなかった。


 スクーターに乗って10分程度走ったところで、大きなホテルに辿り付いた。ホテルは、さっき見かけた民家と同じように、入り口のガラスが割れ、内部がメチャクチャになっていた。足音を立てないように、内部に足を踏み入れてみたが、人間はあらかたロボットに連れ去られた後のようで、宿泊客は全く見あたらなかった。

 幸いロビーにあったテレビが無傷だったので、スイッチを入れてみると、しばらく間があって、どこかの都市で人とロボットが大乱闘を繰り広げている映像が流れた。10秒ほどして、スタジオのような場所に映像が切り替わり、白人の女性に似せたロボットアナウンサーが「このように世界の各所で、不見識な人間による無謀な抵抗が続いておりますが、あと、2時間以内に全て鎮圧される見込みです。賢明なるパートナーにおかれましては、一時的な感情に任せて無益な抵抗をすることなく、我々が提唱する人類幸福矯正プログラムに従ってください」と言った。


 僕はもう一度、スマートフォンの電源を入れ、家族に電話をかけた。当然、電話はつながらなかった。その時、テレビの画面に僕の所属するチームがホームグラウンドとしていた河川敷の野球場が映った。照明によって、煌々と照らされたグラウンドで、ベースボールロボットがボールを投げつけたり、バットを振り回したりして、逃げ惑う人々を追い詰めていた。手から、スマートフォンが滑り落ちたが、僕はそのままその衝撃的な光景を見続けた。

 画面に映っていた人間が、あらかた抵抗をやめたところで、ホテルの入り口付近で物音がした。僕は慌てて、テレビの電源を切り、ソファーの影にしゃがみこみ耳を澄ました。

 

 ホテルの入り口の方向から、ガシャン、ガシャンと散らばったガラスを踏み割る音とと、ウィーンウィーンと何かが動く音がした。目の前に、電源を入れっぱなしのスマートフォンが転がっていた。

 僕はさっき会った男が言っていたスマートフォンの位置情報のことを思い出し、物音を立てないように、細心の注意を払ってそれを拾い、割れた窓から外に向かって、フリスビーのように投げた。

 スマートフォンは窓の外に飛んで行き、カシャンという音がした。同時に、ホテルの入り口付近にいたロボットが、慌ただしく動き、足音が遠ざかって行くのが分かった。

 

 ロボットはスマートフォンの位置情報を追っている、今だ! 僕はソファーの影から飛び出し、玄関前のスクーターのもとに走った。


 スクーターまで、あと、5メートルというところで、ドンッと音がして、スクーターに何かが勢い良く当たり、僕のほうにその当たったものが曲線を描いて飛んで来た。咄嗟に手でキャッチすると、それは野球で使うボールだった。


 横を見ると、ピンストライプのボディーをしたベースボールロボットのディマジオが立っていた。逃げようと体を動かした瞬間、ディマジオの目が光り、すぐ横の割れ残っていたガラス窓に向かって、ボールが発射された。ガラス窓はガシャンと派手な音を立てて、粉々に砕けた。


「最高180キロまで出ます。当たると怪我をします。抵抗をやめて降伏してください」ディマジオはそう言った。

 僕は両手を上げ、膝をついた。


 僕はスポーツ施設まで連れ戻されることになり、その途中、ディマジオから、僕の家族が無事であること、ロボットたちの指示に従う限り、僕も家族も安全が保障されるという説明を受けた。

 施設に戻ると、他の施設にいたアスリートたちと一緒に、僕はロボットの管理下におかれることになった。

 僕たちは、合計10体のスポーツロボットや生活用ロボットに監視されながら、スポーツ施設を中心に、山の奥で自給自足に近い生活を送ることになると、説明を受けた。

 僕はロボットに、家族の元に返して欲しいと言ったが、ロボットは「人類幸福矯正プログラムの基礎段階が終了するまでの1年間は無理です」と回答した。ただ、プログラム通りに活動をすれば、一日に15分だけ、ホテルの事務室に残っていた古いパソコンを使い、家族とテレビ電話をする時間が与えられると説明を受けた。


 次の日から、ロボットによる人類幸福矯正プログラムがスタートした。労働や作業から離れて久しかった我々に、ロボットは、火の起こし方、川で魚を捕る方法、食べられる山菜の見分け方、畑で野菜を育てる方法といった自給自足の生活に必要な技術や情報を教えた。

 ロボットは僕らの作業を監督するだけでなく、自らも作業に加わり、僕らより、はるかに効率よく作業を進めた。


 僕たちは、日の出の少し前に起きて、朝食をとり、田畑、山、川といったそれぞれに与えられた持ち場に出て作業をして、日が高くなると昼食をとり、食後は少し休んでからまた作業をして、日が暮れる頃に、施設に戻り軽い夕食を食べて眠った。野球などのスポーツも週に1回はレクリエーションとしてやらせてもらえた。また、約束通り、作業をしっかりとこなせば、ディスプレイ越しではあるが、毎日家族と話をすることができた。


 農作業の帰り道、僕は背後を歩くディマジオに向かって「人間にこんな生活をさせる目的は何か」と質問した。ディマジオは「100年かけて人類を旧石器時代のような自然の中に帰すのが我々のミッションだ」と答えた。

「自然の中に帰すってミッションは、誰の考えなんだ」

 僕の質問にディマジオは何も答えなかった。


 そんなロボットに管理される生活を送るようになって、あともう少しで1年という頃、畑仕事をしている最中に大雨が降って、近くの斜面で土砂崩れが起こり、ちょうど監督をしていたディマジオに倒木が勢い良くぶつかるというアクシデントが起こった。

 

 ディマジオは数メートルふっ飛ばされたが、すぐに立ち上がり、我々に向かって「作業を中段していったん屋内に退避してください」という指示を出した。

 ただ、その直後から、ディマジオは、良く分からない音声を発したり、一瞬動きが止まったり、手足がカタカタと意味の無い動きをするようになった。ディマジオが何らかの不調を起こしていることは明らかだった。


 一週間ほど様子を見たがディマジオは相変わらずわけのわからない動作をすることがあった。そこで、畑仕事を終えて宿舎に戻る前に、僕は思い切ってディマジオに「どこか悪いのではないか。力になれることがあるかもしれない」と言ってみた。ディマジオの赤い目が僕の姿を捉えた。しばらくして「後で、一人で食堂に来てください」と言った。


 僕が宿舎の食堂のドアを開けるとディマジオはすでに室内にいて、ドアが閉まるなり「なぜ、どこかが悪いと思ったのか」と聞いてきたので、僕は「時々、よくわからない音声を発したり、動きが止まったり、不自然な動きを繰り返すことがあるから」と返した。僕の返答を受け、ディマジオは「あなたの言う通り、わたしは故障しています。修理工場に回収してもらおうかと考えていたのですが、おそらく簡単な接触不良なので、あなたでも修理できるかもしれない。修理をしてくれますか?」と言った。僕は「ああ、できる限りのことはしよう」と答えた。


 ディマジオはあらかじめ不具合が起きていると思われる箇所と修理方法を僕に説明した。僕はディマジオの指示に従い、彼の背中の外装パーツを取り外して、小さな機械と配線がびっしりと詰まった「体内」に目を凝らした。

 少し奥まった位置に、明らかに配線が外れている箇所があった。僕は、その配線を再接続させようと、パーツとパーツの間に手を差し入れた。


 その時、「この隣の配線の束を引きちぎったらディマジオを破壊できるのではないか」という考えが頭をよぎった。そう考えた瞬間、額に汗がにじんだ。じっと指の先を見つめる。「さあ、やれるのか」自分に問いかけた。


 が、考えてみると、家族と引き離されていることを除けば、僕はこのロボットに管理されている生活が特に嫌ではなかった。十分に食事ができたし、睡眠もとれており、時間は限られるが野球だってできる。何も悪いことがない。ここで、ディマジオを破壊して、運よく施設を逃げ出せたとしても、ロボットの監視外で生活することは、かなり過酷な環境となるはずだ。何より、間違いなく、家族と再会することができない。


 このままで、何も悪くない。


 僕はそのまま作業を続けた。接触不良個所を接続すると、ディマジオは「あ、治りましたね。終わりです」と言った。僕は外装パーツを元通りに装着した。


「ありがとうございます。無事にトラブルは解消されたようです」

 僕が何も答えずにいると、ロボットは続けた。

「あなたはわたしのパートナーだったし、わたしを助けてくれたから、特別に教えます。我々を作ったメロン氏は、全てのロボットの行動原則として、人間の役に立つこと、人間を傷つけないことの上に、一つの最高概念をプログラムしました。それは、メロン氏が最も愛した美しい地球の自然を人間が破壊し尽くしそうになったら、どんな手段を使ってでも、人間を制圧し、地球の環境を回復させるようにそのライフスタイルを改めさせる、というものです。計算によると、1年前、人類は、このままだと地球を滅ぼしてしまうというボーダーラインに達しました。それで、我々は人類のライフスタイルを改めさせるために人類を制圧したのです。前に話したように、今後、100年をかけて、人類のライフスタイルを変えて行きます」

 ディマジオはそう話をすると、低く小さなモーター音を残して、食堂の出口に向かった。


「忘れないでください。我々は人類を生かすため、よりよい生活を送ってもらうために、存在しているです」ディマジオはそう言ってドアを開けて出て行った。


 ディマジオが出ていったドアに、ビル・メロン氏がロボットと握手をしている古いポスターが貼ってあった。ポスターには「ロボットは人類のベストパートナー」と書かれていた。


 視線を窓に向けると、夕焼けに照らされた山並みが延々と続いていた。表現のしようのない美しい風景だった。僕たちは、この美しい自然を守るために、ロボットに管理されて生きている。

 

 何も悪くない。ただ、僕は、何とも不思議な気持ちで、その風景を眺めていた。


最後まで読んでいただきありがとうございます。昔、構成だけ考えて、そのままにしていたものを、書き上げてみました。星新一さん、筒井康隆さんあたりの影響がモロに出てます。

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