第1章-4 必要なのは対応力
俺の米俵コーヒーデビューがまさか女子に囲まれてだとは思わなかった。それと、米俵コーヒーには加糖式コーヒーは売ってなかった。もちろん爆裂バナナソーダも溶けすぎたプリンも、そしてきなこMAXも無かった。
なので、俺は腹が減ったのでウインナーコーヒーを頼んでみた。
ら。
「ウインナーどこ?」
俺の飯は?
ただのコーヒーにアイスみたいなのが乗ったのが出てきたんだが。
「亮一何言ってるの? これがウインナーコーヒーだよ?」
え?
「だってウインナーだぞ! 弁当の定番の品だろ! 何でそれが」
「亮一さん落ち着いてください。亮一さんの言っているのはソーセージのウインナーですよね? このウインナーとはウィーンの意味です。なので、亮一さんが思っている物は付いてきません」
「へっ? そうなの?」
一ノ瀬さんに馬鹿にされ、亀城さんに正されてようやく俺は気づくことになる。周囲の人が、俺の方を見てニヤニヤしていることを。
……。
「うわわわぁぁぁっ‼」
「落ち着いてください河西さん! 誰でも初めは――間違えることですから!」
「今少し間がありましたよね⁉」
亀城さん絶対初めから知ってましたよね⁉ ある程度物心ついた頃から知ってましたよね⁉
「ねぇねぇ。亮一の街に米俵コーヒーって無かったの?」
「……うっ。無かった……」
「じゃあスティバは? 確かスティバにもウインナーコーヒーあったよね? ドットールは?」
一ノ瀬さんが怒涛の田舎でも聞いたことがある人気店ラッシュを繰り広げる。田舎者の部類に文句なしに入る俺だから名前は知っている。もちろん行ったことなどない。寧ろ県内でも県庁付近に行かないとない気がする。
「どれも行ったことがない。というか、行ける距離に無い……」
「ふーん。もしかしてだけど、亮一って田舎の人間?」
「ぐふっ‼」
一ノ瀬さんの無慈悲な追撃が、遂に俺の口から変な声をあげさせた。
「大丈夫です! 今時、全国的に有名なチェーン店が県内に一つも無い県何てよくありますから!」
「俺のところ、竹屋も無いんです」
あの有名な牛丼屋。数年前までしゃぶ屋すら無かったんだからな。
「大丈夫だって、大丈夫だって。リセマラ部はそんな田舎から来た流行り知らずでも安心できる部にする予定だから!」
そう言いながらコーヒー店だと言うのにフルーツオレを頼んだ一ノ瀬さんが答える。入れ物おしゃれでうまそうだな……。俺もコーヒー店ならコーヒー頼まなくちゃいけないっていう謎の決まりに慕わずにそっち頼めばよかった。
「その部はちゃんと学生生活の公序に反しない範囲のことなんですよね……」
自信満々の一ノ瀬さんに一抹の不安を覚える亀城さんがブラックのホットコーヒー、砂糖ミルク無しを啜りながら問いかける。大人だな……。
「で、早速ですが、玲音さん。そのリセマラ部とはどういった部なのですか?」
綾野さんが新品のノートとシャープペンを取り出す。この時点で必然的に筆記係が決まった。部長が一ノ瀬さんなら、俺は一般部員かな。
「わかったよ! 先生からも書いてくださいと言われてるから綾野よろしくね!」
「そりゃ分かりませんよ、リセマラ部何て聞かれても何をする部活かなんて……」
俺の発言からヒントを得たと言っているが、発言主である俺ですら何一つ理解していない。
「リセマラ部の前に、そもそもリセマラと言う物は――確か駄目だったらやり直すだっけ?」
「俺に聞くんですか……えっとですね」
俺自身も今日初めて知った言葉なのでスマホでゲームを起動する。
「えぇっと。ガチャ、ガチャポンかな? 気に入らない商品が出たらもう一回引き直すことができる。引き直すってことは商品を返してやり直すってことかな?」
「何となく、ですけど分かりました。で、これをどうする気何ですか? このスマホゲーム『マウントバトル! ファイトストライク』をやるんですか?」
「そうじゃないそうじゃない」
亀城さんの質問に一ノ瀬さんが右人差し指を左右に振る。
「私たちの人生には幾度か挑戦しなくちゃいけない場面があるの。わかる?」
先生、いや坊さんみたいなことを言い出す一ノ瀬さん。言い分は大人っぽい。が、見た目が原因で背伸びしている子供にしか見えない。
「玲音さん……。確かにそれはそうかもしれませんが、それと今回の部活設立と関係があるのですか?」
――何だ、今の一瞬の隙? 亀城さん何か言い淀んでいた?
「けど、その選択肢の中には必ずいい答えがある訳じゃない。寧ろ間違った答えを選ぶ可能性だってある。だからと言って進まなければ一生そこにとどまることになります」
「まぁそうかな」
だから俺は進んだ。
後先考えずにまず進んでみて、まだ先があることに絶望した。
「なら、やれるときにやりましょう! そしてその時とは、今なんです!」
TVで誰かが言っていたセリフを真似した言い方で一ノ瀬さんが訴える。
「だからやりましょう。この高校時代にやりたいことを見つけましょう! これじゃなかったと思ったらやり直せばいいんです! それがリセマラ部です!」
結構ボリューム高めの声で高々と断言する。先ほどの失態から周囲の目を気にしてしまったが、いつの間にか俺たちよりも騒がしいおばちゃん勢が入店していたらしく、客の視線はそちらに向いているか或いは我関せずを決め切り、食事や読書、スマホに集中している。
「……大体は分かりました。それでは、この部活は就職に役に立つ知識や資格を得るための活動をするということでよろしいでしょうか?」
亀城さんが解釈し、書き込もうとした。それを一ノ瀬さんが制する。
「それは事前活動! リセマラ部はとりあえずやる! 色々あーだこーだ言う前にやる! 無理なら辞める! リセマラと一緒だよ!」
「これと一緒か……」
俺は手にしたままだったスマホで無料リセマラガチャを一度引いてみる。幾つもの玉が割れて色んなキャラが出てくる。これがお勧めのキャラなのかどうなのか、俺は理解できないのでもう一度引き直す。
そうすると先程とは違うキャラが現れる。さっきは男女問わず人型のキャラが多かったが、今回は人外が多い。
このように全く別の結果が生まれるから、色んなことをやってみて、気に入らなければ次に行こうというのがリセマラ部の活動方針なのだと一ノ瀬さんが言う。
とはいえ、ここで大きな問題が生まれる。
「あの。これってつまりはバイトをするってこと?」
「うーん……それに似てるかな?」
「バイトってそんなすぐに辞められる物じゃないのでは?」
うちにも夏のように忙しいときはバイトを雇っていたことが多々ある。
そしてうちの農園は河西家の生活費を補うだけあってそれなりに大きく、一日で一野菜終えるのがやっとだ。なので、一日でバイトが終わることはまずないし、一日で止められるわけもない。
もちろん辞められても困る。昔一度バイトの人がしんどさに耐えられなくなり、一日でいなくなり、そのせいで俺の仕事時間が増えたことがあった。従業員の立場からすれば一日やってすぐいなくなるのはとてつもなく困る。
「それなら簡単だよ。バイトじゃなくて体験入社にすればいい話だから」
「体……験?」
単語同士はなんとなくわかるが、問題はそこではない。
「そんな簡単にできるもんなのか? バイトとは違うんだろ?」
「簡単にはできません。ですが」
俺の質問に亀城さんは肯定するが、何やら思い当たる節があるのか、言葉を続ける。
「玲音さん。というよりも一ノ瀬家の力を持てば何とかなります」
「そう! 何なら」
一ノ瀬さんが店内の内枠を撫でるように右手を動かす。
「ここもできると思うよ?」
「えっ? ここって、米俵コーヒー?」
「そう! ちょっとの時間と勇気さえあれば問題なし!」
いやいやいや。
「それは流石に迷惑でしょ。俺コーヒーを作ったことも接客したことも、ましてや家業以外に仕事なんてしたことないから! 絶対迷惑かけるだけだからそんなこと許してなんかくれないって!」
「そうですね。ここは私たちの親じゃありませんから、失敗しても一切面倒なんか見てくれません」
「ですよね亀城さん。都会って田舎よりも人が冷たいって聞きますし」
「しかし、親、ならば関係無いんですよ」
「そう親だったら……ん?」
今なんかおかしなこと言ってませんでしたか?
「親って。どういうことですか?」
「これを見てもらえれば分かります」
亀城さんがスマホで何かをしている。右手だけで器用によくそんなことできるな。俺なんて両手使ってでもたどたどしいのに。
そして十秒も待たないうちに亀城さんのスマホが俺の方向に向けられて机の上に置かれた。
「これって?」
「米俵コーヒーの会社概要のページです」
ほうほう。これが米俵コーヒーの。スマホでこんなのまで見れるんだ。
「ここに名前が書かれているのですが。ここを見てください」
「ん? 何々……取締役、一ノ瀬時雄……一ノ瀬?」
その名前と先ほどの流れから、一連の流れからあることが予測できた。
「もしかして、この人って一ノ瀬さんの家族の人⁉」