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リセマラ部  作者: ツチイ・シンシュン
22/24

第4章-7 少数だからこその需要

「お待たせしましたー」

 個人経営店よりかは家族経営に近いお店で、年季の入ったお袋と思わず言いたくなる女将がラーメンを届ける。

「いやー実際誘ったはいいけど、空いてて良かった」

「おぅおぅ。それは嫌味か?」

 ときつめの言葉を浴びせるが、定年退職ぎりぎりか済ませた位のご主人は笑顔だ。お得意様兼常連の二人とは長い付き合いなのだろう。

「マジでネギ」

 俺と亀城さんと何を期待したのか知らないが山田さんは看板商品のネギラーメンを頼んだ。一般的なラーメンを頼んだ一ノ瀬さんと宇梶さんのと比べたらその量は一目瞭然で、ラーメンなのに一切麺が見えない。

 そして何より、白髪ねぎのように麺の如く細く切ってあるのかと思ったら、薄切りでかなり歯ごたえのありそうなくらいに切られている。

「ネギの歯ごたえを楽しんでもらうためにこの位に切ってもらってるんだそうです」

「おやっさんが楽したいとか、目が悪くてうまく切れない訳じゃねえぞ?」

「あんちゃんの餃子だけネタ小さくしとくからな」

「そりゃねえぜおやっさん」

 餃子も皆で少しずつ取り分けられる位に頼んだのだが、このネギの量を見る限り餃子も相当なネギが入ってるんだろうな。

「それじゃ食べようか。流石に長時間七人も席を埋める訳にもいきませんからね」

 自宅兼ラーメン屋をしているこの店は都内という密集地なだけあって店内は相当狭く、客席はテーブル、カウンターを含めて十四人しか座れない。つまり、俺たちだけで半数を埋めていることになる。

「いただきます」

 俺は礼儀正しく一言述べて件のネギを一口入れる。

 …………。

「いつものネギとほとんど変わんねえ……」

 都内で作った物だから水っけが飛んでいたり芯が硬かったりするのかと思ったが、そんな訳も無く、普段家で食べていたものと遜色なかった。

「うん、おいしいこの麺! 老舗って感じがするわ!」

「宇梶ちゃんあんまりこういうお店来ないんだね。この店おやっさんが早期退職して出来てからまだ3年だぜ?」

「うー……何で綾野や十和子はそんなにうまく麺食べれるの?」

「流れを感じ、生ける者の全てを奪い啜るように」

「詳しく!」

「……いつの間にかできてたから」

「こればかりはコツを掴むしかありませんね」

「うぅっ……」

 向こうの女性陣が座っているテーブルはだいぶ盛り上がっているみたいだな。

「これだけのネギなら、確かにジャンクションの畑から取ってきた物を使った方が安く上がりますね」

 一方の男性陣席では少しばかし真面目なお話をする。水島さんは向こうの席に行きたがってたけど、残念なことにここのテーブルは四人席だった。

「時期が過ぎたらまた別の場所で作ってるネギを使っているんだ。そこはハウス栽培だから夏から秋にかけてもネギが取れるからね」

「もしかしてそこも兼用してたりするんですか?」

「私たちがやっているのはここともう一か所だけですね。そこでは果実の栽培をしていて、フルーツバイキングのお店などに配達しています」

「そっちの方がかわいい子ちゃんが多いから、そっちの配達の方が俺は大好きなんだよな」

「へい餃子お待ち。木本さんと僕。いっぱい食べてくれよ」

「おやっさん俺を省くなよ⁉」

 この人は何か余計なことを言わないといけない人種なのか?

「私たちがやっている仕事は正直言って地味です。スプリンクラーやドローンなど最新のものを使っても、最終的には収穫や配達を人力で行うどんなに抗おうとも第一次産業に過ぎません。ですが」

 木本さんは餃子を一口に入れ飲み込むまでしっかりと味わう。

「こうやって自分たちの作った物が厳かに経営しているお店の貴重な材料となり、それを食べてくれる人たちの活力となってくれるのなら、自分のやっていることに誇りを持てます」

「これ俺が作ったんだぜ? て医者や弁護士じゃ言えねえからな。胸張って言えることがあるのはいいことだよな」

 木本さんと若干邪な点はあるが水島さんは自分が農業に関わっていることに自信を持っている。

 今まで俺はどんな人たちの為に作ったのかさえ理解していなかった。強いて言えば親父の為に作らされていたと感じていた。

 だから、俺は好きになれなかったんだろう。

 俺たち以外に客が来てないから今時都内では珍しいブラウン管テレビを見ながら談笑する木本さんと女将さん。

 本当に餃子の具が少なかったらしく文句を垂れる水島さんとそれを無視してタバコをふかすご主人。

 もし、こんな風に触れ合う人がいれば。

 性格は遺伝より環境だとはこのことだったのかもしれない。

 俺は環境が遺伝に寄り過ぎた場所にいた。

 だから、視野が狭くなっていたのかもしれない。

 こんなやり方があるのなら、こんな繋がりがあるのなら。

 この仕事もまた。

「わかった‼」

 答えが出そうになった時、俺以外の人から答えが出た。

「何で麺が上手く食べられないか分かったよ! ラーメンにあまり触れてこなかったからだよ。なら、やることは一つ」

 他の皆と比べてほとんど食が進んでいない一ノ瀬さんが立ち上がる。その原因は小柄だから小食と言うのだけが理由ではないのが言い分で分かる。

 てか、このパターンってまさか。

「ラーメン屋をやろう!」

「やっぱりか!」

 職場体験したばっかだろ! と言うかラーメン作ってるからってラーメンの啜り方が上手くなる訳じゃないですよ!

「と言うわけでよろしくお願いします!」

「……どういうことだ?」

「すみません! この子のやばい妄想癖何です! ……玲音さん! ここは一ノ瀬グループの関係者じゃありませんからそういうのは言っちゃだめです!」

「だって。私だってラーメンもっと食べたいの!」

「なら、フォークでも使いなさいよ! そっちの方がどうせ慣れてるんでしょ?」

「そんなに難しいか……な?」

 厳格そうなご主人がポカーンと口を開けている中、向こうの席にいる女性陣が騒ぎ立てている。本当に唐突だなあの人……。

「なるほどね。今までそんなことしたことなかったのに唐突に体験入社なんてしてくれって上から言われたのかと思ったらそういうことだったんだね」

「一ノ瀬ちゃんって何者よ……」

「あの人とても偉い人の息がかかってるんです」

「…………がんばれよ、少年」

 軽い性格の水島さんすら退かせる一ノ瀬家の圧。そんなところに俺は一緒にいていい物だろうかと考えてしまう。

 それに俺の中で、薄っすらとした何かが見えているような気がした。

 その答えを、俺は出すべきか悩んでいた。


「……美味しかったけど何か疲れたわね」

 宇梶さんが項垂れるのも納得がいく。あの一件で食べる暇なんてほとんど無くなってしまうわ、その後近くの工場の団体さんが来たわでゆっくりする時間さえなかった訳だからな。

「何なら送って――と言いたいけど俺も歩きだから無理なんだよね」

「そもそもこれから次の仕事があるんですけどね。さぁもう一個の畑に行きますよ」

「お金のためだから仕方ないわな……それじゃあね。皆~」

 そんな宇梶さんを労う、と言う名の下心を水島さんが見せるけど、車を持参していない以上それは難しい。こんな都会で女子をおぶっていけば、変な目で見られるのは間違いない。

「貴重な体験をしていただいた上に奢って下さり、本当にありがとうございました」

 亀城さんが頭を下げるのと一緒に俺たちも頭を下げる。体験入社と言うこと自体が無茶苦茶なことだったと思うのにここまでしてくれたことには感謝しきれない。俺は二人が消えるまで感謝の念を込めて見送った。

「じゃああたしはこれから友達との約束があるから先に帰るわね」

「我は今一度影へと戻ろう。……家が恋しい」

 木本さんと水島さんがいなくなると、リセマラ部のアウトドア、インドア系の二人は用事があると言って別れを告げる。

「分かりました。来週月曜日によろしくお願いしますね」

「とは言っても感想言うだけなんだけどね。レポートも無いし」

「それくらいでいいんですよ。この部活は」

「一ノ瀬さんの欲求の塊みたいなもんですからね」

「本当に反論の余地がありません……」

 俺と亀城さんは苦笑する。

 ……。

 ……。

「亀城さんちょっといいですか?」

「何でしょうか?」

「こういうとき必ず反論してくる声が聞こえないんですけど」

「えっ⁉」

 俺が言いたいことの意図をすぐさま汲んだ亀城さんが辺りを見回す。

 俺も確認をするが、周辺に俺の求める実った藁のような色彩を見ることは無い。

「一ノ瀬さんどこへ……」

「まさか先ほどのお店に戻って勝手に何かしてませんよね⁉ あそこは普通のお店なんですよ! 迷惑をかけるのは本当に止めてくださいね⁉」

 言うが早いか、亀城さんはお店の方に戻っていった。

「本当に突拍子もないことしますねあの人――まぁ今まで箱入りだったんだから、仕方ないのかもしれないな」

 俺とは全く別の意味で外の世界を知らなかったのだから俺が都会の施設や商品に興味を持つのと一緒で、一ノ瀬さんは俺たちがよく知っている日常に興味津々何だ。

「とは言っても一応マナーとか決まりには従った方がいいよな」

 俺は亀城さんの後を追うようにラーメン屋に向かうことにする。

 カンッ。

「ん? 石?」

 俺の先を横切るように小石が飛び跳ねる。

 動きからして向こうの方から。

「あっ⁉」

 俺の目線の先、店と店の隙間、路地裏に通じそうな狭い空間に手招きする小さな人影があった。

「亮一ー! こっちこっち」

「何でそんなところにいるんで――」

 言い寄った時だった。

 一ノ瀬さんは不意に俺の手を掴み、裏路地の方に引っ張ってきた。普段なら体格差で持ちこたえることができたかもしれないが、突然の出来事で足を掬われ、俺は裏路地の方に引き込まれる。

「と、っとわ! 一体何を」

「シーっ」

 問おうとする口に柔らかな感触が伝わる。

 一ノ瀬さんは俺の口に人差し指を押し付け、静かにするように促す。

 それよりも、近い。下から覗き込む顔が近い。髪の毛からいい匂いがする。

「……あれ? 亮一さん? どこに行かれたのでしょうか?」

 俺が黙らされていると、表通りから亀城さんの声が聞こえる。どうやら俺を探しているようだが、一ノ瀬さんは俺を逃そうとしない。

 そうしている間に亀城さんは辺りを見渡しながら俺たちの見えないところに行ってしまった。

「行ったみたいだね」

「一体何をしたいんですか。怒られますよ?」

「それより行きたい所があるんだ! 行こう亮一!」

「人の話聞いてくれませんか⁉」

 一ノ瀬さんは手を引き裏路地の世界を駆けていく。

 どこか行きたいらしいが、行き先を全く伝えてくれなかった。それよりだ。

「あの……一つ聞きたいんですけど、一ノ瀬さんってこんな裏路地通るんですか?」

「今日が初めてだよ!」

「ちゃんとたどり着けるんですかその場所に⁉」

 すっごく不安なんですけど⁉

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