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永き夜の大陸 〜光の姫 闇の王〜  作者: ゆずはらしの
第五章 上がる火の手
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5.上がる火の手 2

  2



 グーヴェニクは闇の中で赤々と燃える火を睨んだ。廃屋はいおくが燃えている。


 村人たちはそれを見て喜んでいるが、彼は不満だった。せっかくまじない師として力を振るい、権力を手にする機会に恵まれたと言うのに。闇魔族と関わったけがれた女は、その姿を隠してしまった。



 女ヲ殺シタイ。



 身の内にぞろりと沸き上がった憎しみに、彼は口を歪めた。闇魔族と関わった女。自分を差し置いて、権力を与えられようとした女。

 


  殺シタイ。


 

 この憎しみを鎮める何かが欲しい。廃屋など、いくら燃やしても足りない。



  殺シタイ。



 げろり、と腹が鳴り、左右で違う方を向く目玉が動いた。よたよたと歩くと彼は、周囲を見回した。何でも良い。生贄いけにえがいる。見回した先に、やつれた女がいた。確か、穢れた女に治療を受けた事があると言っていた。



「裏切り者だ! この女は、裏切り者だ!」



 ゲクゲク、と喉の奥で笑うと彼は、声を張り上げて女の腕をつかんだ。女の顔に、驚愕の色が走る。「そんな事はしていない」と言う彼女の頬を張り飛ばし、彼は女を人々の前に突き飛ばした。



「こいつが穢れた女を逃がした! 治療を受けたからだ。こいつも穢れているんだ!」



 げろり、とまた腹が鳴った。彼は叫んだ。



「連れていけ! 火あぶりにしろ!」



 燃え上がる炎に興奮していた群衆は、彼の言葉にたやすく乗った。声を上げて女につかみかかると、殴ったり蹴ったりしてから引きずり始めた。女は悲鳴を上げ、逃げようとしたが果たせなかった。火刑台の準備が整えられ、薪が積まれる。



「火あぶりだ!」





 グーヴェニクは満足だった。人々は彼の言葉通りに動いている。おれは支配者だと彼は思った。おれこそが、支配者なのだ。




*  *  *




 城の自室で氷玉ひぎょくは椅子に腰かけ、物思いに沈んでいた。日が沈んでより一刻。闇魔族の世界が再び始まってより一刻だ、と彼は思った。昼の間は否応なしに、われらは世界を失っているのだから。


 紫忌の言う通り、貴族の間に妙な動きがある。しかし氷玉は動きが取れなかった。一族当主は配下の貴族を統率すると同時に、庇護ひごする立場にある。無闇に討伐とうばつを行えば、他領の当主が難癖なんくせをつけてくるのは必至だった。それを口実に、戦を仕かけられる可能性もある。己の地位にさして執着はなかったが、ユーラを守る為にも自身の立場は磐石ばんじゃくでなければならない。となると、今は相手の出方を見るしかない。


 もう一巡月、彼女に会えない日々が続いている。



「早く何か仕かけてくれぬものか。返り討ちにし、心置きなく姫の元に向かうものを」



 伯爵はつぶやくと、ため息をついた。少女の面影を胸の内にたどる。『眠りの中か、目覚めているのか』という言葉の意味が、わかった気がした。


 会うたびに目のくらむ心地がする。感じた事のない衝動に襲われ、それを幸福だと感じる自分がいる。


 彼女を見ると、胸の奥で泡が弾ける。そうして自分自身も泡になって沸き立っているような心地になる。彼女は、不思議だった。奇跡のような、あり得ざる存在だった。ただ存在しているだけで氷玉をもろくし、不安を覚えさせ、愚か者にし、彼の名誉を意味のないものにした。それでいて、彼は幸福なのだった。彼女の微笑みを見る事ができるだけで。



「夢とはこのようなものだろうか」



 そうつぶやいた時、家令がやって来た。



「わが君。青闇男爵さまより、開戦の口上役が参りました」



 氷玉は立ち上がった。これでやっと事態が動く。





 謁見えっけんの場に氷玉が入ると、闇魔族の貴族が一人、広間の中央に立っていた。二、三百歳とおぼしき青年の姿をしている。彼は氷玉の姿を見て一礼した。柔らかく波うつ白髪に、銀朱の瞳。繊細な造りの美しい顔には今、緊張と懸念の色がある。



口上こうじょうを述べよ」



 氷玉が言うと、彼は進み出てもう一度、当主に対して礼を取った。



「わが君にはご機嫌麗しく。わたくしは雪雅せつがじゅん男爵だんしゃくの位を持ち、あお瑪瑙めのうの城に居を定めし者。盟友たる青闇男爵の依頼を受け、ここに開戦の口上を述べに参りました」



 氷玉は何も言わない。雪雅は続けた。



「男爵におきましてはこのたび、伯爵閣下には当主の振る舞いに自覚に欠ける所ありとの見解より、闇魔族の貴族、また一族の者として、閣下に挑まれるお覚悟に至りました。不幸な巡り合わせとは言え、これも貴族の高貴なるつとめ。男爵はその責を、喜んで担うつもりであるとの事にございます。つつしんで、その言葉をここにお贈りいたします」


「しかと聞いた。当主たるわれに挑むとは、愚かなる振る舞い。謀反を起こさんとする愚か者、青闇男爵をわれは討伐する。男爵にくみする者も同罪に連ねる。逆心なくば離れよと、配下の者に告げよ」


うけたまわりました」


「では行かれよ。そなたも己が道を選び、存分に戦われるが良い」



 この言葉と共に、雪雅は退出するはずだった。しかし彼は動かずに氷玉を見上げた。



「閣下。わたくしはいまだ信じかねております。あなたほど当主に相応しい方は、他におりませぬ。そのあなたが、愚かな振る舞いをなさったなど」



 氷玉は口許に微苦笑を浮かべた。



「そなた、何を聞いた」


「あなたが……事もあろうに、人族の娘に膝を折ったと」



 雪雅は口にするのも汚らわしいという口調で言った。氷玉はほう、という顔になった。



「蒼炎はそれを耳にしたのか。しかし存外と遅かったな。あまり良い細作を使っておらぬのではないか? わたしは今少し、早く動くと思っていた」


「わが君。ごとはそこまでに。まことではありませぬでしょう、人族など」


「事実だ」



 雪雅は衝撃を受けた顔になった。



「それは一族への裏切りです」


「なさねばならぬ事をしただけだ。そなたも、かの姫を見れば理解できよう」



 静かに言う氷玉に、雪雅は首を振った。



「わかりませぬ。わたくしには。理想の当主であられたものを……せめて否定なさって下されば、わたくしはあなたのがわに立てたのに」


「そなた、蒼炎の城の者ではないのか」



 怪訝けげんな顔で氷玉が言うと、雪雅は悲しげに目を伏せた。



「あの方の城に居を定めはいたしましたが、わたくしにとっての主君はあなたでした。しかしこうなれば貴族の誇りと名誉の為、やいばを向けねばなりません」



 氷玉は息をついた。



「そうか。つらい所ではあるな。したがこれも貴族のさだめ。そなたはそなたの正義をなすが良い、准男爵」



 反逆の意思を示した蒼炎は呼び捨てるが、自分の名を呼び捨てない事で尊重してくれた当主を、雪雅は見上げた。彼と戦いたくはなかった。しかし雪雅は青闇男爵の使者であり、最後に確認した事で道は決まってしまった。



「当主にも、気高き戦をなさいますよう」



 ただ敬意だけは払いたかった。このような場合、品位さえ保てれば、相手を侮蔑する言葉を述べても良い事になっている。互いの立場が明確になるからだ。だが彼はあえてそうせず、こう言った。その思いは氷玉にも伝わったらしい。



あざなは何と言う」



 そう問われ、雪雅は答えた。



いまだ持ちませぬ」


「ではこれより先は、〈六花りっか〉と名乗るが良い。そなたの名の一字を意味する」



 当主自らが配下の者に字を授ける事は、滅多にない。それはよほどの功績を上げた者か、気に入られた者の特権だった。雪雅は驚いた顔になり、ついで深く頭を下げた。



「ごこうじょうたまわり、感謝の極みにございます。こののちは、そう名乗らせていただきます」



 この方と戦いたくはない。その思いが強くなった。だが去らねばならない。




 今一度礼を取ると、彼はその場を去った。





*  *  *




 蒼月闇そうげつやみの城に向けて、青闇あおやみ男爵の手勢が進軍を開始したのは、それから半刻もしない内だった。


 旗印となったのは、青闇男爵蒼炎(そうえん)。彼を支援する貴族に、華乱からん男爵雪綺(せつき)緋雨(ひさめ)男爵闌火(らんか)准男爵じゅんだんしゃく煌牙こうが、そして准男爵雪雅(せつが)


 配下の者として、騎士位の闇魔族が数名。後方の支援を氷刃ひょうじん男爵蒼華(そうか)が約束しており、各々の貴族が連れて来た半獣の兵士と魔獣たちが、続々と彼らに従う。


 対する氷玉には、味方につく闇魔族はいなかった。氷玉の戦力はそれゆえに、彼自身と城詰めの水の民、側仕えの半獣の兵士、そして警護の魔獣のみだった。



 城の最初の扉の前で、攻防が開始される。


 空には少し太った半月がかかっていた。


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