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6.乱 1

 城内は慌ただしくなった。



「グウェン。何をしている」



 アロンがいつもより雑然としている図書室に入ると、そこには一族の若者がいた。八十になる彼はアロンの孫で、緑の髪とあい色の瞳をしている。驚いた事に彼は、帷子かたびらかぶとを身につけていた。



挨拶あいさつに参りました、祖父じじさま。同族の者たちと、三の扉に詰めます。城内に騎士の方がおられませんので、その代わりに」


「水の民は、城の運営を任される種族。戦闘は免除めんじょされている」


「ですが閣下の手勢はあまりに少ない。お見捨てするわけには参りません」



 アロンは孫の言葉に首を振った。



「われらは低位の魔族。貴族の方々とは比べ物にならん。三の扉には騎士が攻め寄せる。おまえなぞ、ひとたまりもない」


「わが一族は、閣下に恩義を受けております。先代さまはわれらを半端者とお呼びになり、半獣の兵士と同様か、それ以下の扱いしかして下さいませんでした。低位ではあっても魔族であると言われ、そのように扱って下さったのは銀月の君ではありませんか」


「グウェン!」


「祖父さま。わたしはうれしいのです。少しでも閣下のお役に立てる事が」



 若者は微笑んでそう言うと、アロンに一礼した。死を覚悟しているのが見て取れた。



「力の限り、城の護りをいたします。祖父さまにはどうか、おすこやかに」


「待て、グウェン」



 アロンは呼び止めようとしたが、若者はきびすを返し、部屋を出て行った。後を追おうとしたものの、彼を止める手だてを持たないとアロンは気づき、その場に立ち尽くした。



「愚か者が。戦は貴族の遊戯ゆうぎに過ぎぬ。あの方々は死にきょうじているだけ。われらの忠義立てなど、あの方々には何の意味もない」



 水の民の老人はつぶやいた。



「われらの忠義も、愛情も。あの方々には何の意味もないのだ。だというのにグウェン、愚か者が……」




  1




 銀魔狼が天に向かって吠える。月牙当主に従う魔獣は、一の扉の警護を任されていた。彼らは今、青闇の魔獣である青炎蛇に苦戦していた。貴族の戦は、位の低い者同志の戦いから始まる。


 銀の毛並みの魔獣は奮戦していたが、如何いかんせん、蛇の数が多すぎた。青く炎を上げる蛇は大地を埋めつくすかのように、次から次へと押し寄せる。蛇は己の保身をまるで考えぬ様子で、食いちぎられても、蹴散けちらされても、後から後から押し寄せて、魔狼に絡みついた。そこかしこで狼が悲鳴を上げ、絶命する姿が見受けられた。しかし彼らは一歩もひかず、押し寄せる蛇に向かって突撃を繰り返した。



「叔父上には良くもここまで、己が魔獣を無様に造った」



 蒼月闇の城の広間。玉座に座して頬杖をつきつつ、氷玉はつぶやいた。彼の前には巨大な炎の鏡があった。青白く燃えるそこには、戦の様子が克明に映し出されている。


 蛇の大半は、形が崩れていた。作戦らしき作戦もなく、ただ闇雲に押し寄せ、相手を喰らおうとする。戦に備えて青闇男爵は魔獣の数を充実させたらしいが、大量に増産させた為、知能の低い、形の粗雑なものばかりとなってしまったのだ。しかし彼はあえてそれを使う事に決めたらしい。数だけはあるそれを、次々と陣営から送り出している。



「捨て駒として、大量に投機とうきするか。あまりと言えばあまりな有り様。わが方の魔獣も良く戦ってくれてはいるが、このままでは全滅のに合うな」



 ため息をつくと彼は、側に控えていた半獣族の男に目をやった。



「グロフ。銀魔狼を退かせ、エメラダの隊を出せ。一の扉は捨てる」


「は」



 側に控えていた褐色の肌、こわい黒髪の半獣族の男は一礼すると、顔を上げ、高く吠えた。髪がざわざわと逆立ち、男の筋肉がみしみしと音を立てて膨れ上がる。狼の遠吠えに似たその声は、待機していた半獣族の兵士たちと、一の扉の前で奮戦していた魔狼たちの耳に届いた。扉が開き、銀魔狼たちは一斉に退却を始めた。後を青い蛇が追う。


 蛇たちは扉の中に入った所で、半獣兵の放った凍気とうきに包まれ、凍りついて砕けた。





 あお瑪瑙めのうの城では蒼炎を中心にして闇魔族の貴族が集まり、戦の趨勢すうせいを見ていた。


 彼らは城の広間にいた。玉座に蒼炎が一人座し、他の者は立っている。力関係を如実に現す配置だった。


 玉座の後方に彼の近習きんじゅうが一人立ち、一段下がった左右に二人の男爵が立っている。雪雅と他の騎士たちは離れた所に立って城同志の間に道を通し、空間をつなぐ作業を続けていた。そこから蒼炎は、魔獣や兵士たちを送り出したのだ。


 今、彼らの前には青白く燃える炎の鏡が浮かんでいる。騎士の一人が力を使って維持しているものだ。そこには氷玉の城のそれと同じく、戦の様子が映し出されていた。



「この魔獣はもはや、魔獣とは言えませぬな。完全にしょうを失っている」



 戦いを眺めていた華乱(からん)男爵雪綺(せつき)が言った。べに真珠しんじゅの字を持つ、白髪に朱鷺色の瞳、青白い肌の男である。彼は氷玉に滅ぼされた雪華せつが一族の血を引いていた。


 この言葉に事もなげに、蒼炎が答える。



「早急に数を必要としたゆえ、手持ちの魔獣を割って増やした。知能はなくしたが、この戦で役に立ちさえすれば良い。たかが魔獣、滅びた所で惜しくもない。あるじであるわたしの役に立つのだ。あれらも本望であろうよ」


「とは言え、趣味の良い戦とは言いかねますな、綺羅月の?」



 緋雨ひさめ男爵闌火(らんか)が言った。淡雪あわゆきの姫と呼ばれる彼女は少女の姿をしており、白い肌に白髪、薄紅色の瞳をしていた。彼女は彩一族の血を引いていた。これもやはり、氷玉に滅ぼされた一族である。彼女の言葉に蒼炎は口の端を歪めた。



「青闇の魔獣は青炎蛇せいえんへび。悪くはないが、銀魔狼には劣る。であれば、数を増やす他はなかろう、淡雪の? それともそなたらの魔獣、この戦に投入するか」


「これはそなたの戦でありましょう、綺羅月の。われらはそれぞれの一族の再興を願うがゆえに、こちら側についた。しかし当主に挑む者の戦を汚すつもりはありませぬ」



 闌火が答え、雪綺が後を続けた。



「当主の座を望むのであれば、現当主の前に出るまでは、自身の配下でしのぐべき。当主どのが先代に挑まれた際は、見事な戦いぶりであったと聞き及んでいる」



 蒼炎はいらだたしげな顔をした。



「あれは当主を僭称せんしょうした者にすぎぬ、紅真珠の。しかもこたびは月牙の誇りを地に落とした。当主などであるものか、血筋のわからぬはぐれ者が。


 だがわたしが当主の座につけば、全ては本来の姿に戻る。そなたらの一族の再興も認めよう。ゆえにわたしの前であの『名無し』、血筋の正しくない甥を、『当主どの』などと呼ぶな。虫酸むしずが走る」



 闌火と雪綺は視線を交わしあった。闌火が物柔らかな口調で言う。



「そのようにいたしましょう、綺羅月の。ところで氷魅の御方はいかがしておられます」


「蒼華には他にすべき事がある。案ずるな。われらが氷玉の前に出る時には、あれも参じよう」



 蒼炎がそう言った時、配下である騎士の一人が声をかけた。



「わが君。戦況に変化がありました」



 彼らは炎の鏡を見やった。そこでは一の扉が開かれ、そこを守って戦っていた銀魔狼が撤退を始める様が映し出されていた。退却する銀魔狼を追って、青い蛇の群れが城に突入する。血と炎が流れ、さらに攻防が繰り返された。やがて扉の前には蛇の残骸と、魔狼の死骸が残された。死に切れぬものもいくらかはいたが、それらは取り残される。



「わが方の魔獣が、一の扉を落としました」



 騎士の言葉に、蒼炎は微笑んだ。



「半獣兵に突入の用意をさせろ。魔獣を気にする事はない。どうせ知能がないのだから。氷玉の兵が魔獣と戦い、疲れた所を叩くが良い。まずは、一つ」


「存外もろいものでしたね。もう少しねばると思いましたが」



 蒼炎の近習、准男爵煌牙が言った。白銀の髪に真紅の瞳の彼は二百歳になる青年で、蒼炎の孫であり、氷玉には甥にあたった。彼の容貌はどことなく、氷玉に似ていた。もっと線が細く、酷薄な印象を漂わせていたが。



「あの僭主も今ごろは、歯噛みをして悔しがっておりましょう。わが君にはお喜びを申し上げます。正しき血筋の方に、次の扉もすぐに開かれましょう」


「当然だ」



 蒼炎は喉の奥で笑った。



「半獣兵、準備整いました」



 騎士の一人が告げる。「突入させろ」と蒼炎は命じた。




*  *  *




 炎がそこここで上がっていた。打ち壊された家屋が燃えている。



 グーヴェニクは得意の絶頂だった。即席に作られた火刑台の周りに、柴や薪が積み上げられてゆく。男たちに腕をつかまれた女は泣き叫び、助けてくれと懇願こんがんしていた。それすらも彼には己を讃える声に聞こえた。



「この女は、裏切り者だ! 闇魔族と通じた女の治療を受け、穢れたのだ! 穢れは焼かれねばならん!」



 げろり、と腹が鳴る。目玉が左右にぐりぐりと動く。おれは支配者だ。そう思いながら彼は叫んだ。おれは支配者だ。



「そうだ! 焼いてしまえ」


「火あぶりだ!」



 人々が叫ぶ。彼は女を指さした。



「この女は魔女を逃がした。その罪をつぐなわせるのだ! くくりつけろ!」



 男たちが女を引きずり、杭にくくりつける。残酷な見せ物の始まる予感に、人々は歓声を上げた。



  殺シタイ。



 笑いが腹の底からあふれそうになった。その時、叫び声が上がった。



「見ろ!」


「ああ、見て! 家が!」



 今にも火を放てと命じようとしていたグーヴェニクは、何が起きたのかと目玉を動かした。そして見た。あちこちで上がる炎に照らされて、小さな家が突然、現れたのだ。



「さっきまで何もなかったのに」


「魔術だ。あの女、やっぱり魔女だ!」



 人々は恐れ、怯えてその家からできるだけ遠ざかろうと、押し合いへし合いし始めた。怒りがグーヴェニクの中に起こった。おれが支配者だ。おれこそが支配者なのだ。なのに。



「おまえたち、恐れるな!」


 グーヴェニクはわめいた。



「まやかしだ! われらは正しき神に従う者。魔女に負けることがあろうか!」



 叫ぶ。おれは支配者だ。群衆は再び、おれの思い通りにならなければ。



「魔女を引きずり出して火あぶりにしろ!われらを恐れて隠れていたのだ! さしたる力は持っておらん!」



 人々はグーヴェニクの言葉にざわめいた。



「そ、そうだ、魔女は恐れてたんだ」


「隠れてたんだ、力なんか持ってないぞ」


「でも、魔女だ。何かされたら……」


「家に火をかけてしまえば」



 それでもまだ支配しきれていないと、グーヴェニクは歯噛みをした。もう一度村人たちを鼓舞こぶしようと彼が口を開いた時。



「魔女だ!」



 不意に誰かが叫び、ざわめきが消えた。その場がしんとなる。


 何が起きたのかとまじなは思った。首を伸ばして見ようとするが、背の低い彼には村人たちが邪魔で、何も見えない。ぴょんぴょんとはねてみたが、駄目だった。すると、人垣が割れた。彼はせりだした腹を手で抑え、ぎろぎろとした目玉を前に向けた。





 割れた人垣の間を、少女が歩いてくる。現れた家の扉から、こちらに向かってまっすぐに。


 栗色の髪にはしばみの瞳。粗末そまつな衣服にショールを羽織る少女は、小柄な上にやせっぽちだった。彼女はしかし顔を上げ、威厳いげんを持って歩いていた。まるでそこが王宮であり、自分が女王ででもあるかのように。側には少年と、赤い髪の女戦士。そして黒髪の女性。



「その人を放しなさい」



 グーヴェニクの前に来ると少女は、厳しい顔で命じた。



「わたしは薬師くすし。人の命を救うのが仕事。そのわたしの前で罪もなく、裁かれるいわれもない者を殺すなど、許しません。あなたがたは何をしているのですか。そこにいるのはあなたがたの隣人であり、家族である、良く知る女性ではないのですか」



 ゲク、とグーヴェニクの喉が鳴った。若い娘。輝いて見える。誘うように甘い香りがする。



「ジム! この人はアディではないの。あなたの妻、エイミの親戚でしょう。ジェイ。この人にあなたは、子守をしてもらった事があるはずよ。そのお礼がこれなの? シーラ。ミアも。この人を見捨てて平気なの? エニ村の人たち。彼女が誰か、みんな子どものころから知っているでしょう。他の村にも知り合いや、親戚の人がいるはずだわ。あなたたちは、何をしているの!」



 少女は周囲を見回すと、見知った顔を見つけては叱りつけた。名を呼ばれた男や女たちは居心地悪そうな顔になり、おどおどとした風に顔を見合わせた。さっきまでの興奮が去り、頭が冷えてきたのだ。しかし何をどうすれば良いのかわからない様子で、松明を持ったままうろたえている。



「アルシナ。お願い」



 少女に言われ、女戦士は堂々と歩いて行くと、杭にくくられたアディの綱を切った。泣きながら女は礼を述べ、転がるように薪の山から降りた。地面にへたり込む。


 その間、グーヴェニクは少女を見つめていた。これは、綺麗だ。



  殺シタイ。



 おれは支配者だ。



  殺シタイ。喰ッテシマイタイ。



 支配者だ。



「脅すまでもありませんでしたわね、姫君」



 黒髪の女性が微笑んで言った。悩ましい彼女の声と姿に、周囲の男たちは赤くなった。



「魔女め」



 グーヴェニクは言った。体が震えていた。怒りと歓喜と食欲で、脳が爆発しそうだ。



「魔女め魔女め魔女め! 穢れた女の分際でよくも出て来れたな! 捕らえろ! こいつを火あぶりにするんだ! さもないと闇魔族が攻めてくるぞ!」



 村人が少女たちから後ずさった。呪い師の言葉に衝撃を受けたのだ。その様を見てグーヴェニクは叫んだ。



「そうだ、闇魔族だ! こいつも仲間だ、殺さないと災いを呼ぶ! 火あぶりだ、火あぶりに、にににに、」



 げろり、と腹が鳴った。体の内側で何かが膨れ上がる。ぎちぎちと音を立てて肉や骨が引っ張られる。飛び出てくる。何かが。



「にににィィィィィアアアアアッ」



 悲鳴が上がった。呪い師の体が膨れ上がったかと思うと、血と肉をまき散らしてはじけたからだ。彼の腹からは触手が何本も現れ、勢いよく四方八方に伸び、周囲のものを手当たり次第に貫こうとした。



「うざったい!」



 しかしそれは果たせなかった。その一言と共に、アルシナが触手を断ち切ったからだ。彼女は呪い師の変化が始まったと同時に跳躍し、腕を一閃いっせんさせていた。風が目に見えない刃となって触手を斬った。彼女が地面に降り立つと、ばらばらと落ちた触手が、地面の上でのたうった。



「憑いた妖獣も制御できぬ、成り損ないが。姫の御前おんまえに醜き姿をさらすでないわ」



 吐き捨てるように言う彼女の髪は逆立ち、唇からは牙がのぞいていた。瞳が獣のように光っている。



「は、半獣……」


「半獣族だ!」



 村人は呪い師の変貌よりも、アルシナの姿に衝撃を受けたようだった。怯えて逃げ出そうとする。



「あの触手に貫かれれば命はなかったものを。助けた者に対する態度がこれとは」



 イリリアが言った。彼女の腕の中にいたユーラは、いつの間にこんな事になったのかという顔をした。イリリアは微笑みかけた。



「今しばらく、このままで。あの呪い師、御身を狙っているようです」



 ユーラははっとなり、男の方を見た。触手を斬られた呪い師が、こちらを見ていた。いや、もう呪い師ではなかった。人ではない何かに男は変貌していた。ねとねとした体液に全身を覆われ、緑色になった皮膚をぶるぶると蠕動ぜんどうさせている。ぎょろりとした目玉がこちらを向き、長い舌が裂けた口から出た。前かがみの姿勢で四つんばいになると、それはニイ、と笑った。



「き、きれい、キレイ、ホシイ、欲しい、喰いたい、喰イタイ、」



 そう言うとグーヴェニクであったものは、ユーラに向かって飛びかかった。




*  *  *




「で、ここはどこなんだ」



 紫忌しきが言った。レサンの村に移動するはずだった彼と青雅せいがは今、違う場所にいた。



「向こうに見えるのは黒竜の峰だな。方向が全然違うじゃないか」


「申し訳ありません。途中で道をねじ曲げられました」



 緊張した面持ちで、青雅が言った。紫忌は武器を手にした。



「あれをどうにかしないと駄目って事か」


「おそらくは」



 二人の視線の先で闇がゆるやかに分離し、過剰かじょうなまでに装飾品を身につけた闇魔族の少年が現れる。青みを帯びた白髪に真紅の瞳を持つ、美しい少年である。彼の顔だちもまた、氷玉に似ていた。青雅ほどではなかったが。



「役立たずにも程がある。足止め一つできぬのか、青雅? わが君のご寵愛ちょうあい深きこのわたしが見張っておらねば、取り返しのつかぬ事になる所であったわ」



 少年は紫忌を無視し、青雅に向かって尊大な口調で言った。傲慢ごうまんな表情には嘲りの色があった。



「役立たずは役立たずなりに、その体を使ってでもお役に立てば良かったものを。それとももう、そのまがい物とは寝たのか。それでいてなお役目を果たせぬとあらば、目も当てられぬ」



 態度にも言葉にも、青雅をおとしめようとの悪意があふれていた。青雅の方は黙ってその言葉を受け止めている。特に何かを言うつもりはないらしかった。



「なんだこのちゃらちゃらした、いけ好かない小僧は。知り合いか、青雅」



 しかし紫忌は違った。装飾品だらけの少年を呆れたように見ていたが、あっさりとそう言った。少年の頬がぴくりと動く。けれども人の血を引く紫忌を相手にするつもりはないらしく、彼は無視する態度を取った。仕方なく、青雅は答えた。



「この者は燐華りんか。綺羅月の君の騎士の一人です」



 紫忌は「ふうん」と言うと、燐華に向かって尋ねた。



「ご寵愛深きって事は、あんた、叔父君の稚児ちごかい?」



 あからさまな言葉に、二人の闇魔族は凍りついた。



「前から思ってたんだが、綺羅月の叔父君ってミョーに兄上に執着してないか? 取り巻き連中がみんな、兄上に似てるんだよな」



 構わず紫忌は、ずけずけと言った。青雅は慌てて止めようとした。



「閣下」


「叔父君がおれのこと、稚児だ稚児だって言い続けるのってさ。あれ結局、嫉妬?」


「閣下……あの」


「要は兄上にフラれたって事だよな。それで似たようなの側に置いて、心の慰めにしてるとか? うわ、ありそうで怖い」


「閣下!」


「この小僧も顔だけは、ちょっと似てるわ。品格や威厳がないから、全然違って見えるけど」


「こ、この、無礼者が……! わが君はなぶる程度で良いと言われたが。おまえなど、八つ裂きにしてくれる!」



 あくまで紫忌を無視するつもりで黙っていた燐華だったが、この言葉の数々に、ついにそう怒鳴った。怒りに身を震わせている。青雅は肩を落としてため息をついた。



「状況を悪くしてどうするのです」


「ごめん、おれって正直だから」



 にやりとして紫忌は武器を構えたが、青雅は紫忌の前に出ると、彼をかばって立った。



「おさがり下さい。ここはわたくしが」



 自分より華奢きゃしゃな相手にかばわれた男は、武器を構えたまま情けない顔になった。



「おれの方が守られる乙女役なの?」



 燐華は嘲るような顔になった。



「抱かれて情を移したか。見下げ果てた奴だな、青雅」


「いや、おれ抱いてないし。ってか、そんな時間がどこにあったよ?」



 紫忌が困った顔で言う。無視して燐華は続けた。



「おまえなど、わが君のご寵愛を受ける資格もないわ。この燐華がここで成敗してくれる。紛い者と寝た裏切り者」


「だからそんな時間がどこに……ご寵愛を受ける資格? 叔父君の稚児だったの、青雅」


「戦いの前に気を散らすような事を言わないで下さい、閣下。第一、面と向かって尋ねるような事ですか」



 迷惑そうな顔で青雅が言った。



「すまん。ちょっと気になったものだから。いや、叔父君の趣味って無茶苦茶悪いと思ってたんだよ、この小僧見て。よくこんな出来の悪い紛い物、側に置いとけるなってさ」


「な……」



 燐華はこの言葉に、まなじりをつり上げた。



「だってそうだろう、そこの小僧は兄上の複製だよ。なっちゃいないがね。こんなの眺めて喜んでるようじゃ、綺羅月の君も大した事はない、そう思ったのさ。その態度。喋り口調も。兄上の真似だろう、燐華とやら?」



 紫忌はにやりとして燐華に言った。



「板についてないぜ。ひでえもんだ。青雅を少し見習うんだな。


 少し話しただけでわかった。こいつは自分で自分を作ってきた。自分と呼べるものを持ってる。


 だが燐華、おまえにはない。どう見ても空っぽだ。おれはさ、青雅。おまえが叔父君の愛人だったとしたら、叔父君の趣味もそこまでひどくなかったんだと思ったのさ」



 青雅の頬がうっすらと染まった。



「ありがたきお言葉なれど、閣下」



 頬を染めたまま、彼は言った。



「相手をますます怒らせて、どうするのです」



 燐華は激怒していた。怒りのあまり、呼吸が困難になっているようだ。今にも泡を吹くのではないかと紫忌は思った。



「わが君を侮辱しただけでは飽き足らず、わが名を呼び捨て、あげく、この、無礼の数々ッ。ただでは済まさぬ。生まれてきたのを後悔するような目に合わせてくれる!」



 ようやく息がつけるようになると、燐華は宣言した。



「じゃ、後は任せるし」



 青雅の肩をぽんと叩くと紫忌は言った。思わず青雅は非難のまなざしを彼に注いだ。



「相手をやる気満々にしていただいて、お礼を言うべきでしょうか、閣下?」


「だっておまえ、あんなのに負けたりしないだろ」


「は?」



 紫忌はにっと笑った。



「それぐらいの実力はあるだろう。それとも自信がないか?」



 からかうような口調で言われ、青雅は紫忌を睨んだ。こう言われては引き下がれない。



「わかりました。さがっていて下さい」



 そう言うと紫忌は、気楽な調子で言った。



「期待してる。なるべく早くな。危なそうなら加勢してやるから存分にやってくれ」


「お手をわずらわせるほどの事もありません。わたくし一人で十分です」



 そう言うと、青雅は燐華に視線をやった。



「この程度の者をあしらえずに、騎士は名乗れませぬゆえ」


「言ったな、この出来損ないが!」



 燐華が叫び、宙から炎を呼び出した。両腕にまといつかせたそれを、青雅に向かって放つ。




 戦闘が始まった。


青雅、この先苦労しそう…。

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