4 weeks ago - パーフェクト・オーナメント -
クリスマスの4週間前。
オーナメント製作者の語る完璧なオーナメントとは?
心温まる系。
わたしにとってクリスマスとはなくてはならないものだ。クリスマスなしでは生きていけない。嘘でも誇張でもなく、真実そのとおりである。
なぜならわたしは――オーナメント製作を生業としているからだ。
*
オーナメントとは何かご存じだろうか。
ご存じか、それはよかった。
だいぶ前の話になるが、わたしの店に迷い込んできた(迷い込んできたという言い方がまさにふさわしい)子供がいて、「この店はなんの店?」と尋ねられたことがあってね。
わたしの店には年中いたるところにクリスマスツリーが飾られている。そこには無数のオーナメントが垂れ下がっている。それがわたしの生業だからだ。だが、確かに子供にはわたしの店は摩訶不思議な世界に映ったことだろう。
その日、外ではセミがうるさいくらいに鳴いていたし、子供はその小さい体のどこにそんな大量の水分を蓄えていたのかと思うくらいに汗でTシャツをぐっしょりと濡らしていた。
クリスマスオーナメントを作っていると答えたら、「オーナメントって何?」と子供に訊き返された。
わたしが生涯をかけるこの生業について、堂々と「知らない」と言い切る子供のなんと潔かったことか。
純粋無垢、そのあどけない顔に見つけたのは、これ以上ないほどに素敵な対の装飾だった。透き通る二つの瞳。黒目はどこまでも黒く、深く、丸かった。完璧だった。
だからわたしはその子供に懇切丁寧に説明をしたんだ。
*
わたしは丸いものが好きだ。
なぜ好きなのかって?
君は好きなものにいちいち理由をつけなくては気がすまないのかね。
好きなものは好きだ。それでいいではないか。そうではないかね?
まあだが、答えてやってもいい。
丸いものというか、正確には球体が好きなんだよ。
球体には角がないだろう?
どこを触ってもつるつるとしていて、どこまでもどこまでも、なで続ける限り、いつまでも滑らかな感触を味わえる。球体には永遠がある。宇宙すらある。わたしはそう思うよ。それこそがわたしが球体を好きな理由だ。
球体を思い起こすことのできるものも好きだ。
三日月よりも満月が好きだし、おにぎりも丸く握ったものしか口にしないと決めている。クリスマスのオーナメントも丸いものしか作らないと決めている。
おや、ようやく気づいてくれたね。
そう、見たまえ。
この店内にあるオーナメントは全て球体なのだよ。
星がないって?
クリスマスツリーのてっぺんには星がなくてはいけないだろうって?
君の目は節穴かね、よく見たまえ。どのクリスマスツリーの上にもきちんと星が取り付けられているではないか。
何?
丸いから変だって?
光線が五本飛び出た形状が普通だろうって?
君は本当に単純というか、ありていに言えば馬鹿だね。
星から光線が五本? そんなふうに定量的に定められた現象ではないだろう。わたしの目には、光は宇宙のかなたから丸く地球に届いているように見えるがね。
でも形として昔から決まっているんだって?
それは誰が決めたんだい?
たとえ決められているとしても、なぜそれに従わなくてはいけない?
この前来た、そう、さっき話した夏の子供のほうがよっぽど素直だよ。
その子はこのツリーのてっぺんに乗せられたオーナメントを見て――そう、あの白く美しい絹糸を編み込んだ球体だよ――「きれいな星だね」って、そう言ったよ。
それに君、もう一度言うがね。わたしは丸いものが好きなんだ。つんつんと尖った形なんて作りたくもないし見たくもない。せっかくのクリスマスに尖ったものを見て心が癒されるのかい?
うん?
こういったクリスマスオーナメントだけを製作して生活できるのかって?
じゃあ君にはわたしが幽霊にでも見えるのかい?
ほら見てごらん、このとおり両足はあるよ。両手もある。目を見てみるかい、しっかり動いているだろう。胸を触ってみるかい、心臓もきっちり動いているよ。
まだ訊きたそうな顔をしているが、これ以上は教えてやらないよ。
なぜかって?
そこまで君に教える義理はないよ。
どのオーナメントが一番好きか。
うん、なかなかいい質問だね。
というか、本当はそういうことを聞くために君はここに来たんだよね。
一番好きなオーナメント――それは全てだよ。
ここにある全てのオーナメント、それにこれまで売ってきた全てのオーナメントを、わたしは平等に愛している。
おや、なんだかおかしな顔をしているね。そう、馬鹿にしたような、それに理解できないような。
君、わたしはね、丸いものが本当に好きなんだよ。
本当に好きなものにどうやったら順位づけなどできるんだい?
君はさっきも好きな理由を尋ねたよね。
君はいつもそうやって自分の中で好きなものを比較しているのかい?
なぜ比較する必要がある?
一番を決めなくてはいけないと誰が決めたんだい?
好きだ。それだけでいいじゃないか。
君は本当に面倒な性分を持っているね。
そうだね、じゃあ、君でも理解できるような、君の好みそうな話をしようか。
わたしがもっとも思い入れのあるオーナメントを紹介しよう。
おっと、食いついてきたね。やっぱりこういう話のほうが君みたいな人には理解しやすいよね。
さあ、これだ。
これがわたしのもっとも思い入れのあるオーナメントだよ。
あれ?
なんだか渋い顔をしているね。
君の期待に添えなかったかな?
まあ、それもそうか。
これはね、紙粘土で作ったものなんだよ。そうだよ、百円ショップでも売ってる紙粘土だ。小学生のころに君だってこねたことがあるだろう? あれだよ。
こんなに汚くてちゃちなオーナメント、たとえ一円だって誰も買わないだろう。
でもね、これはわたしにとっては世界にただ一つのかけがえのないオーナメントなんだよ。
ああ、もちろん、この店内にある全てのオーナメントは皆同じさ。どれも世界にただ一つのかけがえのない物だ。だけどね、このオーナメント、これにはこれだけしか語れない思い出というものがあるんだ。
*
このオーナメントを作ったのは、実はさっき話した夏の子供なんだよ。
おや、ちょっとは驚いてくれたかい。そうだよ、さっき話した夏の子供だよ。オーナメントのことを知りもしなかった子供さ。
その子はね、あの日、わたしの説明を聞いた後、この店内をぐるりと見回し、それからひどく丁寧に「店内を見て回ってもいいですか」と訊いてきた。
その子供は両手を汗で濡れたTシャツに何度も擦り付けていた。まるで自分の汚れを恥じらうかのように。むき出しの脚がひょろっと頼りなげだった。
わたしは快く了承した。
なぜ断らなかったのかって?
商品を汚されたり壊される心配はなかったのかって?
もちろんその可能性はあったよ。でもね、わたしはそれでもかまわないんだ。
君はもしかして、好きなものは大事に囲って閉じ込めて、誰の目にも触れさせないようにする性分なのかな? 汚されたり壊されたら怒ったり泣いたりするのかな?
わたしは違うよ。もちろん、汚されたり壊されたら悲しいのは君と同じさ。
でもね、わたしはそれよりも、わたしの好きな物を誰かと共有したいんだよ。好きな物の価値を分かち合いたいんだよ。
そのためには、たとえ汚されたり壊されたりする可能性があったとしても、好きな物を隠していては駄目なんだ。こうやってみんなの目に、手に触れるところに置かないとね。
だからわたしは了承したんだ。
そう、君をこの店内に入れて話をすることにしたのも同じ理由さ。
君が私の話を理解できなくてもいいんだ。
理解するかどうかは君次第だ。
その夏の子供はね、とてもうれしそうに笑った。
そうして、店内の隅から隅までじっくりと堪能してくれた。ともすれば私が忘れてしまいそうになっていたオーナメントをツリーの影から探し出してきたりもしたよ。
いやあ、うれしかったね。
クリスマスとは真逆の季節に、クリスマスを喜んでくれる子供がいるなんて。
しかも「丸いのばっかりでかわいいね」なんて言ってくれた。
うれしいかぎりじゃないか。
聞けば、その子供の母親は目が見えないそうだ。
いや、見えないというより、正確には『ほとんど見えない』だったな。
だから、その子供の家には、触れたら怪我をするような、つまり尖っていたり角のあるような物は極力置いていないと言っていた。
だからクリスマスもツリーを飾ることはないと言っていた。
「クリスマスは好きだけど、でもツリーは危ないの。なんでクリスマスといえばツリーって決まっているんだろうね」
その子供の一文一句を私は今でも覚えているよ。
君もそう思わないかい?
なぜクリスマスといえばツリーなんだろうね?
わたしも長い間オーナメントを製作してきたけど、そこまで考えが至ったことはなかった。クリスマスといえばツリーを飾るのが当然だと思ってきたからね。
「でもきれいだねえ、オーナメントって。とってもきれい」
目を細めて笑うその子供の表情が、その時、やけに寂しげで大人びて見えて、胸がしめつけられたよ。
そう、子供と大人の違いって、心に何かを隠せるかどうかじゃないかな。
だからわたしはこう提案した。
じゃあ今度のクリスマスにはオーナメントだけでも飾ったらどうだい? って。
実際、わたしのお客さんには、毎年気に入ったオーナメントを一つだけ買い求め、それを棚に飾って楽しんでいる人もいてね。ツリーがないからってあきらめることはない。
その子供は一瞬ぱっと顔を輝かせたよ。けれどもすぐにしょんぼりとした。オーナメントがあっても、目の悪い母親にはクリスマスを感じることなどできないのではないか、と。
言われてみれば、確かにそのとおり。
オーナメントは見て楽しむものだ。
ほら、見てみなさい、店内にある色とりどりのオーナメントを。
どれも美しいだろう?
素材も絹糸や毛糸、キルトに金属、プラスチック、陶器製のものまである。
でもどれも見ることを前提として製作している。
今度こそわたしはうなった。
何も答えられなかったよ。
その子供はじっとわたしを見つめた。わたしの大好きな丸い黒い瞳で。
そうして、その子供は帰っていった。
*
じゃあ、このオーナメントは何なのかって?
まったく、君はせっかちだな。
この話には続きがある。
つい先日、その子供が店に来てくれたんだよ。
汗びっしょりのTシャツではなくて、温かそうなトレーナーを着て。むき出しだった脚は柔らかなズボンに隠れていた。
だから、一瞬その子供があの夏の子供だということが分からなかったくらいだ。
でも目が合った瞬間、すぐにぴんときた。丸くて黒いその二つの球体に見覚えがあったからね。
その子供が手提げ袋の中から取り出したのは、紙粘土で作ったまあるい球体だった。これと同じ、握り拳くらいの球体が、手提げ袋の中からごろごろ出てきたよ。少なくとも十個はあったかな。いや、もっとだったかな。
全部、素材のままの色、つまり白色だった。
一つつまんで顔の高さに掲げてよくよく見てみると、その球体の表面にはクリスマスツリーの絵が彫られていた。そうだね、太い棒か何かで描いたんだろうね。決して上手ではないけれど、指で触って何の絵か理解できることを目的に、しっかり、きちんと描かれていたよ。
ためしにもう一つを取り上げると、そこにはサンタクロースの絵が描かれてあった。それも指で触って分かるように、実にシンプルにしっかりとね。
十字架が。
プレゼントの箱が。
ケーキが。
雪だるまが。
トナカイが。
思わずその子供を見ると、その子供は得意げに笑ってみせた。
「これがうちのクリスマスオーナメントだよ」
ようやく全部ができたから、と、わたしにも見せようと持ってきてくれたんだ。
わたしはその子供に、もっときちんと見てもいいか許可を願った。その子供は快く了承してくれた。
わたしは一つずつ、きちんと両手で持ち上げ、眺め、触り、なで、それから両手で包みこんだ。
どれも愛と温もりに満ち溢れていた――そう、これこそまさに真冬のクリスマスにふさわしい完璧なオーナメントだと思ったよ。
クリスマスに本当に必要なのは、ツリーでもオーナメントでもない。
愛と温もりと、それらを分かち合う人なんだ。
わたしはその子供にありがとうと言った。
こんな素敵なオーナメントを見せてくれてありがとう、と。
その子供が帰った後、店にこのオーナメントが一つだけ残されていることに気づいた。
忘れてしまったんだろうね。
でも、それからその子供はこの店には来ていない。
だからまだ返せていないんだ。
*
今日は何日だったっけ?
ああ、そうか。クリスマスまであと四週間か。
クリスマスまでに取りに来てくれればいいんだがね。
その子供のことは、名前も何にも知らないんだ。
このオーナメントをもっとよく見てみたいって?
いいよ、見てごらん。
触ってごらん。
君もきっと好きになるよ。