地獄8
「怖いわ……わたし、死ぬの?」
さっきまでの凶悪な表情からは想像もつかなかったような心細げな声で、サッちゃんは言った。
懇願するかのような視線を向けてくるサッちゃんに、俺は何も言ってやれなかった。
とどめの一撃を刺した張本人に、どんな思いやりの言葉をかけてやる資格があったのだろう。
固まった拳をどうにか開いた俺は、サッちゃんの傷口にオーラを当てた。
せめて、一秒でも長く。せめて、痛みだけでも。
「ねえ、何か言ってよ……。とても不安なの。死にたくない……」
サッちゃんは胸を貫く剣もそのままに、俺にもたれかかるように抱き付いてきた。
子猫のように震えるサッちゃんの肩を、そっと抱き締めてやった。
いつもの甘い香りがした。
サッちゃんの歯がギリギリと音を立てて噛み締められる。
何かと戦うように必死の形相で息を荒げている。
その視線はどこにもピントが合っていない。
苦しさのあまり錯乱しているのだろうか?
……せめて、楽にしてやるしか。
サッちゃんは震える身体を何とか立て直し、急に穏やかな表情を見せると、俺の目をのぞきこみながら言った。
「間に合ったわ……。あなたにお別れを言いたくて」
「だめだ。お別れなんて言わないでくれ」
俺はサッちゃんの治療を思い出し、熱いものが止めどなく流れ出す傷口にオーラを当てた。
「サタン様の力を振り切ったわ。今となってはもう、手遅れだけど」
「これも、やはり奴の仕業だったのか」
「光希、わたし何てことをしてしまったのかしら。怪我はない? ところで、不意打ちなんてずるいじゃないの。あとで折檻してやるんだから」
「サッちゃん……」
「なによ、泣いてるの? これからサタン様を倒しにいくのでしょう? そんな弱虫では彼に勝てないわよ?」
「俺……俺、何てことを……」
「馬鹿ね。あなたがこうしていなかったら、わたしがあなたを刺していたかもしれないわ、だから後悔なんかしちゃだめよ」
「サッちゃん、死ぬ……っな。君……が死んだ……ら俺はどうやって生きていけばいいんだ!」
「もう、仕方のない子ね。そんなことでは心配で眠れないじゃないの。笑顔を見せて? ダーリン」
「でき……るわけないっ……じゃない……っか……」
「ふふふ。泣き虫さんね」
サッちゃんが、俺の頬を伝う涙をそっと拭う。
俺は刺さったままの剣をサッちゃんの背中の後ろで折り、血だまりの中にサッちゃんを抱いて座った。
長い、長いキスをした。
サッちゃんは眉間の皺を、ホッとしたように緩めた。
「あのドレスをもう一度着て、あなたの横に立ちたかったわ」
「そう……だよ。約……束した……じゃないか。俺の好きなドレ……スを着て、式が終わっ……たら……って」
「馬鹿……」
青白い顔で精一杯微笑むサッちゃんが痛々しかった。
血がしたたる気配が弱まり、サッちゃんの呼吸が一息ごとに細くなってゆく。
「好き……よ……光希……大……好き……わた……しの……ダー……リ……ン」
それがサッちゃんの最期の言葉だった。
サッちゃんの腕が意思を失って地面に落ち、俺は大声で泣いた。涙も枯れ果てろと泣き続けた。血だまりなんて嘘だったと思いたかったから。そんなもの本当は初めからなかったというほどに、俺の涙で洗い流してしまいたかったから。
血だまりが消えれば、サッちゃんが可愛い舌をちろっと出して、笑ってくれるような気がしたから。