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地上9

 サッちゃんが帰ってきた。なんだか顔色が良くないようだ。元々赤みが少し足りないぐらいに白い肌が、透き通ってしまいそうだった。

「おかえり、サッちゃん。何かいい話は聞けた?」

「いいえ、なんだか疲れたわ」

「すまない。俺のために」

「なんのこと? これはわたし自身のためにやっていることだわ。あなたに少しでもかじりついたら、マンドラゴラみたいな悲鳴を上げるに決まってるんだから。悲鳴は悲しいから嫌いって話したでしょう?」

「そうだったな。でも、ありがとう」

 初めて会った日のように俺を眠らせて、さっさと食っちまえばいいだけのことじゃないか。それなのにサッちゃんは……。俺は近頃のサッちゃんに恐怖など感じない。いや、最初からサッちゃんが怖いなどと思っていなかったのかもしれない。

「変な子ね。それより何か甘いものが欲しいわ」

「そうか。ちょっと待って、さっき来たお客さんからいただいたものがあるんだ」

 俺は冷蔵庫からどら焼きを出してきてサッちゃんに手渡した。

 サッちゃんは渡されたどら焼きを見て、素っ頓狂すっとんきょうな声を上げた。

「これは……!? 父様?」

「んな馬鹿な! なんでわかったの? 残留思念ざんりゅうしねん? 透視?」

「いいえ、この状況で梅屋のどら焼きを持って現れるなんて、父様しか考えられないわ。あなたには、そんな気の利いたお友達もいないようだし」

「まぁ、どうせムサい野郎友達しかいないけどさ」

 俺は気を取り直して切り出す。

「それで、なんだけど」

「いやよ」

 サッちゃんはそっぽ向いてしまった。

「まだ何も言ってないじゃないか」

「父様のことだから天界においで、か、逃げろのどちらかでしょう?」

「そのとおりだよ。一日だけ猶予ゆうよをあげるから無事に逃げて、いつか天界にって。つまらないプライドは捨てろってさ」

「なぜ天使だとわかって話を聞いたりするのよ! 裏切り者!」

「いい父さんじゃないか」

「あんな頑固で、そのくせ泣き虫な父様になんて指図さしずされたくないわ!」

「素直になれよ。どら焼きを見ただけで気付くほど、父さんのことを気にしてるんだろ?」

「わかったようなことを言うわね。あなたにわたしの何がわかるのよ! 最近ちょっと生意気よ、あなた!」

 サッちゃんが俺の背後にまわりこんでいる。

 ……そうだな、それもまた一つの手だ。目的を果たせばサッちゃんは帰れるんだ。

「食えよ。俺を食えば胸を張って魔界に帰れるんだろ? 無事に魔界に帰って、いつか父さんと仲直りしてやってくれ。安くても命をやるんだから、それぐらいの頼みは聞いてくれるよな?」

 俺は目をつむり、サッちゃんの鋭い牙が突き立てられる瞬間を待った。

「早くしろよ。あまり時間がないぞ、わがまま娘」

 重苦しい沈黙を破ってサッちゃんは言った。

「わたしはおまえのような下衆げすをいただいてまで生き延びようとは思わない! せいぜい地面を這いつくばって愛しい天使様のご機嫌でもうかがいながら生きるがいいわ! 思い上がるな、人間!」

 サッちゃんは靴を乱暴につっかけると、ドアを勢いよく閉めて出ていってしまった。

 なんてひどい台詞を残していくんだ、あいつは。さすが悪魔だなという考えが浮かんできて、それは偏見でしかなかったんだと思い直す。

「まあ、これで俺の命は助かったわけだ。可愛い子だったけど、あんなおっかない女王様が出ていってくれて清々(せいせい)したぜ。まったく。死んじまうのはさすがにかわいそうだけど、俺の知ったことか……」

 ふと、振り返ってサッちゃんが立っていた辺りに目をやると、床がポツポツ濡れていた。俺があまりにも美味そうだからって、あの『レディ』がよだれを垂らしたとも思えない。

「……泣くほど頑張るなよ!」

 俺はクローゼットからコートを引きちぎり、鍵もかけずに家を飛び出した。

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