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リセマラ部  作者: ツチイ・シンシュン
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第2章-2 理想と現実は全く持って違います

「嘘でしょ?」

「現実だ」

 俺と同じような反応を示す宇梶さんが部に参加してから約2時間。またしても今日中に体験入社できる企業を用意してしまった。

 しかも今回の場合都心より少し離れているので電車で行く、のかと思っていたらまさかの車が用意されているという特別待遇。ますます怖いぞ一ノ瀬グループ。

「こちらが今回案内をしてくれる石間さんです。本日はよろしくお願いします」

「工場長の石間です。よろしくお願いします」

 どんなご老体が出てくるのかと思ったら以外にも若い人が出てきて驚いた。とはいえ、先日のコンビニ店長よりかは老けている。四十前後と言ったところだろうか?

「こちらは右から一ノ瀬玲音、河西亮一、宇梶御代、私は亀城綾香と申します」

「よ、よろしくお願いします」

 一瞬声が強張ったのは一ノ瀬と言う名前があったからだろう。こんな時期に体験入社をしなくちゃいけなくなった原因であり、おまけに何と今回は親族が社長さんだというのだから粗相の無いようにしなければ後が怖いことを理解しているのだろう。

 今いるのは東日本印刷社と言う大手会社だという。それも印刷業界はだいたいがここと西日本印刷株式会社の二社が占めているというのだからもう超大手だ。

 噂によれば、ここに大量の漫画や雑誌の原本が届くわけか。

 それを俺たちが先行覗き見できるとか、これほど最高な職場はない!

「印刷業に興味があるんですよね? うん……まぁ」

 そんな俺たちに対し、しっくり来てないような返事をする。何か気になる点があるのだろうか?

「まぁイメージってものがあまり湧かない職業だからね。そうだな、取りあえず」

 俺たちを見て、何らかの決心がついたのか、石間さんが頷く。そして、一言こう言った。

「まずは着替えようか?」

「「えっ?」」

 その答えに俺と宇梶さんは同じ返答をした。

「はーい!」

「分かりました」

 打って変わってしっかりとした返事をする二人。恐らく一ノ瀬さんは理解していない。けど、亀城さんは何か分かっているような感じだった。

 嫌な予感はすぐに的中した。


 着替えと言うことで一時女性陣と別れ、更衣室にて用意された服に着替えた。

 薄茶色の地味な服で、ポケットが多く、分厚い服。

 石間さんも来ていた。作業服だ。

 それに、俺にはこういった類で色々理解することが出来る。

 厚手の物と言うことは比較的刃物や鋭利な機械類を扱うのだろうし、それでいて機能性に事欠いていないとなるとそこそこ動くことになる仕事だ。通気性の良さが考慮されていないということは冷暖房の設備が万全であるということが唯一の救いか。

 俺は田舎に逆戻りした気分になった服装で、部屋の外に出る。

 出た先はコンビニにあった物より遥かにでかい(建物の大きさ自体差があるから当たり前だけど)休憩室で待っていた石間さんが俺に気付いて笑みを浮かべて近づいてくる。

「あんまり言いたくはないけど。君には少しばかし頑張ってもらう必要性があるかもしれないね」

「えぇっ⁉」

 仕事前から不吉なことを何でいうんですか⁉

「色々と勘違いしているらしいけど、この仕事は女性にはあまり向いていないんだ。君以外は全員女性だから。仕事をする時は皆君の力に頼ることになると思うよ。モテると思うよ」

 石間さんは冗談を交えているが、俺はそれに素直に笑えない。

 やっぱ仕事ってこうなのか? しかも今回に至っては亀城さんも頼りにならない事態って一体なんだ?

「一体どんな仕事するんですかここって」

 俺が問い直していた時、別の扉が開く。応接室の扉だ。

「これって作業着ってやつよね? 一体どんな仕事があるのよ⁉」

 開口一番に怒鳴り声をあげたのは理想と現実の違いに打ちのめされた宇梶さんだ。

「これが正装何だよ。これで最新の本が見れるんだよね?」

「まだそう思ってるんですね……」

 作業服に着替えた彼女たちが、それぞれの思いを口々にする。

 俺は彼女たち、そして彼女たちの境遇を見て、改めて石間さんが言っていたことを理解する。

 ここには女性はほとんど、いや、もしかしたら一人もいないのかもしれない。その証拠に女性にしては少しばかし背の高い亀城さんに合うサイズの作業服は用意されていたそうだが、それよりも更に小さい一ノ瀬さんと宇梶さんはサイズの合う服が無かったのか、袖から手が出ていない。

 そして何より、女性専用の更衣室が無い時点で会社として、男女平等を謳う社会として反している。

「それではまず一番要の印刷部の仕事を案内いたしますね」

 石間さんが全員揃ったことを確認すると、休憩室から外の廊下に出る。

 硬質な音が響く長い廊下を歩く。

「音が響くねー。音楽室みたい」

「防音壁か何かよね? 音が跳ね返ってる感じがするし」

 宇梶さんが壁をノックするように叩くと、コンコンという音が俺らの左右を反復するように響く。

「そうしなければいけないんですよ。都の条例がありますからね」

「条例?」

「すぐに分かりますよ。着きました。ここが私たちの中枢部です」

 石間さんが扉を開けた。

 その光景に俺たちは思わず同じ動作に移った。

「うるさっ!」

 恐らく他のみんなもそう感じたのか、世話しなく口を動かす。が、ガーガー鳴り響く室内では誰の声も聞き取れない。

「こっ。れっ。い」

「えっ? 何ですか? よく聞こえないんですけど!」

 と言っている俺の声も恐らく石間さんには届いていないのだろう。

 何はともあれ機械の音がうるさすぎる!

「ま。そっ。こっ」

 自分たちの行動で察したのか、石間さんは俺たちを手招きして一度廊下の方へと戻る。

「うー! 耳が痛い!」

「今はお忙しい時期なんですか? すごい稼働音でしたけど」

 耳を押さえながら各々思ったことを口にする。

「そうではありませんよ。普段からこのくらいは稼働しています。慣れていない皆さんにとってはこれでもうるさいかと思いますが、私たちにとってはこれが日常ですから」

 なるほど。なら俺たちの声も聞こえていて当たり前か。

「こんなにうるさいとは思わなかったです……」

「印刷業は時間勝負だからね。消音高めて稼働率を下げる訳にはいかないから、こうやってうるさい中で、防音壁で囲って更にうるさくしてまで仕事をしているんですよ」

「これだけうるさかったら、確かに周りの迷惑ですよね」

 田舎だと隣までの距離が途方に暮れる程遠かったから農機具の音だろうと家畜の臭いだろうと関係無しだけど、これだけ密集していると駄々洩れは感化されないのだろう。

「とりあえず声は聞こえなくなるだろうけど、耳栓が欲しい人はいるかな? 後はジェスチャーで教えてあげるから」

 その誘いに皆が頷く。

 耳栓を受け取った俺たちは軽いジェスチャーと言うなのボディーランゲージを学び、耳栓をして再度工場の中に入る。

「ここで、本などを作ってるのか」

 機械音と耳栓のせいで、俺の微塵な呟きはほとんど意味をなさなかった。

 けど、それを拾いあげる人がいた。耳栓をしていない石間さんだ。

 石間さんは俺の方を向いて顔を横に振る。

 いいえ?

 俺が首を傾げると、石間さんは高速で排出されている紙の一枚を取って見せる。

「チラシ?」

 俺が答えると、石間さんは頷いた。

 それは田舎で見た赤と白二色のスーパーのチラシとは違い、カラーで写真のように色鮮やかな野菜や果実が載っているチラシだった。

 すると今度は別の機械に移動し、そこに流れている物を一枚取る。

 先ほどより小さな機械だったが、作っている物も小さかった。

「名刺ですか?」

 株式会社と書かれた片手サイズの小さな札を見せてくれた。株式会社から後ろを巧みに手で隠しているのは個人情報とか理由があるのだろう。聞かないことにしよう。

 その後も俺たちに見せてくれたのはチラシがほとんどで本どころか新聞もほとんど無かった。

 それに、これがチラシであるということが分かったのは、石間さんがそこから一枚取り上げてくれたからであり、実際はすごい勢いで紙がベルトコンベアを流れていくので、内容を確かめることなど一切出来なかった。これでは例え漫画や雑誌の印刷があったとしてもじっくり見ることさえできない。

 俺たちは一度工場の外に出ることとなって、数十分ぶりに皆の声を聞くことになる。

「チラシばっかりで、漫画とか雑誌なんて一切無いんだね」

 開口一言、一ノ瀬さんががっかりする。

「そういうことを言わないでください玲音さん。そもそも私たちはこの職場を体験しに来たんですよ?」

「とは言っても、ここまで予想と違うなんて思わなかったわ」

 一ノ瀬さんの無礼を亀城さんが叱る。しかし、そんな無礼によっぽどの期待をしていたのか、宇梶さんも乗っかる。

「昔はそう言ったものもありました。寧ろ、チラシや新聞などは中小企業がやってくれていたので、私たちはほとんど受け持っていませんでした。それが、今では電子の時代です。原材料の高騰なども相まって紙媒体の量産は割に合わないと撤退していく出版社が多いんです」

「あっ……。ごめんなさい」

 石間さんの説明に、何故か宇梶さんが謝る。

「電子?」

「電子書籍のことですね。最近はスマホ、もしくはアイパッドで漫画が見られる時代ですからね。スマホを見ていたらそんな広告を見ませんか?」

「そういえばそんなの見たような気が……」

 偶に下に出てくるあれだよね? バナーだっけ?

 書店まで出歩いて本を買って持ち帰って読むよりもスマホやアイパッドならその場で買えてその場で読めるんだから当たり前か。おまけにかさばらないし。持ち運びも便利だ。スマホ自体持っているのが当たり前な高校なら隠し持っていく必要性も無い。

 宇梶さんが謝っているのは、恐らく電子書籍を利用しているからなんだろう。

「あたしたちに何かお手伝いできることってありますか⁉ いえ、あたしたちは体験入社に来てるんです! 仕事の方をさせてもらえませんか!」

 宇梶さんが仕事を求める。

 自身の勝手な思い込みが崩れた原因にまさか自身が関わっていたとは思ってもいなかったのだろう。罪滅ぼしみたいなやつか?

「そうだね! 頑張ろう!」

 一ノ瀬さんも心機一転やる気を見せる。また変なことしないでくださいよ?

「石間さん、申し訳ないのですが、私たちは工場内だと石間さんの指示をうまく認識できないので、簡単に仕事内容だけでも教えていただけないでしょうか?」

 亀城さんが言うように俺たちは工場内だと耳栓装備を余儀なくされる。そうなれば言葉による事細かな指示が聞けなくなる。

 この前のコンビニみたいに想定外のことが起きれば迅速に立ち回ることが出来ない。

 俺らの想像を超えた仕事内容だった印刷業だ。どんな仕事が待ち構えているか分からない。

「分かりました。けど、仕事内容は簡単です」

 杞憂する俺たちとは裏腹に、石間さんは軽い感じに答える。

「ただ、河西さんだっけ? 君には頑張ってもらうことになりますね」

 その後笑顔で俺にそう答えた。

 これは石間さんと俺が二人っきりだった時に聞いた激励だ。

 俺にしかできないこと。男性陣に任せっきりの仕事。

「それじゃ君たちには」

 それは。

「荷物運びをしてもらいます」

 俺の十八番だった。

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