地獄9
いつしか血だまりは乾いていた。
俺はサッちゃんに「痛いけど我慢してね」と謝って、忌々しい(いまいましい)剣の残骸を抜き去った。
剣を放り投げた俺は、またサッちゃんを抱いて座り込んだ。
……もうどうでもいいや。
君がいないこの世界に、俺の欲しいものなんて何も残っていないんだから。
もう、どうでもいい。
天使も悪魔も、地上に生きる人間も。夢も希望も愛だって、みんななくなっちゃえばいい。
なんだかもう身体が動く気がしないや。
ごめんよ、ミカちゃん。
君を助けてあげられそうにない。
みんなありがとう。
ほんとうに。
俺はサッちゃんを抱いたまま、ここにいます。
ずっと
ずっと
二人が砂になって消えてしまうまで。
さようなら。
――どうやら俺は、お寝坊さんのサッちゃんを抱いたまま、また眠っていたようだ。
サッちゃん、おはよう。
今度こそ君がおはようのキスをしてくれて、暖かいベッドで目覚められればよかったのに。俺は飽きもせずにまた現実に戻ってきてしまったんだね。
俺は、ホッとした表情で固まったままの寝顔に、おはようのキスをしてやろうと思った。だが、身体を動かそうとすると強烈な倦怠感が襲ってきて、言うことを聞かない。
なんだこれは?
そう言おうとしても声を出すのが面倒で泣き出しそうになる。身動き一つ取れない中で困惑していると、一つのおぞましい欲望が俺の中で芽生え、瞬く間に抗い難い(あらがいがたい)力となって暴走を開始した。
「サッちゃん、君は美味そうだな」
自分の言葉が信じられなかった。だけど、そう言ったほうが気持ちいいし、身体が言うことを聞くんだから仕方がないさ。
俺の欲望は急激にエスカレートする。
サッちゃんを食いたい。そうしたほうがいいに決まってるじゃないか。こんなに美味そうなサッちゃんを今まで食わなかったのが馬鹿みたいだ。
「サッちゃん、悪く思うなよ。俺の糧になって、ともに世界を再構築しよう。選ばれた民のみが住む理想の世界だ」
俺はサッちゃんが愛した黒いロリータ衣装をずたずたに引きちぎり、サッちゃんの身体を貪り(むさぼり)食った。普段の俺ならとっくに気が狂っていたはずの凄惨な光景も、なぜだか心地よくてどうにも抗えない。
「ひゃはははは。美味いぞサッちゃん! どうしてもっと早く食わせてくれなかったんだ? ダーリンを喜ばせたかったんだろ? こんなメインディッシュを隠しておくなんて、君はなんて悪い子なんだ」
サッちゃんを跡形もなく食い尽くし、口を拭った俺の中で、次の欲望が湧き上がる。
「娘だ。生きた娘をよこせ!」
そうだ、ずっとサッちゃん以外にも抱きたい娘がいたじゃないか。
そう、それだ。もう我慢なんていらないさ。
俺は吸い寄せられるように、遠くに霞んで(かすんで)見える閻魔の社を目指し、飛び立った。