第3章-5 無いと思う仕事でも、探せば片鱗は見つかる
…………。
「「「えぇぇぇっ⁉」」」
誰からともなく驚愕した。
「じゃああたしに教えてくれたことは、全部占いじゃなかったってこと⁉」
まさかのどんでん返しにスマホで何かを調べていた宇梶さんが慄く。
「確かに教えましたけど、予言した訳ではありませんよ?」
悪気も無く富忠さんは答える。
「私は予言者ではありません。占い師です。占い師には未来は見えません。できることは、その人を導くことだけです。ですので、本当の正解は話術です」
「話術?」
俺は首を傾げる。
「おさらいしましょう。まず私は宇梶さんに将来どのようなことに挑戦したいか伺いました。そうしたら宇梶さんからゲームコントローラーと言う単語が出てきたので、そちら方面に話題を振りました。かなり興味をお持ちのようでしたね?」
「マイチューバーもプロゲーマーも一度はなってみたいなって思ったことがあったから……」
「男子がプロ野球選手、女子がお嫁さんって一度は言うやつか」
「ふっる。田舎らしい発想ね」
「今すぐその考えを持っている連中に謝りに行け!」
俺のクラスに一人いるからな!
「やりたいことって言うのは大体決まっているんです。ですが、それに伴うリスクや不安などに負け、行動を起こさなくなるか、或いはこうやって占いに頼るんです。私たちはその夢の後押しをするだけです」
「だから話術何ですね。ただ相槌を打つだけじゃダメ。執拗に質問を仕掛けるのもダメ。相手から心を開いてくれる為に必要な物なんですね」
亀城さんが納得し頷く。正直俺には難しすぎて若干置いてけぼりなんだが。
「う~ん……じゃあそれ何で使ったの?」
同じく置いてけぼりっぽい一ノ瀬さんが鋭い質問を投げかける。
一ノ瀬さんが指差したのは富忠さんが占いと偽って使用していたタロット、ではなくトランプ。ただお話をするだけなら必要のないものをわざわざ使用したのはなぜか?
「そうですね。使いやすい言葉で言えば、お題ですね」
「おだい? お金のこと? 題名のこと?」
「題名のほうです。そして今回のお題はスペードの2とハートのキング。実際のところ私はマークのほうは無視しましたけどね」
富忠さんが目の前に置かれた二枚のトランプを指差して答える。
「キングといえば王。王と言えばトップ。そう連想付けた私は一番になる、ことに対して何かないか考えました。しかし、昨今マイチューバーは人気職の一つですし、世界で一番は途方もなく遠く、日本一もかなり難しいと判断しました。そこでもう一枚の2を混ぜ込むことによって二つの職業を持って、地道にトップを目指していけば、例えトップになれなくても幸せな将来を掴めるのではないかと助言してあげたんです」
こういう言い方をされると服装も相まって富忠さんが学校の先生に見えてしまう。俺も中学の時は進路指導の先生に、こんな感じで都内の高校は無理だから実家を継ぐのに役に立つ技術がある高校に行きなさいと言われていた。
「つまり、あたしは確実になれるという訳では……」
意味がわかってしまえばそうなってしまうだろう。ここで躍起になるかならないかで将来が決まる。俺はそこで奮闘して今を掴んだ。
「先ほども言ったとおり私は預言者ではありません。寧ろ預言者がいたら私もあってみたいですからね。かのノストラダムスも微妙に外れたみたいですからね」
「でも、ノストラダムスは人類が滅びないようにこうするべきだと説いた点もありましたよね?」
「その通り。だから、もしかしたら彼は私たち占い師の先駆者なのかもしれませんね」
富忠さんと亀城さんが何やら難しそうな話をしながら互いに納得しあう。誰だその……なんだっけ?
「実際人は何だってなれるんです。嫌いなこと、無関心なことであっても、一生それだけ続けていれば、いずれその世界のトップに立てるという名言をどなたかがおっしゃってました。ならば、好きなこと、興味があることであれば一生を費やす必要性はありません。更に言えばトップに立つも外してしまえば、可能性は大いに上がるんです」
そのことを聞いて俺は身震いする。じゃあ俺が嫌々でも農業を続けていたら、下手すると世界トップクラスになれていたのかもしれないのか。
「まあ私はこんなスタイルで占いをやっています。中にはお題を無視して直感で答える人、悪い結果でもずばずば言う人もいますが、そんな占い師を好んで占ってくれる人もいますからね。こってりとした味噌やとんこつを好む人がいれば、あっさりとした塩、日本人に馴染みやすい醤油が好きな人もいますからね」
「ラーメンに例えないでくださいよ……占い師ってもっと神秘的な何かじゃないんですか?」
「私はただのおしゃべり好きで通しているんで、気にしませんよ」
何となくわかった。こういう親しみ易い人だから、富忠さんは占い師として有名なんだ。
さて、この親しみやすさなんだけど。
「話術。相手と会話……」
部屋の隅、影とほぼ一体化してしまった山田さんにできるのだろうか?
「おっとまずいまずい。私の悪い癖がでてしまいました。一から言いたがるせいで毎回時間がかつかつになるんですよね。次の予約があるので、早速実践してみましょうか。それじゃどなたが占い師をしますか?」
富忠さんが腕時計を見て慌てる。見てみると次の予約があるまで既に30分を切っていた。
「それでは占いをやりたい方はこちらへ。こちらのタロットのカードと説明本も置いておきますが、難しいと感じましたら、こちらのトランプを使ってください」
富忠さんが席を立って、自身の席に手を沿える。そこに行くのはもちろん。
「じゃあやろうか十和子」
「えっ。えっっえっ」
一ノ瀬さんに連れられる山田さんは明らかに戸惑っていた。話術とは相手に話を合わせること。
だが、俺の知る限り、山田さんが話を合わせている場面は一度も見たことが無い。寧ろ合わせられる側の人間にそんなことができるのだろうか?
俺は心配になりながら、その話相手の席を見る。
「あれ?」
そこは空席だった。先ほどまであったはずのツインテールが、そこには無い。
「っ⁉」
それに気づいたとほぼ同時に、背後から何か押し出す力を感じる。
俺の視界には、山田さんを引っ張る一ノ瀬さん。席を失った富忠さんは亀城さんの横に移っていた。となると、
「何してるんですか宇梶さん!」
必然的にこの人になる。
「あたし一度座ったんだから今度はあんたでしょ!」
「ただ話してただけじゃないか! 適役何だからもう一回行ってもいいだろ!」
「無理! これ以上やったらあたしのSAN値がやばいことになる!」
「何ですか産地って⁉」
くそ! 何て馬鹿力だ! コントローラーより重たい物持ったこと無いんじゃなかったのかよ!
「亮一も早くしてよ! 十和子はもう席に着いてるよ」
そこへ前方から俺の手を引っ張る力が加わる。一個一個が小さい力でも、二人になると強い。変に止まろうとすれば根が引っかかったごぼうなどあっさり折れてしまう。仕方なく俺は席に着くことにした。
「え、えっと……」
「あ、あっはい」
何だこれ。ほとんど顔も合わせたこともない親戚に、二人で遊んできなさいと親に家を追い出されたような雰囲気。それも互いに人見知り。
「それじゃまず、何を占ってほしいか聞く前に、挨拶からしましょうか? 第一印象は大事ですよ」
富忠さんが山田さんに指示をする。
けど、目の前に座っている俺は、挙動不審な山田さんがその指示をしっかり受けていない気がして仕方ない。
こうして見ると実は山田さんが見た目からして一番親近感が沸くのかもしれない。化粧とか派手さとかが無い、若干跳ねた髪の毛が残っている部分とかも、おしゃれにそこまで関心の無い田舎女子っぽい。
「はい。……ええっと」
こういう考えている仕草も結構初々しい。山田さんって結構ずばずばよくわからない言葉を言い放っていた気がするから、悩む場はレアで、結構可愛らしい。
「今宵は月が影を減らして鬱陶しくありますね」
「どんなお日柄だよ⁉」
恐らく天気がいいですね的なことを言いたかったんだと思うけど、持ち前のよくわからないこと言う癖と交じり合って分けわからん!
「そうですね……。キャラ作りとか難しい言動を生かす占い師もいますからそれでもありだと思いますよ」
すごい! こんな挨拶ですら評価できる富忠さんがすごい! ただ、若干勇気を持ってしまった山田さんが怖い! 次に何が来るのか怖い!
「それではまず、何を調べてほしいか、どの占いを用いるか決めましょう」
「ふふっ」
あ、やばい。完全にモードが回復した。
「それではあなたの未来を拝見しましょう。こちらが、あなたの運命の手綱です」
「何か調べる内容勝手に決まってない⁉」
「過去の闇を見るは愚者。未来の光さえ闇に治めるが真理」
「未来すら真っ暗じゃ嫌ですよ!」
普通の客ならここで、いや店の雰囲気で帰っちゃいますよ⁉
「このままじゃ話が進まないからさっさとカードでも引いて話の内容決めなさいよ」
進展がなさそうな話に、宇梶さんが横槍を入れる。くっ、清清しい顔しやがって! 自分が犠牲者にならなかったことにすごい安堵しやがって!
俺は宇梶さんを軽く睨みつけて目の前に広がるカードを見る。
山田さんが選んだのはタロット。先ほどのトランプとは違う絵柄だ。選んだ理由は恐らく、かっこいいからだろう。
「じゃあ、これとこれ」
俺は何となく二枚選ぶ。何枚選ぶか聞かされていない(たぶん山田さんも何枚引かせればいいか知らない)俺は先ほど同様二枚選ぶ。
「それでいいですか? それがあなたの全てを物語るレリーフになることを欲すか?」
「まず聞いてもいいですか。レリーフって何ぞや?」
「闇は語るのみ。意味は後に生まれる」
「あなたもわかってませんよね⁉」
かっこいいから使っただけでしょ⁉
「もうさっさとやろうよ! ほらこれがお題!」
待ちくたびれた一ノ瀬さんが部外者なのに勝手に二枚のカードを表向きにする。
…………。
そこに描かれていた物を見て、固まる。
俺たちはタロットに何があるのかわからない。
けど、絵柄を見れば大体のことがわかってしまう。
開かれたカードに描かれていたのは、足首にロープがくくりつけら、宙吊りにされた男と、鎌を持ったどくろの人型だった。
「……吊された男と死神ですね」
その内容を富忠さんが答えてくれた。
「ふふっ。あなたは近いうちに首を吊り――」
「言うなぁぁぁー!」
誰にでも容易に予測できることをこの人は軽々しく口にしやがったぁぁぁー!
「俺は、俺は自分の力で新しい道を開拓したばっかりなんだ! それなのに、それなのに!」
「落ち着いてください河西さん! これはあくまで体験入社ですから! 相手は本物の占い師でもありませんし、ましてや預言者でもありません!」
「ふふっ。怯えるか。でも闇は近づいている。いずれ光が舞い戻るであろうが、お前はその前に常闇の中に」
「とりあえずあんたは一度落ち着きなさい!」
「えっと死神、死は終わることにしたいのに変わらない、腐れ縁のようなものだって。だから吊るされることはずっと変わらない」
「玲音も勝手に読まない! 勝手に解釈しない!」
そうか。俺は永遠に目の前に見える絞首台から逃げられないのか。
こんなところで朽ちるなんて。我が生涯に一生の悔いが残るじゃないか。
「亀城さん。少しだけ、最後に少しだけいいですか」
「だから落ち着いて下さい! まだ最後じゃありませんから!」
「やさしくしてくれませんか?」
「ふぇっ⁉」
俺の頭を撫でてくれないかな。この面子の中では、亀城さんが一番お姉さんっぽいから、最後に少しくらい甘えさせてもらってもいいかな。
「ちょっとあんた! いきなり綾野にとんでもないことふっかけるんじゃないわよ!」
「はぅ。はわわわわ……」
「ぐふっ! まさか、もう絞首台がこんな近くに」
「お望み通りそうしてあげるわ! 綾野が汚される前に、あたしの手を汚してでもあんたの息の根を止める!」
「えっと……悪いんだけど、そろそろ終了でいいかな?」
その後の記憶はほとんど無い。
いつの間にか自室に戻っていた俺は、何かに怯えながら布団に包まっていた。
そして、待望の朝日を拝んで、俺は叫び、大家さんに怒られたのだった。




