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リセマラ部  作者: ツチイ・シンシュン
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第3章-1 無いと思う仕事でも、探せば片鱗は見つかる

「はぁいてぇ……」

 足と少しばかし肩に鈍い痛みを感じ、思わず呻く。

 農作物よりも運ぶものは軽かったが、鮮度が落ちやすいホウレンソウ以上の迅速な対応が必要とされていたおかげでまるで短距離走をしているかのように忙しかった。

 そういえばこっちに来てから二週間何一つ農作業なんてしてなかったっけ。体力測定の時体力が落ちてるかもしれないな。

「はぁ、やっぱ楽じゃねえな、仕事って」

 コンビニは見た目、利便性、認知度が抜群である。しかし、その実態は多方面に顔が利く代償に多大な労働を余儀なくされ、更に24時間と言う無休営業が労働者の体力を奪う。

 印刷業は宇梶さんの偏見から生み出された職業体系の想像でしかなかったが、実際は全く違っていた。どちらかと言うと農作業に近い肉体労働で、時間制限もある。そして何より音と、俺たちは味わっていないが臭いもあると言うのだから身体に及ぼす影響も馬鹿にならない。住めば都と言う言葉があるから、慣れればどうと言うことは無いのかもしれない。だが、それはどの職業であっても一緒だ。

 それなら普通に農業でも。

「「はぁぁぁ……」」

 自然とため息は漏れた。結局一周してここに戻ってきしまう何て誰が想像できただろう。

「ん?」

 あれ。さっきため息がやまびこのように二重に聞こえたような。

「はぁ……マジか……」

 が、山よりもビルが多い東京でそれは起こりえない事象だった。

 謎の声の発生源は、すぐ隣にあった。

「どうした源太。ため息何かついて」

 俺が言えることではないが、昨日までは生き生きと田舎あるあるや都会の凄いとこを話し合うこれぞいなかっぺと言う感じの会話をしていたのに、今日は打って変わっての落ち込みようである源太を見たらいても立っても居られなかった。

「もう俺無理かもしんね……」

「なっ! どうしたんだよ本当に!」

 突然言い放たれた源太のギブアップ宣言に俺は慌てて身を近づける。

「何があったんだ? 祭りで「これジュースだぞ」って大人に言われて酒飲まされて潰れたか? 服の中に入っていた何かを取り出そうとして思わずカメムシ握りつぶしたか⁉」

「あ、あぁ。大丈夫だ。田舎あるある聞いて少しは楽になったわ」

 それは良かった。回覧板が自分の家だけ素通りしたも用意していたが、そこは必要なかったようだ。

「で、何があったんだ?」

 悪夢をぶり返すことになるかもしれないが、こういうのは親身になって聞いてやるのが一番だと思い、意を決して源太に問いかける。こうやって悩みが増え続けて、周りが頼れなくなった人間から田舎を去るんだ。都会で身の回りに親身になれる人間が少ない俺にとってそれだけは避けたい。

「野球部の入団結果だよ」

「入団結果って、入団できない可能性もあるのかよ⁉」

 野球部こわっ! 俺行かなくてよかった! なめてんのかって言われるとこだったぜ。

「いや、一応入団は出来るが、その後だよ。試合に出れるか、一生ベンチ入りか決める大一番さ」

「あぁ。そういうことか」

 俺も一番初めに引っかかった点か。

 となると。

「ピッチャーになれなかったのか?」

「あんなばけもん無理だぁー」

 怯えのあまり若干訛りが戻ってしまった源太が霊でも見たように頭を抱える。

「化け物ってなんだよ。新入生に何がいたんだ?」

「そのまんまだ。剛速球の化け物さ」

 一生懸命直した訛りが再発しかけているが、ここは静かに聞いてあげよう。

「体力テストではかなりいい感じで上位十人の中に入れたけどさ、その後一番重要になる投球テストがあったんだ。そこで奴が現れた」

 テレビで見たことがある怪奇話をする人みたいな口調に、俺は意味もなく固唾をのむ。

「円剛喜。矢代高校の野球部は有名どころだからか知らないが、速度計測器があるんだ。そこで球速をテストするんだ。そこで奴は――135キロを超えやがったんだ」

「プロじゃねえかよそれ……」

 ニュースでは150キロ位で騒ぎだすから135キロは意外と普通に思えるかもしれないが、そんな訳はない。そんな球速を出せるのはごく一部だ。それに出したのは高校生になってままならない青年だ。

「俺も頑張ったが、全力を振り絞っても120キロが限界だった。まぁ、それ以前に力任せの球だったからあらぬ方向に飛んで行って全く持って話にならなかったけどさ」

 俺が現実に打ちのめされている間、源太も壁の高さに打ちのめされていた。井の中の蛙とはこういうことか。

「だとしてもだ、投手って一人じゃないだろ? なら他の候補に」

「なれねえんだ。これはほぼ決定事項だ」

「な、何だよそれ! 諦めんのかよ⁉」

 あんだけ意気込んでいたのに弱気になる源太に少し強めに言い聞かせる。

「諦めた訳じゃないんだ」

「じゃあどうしたんだ?」

「実は――」

 源太が一瞬目を伏せる。

「俺キャッチャーになることになった」

 …………。

「どういうこと?」

「順に説明する。まずピッチャーなんだけど、不合格だった。球速はあったが、コントロール不足だって言われた。それにピッチャーは候補がいっぱいいたから円以外にも有力候補がいっぱいいたんだ。そこで問題が起きた。これが足りないんだ」

 源太は右手を前に突き出して何かを捕えようとする動作をした。

「捕手か」

「そうだ。なりたい人がいなかったこともあるが、それに輪をかけて135キロの剛速球を受け止められる奴が必要になったんだ。何にもなければ三年間付き合う身だから一年に最低でも一人は欲しいって言われたんだ。で、一年内で強制的に行われたのが捕手テスト」

「強制かよ」

「やらない手もあったけど、亮一ならわかるだろ? 数少ない内輪の中で欠席するって意味」

「分かる」

 即答だった。出不足金何かよりも怖いことが起こりかねん。金は一瞬でも話題は永久物だからな。

「で、みんなことごとく受けたはいいが投球をうまいこと取れなかったり、うまいこと取れても送球が出来なくて脱落する人が多かった。で、俺の出番になったんだ」

「ふむ。で、源太はキャッチャー候補になったのか」

 結果から聞いてしまった俺の中では自ずと答えが生まれていた。

「昔取った杵柄って奴かな。網を引く力が必要で、親戚の船に乗って数回マグロ漁で一本釣りも経験したせいで重たいものを受ける腕力が備わっちまってたから。あれだけの速度の球も受け止められたんだろうな」

「マグロって時速何キロだっけ?」

「100キロ。実際は違うらしいが、海の流れに逆らう為とかでそれくらいになるらしい」

 それくらいの奴を何度か釣りあげてるならやれても当然か。

「で、結局捕手にはなるのか?」

「もう送球のトレーニングに入ってるよ。コントロールの悪さを徹底して直されるみたいで、皮肉だけど負けた相手とコンビ組まされそうなんだよ」

「ま、まぁ重宝されてるんならいいんじゃないか? 未来が見えたみたいだし」

「キャッチャーのメジャーか……」

 投手の草野球よりかはマシだと思うぞ? それに野球は九人いてこそのチームだから捕手も必要だろう。

「ところで亮一はどうなんだ? 何だっけ、リセマラ部?」

 若干心が晴れたのか、今度は俺の現状を聞いてきた。

「二回ほど活動したよ。コンビニと印刷業で働いたけど、散々な結果だったさ」

 俺はここ数日で行った活動を説明した。自分で言っていてよく分かったが相当空回りしてるな俺たち。

「ふぅーん」

 それを聞いていた源太がこちらを見てニヤニヤする。

「何だよ、俺の顔になんかついてんのか?」

「いや、そうじゃねえ。何と言うか。漫画見たいだなって」

「はぁ?」

「だって周り女子ばっかなんだろ? そういう漫画ってよく見るじゃん」

「おいおい、そんなこと――あるか」

 ステップにもエンジェルリーグと言う女天使に囲まれる男子高校生の物語があったな。

「最高じゃないか。何かエロいハプニングでもあったのか? 色々いいもの見れたか?」

「馬鹿野郎! そういうことこんな所で言うなよ」

 リセマラ部の面子の中に俺と同じクラスの人がいなくてよかった。八クラスもあるって最高だな。

「それなら源太だって中学まで同級生に男子いなかったんだろ? ハーレムじゃねえか」

「女子一人と俺で同級生は二人だったよ。しかもそいつとは親戚だし」

「すまねえ。聞かなかったことにしてくれ」

 島国は山国よりも格が上だと言うことを忘れていた。

 田舎にもランクがあり、都市部に繋がる導線から少し離れた田舎を道端、一応国が管理している道路を使っていける場所が離れ、そして道が一切整備されていない地域にいる人のことを辺境と言う。離れ出身が辺境出身と相席すること自体が間違っているんだ。

「言っとくがそういった場面は一度もないな。仕事内容の方が酷すぎてそのことに気付けないくらいだからな」

「そっか。現実とは違うんだな」

「俺たちと一緒だ」

「言うな。泣くぞ」

「忘れろ。泣くぞ」

 田舎者同士、みじめな互いを見ながら、それでも止まることがない現実に、ただただため息をつくのだった。

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