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地上7

 翌日、穏やかな午後。

 窓の外は抜けるような青空だが、悪魔であるところのサッちゃんは灰になったりしないのだろうか? いや、ヴァンパイアじゃないからいいのか。

 サッちゃんと俺はコタツに入ってテレビを見ていた。サッちゃんの目はもうなんともないようだ。例のジャージとTシャツは、俺が目覚めた時には既に洗濯済みで吊してあった。便利すぎる全自動洗濯機を呪うばかりだった。

 ふと、吊されたジャージの横にあるカレンダーが目に入った。

「あぁ、このままじゃ留年決定だな……。終業式って何日だっけ? まあいい、どうせ長くない命だ。だからといって、俺の直接の死因と仲良くテレビなど見ていていいのだろうか? ああ、神様! と言ってみても、部下があんな具合では本当に信用していいものなのかどうか……」

「なにをブツブツ言っているの? みかんと温かいお茶が欲しいわ。用意してちょうだい」

「はいはい」

 俺は言われるがまま、物置からみかんを持ってきて緑茶をいれた。

 インスタント食品ばかりの俺の食事を見て

「よくそんな怪しげなものを調合して食べるわね」

 なんて言っていたサッちゃんだったが、母さんが送ってきたみかんや緑茶のような一般的な食品には興味を示した。最近では、この組み合わせがサッちゃんの定番になりつつある。

「どうぞ、お姫様」

「ありがとう、光希」

 お高いくせに俺がおじぎすると、神妙な顔で返すサッちゃんがなんだか微笑ましかった。

「なあ、人間の食い物を食えるなら、俺を食うのをやめたりできないのか?」

「そうはいかないわよ。わたし達魔族は基本的に食物を必要としないの。ただ、パーティなんかで食べる機会はあるけどね。つまり、このみかんなどは嗜好品しこうひんでしかないわ。通常の食物は喉元を過ぎれば消滅してしまうのよ。でも、人間は別。肉体そのものはやはり消滅してしまうけど、重要なのは精神というか、エネルギーなのよ」

「そういうものなのか。肉が食いたいのかと思ってたよ。どちらにしろ食われるなら一緒だけどな」

「物分かりがよくなってきたわね。いい子だわ」

 サッちゃんが「よしよし」と頭を撫でてくれた。嬉しいような、情けないような……。

「そういえば、六十年もそっちの食事をしてないんだったよな? って、これ聞いちゃいけないことか?」

「いいわ、この前は良いはたらきをしてくれたから聞かせてあげる」

 サッちゃんはお茶を一口すすってのんびりと湯飲みを置き、話を切り出した。

「人間である光希にみくびられてはいけないと思って強がっていたけど、わたしは元々人間を食べるのが苦手な子だったの。「好き嫌いをしたら立派な魔族になれない」と、パパに叱られたものよ。次第に人間の味にも抵抗をおぼえなくなっていったんだけど、結局パパがさらってきて眠らせてくれた人間ぐらいしか食べられなかったわ」

「そうか。生きた人間じゃなきゃだめなんだもんな」

「そうよ。ところで六十年ぐらい前に大きな戦争があったでしょう?」

「六十年ぐらい前っていうと第二次世界大戦のことか?」

「そうだったわね。第二次世界大戦。その時わたしはその場に居合わせて、悪魔も一目置くような残酷な爆弾が落とされた光景を見てしまったの」

「たぶん、原爆のことだろうな」

「よくわからないけど、あんな爆発を見たのはあの時ぐらいね。もっと近くにいたら、魔族のわたしでさえただでは済まなかったかもしれないわ」

「ひどかったんだろうな」

「街の様子を見にいったわたしは見てしまったの。雲のようなちりが包む闇の中で、幼い子が母を求めて這いつくばる姿。子を捜して、崩れかかった重傷の身体で叫び続ける母の姿。水を求めて川に入り、折り重なって死んでゆく人達の姿を。その時の悲鳴やすすり泣く声が耳に焼きついて今でも離れないのよ。とてもかわいそうで、恐ろしくて、涙が止まらなかった。それからわたしは人間を食べるのを完全にやめたの。たいていの仲間達はわたしを笑うわ。そんな偽善がいつまでもつのか? 悲鳴こそ最高のスパイスだろう? とね」

「なんだか悪魔らしくない話だな」

「前にも言ったでしょう? それは人間の作り出した幻想でしかないと。……いいえ、それらしくして見せた、わたしのせいかもしれないわね」

「今の君を見ていればわかるよ。つまらない偏見だったんだって」

「ありがとう、光希」

「でも、悲鳴を上げたほうが美味いんだろ?」

「ただの思いこみよ。本当はみんな心の底では悲鳴なんて聞きたくないはずなの。魔界人は本来優しくて陽気な人が多いのよ。なのに一部の馬鹿な食通達が残酷な悪魔ぶって言い始めたばかりに、まことしやかにそう思いこまれているだけだわ。そうやってかっこいいと思いこむことで、罪の意識を忘れたかったのかもしれないけどね」

「どこの世界も変わらないものなんだな。俺達地上人だって食肉処理されてない動物を自分でつかまえて食うなんてできない奴のほうが多いしな。現代ではそういう仕事の人以外は、そんなこと考えてもいないだろうし。社会の欺瞞ぎまんってとこか。要するにサッちゃんは人間でいうベジタリアンみたいな人なんだな。でも、そのサッちゃんがなぜ俺だけ?」

「力がひどく弱まっているからなの。パパがわたしを心配して見つけてきてくれた希少種、それがあなたよ。たまには自分の手で狩りをしなきゃだめだっていう、パパの思いやりを無駄にすることなどできなくて……わたしはあなたを目標に定めてしまったの」

「俺も思いやってくれると嬉しいんだけどな」

「ごめんね、光希。本当にごめんなさい」

 サッちゃんは俺の両手を握り、涙のにじんだ目で俺の目を見つめた。優しさをさらけ出したサッちゃんが綺麗すぎて息が止まりそうだった。だが、言うべきことは言わなければと歯を食いしばる。

「……そう素直に謝られてもな。じゃあ食えよとも言えないだろ? 普通に考えて」

「そうね。あなたを食べなくても、毎晩精気を吸い取ればしばらくは問題ないわ。大幅な回復は望めないとしても」

「それぐらいなら……あの夢は最高だからな。あれってサッちゃん作、演出なの?」

「な、なんのことかしら? と、ともかく、ありがとう、光希。何か解決策を考えておくわ。それまで身体が疲れやすいと思うけど、わたしを、その……、助けてくれるわよね?」

「あぁ、仕方ない」

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