3.夜の客人 3
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闇の中、レサンの村から少し離れた丘に、三つの人影があった。一人は渡りの傭兵の姿をした男。闇魔族の血を引きながら、人族としての特徴を持つ紫忌である。
「兄上は、あの娘の側か」
レサンの村の方角を眺めながら、紫忌がいらだたしげに言った。彼の側には黒髪にぬめるような白い肌の妖艶な女性と、赤い髪に褐色の肌の猛々《たけだけ》しい女戦士がいた。どちらも人族の姿だが、半獣族である。ただしガイリスとは違い、彼女たちは自身の持つ魔力で人族に擬態していた。本来の姿はいずれも、人とはかなり違っている。
「銀月の君は心を奪われておいでのよう。わたくしもどうかすると、崇拝する事を許していただきたいと願い出たくなりますわ」
黒髪の女性が言い、赤髪の女戦士が続ける。
「わが君。われらのつとめはあなたを護る事です。なのにあの姫を見ていると、それが頭から飛びそうになる」
二人の名は、黒髪の方がイリリア、赤い髪の方がアルシナ。紫忌の護衛である。人の血を引く紫忌に忠誠を誓った為、半獣族の中でも変わり種扱いされている。
「あの娘はそれほどの魔力を持つのか」
紫忌の言葉にアルシナが答えた。
「魔力ではありません。それはわかる。ただ逆らえない」
「魔力でないのなら、何だ」
「わかりません。逆らえない力。そうとしか言えないのです」
「ではなぜおれは平気なんだ。兄上ですら影響されているのに……」
イリリアが、紫忌に目を向けた。
「推測ですけれど、あの姫は向き合う者の魔力に何か、影響を与えるのでは」
「魔力?」
「わたくしもアルシナも、そこそこの魔力は持っております。無論、魔族の方々とは比べ物にはなりませぬが、それでも魔力と呼べるものです。銀月の君はもちろん、魔族の中でも最強の御方……。
それで思ったのですが、強い魔力を持つ者ほど、あの方の前では無力になるのではないでしょうか。
閣下が影響を受けないのは……お許し下さいませ。母君さまより受け継がれた血のせいではないかと。この近隣の卑しき人族は、あの方に敬意らしき敬意も払っておりません」
「人の血が?」
紫忌は顔をしかめた。イリリアは頭を垂れて「お許し下さいませ」ともう一度言った。アルシナも居心地悪そうな顔になっている。
「かまわん、イリリア。アルシナもそんな顔をするな。おれの中に人の血が混じっているのは事実だからな。魔力もない」
「ないのではありません。閣下の内には魔力があります。ただ……、」
紫忌は皮肉な笑みを浮かべた。
「使えないだけ、か? 人の血の混じった体では、闇魔族の魔力に耐えられん。使おうとすれば体が弾け飛ぶ。持っていても使えないなら、持たないのと同じだろう」
「違いますわ。わたくしたちは、閣下の力を感じて忠誠を誓ったのですもの」
イリリアは言った。アルシナが続ける。
「そうです。あなたこそが、わがあるじ。われらの才、われらの力、血肉の一片まであなたのものとしてお使い下さい」
紫忌は二人を見つめ、微笑した。
「つくづく貧乏籤を引くのが好きだな、おまえたち。おれについて来たって、良い事はないぞ。だが……感謝する」
二人は頬を染めた。あるじにこうして声をかけてもらえる、これほどの幸運があるだろうか。闇魔族に忠誠を誓った半獣族は普通、駒扱いされて省みられる事もない。だが紫忌は、二人をきちんと見て声をかけてくれる。
「後悔はありません」
アルシナが言った。イリリアもうなずく。
「当然の事を言ったまでですわ……あら。銀月の君と姫君が、抱き合ってますわ」
村の方に目を向けたイリリアが言った。紫忌の眉が上がる。彼は腕を伸ばしてイリリアをつかむと、自分の方へ引き寄せた。
「兄上は何をしている」
「今、お見せします」
イリリアが、白い指で紫忌の額に触れる。彼の脳裏に、レサン村の風景が浮かんだ。その一角にある小さな家。薬草の束が吊るされ、暖炉には火が燃えている。
兄の姿がある。薬師の少女の姿も。
二人は恋人同志のように抱き合っていた。
(兄上……)
紫忌は驚いた。少女を見下ろす兄の顔に、優しい微笑があったからだ。まるで……、
ごく普通の男のような。
そこで映像は途切れ、イリリアの指が離れた。
「銀月の君があんなお顔をされるなんて。あの姫を妾妃に迎えられるのでしょうか」
紫忌はいらだたしげに眉をしかめた。
「妾妃なら良い。他の貴族も抑えられる。だが兄上はあの娘に、名を呼ぶ権利を与えた」
二人は顔を見合わせた。紫忌は続けた。
「人族の娘にだぞ。月牙当主が膝を折るような相手か。この話を聞けば、どの貴族もそう思うだろう」
「綺羅月の君か氷魅の御方あたりが、何か仕かけてくると?」
「青闇も氷刃も、乱を起こす理由をずっと探していた。兄上は既に、おれという異分子を懐に抱え込んでいる。ここでまた、人の娘に名を呼ぶ権利を与えたと知れてみろ。どうでも戦を起こす方向へ持って行かれる。
それは止めねばならん。いざとなればあの娘を殺してでも」
「わが君!」
「閣下、なんという事を!」
二人は衝撃を受けた顔になった。
「あの姫に危害を加える事は許されません。それだけは、なりません」
「秩序が崩れます!」
「何の秩序だ。人族ごときが死んだ所で、何が崩れる。おまえたちは、おれの配下ではなかったのか。おれの言葉になぜ逆らう?」
「そうです。われらはあなたのもの。ですがそれだけはなりません!」
アルシナが必死の形相で言った。イリリアが続ける。
「あの姫は人族です。ですが……人族ではありません。おそらくは何か、違うものです。それはわれらも、魔族の方々すら手を出してはならぬもの」
紫忌は「ほう」とつぶやいた。
「人であり、人でない。何なのだ?」
「わかりません。ですが、あの姫に手出しをする事はなりません……!」
二人の配下がこれほど強硬に反対するのは、初めての事だった。紫忌は二人を見つめていたが、やがて肩をすくめた。
「とりあえずは様子を見よう。今夜は戻る。おまえたちは他の貴族の動向を探れ」
二人はほっとした顔になり、頭を垂れた。紫忌に従って歩き出す。
紫忌は歩きながら心の中で思った。いざとなればおれ一人でも、あの娘は殺せる、と。
* * *
日差しの気配を感じて、少女は目を開けた。久しぶりに良く眠った気がする。身を起こすと、黒い布がすべり落ちた。紅玉と金剛石が縫い止めてあるそれは、月牙伯爵のマントだった。
頭が重い、と少女は思った。目の奥が痛い。泣いたせいだ。マントに触れ、なぜここにこんな物がと思う。そうして自分はいつ寝床に入ったのだろうかと不思議に思った。昨夜は確か、伯爵と話していて……。
少女の顔が赤くなった。伯爵の前で泣いた事を思い出したのだ。それだけでも恥ずかしいのに、その後の記憶がない。という事は。
「いやだ。わたし、眠ってしまったの?」
赤くなった顔を手で覆う。
「人前で泣いただけでも恥ずかしいのに。八つ当たりしたあげくに。何をしているのよ、わたしったら。ああもう、恥ずかしい」
真っ赤になってぶつぶつ言っていると、ガイリスの声がした。
「ご主人さま。お目覚めですか」
少女は声のした方を見た。仕切りの布ごしに、誰かのいる気配が伝わってくる。
「よろしければ、スープをお持ちします」
常と変わらない彼の声に、少女はなぜか、ほっとした。
「いえ、起きるわ。随分寝てしまったの?」
「そうですねえ、太陽は真上に来てます」
「そんなに?」
少女は慌てて服のしわを伸ばし、髪を一つにくくり、靴をはいて布を引いた。暖炉の火の熱が伝わってきた。鍋の中のスープをかきまわしていたガイリスが、こちらを向いた。
「ゆっくりお休みになられましたか」
「こんなに眠るつもりじゃなかったのに」
半獣族の少年は、うろたえた様子の少女に微笑みかけた。
「お疲れだったのでしょう。ご主人さまのお体は、人族と同じで強くはありません。おれも気をつけてはいるのですが、わからない所もあります。休まれたい時には、気にせず休んで下さい」
少女は落ちてきた髪をかきあげた。そこでまぶたや頬のはれぼったさに、改めて気づく。
「顔を洗ってくるわ」
そう言うと、少女は家の外に出た。
太陽は、真上にあった。鶏がこっこっと鳴く声が聞こえ、山羊やロバが草を食んでいるのが見えた。畑の側には桶とひしゃくが置いてあり、抜かれた雑草が集められていた。日差しが暖かい。こんな風に明るい日差しの中にいると、全てが夢のような気がしてくる。
夜の静寂も、暗さも。ここにいる自分自身すら。
(でもわたしは存在しているし、夜も在る)
夜を体現したかのような美しい闇魔族の容貌を思い出し、少女は居心地悪げな顔になった。昨夜何があったのか、ガイリスに尋ねてみなければならない。
家に戻ると、ガイリスは暖炉の火を小さくし、スープを碗についでいた。
「仕事を全部やらせてしまったのね」
少女が言うと、彼は笑みを見せた。
「平気ですよ。鶏や山羊の世話も覚えたし。こういう仕事はおれに任せて下さい。ご主人さまはもう少し、楽をしないとダメです」
「十分、楽をさせてもらっているわ。あなた良く働いてくれるし……ありがとう」
差し出された碗を受け取った少女に、彼は言った。
「そんな指をしているのに? おれ、これでも半獣の民なんです。だから人族よりは頑丈で。気がつかなかった。ご主人さまの指が痛んでいたなんて」
少女は指を隠そうとしたが、碗を持っていたのでできなかった。それで「大した事はないわ」と言った。
「村の女たちは、みんなこんな指よ」
「あなたはおれのご主人さまです。他の人族とは比べ物になりません。体を休めて下さい。でないと、おれが銀月の君にしかられます。主人に苦労をさせるとは何事だって」
突然出てきた伯爵の呼び名に、不意をつかれて少女は赤くなった。
「ガイリス。あの。わたし昨夜……」
「はい?」
「ひ、氷玉の前で、寝ちゃった……の?」
否定してほしいと思いつつ恐る恐る言うと、少年はにっこりしてうなずいた。
「ああ、はい。良くお休みでしたので、閣下が寝所まで運ばれました」
「あなたが運んだんじゃないの!?」
「ご主人さまを運んだのは伯爵閣下です」
少女は真っ赤になった。なんて醜態を晒したのだろう。
「お客さまの前で泣きわめいて眠り込んだあげく、寝台まで運ばせるなんて……」
「スープがこぼれますよ。閣下は嫌がってはいませんでした。むしろうれしそうで」
「うれしいって、何で!」
「ご主人さまが、……ご自分を頼られたように思えたのでしょう」
ガイリスは答え、少女の手からスープの碗を取り上げると、テーブルまで運んだ。
「それがどうしてうれしいの?」
ぽかんとした顔になった少女に、半獣族の少年は苦笑した。
「そういうものです。ご主人さまは、銀月の君の姫君でもあられます。それも、閣下おん自らが名を明かしている。信頼されているように思えて、うれしいのですよ」
少女は首をかしげた。良くわからない。
「おれだって、ご主人さまから命令されるとうれしいですよ。頼って下さってるんだなあと思って。さ、どうぞ。さめちゃいます」
ガイリスはそう言うと、少女をテーブルの方にうながした。
「あ、ありがとう……いただくわ」
席につくと少女は、手を組んで頭を垂れた。治療を行う者の神と聖なる手の持ち主たちに祈りを捧げると、木の匙を取り上げ、スープを口に運ぶ。
「おいしいわ」
そう言うと、ガイリスはにっこりした。
「ご主人さまにそう言って、ほめてもらえるのもうれしいです」
「わたし、命令って……苦手なのよ」
少女が言うと、ガイリスは「知ってます」と答えた。
「でもおれは半獣の民で、あなたはおれのご主人さまです。おれたちは、序列をつけないと生きてゆけない種族です。あなたはおれより上の立場でいなければ。
そうでないとおれは多分、どこかがおかしくなります」
この言葉に少女は顔を上げ、彼を見た。
「初めて聞いたわ」
「話す必要があるとは思っていなかったので。でもご主人さまにはおれたちや魔族の方々の事について、ご存じない事が多いのではと……出すぎた真似でしたらお許し下さい」
「いいえ。話してくれてうれしいわ。序列……がいるの?」
「はい。でなければ混乱します。おれたちは群れで暮らす種族ですから、命令系統がはっきりしないと不安になるんです。魔族の方々にも、似たような所があります」
「魔族にも?」
「はい。魔族の方々は一族の当主に忠誠を誓い、当主は群れを率いるように一族を統率します。おれたちの感覚とは少し違いますが。
おれたちには序列が、とても大切です。名誉や命がかかっていると言ってもおかしくありません。
人族にはそれがわかりません。おれは、そっちの方が不思議です」
「そう」
「閣下が名を明かされたのは、本気で敬意を表したかったからです。魔族の方々は当主に名を捧げ、忠誠の証とする。閣下はご主人さまに最大限の敬意を払われました」
少女は碗の中身を匙でかきまわした。
「名を明かす事は命を預ける事、だから? わたし、ただの薬師なのよ。敬意だなんて」
「閣下がお嫌いですか?」
少女の手が止まった。匙をにぎりしめる。ガイリスは続けた。
「それなら、来るなとおっしゃえばそれですみます。閣下はそのお言葉に従って……」
「嫌いじゃないわよ」
ユーラはそう答えてから、うなるようにつけ加えた。
「だから困るんじゃない……」
「なぜお困りに?」
「人族は、好意を持つ相手を召使にしようとは思わないからよ。わたしがどうしてあなたに、名前で呼ぶよう頼んでいたと思うの」
ガイリスの顔に、血が登った。
「閣下を差し置いてそんな事は」
「友だち同志は名前で呼び合うのでしょう?」
妙な顔になった少女に、ガイリスは耳まで赤くなった。
「ご主人さまには、わかっておいででない。あなたがおれを名で呼ぶのは正常です。でもおれが呼ぶのは……お許し下さい」
「どうして?」
本気でわかっていない様子の少女に少年はうろたえ、「この説明はおれじゃ役不足です」とぼやいた後、咳払いをした。
「少し質問をさせて下さい。人族の女の方は、あの。誰か男なり女なりを床に、えー、共寝に誘う時には、どんな風に誘うんですか」
少女は横面を叩かれたような顔になった。
「何て事言うの!」
「ご、ごめんなさい。でもそれに近い事言われたんですよ、ご主人さまは」
少女は言葉をなくした。
「言った? わたしが? 近い事?」
沈黙した後、彼女はそう言った。ガイリスは小さくなっている。
「名前で呼ぶよう頼んだら、そういう意味になるの? だとすると……待って。だったら氷玉は、わたしにそういう誘いをしてたって事?」
少年は首をぶんぶんと振った。
「違います違います! 閣下の場合は違います! こういう説明慣れてないんですよ、おれ。でも閣下の場合は全然違いますから!」
「わからないわよ、わたしも全然。風習が違うっていうのはわかったけれど。わたしがあなたに名前で呼べって言ったら、……その、そういう意味になるの?」
赤くなった少女の前で、少年も赤くなった。
「光栄だとは思いますが……」
「そういう意味で言ったわけじゃないわよ!」
「は、はい。わかっています」
断言され、少年はちょっぴり傷ついたような顔をした。それに気づかず少女は言った。
「半獣族の人に名前で呼んでって頼んだら、そういう事になるのね? ともかく」
「ご主人さまの場合はそうです。でも相手に伽をお命じになりたいのなら……」
少女は匙を投げ出すと、手で顔を覆った。
「お命じにならないわよ。ああやだ、もう、恥ずかしい……ちょっと待って」
顔を上げると少女は、真面目な顔で尋ねた。
「わたし氷玉に名前で呼んでって言った?」
「はあ。その」
「言ったわよね。最初の夜に。じゃ、それは……魔族の場合は何か違う? 違っていたりする? それともわたし、氷玉に一緒に寝ましょうって誘ってたの?」
頼むから違うと言ってくれ。そんな思いのこもった視線を浴びせられ、ガイリスは居心地悪げに身じろぎをした。
「魔族の方々の場合は、意味合いが違ってくると……あの、おれ、そんなに詳しくないんですが。ただあの方々は普通、名前を呼び合う事はしません。圧倒的に地位の高い方が、下の身分の方を呼び捨てる事は許されますが」
「風習がないのね? そう言えば、名前は魔術の一つって……ロークが」
「ああ、はい。そうです。自分から相手に名を明かすのは、殺されても文句は言わないという信頼の意味があるんだそうで。確か」
少女は息をついた。
「命を預けるって、そういう意味なの……今度氷玉が来たら、尋ねてみるわ。お礼も言わないといけないし」
彼女は藁布団の方を見やった。マントは一応、たたんでおいた。あれも返さなければ。
「マントなしで、寒くなかったかしら」
「閣下は闇魔族ですから……」
「こういう些細な事を心配したくなるのよ、人族は。さめてしまったわね……」
スープを口にし、少女はそう言った。
「温め直しましょうか?」
「さめてもおいしいわよ、これ。薪も無限ではないのだし」
「いくらでも採ってきますよ」
「どこから?」
少女は顔を上げて少年を見た。
「使うのは、必要な分だけで良いの。他は残さなくては。それは大地の取り分よ」
「ご主人さまを温める薪が、必要でない事などありません」
「ガイリス」
強い調子で名を呼ばれ、少年は不満そうな顔をしつつ黙った。少女は言った。
「駄目よ。わたしはここで暮らそうと思っているの」
「はい……」
「食べるものを作って、木や草を育てて。長い間、ここにいようと思っている。必要以上に切ったり燃やしたりしていたら、ここには何もなくなってしまう。
わたしは土地を育ててもいるのよ。奪い尽くすのではなく」
「土地を……ですか」
「助けてもらっているのですもの。住まわせてもらって、食べ物を与えてもらっているわ。土地にもお礼をしなくてはね」
「良くわかりません。必要な物は奪うのが、おれたちのやり方です」
ガイリスは言い、少女は首をかしげた。
「奪ってばかりでは、なくなってしまうのではない?」
「ある所にはあります。奪われるのは弱いからで、それはその者が悪い」
「わたしは非力だわ。誰かに何かを奪われたなら、わたしが悪い事になるの?」
「とんでもない!」
きっぱりとガイリスは言った。
「ご主人さまのものは、ご主人さまのものです。誰にも奪わせたりはしません。そんな悪辣な事をする奴がいたら、絶対許しません」
「言っている事が矛盾していない?」
「どこがですか?」
「さっきは奪われた者が悪いと言ったわ」
「そうです」
「なのにわたしに関しては違うの?」
「当然です」
「どうして?」
「あなたはおれのご主人さまだからです!」
少女は困った顔になった。彼の言葉がなぜこうつながるのか、わからなかったのだ。
「おれ、何かまずい事言いましたか?」
その表情にガイリスが尋ねる。少女は迷ったような顔をしてから答えた。
「異種族間で意思の疎通をはかるのは、難しいものだと思っていたの」
「ああ、魔族の方々は理解するのが難しいですからね」
わかったと言いたげに少年が言った。少女は「そうね」とだけ答えた。
「でも銀月の君は、戯れで名を明かしたわけじゃないですよ。心配なさらなくても大丈夫です。心変わりはなさりません」
「別に心配しているわけじゃ……心変わりする魔族もいるの? 名前を明かしておいて」
「普通はしない。そんな事をする魔族は狩られる。一応、建前ではね。でもそれなりの大義名分が成り立てば、別」
声がして、二人は振り向いた。戸口に剣を背負った男が立っていた。少女は笑みを浮かべ、半獣族の少年は頬を強張らせた。
「ローク。いらっしゃい」
「久しぶり。歓迎してもらえてうれしいよ」
男は精悍な顔に人懐こい笑みを浮かべた。そこにいたのは人族を装った紫忌だった。
「で、歓迎ついでに。腕のたつ傭兵を雇うご予定はありませんかー? 力仕事全般、何でも引き受けます。
ちょーっとドジ踏んじゃって、雇い主から逃げてる所なんです。食事さえもらえれば働きますんで、しばらくここに住まわせてもらえませんかね」
ねねね眠い…。今日、睡眠、二時間半しか取ってないですよ…。もうちょっと進めたかったけど、妙なミス連発しそうな今の私。寝る事にします。
行かねばなるまい。まくらと布団が私を呼んでいる。(笑