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地獄7

 二人のおかげで数にものをいわせた亡者達との戦いから逃れ、目的地を目指して飛びながらも一息ついていると、前に一度来た巨大な社がおぼろげに見えてきた。

 もうすぐだ、無事で待っていてくれ。祈るような気持ちで飛び続ける俺の目に、荒野にポツンと立つ、一人の人影が飛びこんできた。

 ――血飛沫色ちしぶきいろのオーラに包まれた、俺が知る魔界人の中で一番見慣れた彼女の姿がそこにあった。

 相変わらず装飾過剰な黒い衣装を身にまとう彼女だが、今の彼女こそはゴスロリと呼ぶにふさわしい、退廃デカダンを備えた地獄の姫君ひめぎみだった。

 彼女が手に持った二振りの剣につぶやくと、それらは紅蓮ぐれんの炎を身にまとう。再会のキスをくれるような状況ではなさそうだ。

「目を覚ませ、サッちゃん! 俺がわからないのか?」

「あなた、なぜわたしの名を知っているの?」

「俺と君は将来を誓い合った婚約者同士じゃないか! 奴を倒したら今度こそ俺達は……」

 サッちゃんは一瞬何かを思い出したような表情を見せたが、すぐに頭を抱え、呻き声を上げる。

「頭が、頭が割れそう。あなたがわたしの婚約者? わたしはあなたなど知らない。わたしがお慕い(おしたい)するのはあのおかただけよ」

「頼む、目を覚ましてくれ。俺はサッちゃんを傷付けることなんてしたくない」

 サッちゃんの赤い瞳が鋭く俺をにらむ。

「……その気になればわたしをどうにでもできるような口ぶりね。このわたしを愚弄ぐろうするとは恐れ入ったわ。修羅道を抜けたぐらいでいい気になってわたしを慮る(おもんぱかる)なんて、笑わせてくれるわね。覚悟なさい!」

 サッちゃんの右手に握られた長剣がくうを袈裟斬り(けさぎり)にすると、俺に向かって腹を空かせた火龍のごとき炎が食らい付いてきた。

「やめろ! 俺は、君を……」

「お黙りなさい! わたしに無礼な口をきいたこと、たっぷり後悔しながら死ぬがいいわ!」

 操り主の影響なのか以前より格段にレベルアップしているサッちゃんの攻撃が勢いを増してくると、さすがに俺も逃げきることがかなわず、戦闘体勢をとらざるを得なかった。俺は力を温存させるためにしまっておいた剣を、素早く描いた紋章から引きずり出した。

 剣でサッちゃんの火龍を受け止めると、その衝撃でお互いの身体が数百メートルも弾き飛ばされた。

 次の瞬間、遙か彼方に飛ばされて見失ったはずのサッちゃんが、俺の懐に入りこみ、左手の細身の剣で、腕が何十本にも見えるような猛烈な連続突きを浴びせてくる。俺は辛うじてかまえた剣で受け流し続けた。

「防戦一方では、あなた死んでしまうわよ? まぁ、攻撃したところで結果は変わらないのだけど」

 サッちゃんはなまめかしく唇を濡らしながら不気味な笑い声を上げた。

「俺は戦いたくない」

「この期に及んでまだそんなことを。いいわ、あれだけの大口を叩くからには骨のある奴なのかと思ったけど、見込み違いだったようね。女々しい奴の相手をしている暇はないの。今楽にしてあげる」

 一瞬俺から距離をとったサッちゃんは右手を肩の上に、左手を腰だめにかまえると、土煙を巻き上げて再接近してくる。

 三倍速のデスメタルをBGMにしたような残酷な剣舞けんぶに見舞われる中、俺は考えた。

 サッちゃんを説得することは不可能のようだし、どうすればサッちゃんを傷付けずにサタンのもとまで辿り着けるだろう……。

 答えはシンプル。三十六計逃げるに如かず。サッちゃんを振り切ってどうにか目的地を目指すしかなさそうだ。素早いサッちゃんから逃げ切れる保証はないが。

 サッちゃんの間合いを完全に無視して、俺は全速力で目的地を目指す。

 意表をついて飛び立ったので、なんとか振り切ることができるかもしれない。

 ――と思った数秒後、俺の背後から亡霊のごとき囁きが聞こえた。

「ふふふ……逃がさない……」

 保証はないと言ったものの、こんなにすぐに追い付かれるとはちょっと計算違いだった。やはり、サッちゃんの素早さにはかなわない。

 もう躊躇って(ためらって)はいられない。俺は急停止すると振り向きざまに突きを繰り出した。

「……え?」

 確かな手応えがあった。

 命中したらどうなるかなんて考える余裕はなかった。猛烈な勢いで俺を追いかけてきた勢いも加わって、サッちゃんの身体は剣のつばの辺りまでめり込んでいた。

 心臓の鼓動に合わせて吹き出す返り血が、サッちゃんの温もりを容赦なく伝える。

 鳩尾みぞおちを貫いた異物を見下ろして、サッちゃんは信じられないといった表情で立ち尽くしている。

 サッちゃんの身体がワナワナと震えるのが、剣を握り締めたまま硬直した俺の手に伝わってくる。

 二人の足元に生まれつつある、毒々しいほどに赤い水たまりが、悲惨な事実を物語る。

 ……もう、助からない。

 愛しい人は両手の剣すら握っていられなくなって、二つの金属音が荒れ果てた地獄の大地に木霊こだました。

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