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リセマラ部  作者: ツチイ・シンシュン
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プロローグ

「亮一! いつまで寝てんだ!」

 目覚ましは朝7時にセットしてあった。それでも親父の朝は5時に始まる。

 中学生になって以降、こういう日が増えた。農家の家族経営と言えばほのぼのした感じだが、そもそも俺の家から半径五百メートル以内に家族しかいない。

 友達から借りた最新の漫画を結果も内容も変わらないのに九回近く読み直して夜更かししたのだから眠たいのに、この時間の作業は辛い。

「もう皆起きてたんだから早く着替えて降りてこい!」

 けど、階下からの親父アラームは鳴り止まない。夏と言う時期は農家にとって重要な時期の一つであり、ここによって今後の生活が決まる。

 だからと言ってこの田舎から飛び出せる訳でも無いし、もっと快適な場所に住める訳でもない。俺はここに縛られることを余儀なくされている。

 今時は田舎でも便利な時代になったと言われているが、それは一部であり、大半の田舎は今でも昭和の臭いを漂わせている。


 携帯があるからいつでも人と繋がれる?

 ――ここじゃ大手三社でも電波が届かないし、四キロ離れた中学校に行かない限り電波が三本立つことは無い。

 都会じゃ歩けば五分、田舎でも自転車で五分もあればコンビニに行ける?

 ――自動車ですらニ十分近くかかる。何なら自販機ですら十分だ。でも最高だぞ。100円だぞ100円。30円も安いんだぞ。未だにどこのメーカーの飲みもんかわかんねえけどさ。

 ネットショッピングが発展したおかげで都会でも田舎でもさほど変わらない位物が手に入るって?

 ――そのネットが繋がらないんだよ! Wifi取り付けてもそこまで来てくれる電波が無いんだ!


「嫌だ……もう本当に嫌だ」

 昨日販売してから一週間遅れで近くの商店に売られた漫画の内容を思い出す。現代ファンタジー物の漫画で、学校帰りに近くの喫茶店で友達とお茶をしている時に異界からの使者が突然襲い掛かると言う内容だったが、現代っ子にとってはあり得ない存在の襲来や、現代科学、一般理論で絶対に手に入ることが無い力で異界の者たちと対立するシーンに憧れると思う。

 だが、俺の憧れはそこじゃなかった。学校帰りに喫茶店という部分に憧れた。

 学校から帰って俺たちが行ける所と言えばよくて友達の家か最悪校庭だ。なんせ一番近い友達の家ですら自転車で十分もかかる上に、その友達も俺と同じで家にいれば家のことを手伝わないといけないため、そんなに遊べる機会はない。この街に一つの商店な上に、俺と違い四季に関わらず年中忙しい。

 それでも、俺のクラスの男子(総勢七名)は彼を一番の都会者だと口を揃えて言う。理由は、一番新しい漫画がこの村で一早く入るからだ。

 そして俺自身は、自称だがこのクラス最下位の田舎者だ。

 いやいや俺だって。

 僕の方が酷いって。

 毎日牛の世話と糞の臭い塗れになる俺が最下位だろ?

 普段やり取りされる会話が自然と脳内でリピートされる。

 総勢七名しかいない二年男子の内五名と言う大多数が現状を望んでいない。

 だが、そんな物簡単に変えられない。

 お金が手に入れば変えられるんじゃないかと僅かな小遣いで街の方へ行って、バス賃でほとんど失った軍資金の残りで三枚の宝くじを買って帰ってきたことがある。普段全然読むことのない数少ない情報源の一つである新聞紙を、誰も見ていない隙を見て確認したが、下一桁すら当たっていなかった。

 中学生にしては早すぎると言われるが、ここいらではまだ中卒と呼ばれる職人がいるので、そこまで珍しくない中学生の職場見学をしたこともあったが、どこもかしこも見たことがある一次産業。ぎりぎりあった二次産業は、今じゃどこに需要があるのかわからない物を作っている昔ながらの鉄工所だった。

 そんな現実だからこそ、俺は嫌がる身体を起こし、作業着に着替える。今週はまだ茄子だから比較的簡単だ。もう数週間すれば地獄のスイカの時期が始まる。

 軍手をはめ、自分専用の大きな園芸用ハサミを持つ。屋内に置く植木鉢で育てる際に使うおしゃれなデザインの物ではない。錆がかった大量生産用だ。

 階段を降りると、もう既に朝ごはんが出来ていた。こんな時間に朝食かと思われるが、食べなければ力が出ない。都会の人たちは朝食べないというが、どのような訓練をすればそのような人間になれるのだろうか。

「さっさと食え! じゃねえと学校に遅れるだろ!」

「へいへい」

 と言いながらわざとゆっくり目に食ってやる。幼稚な反抗に父は苛立っているが、祖母がそれを宥めて先に行くよと告げて畑の方に向かった。

 祖父と母はもういなかった。恐らくスイカの点検とキュウリの蔓を調べに行ったのだろう。収穫と摘芯が同時期に来ることは御免被りたい。夏休みまでまだ一週間ある。その前の貴重な休みを全部奪われたら堪った物じゃない。

「何で俺、学校行く前にこんなことしてるんだ……」

 誰一人いない台所で、自家製の大根、二キロメートルお隣の家で作られた味噌を使った味噌汁をすすりながら愚痴った。


 ◇


 結局サボろうとしたツケは回ってきて、俺は学校に遅刻することになった。

 だが、それを咎める先公の一言はない。

 ここいらでは遅刻など日常茶飯事で、理由はもちろん家業に尽きる。寧ろやむ終えない事態で無断欠席などもあり得る。

 数日休む際だって理由が家の手伝いなら「あっそうですか」の一言で済ませられるのだから凄い。

 それ以前にだ。

「あれ? 小田公は?」

「親父が仕事中怪我して、麹見てる人がいなくなったから来れないってさ。だから自習だって」

  先公ですらこれである。

「……今更だがまじ信じられんよな。あ、三平。例の漫画」

「ほんっと今更だな。」

 呆れながら漫画を返す俺にたいして、苦笑しながら商店の息子、三平は漫画を受け取る。

 漫画の分だけ軽くなった鞄を自身の机の上に置かれたプリントを下敷きにするように置いて椅子だけを持参してまた三平の元に戻る。

 そこには俺と一緒で椅子だけを持ち寄りプリントなど一切目もくれない四人が既に集結していた。俺も合わせていつもの五人衆が完成する。

「で、亮一今日は何だったんだ? この時期だと茄子か?」

「ご名答その通り。その知識を見込んで今週の土曜日スイカの収穫をするから、その手腕を見せて頂けないだろうか?」

「馬鹿野郎。俺だって味噌を移さなきゃいけねえんだぞ。はぁ、毎年春と秋が短くなるのマジで止めろよな。温度管理が必須だから忙しいっちゃありゃしねえ」

「なら代わりに俺が手伝いに行こうか? ついでに発育良好になる牛の肥やし持って行ってやろう」

「ガチで止めろ」

 この面子の中では一番歴史が長い味噌作りの老舗の十三代目になる悲惨的な未来を背負わされている吉雄が昨今の異常気候に嘆き、この面子の中で俺に継いで実家が無駄に広い酪農家の陸が冗談交じりで俺の誘いに乗ってくる。勿論手伝うと言うのも冗談だと分かる。

「畑はこの時期からだからね。田んぼは一段落したばかりだから大変だね。何かやれることあるなら――」

「いや、お前はガチで休め」

 そして優しいを通り越してお人好しの健二が手伝うと言ったのをやんわり断る。これは別に俺が意地悪く言った訳はない。こいつの家柄を知っているからだ。

 先ほど陸の家が俺に継ぐと言ったが、それは陸の家が二番手と言う訳ではないし、俺の家が一番手と言う訳でも無い。圧倒的一番手は村にある田んぼの大半を所有している健二の家だ。

 それだけ広大な家を所持していながら、健二の家は伝統を重んじていて、何と農機具を一切使わない方式を取り入れている。

 今日小田先生が急用で休んだように健二も田植え、収穫の時期になると確実に休む。それも一日二日じゃない。一週間近く学校からいなくなる。偶に不測の事態や事故があると更に期限が伸びて、田んぼの中に沈んだんじゃないかと不安になることさえある。

 因みに俺の家は普通に農薬を使っている。だから陸の肥やしも必要ない。

「結局今年も、夏休みはこれで潰れるんだな」

 勿論それが一学期残り一週間で終わる訳もなく、夏休みの間もこの作業は続く。寧ろ学校が無いから普段以上に長い時間こき使われることに、俺は溜息を吐く。

  「んなこと言ってられねえぞ。こんな楽なの今年、多くて来年までだ、再来年になればもっと厳しい現実が待ってるんだ……」

 吉雄が嘆く。

 来年まで。

 そして、再来年以降は。

 時期と結果のみの情報であるがそれでも理解できるほど俺たちの仲は深い――いや、俺たちはこの世界に染まってしまった。

  「お前……まさか高校は?」

  「行かせて貰えねえ。どこに味噌作り教えてくれる高校があるんだって言われたんだ」

 やはりそうだったか。今や大学に行くのが大半を占めるようになったと言われている中で、この街では、未だ中卒就職がわりかしある。まさか身内に出るとは思わなかったが。

「磯出農業高校なら味噌作りの授業とかありそうだけどね?」

「それ以外のことも頭に入るから駄目だとか言うけど、単純に人足欲しさだろ、ちくしょ……」

 一足先に学生と言う身分が終わる悔しさが全体から滲み出ていて、俺たちは返す言葉が無かった。

  「磯出農業高校の名が出たけど、陸はそこで決まり?」

 なので話題を変え、陸に話を振った。

  「まぁね。ただ……」

 が。それもよくなかったことがすぐに理解できた。

  「農業の方もきっちり勉強しろって言われたんだ。石油の高騰のせいで海外産の飼料の値上がりが無視できなくなってきたんだ。だから、俺に飼料用とうもろこしの端から端まで学んでこいって」

  「……その受講料って訳か」

  「まじプレッシャーぱねぇ……」

 これもまたこれで地獄だ。専門家を毎度呼ぶよりも身内にそれに詳しい人がいればいいに越したことは無い。専門家を呼ぶ費用と息子にかかる授業料。どっちが高くつくかが陸の肩にかかっているのだからプレッシャーはえげつない物である。

「別に亮一の父さん呼べばいいだけじゃない? って思うよね。逆に僕は陸の父さん呼ぶことになるかもしれない」

「健二までもか……」

「鴨を育てるんだってさ……」

「何匹育てる気だよ」

 千か? 万か?

「皆大変だよな……」

「とか言う三平も、商業高校入ったら一人暮らしだろ?」

「逆にそっちの方が楽だよ。手伝いもしなくていいからさ」

 近くに商業高校が無い三平はここから二つほど離れた街に下宿して高校に通うことになる。電車でもあれば自宅から通えるが、ここにはバスすら通っていないのだから仕方ない。

「ただ、俺の場合は一応形なりに受験があるし、留年すると何言われるか分かったもんじゃないし」

「なら今サボっていいのかよ?」

「理科はいいんだよ。必要なのは数学だ」

 三平が両手をあげて笑って見せる。五人の中で三平だけが家業のジャンルが違う為、必要とされる技能が異なる。三平除く俺たちの場合、寧ろ理科の方が必要な科目になる。主に科学、生物学、地学だ。

「寧ろ勉強し過ぎたらし過ぎたで過度な期待を寄せられちまうだろ? 例の制度が決まったばっかだしさ」

「何だ、その制度って?」

 三平から聞きなれない単語が出てきて問い返す。

「回覧板見てないの?」

「見る訳ねえよ。ましてや新聞さえまともに見てないんだからな」

 文字ばっかで飽きるっつうの。見出しの四コマ漫画だけは見てるけど。

「もしかしてあれ? 奨学金制度ってやつ」

 真面目な健二は回覧板もしっかりと読んでいるらしく例の制度のことも理解していた。

「何だそれ?」

「金ってことは商業関連か?」

 一方の陸と吉雄は俺と同じで、全く理解していないようだ。

「商業じゃなくても農業でも、と言うより僕たちなら誰でも関係があることだよね?」

「やる気の問題だよな」

 一方理解している側は理解しているなりに、そこまで興味が無いようだ。

「ここら辺の人が磯出農業高校や沖見高校出身が多いのって何だかわかる?」

「ん? 近いからだろ?」

「まぁそれも一つだよな。遠いと下宿先の家賃もあるし、それ以外だと高校にかかるお金が高いってのがね」

「後はそこまで行って学ぶ必要性が無いと思っている人が多いからかな。街のお偉いさんはそこを懸念してるんだ」

 街のお偉いさんってことは役所の人間か。

「そこでお偉いさんが考え着いたのが、奨学金?」

「そうそう、有名な高校に行けた人には学費や教材費、更には一定金額の下宿費も街の方で補ってくれるんだって」

「マジか! ……いや、でもそれならお金その物が欲しいな」

「俗物すぎるだろ吉雄。それさえあれば高校行けんだぞ?」

「嫌だよ。その為に勉強しなくちゃいけないんだろ?」

 吉雄が降参する。お前元々勉強しなくてもいいと思ってたから高校行かせて貰えなかったんじゃないか?

 ぶっちゃけ頑張れば三平と一緒の立冬商業高校行けて一人暮らし出来る訳だぞ。とは言っても農家の息子が商業高校行くなんて何事だって言われそうだけど。もっといい所に行けばそんなこと言わせないのだろうけど。

 ……もっといい所?

「なぁ。それって、どこでもいいのか?」

「どこでもって?」

「三嶋とか、鑑とか」

「県トップクラスじゃねぇかよ⁉ まさかお前……」

 吉雄の言うとおりどちらも県内の有名高校であり、今の俺たちじゃ背伸びしても届きそうにない。

  けど、皆は知っている。当たるはずもない宝くじを僅かな小遣い叩いて買いにいく俺だ。これがでまかせでないと。

  ただ、今回は意気込みが違う。原動力は、今朝の親父の行い、いや、今までの全てだ!

「俺は、東京の高校を目指す!」

 …………。

 誰もが言葉を失う。

「はっ」

 誰かが鼻を揺らす。それを皮切りに皆が口を開く。

「出たぜ! 亮一の無駄なやる気!」

「無駄言うな! 今度は決めるぞ!」

「因みに聞くけどさ。この前の宝くじどこまで当たった?」

「下一桁さえ当たって無かったさ!」

「んなら今回も駄目だな」

 はっはっは。

 皆の笑い声が木霊する。

 そりゃそうだ。俺だって他の四人の誰かがそんなこと言ったら笑うに違いない。

 けど、これが変わるチャンスなら、俺はやってやる。今回こそ。寧ろ宝くじみたいな確率じゃない。これは努力さえすれば変えられるんだ!

「やってやるさ! 残り一年上等じゃねえか! 目にもの見せてやるよ!」

 粋がる俺はそのまま自身の机の上にあるプリントの封印を解いた。

 誰もが、クラスの生徒も含め、更には先生自体も絶対に無理だろうと思ったに違いない。

 まぁぶっちゃけ俺も無理だろうと思った。

 それでもやったさ。

 夏休みは陽が長い上に収穫時期真っ盛りな為、勉学に費やす時間も少なかった。その結果、図書館で借りた参考書を期限以内に返せなくて、館長さんに謝ることになった。

 ただ、それがいい方向に転じた。俺が勉強熱心な人間だと勘違いしてくれた館長さんが、息子が使っていた数年前の問題集を譲ってくれた。その時期がちょうど冬に差し掛かる時期だったので、農作業が一段落するこの期間に有意義に使わせてもらった。

 勿論二年の時だけでは終わらず、三年の時もひたすらに頑張った。皆が電車乗り継いで海に行っている間も、俺は家にいながら頑張った。

 その頃にはお袋や祖父、祖母も俺のことを応援してくれていれて、俺が必要じゃない時以外農作業には呼ばなくなった。

 一方で親父の方は何度も呼んできた。俺が東京の高校受験をして落ちることを望んでいたのは誰からも分かるようなやり方で、時には一人でも十分であろう少量の袋詰めでさえ呼ぶ始末だった。

 それにもめげずに俺は頑張った。

 そして、運命の瞬間。

 バス乗り継ぎ電車乗り継ぎの三時間で着いたのは合格発表の掲示板が張り出されてから二時間後になった。

「510、510……」

 それでも人はいっぱいいた。その圧倒的人混みを掻きわけ一般家庭の畑一畝くらいある合格発表の掲示板を確認する。

 そして、

「あ……」

 501,502,506,509,510……。

「あったぁぁーー‼」

 俺は遥か遠方の自宅にも届きそうな歓喜の声をあげる。

 約一年半の苦行を乗り越え。俺は無事、志望していた高校の一つに一発で合格した。これで田舎生活とおさらばできる!

 証拠の一枚を写真に収め(周りはスマホで撮影しているのに対し、俺だけカメラで)俺は故郷へと凱旋することとなった。


 それから二カ月後、俺は再びこの地に戻ってくる。

 そして出会うことになる。

 ――リセマラ部に。

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