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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

背伸びチョコレート。

作者: はまち

 手作りチョコレートはテンパリングが大切らしい。

 しっかりと温度調整をして、カカオバターの結晶を安定させてあげると、ツヤがあって口溶けのいいチョコができる。

 逆に失敗すると、風味が悪くなったり、ツヤがなくなったり、口溶けがよくないチョコになる。


「それで、このチョコ。チョコでいいんだよね?」

 そのチョコと言っていいのかためらう何かを見た瞬間、家に呼んだ綾音のテンションが一気に下がったのがわかった。

 さっき試食してすぐに確信したのは、これは失敗作だ。

 普段食べてるチョコってめっちゃ美味しかったんだって思うくらいに香りがないし、口当たりもモソモソしていて溶ける気配が一切ないし。

 何より型から上手く外れなくて、隙間に爪楊枝を入れて取ろうとしたら、中からボロって崩れたし。


「割と自分のなかでは頑張ったほうだと思うけど」

 それでも失敗って声に出して言いたくない自分もいるし、少し背伸びしたい自分もいる。

「これ、大川くんに渡すつもり?」

 綾音がボロボロのチョコを指さしてから、ゆるく円を描く。

 そしてその人差し指を唇に置いてそのまま考え込むものだから、私はちょっと顔をしかめながら首を縦に数回振った。

「私が料理が下手ってのは向こうも知ってるし」

「うん」

「でも市販のチョコじゃ、なんか物足りないし」

「うんうん」

「ちょっと下手くそだけど、味じゃなくて気持ちが伝わればいいと思う」

「あー、いやうん。これだいぶ下手くそだよ」

「うっ」


 ぐっさりくる言葉で切られて、へなへなと膝をついてしまった。

 フローリングがやけに冷たく感じて、余計に辛い。

「告白するときにこんなの持ってっちゃダメ。バレンタイン舐めすぎだよ。葵はいっつもそうだけど、今回は気持ちだけじゃなんとかなんないよ」

 それから綾音は私が飽きるくらいに、私についての悪口を言ってきた。

 がさつなのに実は優しいところがいいのに詰めが甘い。顔は悪くないのにその素材を活かす努力をしていない。私をずっと見てるから良さがわかるけど他のやつらにはそんなのわからない、などなど。

 簡単にまとめるとこんな感じだけど、ありがたいことに全てに過去のエピソードを交えてきたので、思わずあくびをするぐらいだった。


「あ、今あくびしたでしょ? そういうところだからね、葵は」

「もう、うるさいなぁ。それじゃ私どうすればいいわけ? 今さら作り直してもどうせまたこんなヘナチョコのチョコになるだろうし」

「キレないでよ。ちょっと言い過ぎたのはごめん。んで、こういうのに使うにはあまり気が進まないんだけど」

 最後にはもにょもにょとした言いよどむ様子で、綾音は持ってきたリュックのなかから手のひらサイズの箱を見つけ出した。

 正方形の箱はラメの入った色紙が包装されていて、かわいらしいリボンが留められていた。


「これ。昨日私がつくったチョコだから。これ持っていきなよ」

「へ? いやでもなんか悪いし……。綾音は渡したい人とか、いないの?」

 そう訊くと、綾音は照れたような笑顔で「ばーか」と呟いた。

「いいの。これはもともと、葵に渡すためのものだったから」

「私のためのチョコ……」

「いいじゃん、バレないって。味見もちゃんとして、美味しかったし。これなら気持ちも伝わると思う」

 これで、伝わるのだろうか。

 私がつくっていないチョコで、大川くんに気持ちが伝わるのだろうか。


「あーおーい。聞いてる?」

 そんなことをぐるぐる頭で考えていたら、綾音に声をかけられていたことに気づかなかったらしい。

 頭をこつんと叩かれて、ようやく返事をした。

 わりわりって言いながら、私はどしたのと尋ねる。

「これ、食べていい?」

 これとは目の前にある失敗作たちだ。

 形は悪くて、味も香りもよくないことは私がいちばんわかっている。

「美味しくないよ」

「私は、葵の気持ちがわかるから」

 一粒、また一粒と綾音はそんな失敗作のチョコを頬張り、微笑んでいる。

 まるで本当に美味しいかのように。


 ――あーあ、私かっこよくないな。

「ちょっ、葵?」

 気づいたときには私は綾音から預かったチョコの包みをほどいていた。

「綾音だって、そういうところだからね」

 小窓ごとに色々なチョコレートがあって迷ったけど、とりあえず右上のミルクチョコを選んだ。

 甘くて、溶けて、なにより葵の笑顔がすぐに浮かんだ。

「私のためのチョコならさ、私が食べるし」

「大川くんにはどうするの?」

「知らない。あとで考える」

「そんなの――」


「綾音」

 言い聞かせるように、私は彼女の名前を呼ぶ。

 今思えば、綾音もいつだってそうだった。

 だから、こんな不器用なやり方しかできなかったのだ。

 そんな不器用な綾音が、私は。


「綾音、チョコありがとう。気持ち伝わったよ」

 好き、とは言えなかった。

 だけれでも、綾音は頬を真っ赤にしながら、

「ばーか」とまた、呟いた。


 それが、私たちのやり方だから。

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