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リセマラ部  作者: ツチイ・シンシュン
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第2章-3 理想と現実は全く持って違います

「腕がもげるー‼」

「途中から量減らした上に歩いてただろ。俺は少し駆け足だったから足がいてえんだよ」

「あたしコントローラーより重たいもの持ったことないのよ」

「お前のコントローラーにスイカ吊り下げて筋力鍛えさせてやるぞ」

 仕事内容は本当に簡単だった。

 出来上がった印刷物を所定の場所まで運ぶと言う物で、行ったり来たりの本当に単純作業だった。

 が、その量が半端なく、次から次へと印刷物が出来上がっていくので、毎度上半身位積み重ねたチラシや新聞記事などを運ぶことになる。

 もし少しでも遅くなると、次が増え、それが遅れると更に増えるという地獄の雪だるま式が始まるので急いで運ぶ必要性があった。

 そんな中で石間さんの助言が現実となり、宇梶さんが早い段階でへたり始めた。おかげで俺が余計目に運ぶことになってしまった。唯一の救いと言えば、印刷物が出てくる位置が腰位の位置だったので、農作物と違って屈む必要性が無かったというところか。

「こういう時亀城さんがいればな……」

「何? あの子がタイプなのあんた?」

「違う。宇梶さんが来る前にコンビニで体験入社した時あの人が凄い勢いで仕事をこなして俺たちをサポートしてくれたんだよ」

「あぁ……見た感じやり手よね、あの人」

 互いに頷き合ってここにいない優等生の顔を思い浮かべる。工場は幾つかあって、俺と宇梶さんはこのチラシを生産しているエリアを担当し、一ノ瀬さんと亀城さんはこことは別の区画にある新聞を扱っている場所で仕事をすることになった。グループ分けの基準はたぶん、背丈かな?

「あぁいってぇ……。スイカばりにきっついわ」

「なるほど。だから、君は全然値をあげなかったんだね」

 俺が腕をぐるぐる回していると、後ろから俺に向かって声をかけられる。

「あ、石間さん」

「うちも田舎だと畑をしていて、一回だけスイカを作ってみたんだけど、でかくなりすぎて重くて持っていくのに苦労したよ。おまけにいざ切ってみたら果肉が白っぽくてほとんど甘みがなくてね」

「育ち過ぎたんですね。スイカ以外を作っていたのであれば、スイカに必要な栄養源が土壌に余り過ぎてたんでしょうね」

 養分が無いのは困りものだけど、実はありすぎるのも困るんだよね。

「印刷業界は単純作業だから最近は外国人労働者を雇ったりもするんだけど、都会だと周りに高収入な職場が表裏問わずにゴロゴロしてるから、ある日突然いなくなっちゃったりして困りものなんだ。私としては是非君を雇いたものだ」

「は、はは。検討します」

 まさかスカウトが来るとは。とは言っても田舎とそうそう変わらない気がするので、保留か。それに、石間さんも田舎の出っぽいから都会に永住できそうな仕事ではなさそうだし。

「遅番の仕事はまだまだあるけど、君たちは明日学校もあるからここで終わりにしますね」

「はい。ありがとうございました」

「ぁ~ぃ……」

 比較的まだまだ余裕のある返事をする俺。一方で宇梶さんは完全に疲れ切っている。

「ところで一ノ瀬さんたちは?」

 俺たち以外の二人がまだ姿を見せていないことを石間さんに尋ねる。

「あぁ。二人とも大丈夫だよ。ちょっと応接室で休息してもらってるよ」

「休息って。何かあったんですか⁉」

 怪我か⁉ 捻挫か⁉

「まぁ特に問題は無いですよ。入りたての人にはよくあることですから」

「疲労ですか?」

「いいえ、肉体の問題ではありません。どちらかと言えば精神的なものでしょう」

 石間さんが意味深な発言をしてから、俺たちを応接室の方に手招きする。

「う~へぇ~……」

「うっぷ……」

 そこには二つの長椅子に横たわる一ノ瀬さんと亀城さんがいた。

 ただ、気になるのはどちらも疲労で倒れている、と言うよりもどちらかというと風邪をひいている時みたいに気分を悪くしている感じだ。

「一体何があったんですかこれ?」

 一ノ瀬さんはともかく、先程まで話題に上がっていた亀城さんですら顔を真っ青にして、額に右手を当てている。

 肉体的以外に一体どんな魔物がこの印刷業には潜んでいるんだ。

「インク臭ですね」

「インク臭?」

 インクってあのインクだよね? マジックとかに使われている。

「彼女たちには新聞の運搬を手伝ってもらったんだ。チラシとは違って新聞紙はほぼ毎日発行されるので、比較的人手が多いから負担が減るだろうと思っていたんですが、どうやら間違いだったようですね」

「い、いえ石間さん、のご厚意を、受けながら、この体たらくな――うっ」

「だ、大丈夫ですか亀城さん?」

 何とか気丈に振舞おうとしているが、何かが体内から込み上げてきたのか、言葉が詰まる。

「普段の新聞では絶対に感じない量のインクが使われていますので、臭いは相当な物なのでしょう。私も入りたては騒音と一緒で苦労しましたが、すっかり慣れてしまって忘れていましたよ」

「はぁ……」

 まあ長い間やっていたら自然となれる訳か。俺も未だに普通に早起きできてしまうのが忌々しい。

「それじゃ私たちは一度戻りましょうか」

「えっ? 介護しなくていいんですか?」

 二人ともだいぶ辛そうだけどいいのか?

 不安に思う俺を宇梶さんは何故か睨みつける。

「ここにいても体調が良くなる訳じゃないでしょ。なら家に戻る為にさっさと着替えて車に乗るのが先決でしょ。まさかあんた覗く気じゃないわよね?」

「あ、あぁぁそうか! 女性用の更衣室が無かったんだっけ」

 仕事内容を見て分かったけどこりゃ女性は少ないわ。

「分かったならさっさと出る! 分かったわね!」

 俺と石間さんは宇梶さんに押されるように応接室を後にした。

「大変だね、君も」

「……いえ、今日から大変になったんです」

 こうして新たな部員を加えたリセマラ部は、今回もまた微妙な結論を出すのであった。

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