第1章-5 必要なのは対応力
一ノ瀬何てあまり聞かない名前だ、無関係だとは思えない。
「実際には違います。これは叔父様の兄弟のお方です。ですから玲音さんと関係のない方ではありません。玲音さんも一ノ瀬グループの一人なんですから」
「グループって。農協団体みたいな?」
お酒が飲めることが必要技量の一つだと言われている人たち?
「農業関係の事業に手を出している方もいらっしゃいますが、それ以外にも海洋関係、医療関係、そして何より米俵コーヒーや先ほど亮一さんが言っていた竹屋などにも経営者、或いは投資者として関わっています。なので、一ノ瀬グループ関連の仕事であればそちらに手を回せば大体は何とかなる、ということです。私としてはあまり親戚の迷惑をかけてほしくはないのですが」
「ま、まじか……」
ここにきて前にいる人がとてつもなく凄い人だということが発覚した。
となるともう一つ気になることがある。
「あの。亀城さんは一ノ瀬さんのことを玲音さんって言ってるけど。ただの同級生って訳じゃないの?」
「はい。私は一ノ瀬家に仕えている従者の一つである亀城家の娘です。ちょうど玲音さんと同い年でしたので、流れるままに私は玲音さんのお目付け役になりました」
「だからって綾野は私のこと人前だとさん付けで言うんだよ! 亮一ももう部員何だから亮一の前では私のこと呼び捨てにしてよ!」
「これはけじめですので」
やっばい。この人も結構な人だった。従者っていわゆる執事とかメイドのことだよね? お偉いさんの横で何でもできる人たちってことだよね。すごい大人びていたのってそこが要因?
「やべぇ……俺凄い人たちに捕まったのか……大丈夫だよな俺」
「安心してください。玲音さんに騙せるほどの悪才はありませんので」
「失礼ですね! 私はそんなことしませんよ!」
できませんよね。この人素直っぽそうですし。
「寧ろ私たちもリセマラ部の一員として一緒に学ぶ立場なんですよ?」
「一緒にって。一ノ瀬さんたちが何を学ぶ必要性があるんですか?」
方や資産家のお嬢様。方や敏腕メイドの卵。将来を悩むようなご身分だとは到底思えない。
「何をしたいかわからないから悩んでるの。一ノ瀬の一族は昔からやりたいことで財を成してきたの。それを私だけ親に言われたからってのはやだのー」
「私はなし崩しで玲音さんの子守り役になりそうなので、玲音さんが変なものに巻き込まれないよう見守りたくて」
「子守り言わないでよ! 私が子供みたいじゃない!」
実際には俺ら全員子供だけどな。その中でも一ノ瀬さんは一番子供っぽい見た目だから仕方ないのかもしれない。
「だから大体の物は大丈夫だから。まずは亮一のやりたいことを教えてよ。私たちは何がしたいのか分かってないからまずは皆がどんなことをしたいのか知りたいの」
「やりたいことって言われてもな……俺もそれを求めて部活を回ってたから何がしたいのかって決まってないんだよ」
俺が本当にやりたかったことってなんだろな。
農業をやりたくない?
田舎に帰りたくない?
それは確かにある。源太と同じで田舎に戻る気が無いのだからこれは事実だ。
けど、それ以外にも理由はある。
思い出されるのは陽も上がらないうちに起こされる毎日。そして嫌でも見ることになる親父の顔。
俺はあいつの後を継ぐしかない。
それが嫌だ。一番嫌なのはそれだ。
なら、やるべきことは。
「独立できるとこかな……」
親父から逃げる。そしてやれることなら、親父を裏切る。
それをやるには、俺が親父以上の経営者になること。
「おぉっ! すごいすごい! 企業を目標にしてるんだ!」
「大きく出ましたね。玲音さんが喜びそうな目標です」
一ノ瀬さんがはしゃぎ、亀城さんが感嘆する。
そんなに持ち上げてくれると俺としては気恥ずかしい、いやそれ以前に期待に答えられるか不安になる。
「とはいうけどさ……。そんなこと簡単に出来る訳ないですよね」
そもそも店を出すには、修行をしなくちゃいけないし、お金の計算も勉強しなくちゃいけないし何よりお金がいる。そんなすぐに出来る訳じゃない。
「そんなことはありませんよ」
それを亀城さんが否定する。
何か知っているのか、俺に見せていたスマホを手元に戻し、再び素早い動きで今度はとあるページを見せてくれる。
「フランチャイズ?」
そこはパソコン、というよりかはネット上の辞書みたいなページで、題目の所にはフランチャイズと書かれている。
「対価を支払うことによって自社の製品の販売や経営のノウハウを教えてくれてお店を出す許可をくれるという制度です。そうですね。有名な物でいいますと、コンビニは大半がフランチャイズ店です」
「コンビニだって⁉」
まさかの名前が出てきて、先程失態をしたにも関わらず大声を出してしまう。
「あの24時間ずっとやっていて、食品は勿論、漫画日用品すら売っているという商店殺しと言われるあの伝説店を――自分で持てるだって⁉」
「ここからでも徒歩一分くらいであるよ?」
「玲音さん。それはあまり言わない方が」
「いいんだ。俺の街には車でしか行けない距離にしかコンビニが無いんだ。でも、それを俺が終わらせる! 故郷に錦ならぬコンビニを俺が飾ってやる! 三平。商売敵になるがすまねえ! これだけはすまねえ!」
コンビニは一般商店にとって天敵中の天敵だ。都心部にあった一般商店は全部コンビニに追いやられたって聞く。しかもそれだけに留まらず、地元で有名なスーパーも廃業に追いやったという。コンビニは今の時代を行く最先端企業なのは田舎でも既知のことであり、近くにコンビニができることが俺らにとっては何よりの自慢になる。
なのに、なのにだ。
それを、自分で立ち上げることができるだと⁉
「それだ! 俺が目指していたのはそれに違いない! 俺は――コンビニ経営者になる!」
「なら決定ね! ちょっと待ってて! 確かおじいさんが確かエイトテンの投資者だったはずだから!」
初めはよくわからない人たちに変な部に誘われてしまったと不安になった。
しかし、それが今となっては有名企業の、それも店長になれるチャンスが得られるなんて思ってもいなかった。
それに、それにだ。うちの部の部長がその企業のトップに近い人ならご近所様のようなもの。ご近所付き合い以上に頼もしい物はない。お年玉をくれて、毎日農作業に追われる大変な日々を労ってくれる叔父さんのようなものだ。
「大丈夫なんでしょうか……コンビニって確か」
「OKOK。叔父さんが体験入社させてくれるって」
亀城さんの心配する声があったけど、どうやら問題は無かったようで、一ノ瀬さんがスマホを切り承諾出来たとみんなに伝える。
リセマラ部最初の部活内容は、コンビニの仕事になった。