第4章-1 少数だからこその需要
「なぁ。何で宇梶さんは俺と亀城さんの間にずっと割って入ろうとするんだ?」
「友達だからよ。泥まみれの狼なんかに友達はやれないわ」
「何かすっげー失礼なこと言われてないか俺⁉」
部員何だから話位してもいいんじゃないのか⁉ それと狼は日本にそうそういねえからな! いても猪だ!
「だ、大丈夫ですから宇梶さん。あれは私の勘違いだったので」
「綾野は勘違いかもしれないけど、亮一は本気かもしれないわよ!」
「それは、その……」
「もじらないでよ⁉ 余計に不安になるわ!」
一体なんなんだこれ。亀城さんは何か顔が赤いし、宇梶さんは何か喚いてるし。
「ところでさ。何で一ノ瀬さんはいないの? いつもは亀城さんと一緒なのに」
今部室にいるのは俺と亀城さんと宇梶さん。普段なら一ノ瀬さんの右後ろをついていく感じの亀城さんの前に今日は誰もいない。普段からずっと一緒じゃないとは思うけど、俺が知る限りだとずっと一緒だったので、この違和感は拭えない。
「実は先ほどまではずっといたんですけど、山田さんに会わなくちゃいけないと言い残して、どこかへ行ってしまいまして」
「山田さん……のとこ」
「何か不安ね」
理由を聞いて俺と宇梶さんは苦悶の表情を浮かべる。
リセマラ部の部長にして最大の問題児とリセマラ部新入りの超問題児。この二人が何かすることに不安しか生まれない。
「皆‼ 黒魔術しよう!」
そんな中、件の人物が部室のドアを開く。
恐ろしく不安な一言を携えて。
「……一ノ瀬さん。何をしようって?」
「黒魔術!」
「……もう一度」
「く・ろ・ま・じゅ・つ!」
あぁぁー! 遂に一ノ瀬さんに山田さんの浸食が!
「影を知る者はいた。そして我は手にした。真の闇を!」
そしてその後ろから元凶が不気味な笑みで入ってきた。
「山田さん……一体それはどういう意味で?」
恐る恐る問いかけると、山田さんは鞄の中に手を入れる。
中から取り出したのは、怪しげな黒い本。
「ここに全てが書かれている」
「すっごい難しい言葉がいっぱい書いてあったよ!」
まじか。ガチであったのか……とは到底思えない。たとえ一ノ瀬グループだとしても、黒魔術の使い手は恐らくいない、はず。
どうせ攻略本じゃないか……と思ったが、あんな映えない攻略本何て見たことが無い。表紙にイラストも無いから何の攻略本かも分からない。
「えっと、それは一ノ瀬さんが手に入れたの? それとも山田さん?」
「私だよ!」
手をあげたのは一ノ瀬さんだった。
「山田さんの元に用があると言っていたのはこのことでしたか。それで、その怪しげな教材はどこから入手したのですか?」
「怪しくなんか無いよ! 正真正銘教祖の人に貰ったの!」
「自身を教祖と呼んでいる辺りから怪しいのですが」
自身をタクスキアと呼んでいる人並みに怪しいですね。
「で、その人から皆にも教えたいって言ったらいっぱいくれたよ」
一ノ瀬さんが笑顔で鞄の中から、うわっ、例の黒い本をいっぱい出してきた。
「これによって我が友だ――同族が増えようぞ」
今友達って言いそうになりましたよね? 部員だけど入部して一日だけどそれでもいいと思いますよ? 何でか宇梶さんが亀城さんに近づくことを良しとしてくれませんけど。
「いっぱい貰ったんですね……。一冊見てもいいですか?」
「いいよ! でも欲しい時は条件があるよ?」
「条件?」
一ノ瀬さんから言い出された意味深な言葉を口に出す。
「5000円だよ」
「お金とんの⁉」
まさかの供述に耳を疑った。普通ならこれみんなの為に買ってくれたとかじゃないの⁉
「だってそれが教祖との約束だもん」
「約束って。何を言われたんですか?」
亀城さんが不安になりながら問いだす。
「これをみんなに伝えてほしいと言われて渡されたの」
「その道は全て、その経典に刻まれている」
伝えるって、宣伝してくれってことなのかな?
「で、その際に金銭を求めてほしいって言われたの」
「邪への供物と考えよ」
で、お金を取れってのか。がめつい教祖様だな。
「でもね。これを読んだら皆も他の人へ薦めることができるんだよ!」
「教えは継がれる。新たな影に」
一ノ瀬さんが山田さんにお薦めしたように、次は俺たちに、そして俺たちが他の人にってことか。
「で、実はこれ仕事にもなるんだよ! 皆から貰ったお金の大半は教祖の所に行っちゃうんだけど、その後皆が誰かに売ってくれれば私にもその一部が来るんだよ。そこから皆が他の人にこの本を渡したらその一部が皆にも当たるんだ。だから、皆がこの黒魔術を広めれて、信者を増やせばいっぱいお金が入るんだよ!」
………………。
「黒はやがて影に。影が広まればいずれ闇に。闇が世界を覆いつくしたとき、我らはその眷属から完全な闇と化す。いや、一体となる。全てが我であり、全てが共と化す」
………………。
「だから皆で黒魔術を広める仕事をしようよ!」
「この力を受け取ってくれれば、皆私、否。我と同じ」
一ノ瀬さんと山田さんが本を片手に俺たちに呼び掛ける。
そんな彼女たちに俺は近づいて、山田さんの手にある経典、と言う名の凶器を取り上げる。
「えっ。あっ。それは!」
元来運動系は得意じゃないのか、拍子抜けなまでにあっさりと本を山田さんの手から取り上げることが出来た。
それをテーブルに投げ捨てると、手元に戻そうとする山田さんを後ろから羽交い絞めにし、動けなくさせる。
「ちょっと! それ私のだよ御代!」
「そう言う問題じゃないの! 綾野! そこにあるのと玲音の鞄にある本全部処分してきなさい!」
「分かりました!」
一方で宇梶さんも一ノ瀬さんを捕らえることに成功し、唯一自由に動ける亀城さんが処分を担当することになった。
素早く本を積み上げ、持ち上げた後、彼女は部室を出てどこか遠くへと走っていった。
「綾野ー! どこに行くの⁉ 皆の分だよそれ⁉」
「いらないわよ! あんたは部員に何て物を薦めてるのよ⁉」
「黒魔術の教本」
「ちげえだろ! そんなのじゃないんだよそれは!」
「恐れることはない。闇さえ己が物にすれば恐るる物などない」
「あるわよ! 法律って大きな敵が!」
こいつら何もわかってねぇ‼
「はぁはぁ……戻りました」
俺たちが揉めている間に亀城さんは息を切らせながら戻ってきた。まぁわかるよ。あんな物を身近な人が持っていれば不安になって当然だ。
「痕跡しっかり消しましたか?」
「調理部がちょうどピザを窯焼きで作っていましたので、薪代わりの燃料にしてくださいと頭下げて放り込んできました」
「ガチで消しましたね……」
ピザが呪いにかかって――インク臭がしないことを祈ろう。
さてと、それじゃこの人たちは開放してもいいかな。
「もう。何で捨てたの! 皆の為を思って買ったのに」
開放された一ノ瀬さんが腕をぐるぐる回して憤りをあらわにする。お決まりのポーズでかわいらしいが、今回ばかしはそれで許してあげられる代物ではない。
「玲音さん。それは騙されているんです」
「え?」
うんやっぱり気づいていなかったか。純真そうだから騙されやすいんだろう。
「ねずみ講って奴だな」




