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るりりの魔法であなたのハートをズキュンバキュン

 引きこもり生活を始めて早三カ月。自腹じゃないがマジで一歩も家から出ていない。両親は海外で働いているので、咎める者も無い。真っ暗な部屋の中で、机上のポータブルテレビだけが光っている。

 四角い画面の放つ光は無機質で、何処か心寂しい。たき火や暖炉とは異なり、身を寄せてみても暖をとることはかなわない。……そもそも、日曜日の朝っぱらから仮面をつけた男たちに戦われても、白けるだけである。だから、尚も俺の心は冷たいままだ。


……とはいえ、今は夏の真っただ中だ。日が出るにつれて気温が上がってきたので、エアコンの設定温度は一度下げた。

 

そうこうしていると、テレビの画面がピンク一色に染まる。ついに始まった。『魔法少女ルリリン』だ。


――――魔法少女ルリリン

 毎週日曜日朝八時半から放送されている、子供向け番組である。

 ツインテールが可愛い元気な小学生、るりりは、宇宙からやってきたポリリの力で魔法が使えるようになる。その力で、同じく宇宙からやってきて悪さを企むマリリを懲らしめるという、極シンプルなお話だ。決め台詞は、『るりりの魔法であなたのハートをズキュンバキュン!』


 しかし、子供向けにしてはあまりに高度な作画によって描かれたルリリン。それは一部の特殊な性癖の人々――所謂ロリコンにはたまらないものになっており、たくさんの大きなお友達によって、番組の売り上げは支えられる結果になっている。

 まあそんなキモータ共とは俺は違う。だってほら、俺「萌えぇぇ!」とか言わないし。ちゃんとした純愛だから。ただ一人の女性としてルリリンを愛してる。それだけ。


 そんなことを考えながら、とっとこパソコンの電源を入れる。アニメが終わり次第、ブログに感想を書き込むのだ。


「はぁ~、今日もルリリン激萌え~。そろそろ画面から出てきてくんないかな……ハァハァ……うへへ」


 おっといけない。思わず涎が垂れてしまっていた。ティッシュで口元を拭いていると、突然番組が切り替わった。


「臨時ニュースです」


 切羽詰まった様子のアナウンサーが告げる。

――――だがこっちはもはや発狂していた。


「うわぁぁぁぁぁ! ルリリィィィィィン! 俺のルリリンは何処? ねぇ? 何処なんだよぉぉぉぉ!」


 何せ一週間に三十分しか無い貴重な時間だったのだ。俺の生きがいだったのだ! クッソこの世界は腐ってやがる! いっそ滅びてしまえ!

 暴れていると、肘がぶつかってテレビが床に落ちた。ピシャリと、液晶の割れた音が響く。


 よしもう駄目だ。死のう。パソコンでwordを開いて、タイトルを『遺書』に設定する。大きくため息を吐いたまさにその時、急に右手が光りはじめた。眩しさに思わず目がくらむ。


「うお! 何だ!?」


 しかし、光はすぐに収まってしまった。残念。それにしても、一体何だったんだ? 目をしばしばさせていると、右手の甲に『王』と書かれていることに気がついた。


「何だこれ?」


「王の称号だ」


頭上から声がした。


「え?」


 見ると、小学生くらいの女の子が、宙にぷかぷか浮いていた。

 ぴょこっとツインテールに大きなお目目。八重歯がきらりと光ってる。ひらひらスカートはピンクのチェック。手にはステッキを持っている。


「って……ルリリン!?」


 信じられない! どうしてルリリンが目の前にいるんだ? 本当にテレビから出てこられるものなのか? ……いや、今はそんなことどうでも良い。大切なのは、ルリリンが今目の前にいるという事実!


「ふんふん、驚いておるようじゃのぅ、()()(とも)()よ。実は儂の正体はのぅ……っておい! どうして貴様は儂の衣服を脱がそうとしておるの! やめぬか! おいやめぬかと言うておる!」


「お願いします! どうしても中が気になるんです! ほんと、一瞬だけで大丈夫なんで!」


 言いながらもスカートを引っ張る手は緩めない。向こうは小学生でこっちは高校生……勝てる! 見せてもらうぜ桃源郷。ラ○ュタは本当にあったんだ!


 勝利を確信したまさにその時、いきなり部屋のドアが開いた。


「智弥大丈夫!? 今ニュースで知ったんだけど、日本が大変なの!」


ドアをくぐって部屋に入ってくる。いつもは綺麗に整えられたショートカットの髪型が、今は少し乱れていた。心なしか額に汗も浮かんでいる。

 息を切らして入って来たのは理恵だった。わざわざ走ってきたのか。お節介なことだ。


――戦流(せんるい)()()

 隣に住んでいる上に、学校も学年も一緒。果てはクラスまで同じという、とんでもない腐れ縁である。幼馴染とも呼ぶらしいが、俺は認めない。幼馴染というのは、細かい気遣いが出来たり、お姉さんっぽかったり、弁当を作ってくれたり。そういうことをしてくれるルリリンみたいな小学生のことであって、身長185cmもある奴を幼馴染とは呼ばない。その上怪力とまでこられたら、もう人間かどうかすら怪しい。隣人って種族的に隣ってこと? ボノボか何かの家系なの?って、疑っちゃうレベル。


 理恵は部屋に入って来た時こそ俺を本気で心配していた様だったが、俺を見た途端、急に泣きだしそうな顔になった。

 何だ? 俺何かしたか? 

 状況を確認する。目の前にはコスプレした小学生。その子のスカートを無理やりめくろうとする俺。……あぁ。こりゃ犯罪だわ。


「あれだけ…あれだけ犯罪は駄目だって言ったのに!」


 半泣き状態で殴りかかってくる。

 引きこもりの俺が躱せるはずもなく、拳が顔面に直撃した。


「ぐはぁ!」


 みしりという鈍い音が、狭い部屋にこだまする。薄れてゆく意識の中で、俺は思った。

――遺書……最後まで書いておけばよかった……。



 目を覚ますと理恵とルリリンが心配そうにこちらを見ていた。


「智弥ごめんね。大丈夫?」


「ああ。心配すんな。もう慣れた」


 俺と理恵は幼い頃から一緒にいる。このやり取りも、一度や二度ではないのだ。だが慣れたと言っても、殴られて嬉しいわけではない。俺にそんな性癖は無い。だから本当に、腐れ縁と呼ぶのにふさわしい関係なのだ、俺と理恵は。


「ていうか、どうやって入って来たんだ?」


「鍵空いてたよ

「……壊したんじゃねえだろうな」


「失礼だな! してないよ! ……多分?」


「おい! ……まあいい。それで、今日は何で来たんだ? 用事が無いなら帰ってくれ」


 ……しまった。言い方がきつかったかもしれない。少し後悔したが、いやこれで良いのだと、フォローの言葉を呑み込んだ。

 理恵の様子を盗み見ると、肩をすくめてぎこちない笑顔を作っていた。だがすぐにいつもの調子に戻り、こちらに視線を向ける。


「あっ、そうそう。聞いて智弥! 今ね、日本が大変なの!」

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