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地上8

 ここ数日、サッちゃんはあちらこちらと飛びまわり、情報を集めているようだった。

 夕方になって帰ってきたサッちゃんに、お茶とみかんなど用意して話を聞いた。

「それがね、よさそうな策が見当たらないのよ。それどころか、さっさといただいてしまえば悩むこともないのに、なんて言う子もいたわ」

「怖いことを言ってくれるな。やっぱ悪魔、恐るべし」

「人間を食べることに抵抗がないだけで根は優しい子達なのよ。それにあなた好みの綺麗な子が多いわ」

「それは是非とも紹介してもらいたいな」

「その時はわたしから離れないことね。食べられてしまうから。と、冗談は置いといて、もっと位の高い魔族なら方法を知っているかもしれないわ」

「サッちゃんより位の高い魔族なんているのか?」

「嬉しいことを言ってくれるわね。でも、まだまだ上はいるのよ。身近でいえば、パパとか」

「まぁ、気位の高さならサッちゃんだって相当のレベルだと思うけどな」

「何か言ったかしら?」

「いや、なんでもない。パパからは何も聞かされたことはないの?」

「そうね。その辺の事情は詳しいのかもしれないけど、そういえば聞いたことがないわ。目標探ししかしてなかったから」

「そうか、残念だよ……」


 ――サッちゃんがいつもどおり出かけて不在の時、男は訪ねてきた。

 パーツの大きい、くっきりとした顔立ち。サラサラと長い銀髪。

 白人さんを見慣れないせいもあるだろうが、それにしても人間離れした雰囲気。清らかなというか、慈愛に満ちたというか、そんな表情。おそらく人間ではないだろう。白いスーツなんかスラッと着込んではいるが……。

「大沢光希さんですね? 少しお話ししたいことがあります。お邪魔してよろしいでしょうか?」

 驚くほど流暢りゅうちょうな日本語である。ネイティブレベルと言っても差し支えないだろう。

 のほほんとした表情の男に特別な危険は感じなかった。

 玄関口に入ろうとして「いててっ」と頭をぶつけたところからすると、百八十センチ以上はありそうだ。

「セールスマンじゃ……ないですよね。かまいません、どうぞ中へ。ところで、あなたは?」

「大天使とかアークエンジェルとか呼ばれる者の一員です」

「そうですか、お会いできて光栄です。大天使様」

 大天使様もお茶を飲むだろうか? などと思いながら、一応お茶を出してみる。サッちゃんが飲むんだから、飲むかもしれない。

「ありがとう、光希さん。これをどうぞ」

「これはご丁寧にすみません」

 渡された包みを開けてみると、それは『銀座梅屋』のどら焼きだった。

 銀座の地価が高騰する遙か前から一等地に店舗をかまえる、老舗しにせ中の老舗和菓子舗梅屋。その数ある商品の中でも通が好んで求めると言われる、厳選された十勝大納言とかちだいなごんを惜し気もなく用いた、しっかりと甘く、それでいてしつこくない、フワフワながらもパサパサしない究極のどら焼き。と、テレビで言っていたのを聞いたことがある。

 お茶だけでなく、和菓子とのハーモニーまで知り尽くしているようだ。

 ……これは、あなどれない……。

 わざわざ人間相手に手土産てみやげを持参してきた微笑ましい大天使様に

「では、早速ですが、ご一緒に」

 と、どら焼きを差し出し、話を向けた。

「それで、大天使様が俺のような人間にどんなご用ですか?」

「そうですね……唐突ですが、光希さんはあの子をどう思いますか?」

「あの子って、サッちゃんのことですよね。そうだな、わがままで、気位が高くて、いつ食われるかと気の休まる暇がありません」

「そうでしょうね」

「でも、俺はサッちゃんをなんだか憎めません。気取った美人のくせにどこか抜けてて可愛いし、一緒にいると楽しいんですよ。できることならサッちゃんの力になってやりたい。勿論痛い思いはしたくないけど、どうせ逃げられないならサッちゃんに食われるのもまた人生かなと。それでサッちゃんが幸せになれるなら」

「そうですか。あなたはなんと心の広い。今すぐ天界にスカウトしたいくらいですよ。……そうですね、それだけの覚悟があれば、あるいは……」

 大天使様は一瞬、躊躇して(ちゅうちょして)続けた。

「いいですか、彼女はわたし達の配下を堕落だらくさせた上に消し去りました。その罪は決して許されるものではありません。しかし、そんな彼女にだって生きる権利があるとわたしは思うのです。一日だけ目をつむっていますので、彼女に伝えて下さい。我々も地の底まで追ってはいけない。だから、つまらぬプライドなど捨てて早々にお逃げなさいと」

「なぜあなたは悪魔である彼女に、そんなにも慈悲じひをかけるんですか?」

 大天使様はちょっとだらしないくらいに緩んだ笑顔で言った。

「彼女はわたしの娘だからです。人間界同様、天界でも公私混同は許されないことなんですが、わたしにはそれを上手くごまかすだけの力があります」

「では、サッちゃんが言っているパパというのは?」

「魔界においての育ての父のことでしょう。寂しがり屋の彼女のことだから、魔界に堕ちたあとでも甘えられる相手を見つけたのは当然の成り行きだったのかもしれません。かわいそうに。わたしの可愛い娘を誑かして(たぶらかして)、魔族の山羊面やぎづらめ!」

 怒りに震えて白い光がにじみ出ている。しかも、下級天使などとは迫力が違う。

「ちょ、ちょっと。大天使様、どうかお気を確かに」

「失敬、わたしとしたことが」

「いえ、どうも」

「彼女を頼みます、光希さん。どうか無事に魔界へ逃がしてやって下さい。わたしは彼女の消滅を望まない。そしていつか、改心して天界に……。その時まで……えぐっ……うぅっ……」

 こともあろうに人前で泣き出した大天使様がいたたまれなくなって、俺は背中をさすってやった。

「ありがとう、光希さん。あなたのように優しい人間になら彼女を……うぅ……うっ」

 俺だって逃がせるものなら逃がしてやりたい。だが、サッちゃんの辞書に『逃げる』という文字があるのかどうか……。

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