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1 weeks ago - ホワイトクリスマスはいらない -

クリスマスの1週間前。

女子高生はなぜホワイトクリスマスをいらないと言ったのか?

ライト系。

 わたしには好きなものが山ほどある。

 嫌いなものも同じくらい山ほどある。


 チョコレートケーキが好き、でも生クリームたっぷりのケーキは嫌い。

 色は青が好き、でもピンクは嫌い。

 キョウコちゃんは好き、でもマミちゃんは嫌い。

 お母さんは嫌い、お父さんも嫌い。


 夜は好き。

 だってもう寝るだけだし。楽ちん楽ちん。

 部屋で一人でいられるのもいい。好きな本を読んで、好きな音楽を聞いて。飽きたらベッドに寝転がってぼーっとする。いつまでぼーっとしていたっていい。


 でも朝は嫌い。

 起きるのが辛いから。

 特に十二月にもなると布団から出るのもきつい。

 外に出るのはもっと面倒。冷たい風があたって、ほっぺが真っ赤になってしまう。いくらリップクリームを塗っておいたって、唇はがさがさになってしまう。


 でも外に行かないわけにはいかない。行くべきところがあるから。そう、学校のこと。そういう義務めいた状況も嫌い。強制されるのがすごく嫌い。勉強なんてやりたくなったらやればいいじゃないか。ずっとそう思っている。


 そんなわたしの考えが変わるきっかけがあった。

 この夏のことだ。


 その夜、休み前でわたしは思いっきり夜更かしした。読みたい本があったから。そこに本があったから。だから休みって大好き。


 読み終えたら、カーテンごしにも外が明るくて太陽が昇り出したことに気がついてうれしくなった。


 シャッと勢いよくカーテンを開けたら、思った通りよく晴れていた。今日はいい天気だ。よし、寝よう。そう思った。


 と、窓の下、道路を歩いている人がいることに気づいた。こんな時間からどこかにでかけるなんてわたしとは真逆の人だわ、などと冷めた思いでついじっと見ていたら、その人がふいに顔をあげた。


 目が合った。


 まさか目が合うなんて思っていなかったからすごく慌てた。だから思わずしゃがんで窓の下に隠れた。しばらくして、もういなくなっているだろうと思って頭だけを出して覗いたら、その人はまだいた。まだいて、しかもこちらをじっと見上げていた。


「うわっ」


 大げさなくらいに驚いてしまった。これも徹夜をしたせいでハイになっていたからだと思う。断じてそうだ。

 その人は目をぱちくりとさせ、それからくしゃっと顔をほころばせた。まったく悪意のない笑顔。わたしを馬鹿にするようなものじゃなくて、ただ面白いから笑っただけ。その人の笑顔はそういう笑顔だった。それくらいはわたしにも分かった。だからわたしもお返しに笑ってみせた。


「うわっ、なんて久々に聞いたな」

「ご、ごめんなさい」

「いいよ謝らなくて。ありがとうって言ってるの」

「へ?」


 今度はこちらが目をぱちくりとする番だ。するとその人はもう一度同じ笑顔をわたしに向けてきた。


「面白いものをありがとう」


 じゃ、とその人は言うと、てくてくと歩いていった。太陽の昇る方へ。まぶしくて見ていられなかったけど、わたしは頑張ってその人の後ろ姿を見続けた。目が痛くなったけど、ずっと見続けた。


 *


 それからわたしは毎日同じ時間に窓から外を眺めた。休み前は徹夜して、平日はアラームをかけて、窓際にスタンバイした。すると分かった。その人は週に一回、金曜日の朝にうちの前を通るんだ、と。


 それが分かってからは金曜日の朝が待ち遠しくなった。もう朝が嫌いなんて言わない。ううん、大好きになった。


 その人は毎週金曜になると、いつも同じようなシンプル――つまりださい服を着て、同じような足取りで歩いてきた。秋になり、半袖が長袖になった。冬になり、コートを羽織った。けれど、その人自身は何も変わっていなくて、いつも同じように向こう側、夜の支配する国から太陽の国を目がけて進んでくるのだった。さながら冒険者のように。


 季節が移り変わっても、その人が現れるのは太陽が昇った直後と決まっていた。


「おはよう」


 わたしが声をかけると、


「おはよう」


 冒険者も返してくれる。


 いつからか、わたしはこの定型めいた挨拶の後に気の利いたことを口にするようになっていた。そう、一週間かけて練りに練った決め台詞を放つのである。たとえばある日はこう言った。


「太陽がまぶしくないの?」


 すると冒険者はこう答えた。


「まぶしかったらサングラスをかけるさ」


 それもそうかと納得していると、冒険者はいつの間にかいなくなってしまう。いつもあっという間に行ってしまうのだ。そんなに太陽が恋しいのか。


 冒険者を少しでもつなぎとめておきたくて、もっとうまいことを言おうと頑張るものの、うまくいった試しはない。


「どこに行くの?」「あの坂の向こう」

「何をしているの?」「歩いているんだよ」

「なんで秋って葉っぱが赤くなったり黄色くなったりするんだろうね」「葉っぱに訊いてみたら」


 こんな感じで一言以上の会話が進まないのだ。初めて目が合ったときのような最高の笑顔を見ることはできないし、足も止めてくれない。そしてあっさりと行ってしまう。

 

 でもわたしはいらついたりしなかった。それどころかわくわくしていた。どうにかしてあの人をもっと喜ばせてやるんだ。そしてまた「ありがとう」って笑ってもらうんだ……と。


 もうそれは一種のゲームだった。


 *


 この世はゲームだらけなのかもしれない。


 たとえば、学校ではどれだけ女子らしくかつ友達らしくふるまえるかが試される。


 今これを言って正解? 不正解?

 これをしてよかった? あれをすればよかった?


 夕方にもなるとくたくたになる。いつだって及第点をとらないとこの世では生きていけないのだ。まさにサバイバル。


 家でもそう。

 どれだけ純粋無垢な娘としてふるまえるかが試される。


 お父さんをよいしょして。お母さんの望むように受け答えして。

 すごく疲れる。けれどやめるわけにはいかない。

 だって、わたしがそれをやめたらこの家族はだめになる。


 もう我が家は崩壊寸前、いや、実際は壊れているんだろう。お父さんはお父さんの仕事しかしない。お母さんもお母さんの仕事しかしない。わたしもわたしの仕事しかしない。

 誰もお互いの本当の姿を見ようとはしないし、見たくもない。


 だけど毎週金曜に冒険者を笑わせるというミッションは、日常にある不愉快なゲームとは違っていた。つまり、純粋に楽しかったし、負けても何も問題がなかった。


 日常のゲームは、いつだって失敗が許されないから。


 *


 そして、もう十二月も半ばになって。

 たまに吹く風に凍えるような季節の到来を感じられるようになったこの日、わたしは冒険者にこう声をかけた。


「サンタクロースっていると思う?」


 この頃にはもう分かっていた。わたしの質問はいつだって軽い。全然だめ。今日も口に出してみて、あまりの幼稚さに思わず舌打ちしそうになった。冒険者は今日も笑顔にならなくて、わたしは今日もゲームに負けるんだろう。そう思っていた。


 けれど、なぜか今日は違った。

 冒険者は足を止めて二階のわたしのほうを見上げてくれた。


「いると思うよ」

「え? 本当にそう思う?」


 そんなふうに答えてくれるとは思っていなかったから、驚きのあまり食いついてしまった。だって、冒険者は現実の厳しさや荒波しか好まなさそうだったから。


 そしたら、冒険者は笑顔になった。


「うん。そう思うよ」


 ああ、初めて会ったときと同じ笑顔だ。

 嘘なんて一つもない本物の笑顔だ――。


「じゃあお願い事をしたらサンタクロースがかなえてくれるのかな」

「欲しい物があるなら親に買ってもらったらいいじゃないか」


 子供扱いされてむっとした。本当は、あのブランドのあの財布がほしいなって思っていたんだけど、そういう物欲的な発想が急に子供っぽく思えた。だからわざと顎をつんとあげてみせた。


「おあいにく様。わたしがかなえてほしいことは物なんかじゃないわ」

「へえ。じゃあ何」


 少し見開かれた目にうれしくなった。

 興味をもってもらえたから。


「雪を見たいの。クリスマスの日に」

「雪?」

「そう、ホワイトクリスマス。サンタクロースじゃないとかなえられないでしょ?」

「何のために雪が必要なの?」


 ちょっとどころではなく馬鹿にしたような声音にわたしはむっとした。


「必要かどうかじゃないの。ロマンなの、ロマン。分かる?」

「分かるよ。知らないのはそっちのほうだろう」

「知ってるわ!」

「しー。声が大きい」


 そういえばまだ朝も早い時間だったと、あわてて自分で自分の口を押える。


「でも知ってたらホワイトクリスマスなんて望まないと思うけどなあ」


 つぶやくような声が聞こえて冒険者を見たら、案の定、もう太陽に向かって前進を開始していた。太陽が逃げるとでも本気で信じているのだろうか。


 あともうちょっとでこのゲームに勝てる。

 そういう自信がここにきてようやく生まれた。

 こうなったらクリスマスまでに絶対に勝ってやる。わたしはそう心に決めて、次の金曜を待った。


 しかし、その日。冒険者は現れなかった。勇んでいつもよりも早くからスタンバイしていたのに、冒険者はいつまで待っても現れなかった。学校に行く時間までねばってみたけど現れなかった。太陽はきちんと決まった時間に現れたというのに。


 今年のクリスマスは金曜で、一週間後。つまり、このゲームに勝つためには、クリスマス当日の朝に「ありがとう」と言ってもらうしかない。


 どうしよう、どうしよう。

 わたしはなぜか焦っていた。なんでこんなに焦るんだろう。こんなのただのお遊びのゲームだったはずなのに。負けてはいけない日常のそれとは違うはずなのに。


 でも考えたって仕方ないのだ。わたしは負けたくない。そう思っている。それこそが真実なのだ。


 *


 クリスマスプレゼントはどうする? と両親に訊かれた。わたしはいらないと答えた。すると二人の眉がひそめられた。わたしの回答は不正解だったのだ。


 両親は自分たちの権威を保てるような、自分たちが施しを与えて娘が感謝する構図を求めている。そんなのは分かっていた。だけどわたしは自分に嘘をつくのがもう嫌になっていた。


「いらないの、本当に。欲しい物が何もないんだもん」


 もうあのブランドのあの財布なんて欲しくなくなっていた。今使っている財布はまだ十分しっかりしているし、買い替える必要なんて本当はないのだ。


 わたしはもう子供じゃない。リボンやひらひらなんていらない。

 両親からは大きなバツをもらったけれど、もういいやって思った。


 あ、分かった。

 突如ひらめいた。

 そうだ、冒険者にはこう言えばいいんだ。


 でもクリスマスの朝、家の前を冒険者が通らなかったらどうしようもない。


 だからわたしは大きな紙を買ってきて、そこにでかでかとマジックペンでその言葉を書き、そして窓に貼った。


 これでいつ冒険者が通っても大丈夫。そう、冒険者はもう太陽を征服してしまっているのかもしれないから、次のクエストのためにいつ現れるのかは分からないのだ。


『サンタクロースには本当にほしいものをお願いしました』

『わたしはロマンを知っています』

『ホワイトクリスマスはいりません』

当時本作品を執筆したその年、クリスマスは金曜日でした。

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