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地上6

 数日経ったある晩。

 いつもどおりサッちゃんを胸に乗せて寝ていると、俺の餌である夢が途切れた。いや、力を吸われているのだから、サッちゃんのおやつというべきか。そんなことはどうでもいいとして、また奴が来たのだろうか?

 眠い目をこすりながら見ると、奴には違いないようだった。しかし、この前とはなんだか様子が違う。身にまとう光がおどろおどろしいというか。それに、革ジャンのファスナーをしっかり閉めて胸を隠そうとしているようだ。左手には白い光を帯びたアーミーナイフを握っている。

「少しは見られる顔つきになったじゃない。素敵よ、今のあなた」

「許さぬ、おまえを許さぬぞ。魔族の小娘!」

「あら、感謝してほしいものだわ。高貴なる我等魔族のしるしを授けてあげたのだから。受け入れるか受け入れないかはあなたしだいなのよ?」

「その徴のせいでわたしは天界にいられなくなったのだ、それを感謝しろだと? ふざけるな!」

「快楽に身を堕としなさいな。規則ばかりでがんじがらめの天界なんて、ちっとも面白くないじゃない。魔界へいらっしゃい。きっとそのほうが楽しいし、あなたのためになるわ」

「わたしは天使だ! そんなことができるものか!」

「ほら、『そんなことができるものか』と言ったでしょう? つまり、あなたはできることなら身を堕としたかったということよね? 心の底であなたはそれを望んでいるのよ。違う? 堕天使さん」

「黙れ、小娘!」

 サッちゃんが『堕天使』の左手を一瞥いちべつする。

「素敵なナイフね。潔い(いさぎよい)天使様は、武器の使用を好まないのでしょう? 天使様のプライドはどこへいったのかしら? ねえ、そのナイフでわたしを突きたいの? それとも切り刻みたい?」

 自分の身体に手を這わせ、エロティックに誘惑するサッちゃん。

「なんと汚らしい娘なのだ……。虫酸が走る!」

 堕天使の身体に白い光が満ちてゆく。前にも増してその光は輝きを増しているようだった。怨念というものだろうか?

「その力を魔族繁栄のために、と言っても聞いてはくれないでしょうね」

「当然だ! わたしはおまえを道連れに冥府めいふへと旅立つのだ! 惨めな堕天使として生き恥をさらすことなど、わたしは望まぬ!」

 サッちゃんはおもむろに翼を出し、二刀をかまえた戦闘モードになった。お互いの光が最高潮まで高まり、両者が動いた。

 二人は剣豪同士の決闘シーンのようにすれ違いざまに斬りつけ合い、互いに背を向けて立ち止まった。

「っ……!」

 サッちゃんの瞳が真っ赤な血を流しはじめた。流れる血のせいで目を開けられないようだ。

「サッちゃん! まずい、逃げよう!」

「わたしがこの程度の堕天使ごときから逃げるですって? ばかにしないで、光希!」

 俺をにらんだつもりだろうが、あらぬ方向を見つめているのに気付いていない。

 堕天使はすかさずナイフに光をたくわえると、サッちゃんの背後にまわりこんだ。

「危ない!」

 俺は無我夢中で堕天使にしがみつく。

「邪魔をするな、小僧! 死にたいのか?」

 堕天使が凄まじい力で振り払おうとする。

 触れている腕が焼けるように熱い。

「サッちゃん、ここだ。撃て!」

「そんなことをしたら、あなたまで……」

「かまわない! こいつにむざむざサッちゃんを殺さ……」

 サッちゃんの二刀が空中をXの字に刻むと、交点の辺りから一筋の炎が飛び出した。

 獰猛どうもうな炎の大蛇が堕天使に食らいつく。

「熱い! 熱い! 神よ、なぜわたしにこのような仕打ちを!」

 堕天使に着火した炎はガスバーナーのような青色になり、獲物を焼き尽くして消えた。

 目の前で人型の生き物が焼け死ぬ様は凄惨で、俺はしばしぼう然となった。

「助かったわ、光希」

「かまわないと言った途端かよ。まあ、サッちゃんらしいけどな」

「声が聞こえているうちにと思ったの。怪我はない?」

「ちょっと火傷したみたいだ。それより目は大丈夫か?」

「人間とは身体のつくりが違うから一晩も休めば平気よ」

「そうか、良かった……」

 ホッとして崩れ落ちた俺に、サッちゃんが手探りで触れてきた。

 俺の顔を発見したサッちゃんは、頬にそっとキスをした。

「……サッちゃん? これは……味見!? 俺はまだ美味しくないです! 戦闘でお腹も空いたでしょうが、どうかお許しを!」

「馬鹿ね。魔族だって感謝のキスぐらいするわ」

「そ、そうか、ごめん……」

「わたしの手をつかんで光希に触れさせて? 癒してあげるわ」

「ん? なんかしてくれるのか?」

「……そ、そういう意味じゃないのよ? 変な気を起こしてはだめよ? 痛みを止めてあげるという意味なんだから、勘違いしないでね?」

「どうしたんだ? 顔が真っ赤だぞ? やっぱり目が痛むのか?」

「平気よ。いいから傷口に手を当てなさいってば!」

「こんな感じでいいかな?」

 火傷した腕に当てられたサッちゃんの手が赤く光ると、痛みがいくらか楽になった。

 残りの夜中を俺は絨毯じゅうたんの上で眠ることにして、サッちゃんにベッドを譲った(ゆずった)。モコモコのスカートじゃ寝られないだろうと、赤いジャージのズボンと白いTシャツを貸してやった。

 サッちゃんはよほど疲れたのか、すぐにスースーと気持ちよさそうな寝息を立て始めた。うっすらと微笑みを浮かべた寝顔がとても愛くるしかった。掛け布団が、羨ましくなるくらいに抱きしめられている。

「よく寝てちゃんと治せよ。君の綺麗な瞳に微笑みかけられると、その……幸せ? な気持ちになれるんだ。だから、ちゃんと治せ。そうだ、君の香りが移ったものは全部家宝にしてやろう。俺様にコレクションを提供できることを誇りに思うがいい、ふはははは〜。モテナイ君を甘く見るなよ! ……おやすみ、サッちゃん」

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