3 weeks ago - 君も今日からラブデストロイヤー -
クリスマスの3週間前。
ラブデストロイヤーに採用されるためには?
ブラックユーモア系。
やあ諸君。
ラブデストロイヤーの基地へようこそ。
これよりクリスマスのための特別採用試験を始めることとする。
え?
ラブデストロイヤーとは何かって?
君、そんなことも知らずにここにいるのか。
ラブは愛、デストロイヤーは破壊者だよ。Destroyは破壊する、これにerを付ければ破壊する人、つまり破壊者だよ。そんなこともう学校で習っているだろう。
何?
英語くらい分かるって?
ラブデストロイヤーが何をする人なのかって?
君、本当に英語が分かるのかい?
だからさっき言っただろう、ラブは愛、デストロイヤーは破壊者なんだよ。二つをつなげてごらん。愛の破壊者だよ。愛を破壊する人のことを指しているんだよ。試験でもこんな簡単な問題は出ないよ。
ああ、なるほど。
君は我らラブデストロイヤーの何たるかを知らずにここにいるわけか。
友達に連れてこられたのかな。いや、君のその容貌からしてそれはないな。合格者だけのご褒美、食べ放題飲み放題ツアーにつられて来たってところだろう。違うかい?
いやいや、ここは別に恥じらうところではないよ、君。
何? 恥じらっているんではなくて馬鹿にされたと思ったんだって?
ああ、だから君はそんなふうにぷるぷると震えているのか。漫画や小説の世界でよく使われる誇張表現かと思っていたけど、本当に起こるものなんだね。実際にこの目で見られるなんて、僕はついているなあ。
おやおや、今度は赤くなってうつむいてしまったよ。
ほら、顔をあげてごらん。
今日はこんなにいい天気だよ。十二月にこれだけ陽気のいい日はめったにないよ。そんなふうに下ばかり見ても面白い物は何もない。
さあ、ではあらためまして。
ラブデストロイヤーの採用試験にようこそ。
さっきのような人もいるからね、ここできちんと説明をしておこうか。
我らラブデストロイヤーは、この世から愛を滅ぼすための破壊活動を行っている。
ああもちろん、物理的な破壊活動はしていない。そんなことをしたらあっというまに警察に捕まるよ。僕たちはそんな愚かなことはしない。愛を滅ぼすために自分を滅ぼしてどうするんだ。
僕たちはね、愛することの愚かさをこの世に説いている。君たちもここに来ているくらいだから少しは僕たちの思想を理解しているんだろうが。ああ、さっきの君は別としてね。
愛って本当に良くないものだよね。そう思うだろう?
愛によって人は簡単に自分を見失う。それまでの価値観を覆すことを良しとしてしまう。これだけ長い間培ってきた己自身ともいうべき価値観を、だよ? なんて恐ろしいことだ。
そして愛を知った者の多くが愚かになり怠惰になる。憎しみに駆られ絶望する。最悪の場合、死が待っている場合もある。相手だけではなく自分も含めて、ね。命は何よりも尊いもののはずなのに、だよ?
だったら、愛は壊すしかない。
そう、僕たちの活動は命を守るためのものだ。だから、ヒーロー物の正義の味方とやっていることは同じだろうね。
おや、さっきの君。なんだい?
愛には良い面のほうがたくさんあるはずだって?
うむ、君の主張はもっともだよ。君の言い分は反論集の第一行に記載されるべき模範解答とも言えるね。
じゃあ、僕のほうから質問だ。
君の言う、その愛の良い面というのは何だろう。
ほうほう、なるほど。
癒し、信頼、喜び、幸福。
君はすごいね、即興でそれだけ言葉が出てくるんだから。
もしかして君はラブエンジェルの一員かい? いや、それはないか。
ああ、やっぱり違った。そうだね、君がラブエンジェルのメンバーのわけがない。
ラブエンジェルとは、我らラブデストロイヤーと敵対する奴らのチーム名だよ。名前は可愛らしいけど、目的は愛の啓蒙、そのためにカップルを増やすための活動に注力している。ひらたく言えば出会いの場の提供だよ。
馬鹿らしいよね。愛イコール恋人って何だよ、単純きわまりない発想だよ。
そういう奴らがいるから、我らラブデストロイヤーは十二月になると途端に忙しくなるんだ。奴らはクリスマスを悪用して己の欲を満たそうとするからね。
ああ、すまない。話を戻そうか。
で、君がさっき言ってくれた言葉は何だったかな。ああそうだ、癒し、信頼、喜び、幸福だったっけ。
じゃあ訊くけど、君の言うそれらは愛でなくては手に入らないものなのかな?
違うよね。少し考えれば分かるよね。
他の物で手に入るのに、なぜわざわざリスキーにも愛を手に入れる必要があるんだい?
例えばさ、癒しを求めるのなら、どこか温泉にでも浸かりに行けばいいじゃないか。そこらに日帰りで入れる良質で安い温泉はいくらでもある。知らないんだったらあとで教えてあげるよ。僕がよく行く穴場があるんだ。
話を戻そう。
僕がさっき言ったように、愛には恐ろしい力があるんだ。悪魔とも言うべき魔力がある。人間が悪魔と戦って勝とうなんて無謀にもほどがある。だったら我ら人間にできることはただ一つ、愛を遠ざけることだ。ああ、もっといいのはこの世にある愛を木端微塵にぶち壊すことだけどね。で、そのために我らがいるってわけさ。
何? 愛の行為がなくては子孫を残せないだろうって?
はは、愛の行為だって。
君さ、どれだけその愛の行為に夢を見ているんだい。
君のその外見と話し方を見ていると分かるよ。君は夢見る夢子ちゃんだね。その行為の瞬間、あたりには薔薇の花びらがまき散らされるとでも思っているんだろう? そんなわけないよ。薔薇だって高いんだ。その場所はその場所でしかない。現実は何一つ変わらない。
ああ、また顔が赤くなった。
ごめんごめん、君を怒らせるつもりはなかったんだ。
でもね、僕はラブデストロイヤーの一員だから、君みたいに愛に夢見るような人がいたら、やっぱり壊したくなるんだよ。責務といってもいい。
ねえ君。
君の言う愛の行為で、いったいどれだけの人が泣いてきたか知っているかい?
なぜその行為はお金で買えるんだい。
なぜ欲のおもむくままに動く奴らがいるんだい。
なぜその行為で傷つく人がいるんだい。
なぜその行為で心を失うことがあるんだい。
そうだ、君はこのことも知っているかな。
最近の夫婦はね、赤ちゃんが生まれて一年もすると相手への愛情が冷めるらしいよ。ちなみに生まれる以前、相手のことを好きだと思う人は八割以上はいるらしい。あはは、残り二割はじゃあ一体なんだって話だけどさ。
でね、赤ちゃんが生まれて一年もすると、八割という数字は三割以下にまで減るらしいんだ。
君の言う愛の行為ってさ、愛を破壊する行為の間違いじゃないのかな。
だから我らラブデストロイヤーではその破壊活動を推奨している。これが一番簡単に愛を破壊できるからね。合法的に確実に。
そうだよ、性的欲求と愛とは別物なんだよ。正反対と言ってもいい。
ここに集まっている諸君らにはこのことはよく覚えておいてもらいたい。
これを真に理解できなければ隊員にはなれないよ。
どうたい、理解できたかい?
分からなければ質問をしてくれ。随時受け付ける。そうだよ、質問することは恥ずかしいことではない。知ったふりをすること、頭で考えないで鵜呑みにすること、常識だと片付けることのほうがよっぽど恥ずべきことだ。
はい、そこの君。
ふむふむ、君は愛する人と一緒にいると生きていてよかったと心から思う、と。家族は自分の絶対的な味方だし、恋人といるのは最高に気持ちいい、と。そういった自然に生まれる感情をどうして否定し、あまつさえ壊す必要があるのか、と。
うん、なかなかいい質問だ。
じゃあ君に訊くよ。
もし家族が自分を裏切っていたらどうする?
もし恋人が自分を捨てたらどうする?
そんなことはありえないって?
馬鹿なことを言うな。絶対なんてものはこの世には存在しない。それに人の思考も好みも不変なんてことはない。必ず変わる。断言してもいい。
例えばだよ、君はさっきまでコーヒーを飲みたいと思っていたとする。それが突然やっぱり紅茶がいいと思い直すことはあるだろう?
いやいや、だからこれはたとえ話だよ。
だって君、考えてみなよ。一番感動した映画や小説、一番心に響く歌や絵が一生変わらない奴がいたら気持ち悪いだろう? ほとんど映画を観ない人間ならそういうこともあるかもしれないけどね。
でもさ、人は必ず誰かと関わって生きていくんだ。山奥で独り暮らしでもしないかぎり、直接的でなくても、メールでも電話でも、人は他人の言動、思想に触れながら生きるしかないんだ。そしてそれらは良くも悪くも人を変化させる。それも当然だよ。一ミリも変化しない人間がいたらお目にかかりたいね。
ああ、一点訂正する。人は人と関わらなくても変化する。それについては隊員になった者にだけ詳しく説明する。
さあ、また話を戻そう。
人が変わるとき、好きや嫌いといった志向だけが不変だなんてわけはない。もしそう主張する者がいたらきちんと証明してもらいたい。できるわけがない。
人は同じではいられない。するとどうだ。心地よかった家族や恋人との関係も同じまま保つことなどできやしない。彼らとの関係への意味付けも必ず変わる。意味付けが変わって、関係性が変わらないなどということはない。
もう一度言うよ、この世に絶対なんてものはないんだ。
たとえ血を分けているという前提条件があったとしてもだ。
たとえ運命かつ真実の愛だという前提条件があったとしてもだ。
そんなものが吹き飛ぶほどの嵐が来ることはありえるんだ。
誰にも先のことは予測できない。
人は神になることはできない。
そして、愛に永遠はないことを悟ってみたまえ。
誰も愛に癒しなど感じることはできなくなるよ。
疑いもなく信じるなんて愚かなまねもできなくなるよ。
愛の中に純粋な喜びは見当たらなくなるし、幸福など影も形もなくなるよ。
後に残るのは疑心暗鬼に疲労、あとはさっきも言った通りのことだね。
自然に身を任せることは悪いことじゃない。
けどね、それでわが身を滅ぼしてどうするんだい。
最も大切なものは命なんだよ。
だから、命を脅かす愛の存在をゆるしてはいけないんだ。
この世にあるすべての愛を抹殺しなくてはいけないんだ。
*
さあ、諸君。
愛を破壊する目的は理解できたかな。理解できた者だけが残ってほしい。
――ふむ、こんなものか。今年は思ったよりも多いね。
おや、君も残っているのか。君、本当に理解できたのかい? こうなったら意地でも食べ放題飲み放題に行ってやろうとでも思ってないかい?
あはは、いいよいいよ。君みたいな人がいるのもまた一興だろう。
もう十二月、巷はクリスマス仕様になってきている。
イルミネーションに心浮かれ、切ないクリスマスソングに胸をしめつけられる季節がやってきた。
そう、この時期はどうしても恋人が欲しくなる。世間がそう仕向けている。愛が欲しくなる。愛とはなにかも知らないというのに、ね。
ああ恐ろしい。
恐ろしいことだとは思わないかい?
愛は容易に抑制できるものではないんだ。一度火がつけばとたんに全身に、心いっぱいに広がってしまう。そうなると消すことはできなくなる。
だから我々は愛の火種をもみ消す必要がある。愛が生まれないようにね。命を守るためにね。だって我々は正義の味方だから。
*
よし、では最終試験だ。
諸君らに問う。
君たちはその好意、つまり誰かを大切に思う気持ちをどういった言葉で説明する?
もちろん愛という言葉は使ってはいけない。
答えられたら、君も今日からラブデストロイヤーだ。