第4章-2 少数だからこその需要
「そうね。噂で聞いたことはあったけど、実際に被害にあってる人物を初めて見たわ」
俺と宇梶さん、亀城さんが頷く。
「ねずみ? こう?」
「ねずみは影に忍ぶもの。従者に選ぶものも存在す。我は苦手ゆえに鴉のがよろしいが……」
そして後の二人は分かっていない模様。
「ちょうどいいですね。玲音さんには社会と言う物をキッチリ、と理解してもらうためにここで教えてあげましょう」
亀城さんが少しばかし声のトーンをあげてホワイトボードの前に立つ。
「ねずみ講と言うのは連鎖配当組織――と言われても分かりませんよね。ネズミ算と言う言葉はご存知でしょうか?」
「どんどん増えてくことだっけ?」
「……まぁ大まかには当たっていますね。今回はその大まかだけで充分ですけど」
一ノ瀬さんの曖昧な回答に溜息を吐きながら、亀城さんはねずみ講と言う文字と、ねずみっぽい絵を描く。
「ねずみは一回に何匹もの子供を産みます。江戸時代に生まれた塵劫記ではその数を十二としています。その子供たちが更に十二匹ずつ生むとすれば生まれる数は六倍に増えます。その子供たちが更に十二匹、またその子供がと繰り返すことによって膨大な数に増えるのがネズミ算と言います」
二匹のねずみの絵の下に十二匹のねずみが描かれる。そして更にそこから、は億劫になったのか、丸が不規則に増え続けている。数に間違いが起きないようにか、亀城さんは小声で数を数えている。
「ねずみ講と言うのはこのネズミ算に構造が似ているからそう呼ばれているのです。一番初めの親が社長とすれば、その下にいるのが社員で、買った本人たちも次第に社員となっていきます。今回玲音さんは、そうですねここら辺にしましょう」
先ほどのネズミ算の図で言うひ孫辺りに一ノ瀬と記入される。
「そしてその下に、山田さん。一応ここに河西さん、宇梶さん、そして私も書いておきましょう」
もしもの世界では起こり得ていた図が、ホワイトボード上に完成する。
「この本が一冊5000円でした。では、このうち5%が売った本人に戻ってくるとしましょう。そうすると玲音さんは二十人に売れば元が取れる計算になります。そこから玲音さんが直接売ることが出来れば利益になりますし、玲音さんが売った人たち、例えば河西さんがこの本を売ったとすれば、その一部が河西さんにこの本を紹介した玲音さんにも入ってきます。そうすれば、いずれ玲音さんは何もしなくてもお金が入ってくるようになるでしょう」
俺も詳しいシステムは知らなかったけど、こういう風に聞けば何て合理的で楽な仕事なんだと騙されそうになる。
「何もしなくてもお金が入るならすごいじゃん!」
そうこんな感じに。
「では、本題です。一ノ瀬さんが売りに出しているころ、この本を所持している人は何人いるでしょうか?」
ここで数学の問題が出てくる。
内容は単純だ。計算式さえわかれば小学生でも答えられる。
「えっと、二十人に売れれば元が取れるから……社長は何人でもいいとして、その社員は二十人売って、その社員が更に二十人で、更にそこから二十人。私はそこにいるんだよね?」
そう。ネズミ算で言うと既にそれだけのねずみがいて、ねずみ講で言うと既にそれだけの購買者がいる。
てことはだ。
「20かける20かける20は――8000人……」
そう。既に8000人いるんだ。
「更にそこから二十人売るとしたらその数は160000人に増えます。尚且つ、その下にいる人、つまりは私たちが売るべき相手は3200000人の中から探さなくてはなりません」
「一世代超えるごとに最低でも一桁増えるからな。後二世代後には日本の人口超えちまう訳だ」
これがねずみ講の罠だ。生まれるねずみは無限でも、商売できる相手は有限なんだ。理論上増えていくと言われても、実際はすぐさま頭打ちになってしまうのがこの商法の落とし穴だ。
「それにあの本が日本人全員に必要かと言われたら絶対言い切れないわよ。利益が上がっている人の顔を見てみたいわ」
そして宇梶さんが止めの一撃。一生の中で黒魔術の書が必要になる時など、大多数の人間には訪れない。寧ろ訪れた人に聞きたい。どうして必要になったのかと。
「うぅ……。お小遣いが……」
「何冊あったっけ?」
「私が抱えた限りだと十冊以上はありました」
「五万かよ……」
大金じゃねえか。流石一ノ瀬家。
けど、俺ら子供にとってそのお金は莫大な物であるのは資産家の家系でも一緒らしく、一ノ瀬さんが思いのほかへこんでいる。それだけあれば流行りの物買ったりオシャレ出来たりするからな。
「…………けど、これも一つの教訓になりましたね。では、おさらいついでに何が悪かったか皆さんと話し合ってみましょうか?」
そんな一ノ瀬さんに亀城さんが優しい言葉を投げかける。流石従者と言うべき心遣い。
「今回玲音さんが被害に遭われたねずみ講と言う手法ですけど、これは立派な詐欺に当たります。本来ならばもっと需要があり万人受けしやすい化粧品や便利グッズで騙すのが一般的ですが、黒魔術の本のように怪しく、需要が無い物でも開運グッズと称して販売することがあります」
「黒魔術が必要ない物は影の真の恐ろしさを知らない」
「まず人の悪意の恐ろしさを知った方がいいと思いますよ?」
「……はい」
俺のアドバイスに山田さんではなく一ノ瀬さんが答える。
「全くよね。こういうのは田舎の年寄りが引っかかるのが普通なのに、何で都会の若者が引っかかっちゃうのよ」
宇梶さんが呆れる。
「言っとくがそれは違うぞ」
俺はそれに断固抗議する。
「田舎の方がそういうのは引っかかんないんだ。ネットが無いから直接出向かなくちゃ売れないんだよ」
「そんなの直接行けばいいじゃん。一個売れるだけでガソリン代位稼げるでしょ?」
「安易に言うよな。それがどういうことを意味するか知らないだろ?」
な、何よと宇梶さんが後退る。
「あんな田舎ってのは人がいないんだ」
「そんなの当り前じゃん」
「直球で言うな! 事実だけどな!」
壁一つ隔ててお隣の都会とは雲泥の差だよ!
「だから田舎ではどんなに離れていてもご近所なんだ。大体顔見知りだ。それと田舎者にはある特徴がある。冬でない限りはほとんど軽装だ」
「まぁ……農作業なら厚着も余所行き着も関係ないわよね」
「そうだ。ましてやスーツ姿の余所者何ぞいる訳がない。故に、目立ちすぎる」
それは正しく飛んで火にいる夏の虫。
「そんな奴がいれば例えお隣が数里先でも電話と言う最新機器と、どんな道でも進むことが出来る軽トラで瞬く間に村中に広がるさ! その瞬間村では警報が発令だ。誰も近寄ろうとはしないし、誰かの家で長時間立てこもろうなら若い衆が鎌や鉈で武装して家を包囲してやるんだ!」
「こっわ! 田舎こっわ‼」
宇梶さんが割かしガチで怯える。言い過ぎたかな。
「ごめん、武装は言い過ぎた。やるとしても囲んで出てくるのを待って出てきたところをひっ捕まえて村長の家に連れ込んでみっちり5時間位話す程度さ」
「それでも嫌よ! 強面が囲んで圧かけるとかあたし確実に泣く!」
男でも「ごめんなさい。堪忍してください……」って泣きそうになるくらいだからそれは仕方ないか。
「それは下手をすると恐喝罪になってしまいませんか?」
「……田舎は治外法権、とかうまいこと言ったもんだな」
野焼きとか普通にやっちまうからな田舎。あれちゃんと消防署に届け出出さないといけないんだぞ?
「河西さんは甘い蜜があるように見せる仕事にかからない場所で生きてきたから、今回の件に関してすぐに危険だと判断しました。うまい話と言うのは総じてありえません。こつこつとやっていくことが、仕事で成功する秘訣何です」
俺はそれを拒んでここに来たんだが、こちらもこちらで問題があることをこうして身近で感じる。
「――コツコツと?」
一ノ瀬さんが顔をあげて一言答える。
「私が詐欺に引っかかったのは、それが足りなかったから?」
一ノ瀬さんが亀城さんの言葉を繰り返し、何かに気付いたようだ。
けど、何故だろう。俺には嫌な予感しかしない。
「ならそれをやるしかないよね! 皆! 農業やろう!」
「何でだぁー‼」




