第1章-2 必要なのは対応力
とは言ったが実際には少しばかしの誤差があった。
「土井さんは島の出身なんですね」
「普通に源太と呼んでくれよ。俺って中学まで同級生の男子がいなかったんだ。こうやって男子に呼び捨てにされたかったんだ」
「マジか。俺より悲惨じゃねえか……それなら俺も亮一って呼び捨てにしてくれ」
運命的に俺の隣に座っていたのは、俺と同じで田舎の生活に嫌気がさして上京してきた男、土井源太だった。けど、俺達には大きな違いがある。
土井源太は小さな島で漁師の息子として暮らしていた。農業の俺とは違い、海を舞台に活躍していた。
「まさかこんな所で田舎の人に出会うなんてな」
「そうやよな。まさか俺と同じ意思の人がおるなんて思わんかったわ」
「意外といるかもよ? 960人もいれば」
「隣の時点で奇跡やろ」
そうだなっと二人して笑い合った。
「もうこうなると田舎だってこと暴露しても良くなってきたな」
仲間がいるだけでこんなに開放的になれるのか。
「いいんじゃないか? どっちみち元って付く予定だろ?」
「元?」
謎の発言に疑問を呈す。
「え? まさか亮一、田舎戻るの?」
「まっさか。んな訳ないだろ?」
「んなら元でいいじゃんか! ここで何するかも決めてんだろ?」
「……あっ。いや、実は……」
田舎の暮らしから逃げたくて出てきた訳だから、何をしたいのか一切決めてなどいない。
「――あぁ。でもまだ三年あるもんな。気長に探せよ!」
「そうだな。まだ三年もあるし、寧ろ今日まで頑張って来たんだから少しくらい羽を休めても十分だろ。とこんでさ、源太は元になる気満々みたいだけど、何するか決めてんのか?」
俺は一切考えていなかったが、源太は元が付く予定でこの矢代高校に来たような物言いをしている。つまり、受験勉強をしながら、明確な目的も持っている、俺の先を行く存在なんだ。
「俺か? 聞いて驚け。俺はメジャーリーガーを目指す!」
……。
「まじか」
「今の間、無理だと思ったろ?」
「いや! いい夢だと思うぜ!」
せめて日本リーグ、地方リーグ、いっそのこと草野球にしておけなんてこれっぽっちも思ってなんかいないからな?
「でポジションはどこだ?」
「勿論ピッチャーだ!」
「大物狙いだな……。子供の頃やってたのか?」
「島に歳が近い奴が九人もいねえからチームすら作れなかったさ……。毎日壁相手に投げ込んでたさ」
「なんかすまん」
俺の田舎でもぎりぎり足りない位だしな。ゲームをするのならばその倍はいるし。
「でも投げ込んだ回数なら負けねーぞ! 亮一、やること決まってないなら一緒にメジャー目指さねぇか?」
源太の熱いエールに俺は愛想笑いを浮かべながら返事に困る。源太は昔から野球で生計を立てる試算だったのだろうけど、俺はそんなこと一切考えていなかったから、野球について一切知らない。
「席に着け。ホームルームを始めるぞ」
「おっと。先公が来たぞ」
「じゃあ放課後までに考えといてくれな」
三年あるから、と余裕をこいていた。
けど、考えている奴は考えている。
そのことを知り、俺は内心何がしたかったのか、考え直すのだった。
その日の放課後、源太の誘いもあり、野球部の見学に来ていた。
「……やっべーだろ」
グラウンドの一角に集う野球部らしき人達。
それに混じって一足早く体操服に袖を通した一年生らしき人たちがいて、その中には源太の姿もあった。
その数、軽く数えても五十近い。
野球は九人(代打などを含めるともう少し増える)で行われる上に一年の時は上級生、学年が上がって上級生がいなくなったとしても下級生に優秀な人がいればその人たちに自身の居場所をとられかねない。
つまりそれだけの相手を、源太はしなくてはならない。
「俺が行っても絶対無理だろうな」
野球の知識は多少あれど実績は皆無だ。小中ではチームを組める競技が行えるほど生徒がいなかったので、授業は専ら鉄棒やマットなどの一人でできるものばかりだった。
「とりあえず他を探してもみるか」
学業で何か将来やりたいことを学ぶのも手だ。
でも、それだけでは無いことを知る。可能性は低いが、部活動が将来に繋がることもある。
幸いにしてこの矢代高校は部活動が盛んで、何十年も続く古参の部活もあれば、その年になってできる新しい部活もある。
これだけあれば、何かあるかもしれない。
俺は期待しながら、野球部の体力テストを尻目にグラウンドを後にした。
そして俺は幾つもの部活を見て回って理解する。
何にも分からない。
バスケや弓道などの運動部は勿論、手芸、演劇、美術などの文化部も然り、そして何より、パソコンやブラスバンドなどは一ミリも触れたことが無い分野だったのでまず起動すること、音を出すこと自体困難を極めた。
「かといって、あそこには行きたくないな……」
見つめる先にはグラウンドの端の方、比較的日当たりの良い所にある菜園で土いじりをしている一団がいる。園芸部だ。
唯一分かっている、というか分かり切ってしまっているから絶対重宝される。
けど、これでは意味がない。何が寂しくて狭い場所で土いじりしなくちゃいけないんだ。
「困ったな……」
もう帰宅部にして学業を頑張るのもありかな?
だって部活って一度入ったら入り直すのって面倒だよね? たぶん。
「ん? 電話?」
ポケットの中から着信音が響く。こんな時間に誰だ?
家から? じゃないだろうな。今も忙しいだろうし。
源太? はそう言えば電話番号交換してなかったな。
じゃあ一体?
俺は携帯を見る。
「あぁぁ……さっき入れた奴か」
スマホの上部分、小さな文字で書かれていたのは『マウントバトル! ファイトストライク』と言うスマホアプリの告知だ。
これは今先ほど、パソコン部の人が紹介してくれたゲームだ。何でパソコン部が? と思ったが、やっぱり電子系が好きなのかな?
それにしても最近のゲームってすごいよな。こんなに小さいのに一瞬で違う地域の、それどころか違う国の人とも繋がれるのだから凄い物だ。俺たちの知るゲーム何て友達の家に集まってやるのが当たり前だったのに。
「で、何だ。――今ならリセマラガチャ無料キャンペーン?」
何のことだ?
あの人たち曰く、無料はやったほうがいいと言っていたので、とりあえず起動してみるか。部活には入らないかもしれないけど、地元の友達に自慢できるかもしれない。
「えっと、これか。何々。気に入らなければやり直せる? へぇ……」
とは言うがチュートリアルを少しだけやっただけなので、何が良いのか分からない。俺には何の意味もない代物か。
「やり直せるか……。それが出来たら、今頃どうなってたんだろうな」
小学校の時点でもうちょっと勉強していれば、将来のことを考えていれば、俺はここじゃなくて別の所に行っていたのだろうか?
「今からじゃ、リセマラ何て出来ないよな」
何となく流行りの言葉を使いたい子供のように、リセマラと言う言葉を使ってみる。
無限に人生を繰り返す漫画が少年ステップに連載されていたことがあったよな。あんなことが、現実に起きてくれれば。
「リセマラ、やり直せる?」
結果そんな超常現象が起きるはずもなく、
「それです!」
起きたのは、少女の返事だった。