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地獄6

「この先は修羅道しゅらどう。好戦的な霊魂達が朽ち果てた身体を引きずり、閻魔大王の許しを得るまで傷付け合う恐ろしいところ」

「タナトスちゃんは、その修羅道を抜けたことは?」

「用がある時は大王が迎えにくる。一人で挑んだことはない」

「大王か……。社にはあのおっさんもいるのかな……」

「気を付けて。亡者どもが狙っている」

 そう言われて前方に目をこらすと、地上では異常発生した虫のような亡者の群れが蠢いて(うごめいて)いた。亡者達は騎士や武士などの鎧や軍服に身を包み、虫に食い荒らされたような肉体、骨だけになった身体といった死体そのものの姿で、敵も味方も認識していないようなでたらめな合戦を繰り広げていた。それでいて、息もできないような腐臭が漂う辺りまで来ると、亡者達の目が、目のない眼孔が、こちらに殺意を向けているのがはっきりとわかる。それとともに、変わった形の山だと思っていたものが数体の岩石巨人だったと気付いた。

 俺達が近付いていくと、亡者達は一斉に空に浮かんできて行く手を阻む(はばむ)。

「やるか」

「ここから先は一本道」

 タナトスちゃんは鉄仮面のような無表情のまま、次々に亡者の首をはねてゆく。俺も負けじと亡者を斬り捨てる。大して強くもないが、数が尋常ではない。

 大地を揺るがして巨人が俺達に迫る。その巨体に似合わぬスピードで俺達を叩き落そうと巨大な手のひらが宙を舞う。街に出てきた時とは違い、確実に俺達を殺そうとしている。

 亡者達が四方八方から錆びた剣や槍、アーミーナイフを振り下ろし、それらをかわしたり受け流したりしながらの攻防は果てしなく続いた。

「小僧、身体だ! 生きた身体をよこせ!」

「こっちは娘だ! 生身の美味そうな娘がいるぞ! 食ってやろうか、それとも百年ぶりの……。へっへっへ」

「骸骨野郎が何言ってやがる! 俺が先だ! 娘をよこせ!」

「きさま! 上官を差し置いて娘を一人占めする気か!」

「おっと、大尉殿、悔しかったら肉の身体でも持ってきやがれ!」

 亡者が亡者を斬って捨てる。俺達の肉体を羨むように足首をつかんで、地面に引きずり下ろそうとする。

 一体ずつ倒してもきりがないと悟った俺達は、武器で増幅したオーラを広範囲に放ち、団子状に群がる亡者を蹴散らした。しかし、まだ大量の亡者とともに、巨人が数体残っている。


 ――もう地上でいうなら数日はそうして戦っていたかもしれない。

 死んでも別の身体をすぐに得られるのか、どこからか湧いてくる亡者達に、俺達は進むことも退くこともできない状況で苦戦を強いられた。

 魔族の身体は疲れない。それは地獄人のタナトスちゃんも同様のはずだ。だが、精神は確実に疲弊ひへいし始めた。肉体だ娘だと絶えず喧嘩する声も耳を素通りしていった。時折振り返って励まし合うが、タナトスちゃんですら眼光の鋭さに陰りが見えてきた。修行してきたとはいえ人間上がりの俺など、もっとひどい疲れ顔をしていただろう。

 そこへ少し離れた場所から亡者の奇声が上がった。背後を取られないように背中合わせで戦っているタナトスちゃんとはまた別の方向からだった。目の前の亡者を倒してそちらを向くと、そこにはパパがいた。

「よう、やってるな! 光希!」

 パパは大斧から光弾を放って、亡者を消滅させながら近付いてきた。

「パパ! どうしてこんなところに?」

「それがよ、例のハーレムに人妻が混じってやがってな。サタン様に地獄送りにされちまったってわけよ。俺も焼きがまわったな。それで暇だからってぶらぶらしてたらおめえらが楽しそうなことやってたってところだ」

「まったく、パパほどの人にあんな弱点があったなんて」

「まあ、俺様も男ってことよ。ただな、サッちゃんに似た女を大勢はべらせたって虚しいばっかりだったぜ。これで良かったのかもな。勘弁しろよ」

「でも、どうして俺より先にサッちゃんに気持ちを伝えなかったんです? 俺と出会う前に」

「それは閻魔の野郎が言ったとおりさ。俺はサッちゃんに何か言って逃げられるのが怖かったんだ。笑いたきゃ笑え」

「きっとサッちゃんはパパの気持ちを聞いてたら俺になんて……」

「まあ俺様ほどのハンサムでつえー男が、サッちゃんの一人や二人落とせねえわけがなかったんだがな。今となっちゃあ、息子みてえな光希にあの子をまかせられて後悔はしてねえぜ」

 言うべき言葉が見つからなくて、俺は手を差し出した。しっかりと握手をして、パパとのわだかまりに終止符を打つ。

「ところでおまえら、修羅道の亡者は一気に消し去らないと、死にやしないぜ? 間抜けなことやってると死んじまうぞ」

「大王といれば攻撃されなかったから、気付かなかった。すまない、光希」

 タナトスちゃんが少しだけ頬を赤らめて謝った。

「気にするなって。どっちにしても俺一人だったらやられてたかもしれないんだし」

 ――消滅狙いで攻撃することで、亡者の数は幾らかずつでも減るようになっていった。

「ところで、タナトスちゃんよ〜。今度、可愛い友達紹介してくれよな」

「真面目に付き合うなら」

「わーってるって。俺も今度こそ懲りたからな。そういえば、タナトスちゃんも長いこと一人だろ? 寂しかったらおっちゃんが抱っこしてやるぜ?」

「考えておく」

「やっほーぃ。聞いたか? 光希。考えとくってよ。こりゃあ、いいところ見せなきゃな!」

 本性をあらわして元気いっぱいのエロ親父は口先だけでなく、巨大爆発で亡者どもをみるみる倒し、巨人の眉間に身体ごと突っこんで貫いた。

「よし、光希。これからは俺とタナトスちゃんの初デートの時間だ。事情はよく知らねえが、急いでんだろ? さっさといきやがれ」

「でも、まだ亡者が」

「邪魔だ邪魔だ。俺様は残りの亡者どもを格好良くやっつけて、タナトスちゃんから勝利のキッスをもらうんだ! どうだ? 美女とハンサム野郎でちょっとした映画みたいだと思わねえか?」

 美女と野獣なら文句なしで主役になれると思うんだが……。

「わかりましたよ。じゃああとを頼みます。タナトスちゃん、パパがいやだったら逃げていいからな」

「いやじゃない。彼はハンサム。それに頼もしい。とても可愛い人。浮気だけが心配」

 まあ、山羊っぽい顔の良し悪しはよくわからんが、タナトスちゃんがいいなら好きにすればいいさ。

「二人とも気を付けて」

「おまえのほうこそ……死ぬなよ、婿殿」

 パパが極太レーザーみたいなオーラで切り開いてくれた道をめいっぱいのスピードで飛び、俺はついに修羅道を抜けた。

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