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地獄12

 ――しばらくの時が経って、俺は我が城の花壇にいた。

 サッちゃんの花を少しもらってきて植えてある。ようやく、この花を見ても涙をこらえられるようになった。サッちゃんの墓を作ってやろうかとも思ったが、亡骸は俺の中に眠っている。俺は生きた墓標ぼひょうだ。そう思えば、俺はずっと存在し続けなければならない気がした。

 結局、タナトスちゃんに百人の証人を集められ、あっさり結婚させられた元遊び人は、時折、師範の立場で俺をしごきにやって来る。もう命を刈りたくないというタナトスちゃんを、俺は閻魔に代わって解任してやった。あの家は美女と野獣の愛の巣になっていた。

「お兄ちゃん」

 ミカが白いドレスのスカートをなびかせ、駆けてきた。手にはヒールが高めの靴を引っかけている。もうすぐ神を引き継ぐ天使長として、友好国のお姫様的待遇を受け、窮屈きゅうくつしているようだ。

「もういくのか? 寂しくなるな」

「これからはいつでも会えるわ。徴がなくても入れるようになったし」

 そう、徴がないと魔界に入れなかったのは、サタンを騙った(かたった)アーリマンが魔力でバリアを張っていたからだった。天界との敵対関係も奴が裏で糸を引いていたらしい。

「魔界をちょっとだけ秩序のある場所に、天界をもうちょっと気楽なところに。楽しい世界になるよう、お互い頑張っていこう。寂しくなったらいつでも顔を出せよ。俺も遊びにいく」

「そうするわ、お兄ちゃん。あ、そうそう、徴を消してもらわなきゃ。一応ね」

 城の図書館にあった古い文献から得た方法で、ミカの内ももから徴を消した。

「ありがとう。あたしの身体はお兄ちゃんと、未来のダーリンにしか見せてあげないって決めたの。サッちゃんみたいな素敵なレディを目指すわ」

「それがいいな。でも、噛み付くようなところは真似するなよ?」

 ミカが俺の手を緩く噛んだ。

「サッちゃんの代わりよ。あたしの先生なんだから、悪口言っちゃだめ」

 俺は逆五芒星を描き、ミカを連れて地上に上がった。

「じゃあ、またな」

戴冠式たいかんしきには、来てくれるでしょ?」

「もちろん。公務に入ってるけど、個人的にも楽しみだよ。パパ達も連れていく」

「式が終わったら、ガブちゃんのところでパーティしよっか?」

「そうだな。二人によろしく」

「わかった。じゃあね〜」

 ミカが飛び立っていった。

 ドレスのスカートからいいもの見えたが、妹のを見ても仕方ないか。


 ――ダンッ―― 


 なんだ今の?

「……?」

 振り返ると背後に、アーリマンが立っていた。

 俺の背中に曲刀が突き立てられている。

「てめええええ……生きてやがったのか!」

 まずいところまで刺さっているのか、思うように力が入らなかったが、俺は再生した剣を取り出した。

 アーリマンは手のひらにオーラをたくわえ、更なる一撃を放った。

 俺は辛うじて剣で弾き返した。

 着弾した辺りの地面が巨大な爆発を起こす。

「おまえ……何者だ……?」

「わたしは冥府の評議員二人を食ったのだ。あの時はわたしも混乱していたからな。あの程度でわたしが死んだとでも思ったか? ルシファよ。さあ、おまえも食ってやる」

 アーリマンに斬りつけるも、かわされてしまった。

 俺の懐にアーリマンが入りこんで、オーラをたくわえた。


 ……殺られる。


「あたしのお兄ちゃんになんてことするのよ! 馬鹿! 死んじゃえ!」

 騒ぎを聞きつけたのか、戻ってきたミカが特大のオーラを手のひらに溜めて、アーリマンに放った。

 一瞬振り返ったアーリマンに、俺もすかさず光弾を放つ。

 二つの巨大光弾に挟まれたアーリマンは逃げる間もなく、今度こそ消滅した。

「お兄ちゃん……大丈夫?」

 ミカが曲刀を抜くと、吹き出した血がミカの真っ白いドレスを汚した。

 オーラを当ててくれているが、身体じゅうがひどくだるい。

「ミカ、俺、もう頑張らなくてもいいみたい。やっぱ、サッちゃん待ちきれないってさ」

 膝がガクガクと震え、俺は立っていられなくなった。


 ……俺の人生、いつもこうだ。

 あと一歩で可愛い嫁さんをもらって、楽しく暮らせたのに。

 せっかく、ミカと二人で世界を救うヒーローになってやろうと思ったのに。

 結局、モテナイ軍団にいた時と何も変わっちゃいない。

 幸せは美味そうな匂いだけ嗅がせて、いつも隣のテーブルに運ばれていくんだ。


「……お兄ちゃん、やだよ。せっかくお兄ちゃんって呼べたばかりなのに。せっかくあたしにも本物の家族ができたのに!」

 俺は力を振り絞って紙とペンを物質化し、一筆いっぴつ書いてサインした。

「ミカ、俺の亡骸を魔界に連れていってくれ。そして、大臣にこの手紙を渡してほしい。信用できる奴等を選んだから心配いらない。大変だろうがミカに魔界を任せる。これからはミカが全世界の女王様だ。きっと楽しいところになるだろうな。ミカの作る世界」

「わかった。わかったから死なないでよ……お兄ちゃん」

 身体を支えきれなくなった俺をミカが膝枕して、頬を撫でてくれる。

 温かくて、柔らかいな。ミカの太もも。

 ……もうすぐだよ、サッちゃん。

 ……今、いく。

「ミカやみんなに会えて、楽しかったよ。ありがとう」

「やだよ、死んじゃやだ〜。あたしを一人にしないでよ!」

 ミカの熱いしずくが頬を打つ。

「ミカには仲間がいるだろ? みんなミカを手伝ってくれる。ミカを愛してくれる。天界の二人も、パパもタナトスちゃんも……だから……がんばって……俺の可愛い……ミカ……」

「だめだよ! お兄ちゃん! 置いてかないで! いやよ! お兄ちゃん! おにい……」

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