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リセマラ部  作者: ツチイ・シンシュン
19/24

第4章-4 少数だからこその需要

 普段より太陽が近く感じた。

 それもそのはず、ここ大崎ジャンクションの屋上は地上から80メートル。俺らが通う矢代高校の屋上よりも遥かに高い位置にある。

 そこに広がっていたのは、車の騒音が沸き立つ都市部では見ることは無いだろうと勝手に思い込んでいた畑だった。

 上空写真ではそこまで大きく無いと感じていたが、実際近くに来てみると思いの外規模はでかく、大規模ビニールハウスが五つほどすっぽり入ってしまいそうな規模があった。

 淵は必要最低限のフェンスで囲われているだけなので日当たりは良好。偶にビル街ならではの強風が吹き寄せる以外特に問題らしい問題は無い。都内の畑と高を括っていたが、よもやこれほどとは。

 ……さて、本題に戻るか。

 自然と目を背けた先にあった畑の感想も一通り述べたので、再度現在進行形の問題を直視する。

「こうなったらあんたのから収穫してやるわよぉ‼」

「ひぃ。ひゃぁぁぁー! や、止めてください!」

「おぉっ……凄い動きしてる……」

 て、俺が見ないうちに騒動が余計肥大化している‼

 俺はその騒動の原因となっている人たちを見て頭を抱える。

 動きやすい服が前提となる農作業をするため、俺の目の前にいる部員たちは皆体操着に身を包んでいる。

 もちろん、かの影の人もフードを脱ぎ捨て、体操着と言う薄着になっている。

 そこで発覚した事実。

 秩序の(タクスキア)の中に隠された存在。

 ぶかぶかなフードによって秘匿された胸部には、収穫間近のスイカが実っていた。

 それを見て反応したのはチェリーサイズが実った二人。

 けど理由はそれぞれであり、片や興味の眼差し、片や嫉妬の眼差しを持っていた。

 その結果がこの醜い争いと観察か。

 目を反らしている場合では無かったと思うが、こればかりは仕方ない。生理現象だ。

「河西さんも大きい方が好きなんですか?」

 そんな様子を見ていたもう一人が口を開く。

 尋ね方からして亀城さんはどちらかと言うと一ノ瀬さん寄りか。まさか亀城さんまでそんなことを聞いてくるなんて。

「ぃ、いやぁ……、確かに大きいのはいいと思うけど、野菜たちと一緒で大きすぎると大味になったりとか、ひびが入ったりとかして売り物にならないから、何が何でも大きければいいってもんじゃないというか、手頃な物が一番品質的に良いというか」

 そして俺は何故野菜で例えてしまったのか。

 ……。

 俺の妙な例えに返す言葉も無いのか、亀城さんは押し黙ってしまう。

「あの……遠回しで私のことを誉めてくださるのはちょっと……」

「どこからそうなった⁉」

 胸元を両手でそっと隠す仕草をする亀城さんに唖然とする。少し前から亀城さんおかしくないですか⁉

「あれ? 何かあっちの方の扉動いてない?」

「あ、あれは今日私たちを指導してくださる人たちです。玲音さん、宇梶さん! 山田さんを茶化すのは止めてください、みっともないですよ!」

 今にでも服を脱がさんとする宇梶さんと、それを止めようともせず期待の眼差しを向けている一ノ瀬さんを亀城さんが叱りつける。

「それと、河西さんもあまり私をいじらないでください」

「だから俺何かしましたか⁉」

 そして何で俺まで小声ではあるけど叱られるの⁉

 疑問を持ちつつも時間は待ってはくれないので戻ってきた一ノ瀬さんと宇梶さん、髪と呼吸が乱れた山田さんと共に一列に並ぶ。

「今回案内してくださる水島さんと木本さんです。よろしくお願いします」

 俺たちの前に現れたのは、予想反して若い人たちだった。

「意外……農業って年寄りの娯楽だと思ってたのに……」

「すっごく若い人が出てきたよ」

 俺が思っていたことを一ノ瀬さんと宇梶さんは隠すことなく感想として述べる。

「よく言われるね。でも、今日一日職場体験をしてもらえば最近の農業は若い人向けだって分かってもらえますよ」

 ライトブラウンの染髪をした若者と言う無骨な年寄りとは真反対の水島さんが農業を語っているのが何とも不思議だ。

「それでは実際にハイテクな農業と言う物を見てもらいましょうか? 百聞は一見に如かずですからね」

 一方の木本さんは田舎にいても違和感がない黒い短髪のメガネが似合う大人だけど、発言や使っている言葉は現代っぽい。

「まずはこちらの畑に農薬散布をします」

 木本さんが案内をする。そこにはこの時期には大体このくらいの茎になっていると悔しいけど自然に分かってしまう作物が一畝に並んでいる。

「トマトですか。若干早めの定植ですね」

「お? そっちの方に詳しいんだね?」

「ま、まぁ……」

 嫌なんですけど、とは流石に言えない。本業としている人たちには。

「結構な広さですけど、農薬噴霧器担いでするんですか?」

「何それ?」

「テレビとかで見たことないですか? 背中に白いタンクみたいなの担いでホースみたいなの持って田んぼや畑に何か撒いている人」

「あれ⁉ あたしたちあれやるの⁉」

 まぁそういう反応になりますよね。一ノ瀬さんはどんなのを使うのか興味津々だけど、宇梶さんはまた力仕事になるからうんざりしてるし、山田さんは――この人もしかして暑いの苦手なのか? まだ春先なのにすっごい汗だ。

 これってもしかしなくてもまた俺が頑張るのかな?

「日本の農業は土地の問題もあるからコストを考えても、手作業を除いたら農薬噴霧器が限界だったんですよね。河西君だっけ? アメリカじゃどんなことしてるか知ってるかな?」

 同じ業種の人間が来てくれたからなのか、水島さんは俺に親しみのある質問の仕方をする。答えられるんでしょ? と言う思惑が安易に分かってしまう。まぁ、分かっちゃうんですけどね……。

「ヘリですよね。ヘリから農薬撒き散らすんですよね?」

「そもそもの規模が全然違いますからね。地平線が永遠に見えるほどの広さの土地です、機械を使うとはいえ人力で行うとなると時間がどれだけあっても足りませんからね」

「俺たちはそんな所と価格競争している訳だからな……」

 大国マジでやばすぎ。

「日本でももちろんヘリコプターを使って農薬散布は出来ますが、どうあがいてもコストがわりに合わないんですよね」

「農機具でさえ自前を持つのが割に合わないのにヘリ何て持てる訳無いっすよね」

 木本さんの言い分に俺は納得する。

「だけど、今は技術が進化したんです。農薬噴霧器を背負う必要性も無い。必要になるのは、これとこれ」

 そう言って木本さんはある物を近くの小さな物置小屋のような場所から取り出す。

「ラジコン?」

 手にはプロペラが四つ上に付いた如何にも飛びそうな機械と、ラジコンのコントローラー。

「ドローンじゃん! うわー! あたし実物初めて見た!」

 どう見ても男子が喜びそうなおもちゃに跳びかかる女子が一人いた。それも正式名を知っている時点で俺よりも上なんですけどね。

「ドローン自体はそこそこ高いんですけど、ヘリコプターと比べると、いや比べるも無く安いんですよね。燃料も電気ですから更に安上がりで小規模な畑でもお手軽に使えます」

「そっか。そういう使い方もあるんだ。マイチューブだと風景撮影とかタイムラプスが有名だけど、そんな実用的な使い方もあったんですね」

「元々ドローンは軍事用に作られた訳ですから、実務的に使うのが正しい使い方なんですけどね。それでは実際に動かして貰いましょ――あれ?」

 言いかけて止まる木本さん。そこで俺たちも異変に気付くことになる。

 ドローンとコントローラーが、無い。

 デュールルルルルッ‼

 唐突に数日前の印刷会社を彷彿させる機械音が辺りに響く。

「おぉぉぉー‼ 動いたぁー‼」

 それに匹敵する歓喜の雄叫びをあげる声。その声を俺たちはうんざりするほど知っていた。

「玲音さん! いつの間にそれを!」

 何にでも興味を持つ子猫よろしく。ドローンと言うおもちゃをフライング上等で我が物にした一ノ瀬さんがドローンを宙に浮かせる。

「てかうるさくないかこれ⁉」

「ドローンって確かハチの羽音に似てるからドローンって言うらしいけど、マジでうるさいわね!」

「最近では消音性能の高いドローンもあるらしいんですけど、コストを抑えるためには求めちゃいけないライン何ですよ」

 安いとは言え贅沢は出来ないんですね。いかに低コスト、高効率でできるかが問われる量産型農業の悲しい性ですね!

「玲音さん! そっちに行くとぶつかっちゃいますよ! それよりもどこへ向かおうしているんですか⁉」

 亀城さんの叫びで聴力に集中していた神経を視力に注ぐ。

「これってどこでどう動かすの⁉」

「移動方向はスティックだと思います!」

「これかな?」

「そうです。それで離れ――待ってください! 何で畑じゃなくてこっちに来るんですか⁉」

 視線の先にはふよふよ、と言うよりもふらふらがしっくりくるドローンが右往左往している。その行く末を一ノ瀬さんの操縦と亀城さんのアドバイスが握っていた。それが功を奏して――いないのは火を見るよりも明らかだ。

「戻ればいいんだよね? えっと、このボタンがUターン?」

「あっ。それは」

 水島さんが止めようとする。が、その前に一ノ瀬さんがボタンを押してしまったらしく、異変が俺たちを襲う。

「うわっ! ドローンから何か水みたいなのが‼」

「来たか、恵の雫。忌まわしき陽に囚われる我を解放せんと」

「いや、農薬ですからね! 一応危険物ですから行きますよ山田さん!」

「えっ。あっ。手……」

 だいぶ熱にやられた山田さんがかなり危ない橋を渡りかけていて、そのまま生命の橋をも渡り兼ねたので俺は手を取り、急いでドローンの下から離れる。

「貸しなさい玲音! あたしがやる!」

「あぁっ……」

 見るに見かねた宇梶さんが一ノ瀬さんからドローンのコントローラーを奪う。

「えっと確かこのボタンね。もう一度押せば閉まるわよね?」

 憶測ののち宇梶さんがボタンを押す。すると何かが動く音に連動し、農薬の雨が落ち着く。

「スティック操作何てどれも一緒よね。前方は――分かった! こっちね! ならこうすれば」

 奪って一分も経たないうちにコツを掴んでしまったらしく安定した飛行でトマトの苗木が並ぶ畝に辿り着く。そして本来使うべきだった場所で農薬散布のボタンを押す。

「うまいね宇梶ちゃん。やっぱこういうの好きな人はあっさり慣れちゃうんだよね」

「やっば。これ楽しいかも! これなら毎日やれる気がする!」

「止めろ。農薬のやりすぎは寧ろ毒だかんな」

 虫だけじゃなくて人間すら受け付けなくなったら本末転倒だろ。何のために作ってるんだって話になる。

「なあ、俺もやっていいか?」

 昔ラジコンの車を動かしたことはあるがヘリは一回も無い。ドローンが出てきてからずっと興味津々だったので、俺は宇梶さんに貸してくれと手を伸ばす。

「いや」

 速攻で突っぱねられた。

「何でだよ⁉」

「これから収穫とか土起こしとかあるんでしょ? あたしにはこの重さが最適なの」

 あぁ確かにそうでしょうね! コントローラー以上重たい物持ったことないならぴったしサイズでしょうね!

 俺が無理矢理取ろうとしても蝶のようにひらりとかわす。その間もドローンの動きにブレが無い所を見る限り適任者は彼女だろうと思うが、そういう問題ではない。

「あぁっとそこまでだね。それ以上はまだ農薬撒かないし、それ以上トマトの苗に撒いちゃうと良くないから戻してください」

「えぇ……」

「仕事に来たんだぞ。そうですよね亀城さん」

「体験入社と言う形を取らせてもらっている訳で遊びに来ている訳ではありません。玲音さんもそこのところしっかりとしてください」

 同意を求めると亀城さんは宇梶さん、ついでに一ノ瀬さんの行いもピシャリと叱る。こういう時頼りになるな、亀城さんは。

「それと河西さんもそろそろ山田さんの手を離したらいいんじゃないでしょうか?」

「えっ? あっ‼」

「…………」

 あまりにもソフトな握り方で分からなかったけど、俺の左手ずっと山田さんの手握ってたの⁉ 必死で宇梶さんからコントローラー奪おうとした時もずっと⁉ 俯いて静かにしていたから全く気付かなかったよ!

「いやー。河西君自然とできちゃうんだねそういうの。農業やってたみたいだけど、実は肉食系?」

「いえいえ違いますから! あれは農薬が危ないから避難させただけで、下心とか他意はありませんから!」

 そういう話好きそうな水島さんが俺をおちょくりにかかる!

「はいはい、そこまでにしましょうか。次の仕事に移りますから」

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