表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/53

地獄10

 社に着くと、玉砂利の庭にサタンが立っていた。

「お目覚めになられたようで何よりです。ルシファ様」

「アーリマン、よく俺を目覚めさせた。苦労をかけたな」

 これはいったいなんだ? こいつはサタンだ。俺は何を言っている? なぜサタンは俺をルシファと呼ぶ? そう考えると頭が割れそうになって、俺は再び欲望に従うだけの傍観者ぼうかんしゃになった。

「滅相も(めっそうも)ない。わたしのシナリオはご堪能ごたんのういただけましたかな?」

「ふん、まわりくどいことを。おまえらしいな」

「例の娘を召し上がって力も回復なされたようで。味はいかがでしたかな?」

「ああ、美味かった。愛した娘というのは、なかなかの魔味まみだった。まだまだ食い足りないが、とりあえずは十分だ。それより、いつまでそんな格好をしている?」

「そうでしたな。そうそう、このサタンや閻魔大王もなかなかの美味でしたぞ」

 サタンの身体が、深緑色のグロテスクなトカゲ人間に変身した。

「なぜ俺に残しておかなかった!」

「シナリオに必要でしたのでね、奴等の力と姿が。あなたを捜し出し、成長をお助けした苦労の前払いとしてお許し下さい」

「まあいい。ところでアーリマン、ミカはいるか?」

「はい。ここにお連れしております」

 どうやら、このサタンだった奴はアーリマンというのが本当の名前らしい。さらには、俺がルシファということのようだ。

 アーリマンは社の奥に入っていくと、しばらくしてミカちゃんを連れて戻ってきた。

 ミカちゃんは、なんだか焦点の合っていないような目でこちらを見ている。

「ミカエル様、兄上様が戻られましたぞ」

「光希君がルシファ兄様だったのね。ずっと、ずっと会いたかったわ。兄様」

「これで役者はそろいましたな。さて、早速ですが世界の再構築に出かけるとしませんか? さあ、冥府へ参りましょう」

「まだだ。俺は娘を抱きたい。ミカを抱くからベッドの用意をしろ」

「ルシファ様、今なんと?」

「ミカを抱くと言ったんだ、早くしろ」

 アーリマンが当惑顔とうわくがおで何やら考えこんでいる。

「なぜだ? なぜルシファ様がそんなことを……」

「待ちきれない! ミカ、こっちへおいで。兄様と仲良くしよう」

「はい、兄様」

 ミカちゃんが白いブラウスのボタンを一つずつ外しながら、こちらに向かってくる。

「なりません! あなた達兄妹ほどの大きすぎる力が交わって子でも宿せば、手の付けられない何かが生まれるやもしれません。おやめください」

 アーリマンがミカちゃんの腕をつかんで引き止める。

「アーリマン、放して。あたしは兄様に抱かれたいの!」

「なりません! それだけは我慢なさってください」

「ゴチャゴチャうるさいぞ、アーリマン。邪魔をするならおまえは用済みだ。運動前の飯にしてやろうか?」

「な、なぜなんだ? なぜわたしの操作が効かない?」

「操作? また何かくだらないことを企んでるな? おまえ」

「い、いえ、なんでもありません」

「まあいい。おまえは指をくわえてミカが踊る姿でも見てろ」

「アーリマン。あなたはよく働いたから、そこにいてもいいわよ。ごほうびとして、あたしを見せてあ・げ・る」

 アーリマンは額を押さえて、何やら考えこんでいる。

「さあ、おいで。ミカ」

「はい、兄様」

 ミカちゃんを抱擁ほうようし、キスをしようと顔を近付けた時だった。

 背中に焼けた鉄でも押し当てられたような熱さが感じられた。

 アーリマンだった。

 大ぶりの曲刀をかまえたアーリマンが、オーラをたくわえて斬りかかってくる。

「血迷ったか? アーリマン。よほど死にたいらしいな。いいものを見られるチャンスを逃しやがって、馬鹿な奴だ」

「なぜだ? どこで計算を間違った? なぜおまえは言うことを聞かない?」

「ごちゃごちゃうるさい! 死ね!」

 アーリマンに向けて指先からオーラを放つと、今までの俺とは比べものにならないほどの大火力がアーリマンに命中する。特大の光弾をまともに受けたアーリマンは、社の塀を突き破ってどこか遠くへ吹き飛ばされていった。

 俺はミカちゃんとのキスを再開しようと顔を近付ける。ミカちゃんの顔を両手ではさみ、口付けると、ミカちゃんが俺の顔を押し返して真っ赤な顔で言った。

「ちょっと光希君、どさくさに紛れてチューしないでよ! サッちゃんに絶交されちゃう!」

「え?」

 身体が言うことを聞くようになっていた。

 嵐のような欲望が消え去り、試しにげんこつで自分の頭を殴ってみたりしたが、ちゃんと動く。

「ミカちゃん、俺達いったい……」

「これがアーリマンの力みたい。あたしがお爺ちゃんを死なせた時も、こんな風に身体が言うことを聞かなかったの。湧き上がってくる気持ち良さに逆らうと、だる〜く、頭がいた〜くなるのよ」

「なんてことだ。俺はサッちゃんの亡骸を……食っちまった」

「サッちゃん……死んじゃったの……?」

「サッちゃんも操られていて、戦ってる最中に……。その時俺は操られてなかったんだ……たぶん。でも、ああするしか……ちくしょう!」

「仕方がなかったのよ。みんなあいつに仕組まれていたんだから。サッちゃんだって、きっとわかってくれてるわ」

 しばらく抱き合って静かに泣いたあと、ミカちゃんが言った。

「あたし達兄妹だったのよ? たぶん、アーリマンが言ってたことは嘘じゃないわ。光希君、凄く強かったもん。光希君はルシファ兄様なんだよ?」

「そうなのかもな。でも、サッちゃんがいなくなった今、俺には力なんてもう必要ない。早くサッちゃんに会って謝りたいんだ」

「だめよ、光希君。そんな卑怯なこと考えてたらサッちゃん悲しむよ? きっと振られちゃうんだから。そんな弱虫言ってたら」

「そうだ! 俺がルシファなら、冥府にいってサッちゃんを呼び戻せるんじゃないか? 魔界の家にサッちゃんを復活させればいいだけのことじゃないか。ベッドの中で生き返らせれば夢だったとか言ってごまかせるさ。ミカちゃん、冥府にいく方法って教わってないか?」

「だめ! そんなことしたらアーリマンと変わらないじゃない。私利私欲のために死者を復活させるなんて、それこそサッちゃんに怒られるわ。もうお爺ちゃんも、閻魔大王も、サタンもいないのよ? あたし達がしっかりしないと世界がめちゃくちゃになっちゃうわ。だから、頑張ろう?」

「ああ……」

「恐ろしいことだけど、結局サッちゃんは光希君に食べられて光希君の一部になったのよ? 恋人と一つの身体を分け合って生きるなんて素敵……でもないか。でも、サッちゃんならきっと許してくれるわ」

「そうだといいけど……」

「光希! あなた、わたしを食べるなんて大それた真似をしてくれたんだから、良い世界を作るために活躍しないと折檻よ!」

 うなだれていた俺は、慌てて顔を上げた。

「冗談きついよ、ミカちゃん」

「でも、サッちゃんなら、あんなふうに言ったと思うの。ねえ、頑張ろう? お兄ちゃん」

「え?」

「お・に・い・ちゃ・ん」

 ミカちゃんが俺の鼻をそっと突っついた。

「お兄ちゃんか……」

「そうよ。これからはミカって呼んでね? 元気を出して。あたしの頼もしいお兄ちゃん」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ