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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ぽんぽこ師弟道中記!

作者: 社畜総大将

長編にしようと思っていた作品の、短編バージョンです。



 鬱蒼と茂る木々の合間を、ひとつの影が縫うように駆け抜ける。


 キリッとした自信に溢れる眼差しは、幼い子供と言うには似つかわしくないものだが、顔つき全体にはあどけなさが残り、大人と呼ぶにはまだ少し早い───年の頃は十代半ばといった少女。

 それが、駆け抜ける影の正体だった。


 少女は駆ける。

 尋常ではない速度の疾駆。一歩進む度に長い金の髪が激しく揺れ、身を包む黒いローブがバタバタとなびく。それらをまったく意に介さず、そして速度を一切落とすことなく、少女はちらりと一瞬、睨めつけるように後方へと目をやった。


「ああ、もう! しつこいったらないわねっ!」


 甲高い声で激しく悪態をつき、再度前を向く。


 少女の後方、悪態をつくことになった元凶もまた、行く手を阻む木々の壁を難なく突破し、少女へと迫る。


「グルァ──!!」


 獣の───それも血肉に飢えた猛獣の類いの、心胆を震わす咆哮。一歩一歩、刻一刻と少女に肉薄する五つの影、それは黒い毛色の狼の群れだった。


 狼たちは駆ける。それはまるで自分の庭を走り回るかのような足取り。

 徐々に距離が縮まっていくことで少女はさらに苛立ちを覚え、それに合わせて苦虫を噛み潰したかのような表情へと変わっていく。


「チッ──! しゃーない……!」


 声と共に踏みしめた一歩を最後に、少女は体を急反転、狼たちと向かい合う形になった。


 逃げ回っていた獲物の突然の予期せぬ行動に、狼たちは虚を衝かれたように目を見開く。その一瞬の隙こそ少女の狙い。この好機を逃すまいと、少女は右手に持つ(ワンド)を狼たちへと向け、ひとつの奇跡を発現させる。


「食らいなさい───火炎ファイア!」


 言うが早いか、突き出された杖の先に現れた赤く輝くサークルから、拳ほどの大きさの火球が射出された。


 射出された火球は真っ直ぐに狼たちへと向かう。

 だが、


「───!」


 サイズも小さく、なおかつあまりにも遅い火球は敏捷性に優れた狼にとって回避することは難しくない。五頭は一斉に散開することで火球を回避し、また集まり尚も少女へと接近する。


「あぁ、もう…っ! やっぱり、才能ないのかな……」


 はぁ、と溜め息をひとつ。近付く狼たちよりも、魔法による結果に嘆くようにうなだれる少女。

 そんな少女の少しズレた嘆きなど関係なしに、五頭の狼は逃げ道を塞ぐように少女を取り囲んだ。


「グルル……」


 一定の距離を保ちながら、今にも襲いかからんと体勢を低くし、威嚇するように喉を震わせる。見やれば狼たちは、一般的な狼よりも一回りほど大きく、ギラリと覗く牙も幾分鋭利そうに見える。


 矮小な人間如きの命など、その爪で、その牙で一撃の下に奪い尽くすだろうその狼こそ、『魔狼』。この森を住処とし、近隣の村を脅かし、低位の冒険者の命すら奪う災いの獣。


 少女の命運は決まった。

 屈強な男でさえ、魔狼に囲まれて無事でいられるはずもない。言うまでもなく、このような華奢な少女など魔狼の餌食になり、彼らの血肉となる未来しか残されていない。


 それが当然。それが普通。変えられることのできない運命なのだ。

 だが、


「うーん……武器は(ワンド)だけ、か。ま、しゃーないわね」


 そんな魔獣の脅威を、己の惨たらしい末路を知ってか知らずか、少女は手に持った杖をくるりと回し、正面に対峙する一頭の魔狼へと向けた。その所作はまるで、これから遊ぼうとする子供のように軽いもので───



「───来なさい、犬っころ。ボッコボコにしてあげる」



 あまりにも軽い口調。


 しかし───誰が知ろう。その言葉こそ魔狼たちに告げられた、無慈悲にして絶対不可避の死刑宣告だった。




     ◇     ◇     ◇




 ───ぎしり、と大気が軋みを上げたような感覚。



 魔狼たちは少女の、人間の言葉など理解出来ない。だが、普通の狼よりも更に発達した本能───危機察知能力とも言えるそれが、警報音として彼らの脳内にけたたましく鳴り響いた。


 ───この人間は危険だ。


 それが魔狼たちの共通認識だった。

 華奢で小柄で、魔法もたいした腕ではない。唯一の武器と言えるものなど、今まさにこちらに向けられた棒っきれだけ。


 あまりにも憐れ、あまりにも健気、微笑ましいささやかな抵抗。ならば一瞬のうちに命を狩り取ってやることこそが、せめてもの慈悲だろう。

 そう思い、次の瞬間にも襲いかかろうとしたその時。


「───来なさい、犬っころ。ボッコボコにしてあげる」


 獲物が口を開いた後、大気が軋んだ。


 言葉の意味などわかるはずもない。だが、この獲物は言葉の後に明らかにその性質を変貌させたように感じる。

 その感覚は、まさに狩る者と狩られる者が逆転したかのような───


「グルル……」


 ───この人間は危険だ。


 それが、魔狼たちの共通認識だった。

 だからこそ、集団で一気に襲いかかるべきであり、その一番役は獲物の右後方、死角にて待機する自分が相応しい。


 獲物は正面を向いている。

 この距離ならば一息かからず飛び掛かり、獲物の頭を噛み砕くことさえ容易だろう。

 他の魔狼に目配せをする。言葉など話せないが、意思は伝わった。後は実行するだけ。


 さあ、行くぞ、行くぞ、行くぞ───行くぞ!


「グオォ───!」


 強靭な脚力を持って大地を蹴り、一瞬で彼我の距離をゼロにする。

 獲物は反応を示さない。当然だ。それが当然なのだ。後は、開いた口を全力で閉じるだけ。それで終わり。


 ほら、次の瞬間にはもう、口の中に美味しい血の味が広がって───



「ガ─────」 



 ───は、こなかった。


 頭部を噛み砕こうとしたまさにその刹那、横顔に尋常ではない衝撃が走り、次いで何か、硬い物が粉々に砕け散るような不快な音。

 理解の出来ない現象。理解の出来ない痛み。


  ただ、獲物の持つあの小さな棒っきれが自分の側頭部に叩き付けられたことは、意識が消失する直前に理解出来た。




 こちらに振り返った獲物の、鬼気迫るほどの殺意を湛えた金の瞳と、その直後、ぐるぐると回る世界。


 それが、遥か彼方に吹き飛ばされた一頭の魔狼が見た、最期の光景だった。




     ◇     ◇     ◇




「よっ……と」


 後方から襲いかかって来た一頭の魔狼を、振り返り様の杖の殴打で返り討ちにした後、少女はひとつ息を吐いた。


 どこかへとぶっ飛んだ魔狼の姿など一瞥もくれず、振り返った勢いのままその場で一回転し、再び正面の魔狼へと向き直った。


 魔狼たちは明らかに動揺し、焦りを隠しきれずたじろいでいる。それでも一目散に逃げないのは、せっかくの獲物、せっかくの人間の肉を諦めきれない飢えた獣の性だろうか。

 彼らはまだ何とかなると、全員で一斉に襲いかかれば勝機はあると考えている。


 少女は魔狼たちの浅はかな考えを見抜いたのか、口元を少しばかり歪めて笑った。


「いいわ。逃げないってんなら、とことんまで遊んだげる」


 くい、と指で手招きするようなジェスチャー。その意味は言葉通り───『掛かってきやがれ』。


 それが合図となり、残った四頭はほぼ同時に動き出す。四方向からの同時攻撃。回避など出来ようはずもない。今度こそ、少女はその命を散らす───ことはなく。


「───!」


 一瞬で少女の姿が消え、目標を失った魔狼たちは互いにぶつかり合い、無様に地に転がった。


 いの一番に体勢を立て直した一頭が少女の姿を探そうと辺りを見回したその時、


「はい、残念」


 上から軽い言葉が聞こえたと思った直後、脳天に叩き付けられた桁違いの衝撃によって、また一頭の魔狼の意識が消え去った。


 少女は全くのノーモーションから数メートルもの高さまで飛び跳ね、着地に合わせて降り下ろした杖の一撃で同類一頭の命を奪い去ったのだ。

 残された他の三頭がその事実に気付き、すぐさま起き上がった時には既に少女は次の標的へと狙いを付け、杖の先を天に向けて体を引き絞っていた。


「どおぉりゃああ───!!」


 華奢な少女に似つかわしくないドスの効いた雄叫びと、技術もクソもない力任せの豪快なフルスイング。圧倒的な破壊を秘めた一撃は目を付けられた一頭の頭部に叩き込まれ、柔な頭蓋と生命を完全に破壊し尽くした。


 またしても断末魔ひとつすらあげることなく吹き飛ぶ同類の姿を見て、残された二頭は遂に意を決したように反転し、少女とは逆方向へと走り去って行く。

 

「あっ、こら、待ちなさいっ!」


 あまりにも強大な敵を前に、生き残ることだけを優先した逃走。少女も予想だにしなかった魔狼の行動に動けず、その間に両者の距離が開いていく。

 今動き出したところで追い付けないだろう、そう少女が諦め肩を落とす。


 その直後、


「っ───!?」


 魔狼の逃げ去った方向から、耳をつんざき大気を震わす轟音が響いた。その方向を見やれば、木々が炎に包まれ黒煙が立ち昇っている。


 何がどうなったのか。

 いや、誰がやったのかはわかっている。問題は、どんな魔法であれほどの被害を生み出したのか、だ。


 戻ってきたら、本人に追及してやる。

 少女がそう決意した時、目的の人物が火の海を裂いて現れた。


「もぉ~。あいつら、こっちに来るんだもん。つい魔法使っちゃった」


 安っぽい革の鎧に、何の変哲もない直剣。ボサボサの白髪、気弱そうな目。覇気のない言葉とともに現れたその人物は、駆け出しの剣士───と言うより前に、年端もいかない少年だった。


 尚も燃え続ける木々を背に、少年はゆっくりと少女の下へと近付き、口を開いた。


「大丈夫、リリィ? ケガはない?」


「えぇ、当たり前でしょ」


 少年の言葉に少女───リリィは口を尖らせて答えた。そう、良かった、と返した少年には目をくれず、リリィは燃え盛る木々の方へと顔を向けた。


「……これ、クゥがやったんでしょ? どんな魔法を使ったの?」


 眼前の惨状に対して抱いた疑問を、少年───クゥに投げ掛ける。クゥはその質問を予想していなかったらしく、一瞬キョトンとした顔をしたが、一言「あぁ……」と漏らし口を開いた。


 さてさて、一体どんな大魔法が告げられるのかとリリィが身構えたところ、


火炎(ファイア)だよ」


「……は?」


 思いもよらない答えが返ってきて、みっともない声が漏れてしまった。


 こいつは今なんて言った?

 火炎(ファイア)? あれだけの被害をもたらした大火力の魔法が、自分でも使える火炎(ファイア)


「うそでしょ? 火炎(ファイア)じゃなくて大爆破(ブラスト)とかでしょ?」


「ははは、リリィは何を言ってるの? どう見たって火炎(ファイア)じゃない」


 ははは、と尚も軽く笑うクゥの姿を呆けたように眺めるリリィ。


 だが、一拍おいて頭の中に今の言葉が浸透すると、途端に怒りが沸き上がってきた。これが別に馬鹿にしているわけではないということが、さらに苛立ちを加速させる。


「───ねぇ」


「あははっ、え、なに───えっ、な、なに?」


 眼前の少女のただならぬ気配を察したのか、間抜けた顔で笑っていたクゥは固まり、その顔色も心なしか青ざめている。


「は? アンタ馬鹿にしてんの? どう見たって火炎(ファイア)? あれが普通の火炎(ファイア)? なら私の魔法は何? ちっちゃい火の玉飛ばすだけの私の魔法は何? 普通じゃないの? ねぇ何なの? 馬鹿なの? 死ぬの?」


「お、落ち着いてよ、リリィ……。君が何を言ってるのか、僕にはわからないよ……」


 堰を切ったように撒き散らされた怒りに、あたふたと戸惑いながらもなだめようとするクゥ。実際、ここまで言っても全くわかっていない。何故、自分が怒られているのかを理解していない。

 それはそうだろう。彼は自分にとって当たり前のことを当たり前に言っただけなのだから。


 ちょっぴり目の端に涙が見えるクゥの姿を見て、はぁ、とひとつ息を吐くリリィ。

 

 冷静に考えてみれば、自分も同じような反応をしそうだ。「さっきの動き、どうやったの!?」と目の前の少年に尋ねられても、上手く説明できそうにない。自分が当たり前のように出来ることを、全く出来ない相手に説明するのはかなり骨が折れるからだ。


 そんなことを考えて、自分もちょっと悪かったかな、と思ってしまったリリィは、


「……悪かったわよ。私が魔法の才能がないのが悪いのよ、アンタは悪くない」


 やっぱり謝らずにはいられなかった。


 その言葉を受けてしばらく呆けた顔したクゥだったが、やがて笑顔になり、言った。


「ホント……? 良かったぁ……」


「はぁ……」


 にまーっ、と笑うクゥの姿に肩の力が抜けるリリィ。

 なんだか、怒っていたことが馬鹿らしく思えてくるほど馬鹿みたいな笑顔だ。


 だらしのない笑顔をみて、つい気が抜けてしまいそうになっている自分に気付き、リリィは両の手で頬を叩き気合いを入れ直す。パシン、と乾いた音が響き、クゥが驚いた顔をしていたが構わずリリィは口を開いた。


「───さて。それじゃ、村に戻りましょ。あの狼たちをぶっ飛ばしたなんて言ったら、村の人達どんな反応するかしら」


「きっと大喜びすると思うよ。そしていっぱい感謝されるだろうね」


 人助けが出来て嬉しいなぁ、と顔を綻ばせるクゥと。

 報酬もたんまり貰っちゃおうかしら、ニシシ、と下卑たように笑うリリィ。


 二人の人間性が垣間見えた瞬間である。


「それじゃ、行きましょうかね」


「うん───あ。ねぇ、リリィ」


「うん?」


 いざ村へ、と歩き出そうとした瞬間、クゥが口を開いた。何だろう、とリリィが耳を傾けると、


「さっきの動き、凄かったねっ! どうやったの!?」


「えー」


 今さら、そんなことを尋ねてきやがった。

 

「ってか、アンタ見てたの!?」


「見てたっていうか見えたんだ。そんなことより、どうやったの!?」


「あー……っと」


 前述した通り、リリィにはそんな───あくまでリリィにとっては───簡単なことを説明できるような器用さはない。

 ゆえに、


「アイツらがバッ、て来たからシュッ、て飛んで、後はドッカンバッカン杖をぶん回したのよ」


 意味不明な言葉の羅列しか生まれなかった。この少女、絶望的に説明下手である。

 そんなリリィの抽象的でアバウトな説明を受けてクゥは、


「……なるほど、わかんない」


 ごく当然の反応を示した。

 

「はぁ~、だからアンタはダメなのよ。そんなんじゃ最強の剣士になんてなれないわよ」


 やれやれ、といった仕草でまたひとつ息を吐くリリィ。なんとか勢いで乗り切った感が否めないが、意外にもクゥは両目を輝かせてリリィを見ていた。

 

「な、何よ……」


 何とも言えない、罪悪感のようなものが胸中に飛来したリリィは、恐る恐るクゥに尋ねる。

そして、返ってきた答えは、


「ううん───やっぱり、リリィは凄いなぁって」


 まさかの絶賛の言葉だった。


「は……?」


「あんな凄いことを簡単にやってのけるなんて、凄いよ。誰でも出来るようなことじゃない思う。さすが、僕のお師匠さまだね」


「───」


 満面の笑みでそうベタ褒めされたら、当然絶句してしまう。

 一瞬遅れてクゥの言葉が頭に響き、次第に顔が何やら熱くなってきた気がする。まずい、何か言わないと。あー、うー、と唸るが中々言葉が出てこない。

 何か、何か言わないと───


「ア、アンタこそっ」


「え?」


「アンタこそ、さっきの魔法凄かったわよ。さ、さすが、私の師匠……ね」 


 言った。

 言ったが、何かちょっと違うような気がする。大丈夫だろうか。ちらっ、とクゥの様子を覗くと、


「あはは、ありがとう。嬉しいよ」


 ニコニコと、やはり笑顔でそう言った。


 この少年の気の抜けた笑顔は、あたふたと悩んでいるのが馬鹿らしいと思わせるような、そんな不思議なものだった。まったく、とつい苦笑しながらも肩の力が抜けたリリィは、自身も顔を輝かせて高らかに声を上げた。


「さて! 早いとこ村に戻りましょ! ほら、早くっ」


「あっ、待ってよ、リリィ!」


 先に歩き出したリリィの後を追うように、クゥも置いていかれまいと駆け出した。



 辿ってきた道、木々の奥へと潜っていく二人の姿はすぐに緑に隠され見えなくなってしまったが、楽しそうな、賑やかな声は今も尚こだましていた。




終わりです。

ありがとうございました。

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