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地獄4

 『最も恐ろしい罠』のトラウマをなんとか乗り越えたのか、ミカちゃんは何もない地獄の暮らしに不満を述べだした。しかし、それを見かねたサッちゃんとタナトスちゃんに、着せ替え人形よろしくご自慢の衣装をとっかえひっかえ着せられておもちゃにされているうちに、天使のスマイルを取り戻した。そもそも、サッちゃんとタナトスちゃんは魔界のロリータ専門ショップで出会い、意気投合したところから友達になったのだとか。

 天界で禁止されていた分、物質化にはまったミカちゃんは面白がって色々出していたが、珍妙なものばかり出して散らかしては、タナトスちゃんにあっさり消し去られていた。少し気の毒になって思いつく限りの娯楽品を物質化してやっていたが、俺自身、屋敷にこもる生活にうんざりし始めていた。

 そんなある時のこと、三人娘による『お洋服談義』についていけないものを感じた俺は、自室のベッドに腰掛けて読書をしていた。扉が三回ノックされ、返事をする前にミカちゃんが飛び込んでくる。

「みーつき君。あ〜そぼ」

 いやな予感がした。

 今も続く苦しみの元凶となる間違いを犯してしまった日に聞いた言葉だった。

「サッちゃん達と話してたんじゃないの?」

「あたしはロリータのことあんまり知らないもん」

「なるほど。ロリータ談義にあぶれたってわけか」

「ねえ……」

 ミカちゃんの瞳が妖しい色を帯びている。

「俺は、もうこれ以上、サッちゃんを……」

「いいでしょ? あと一回だけ……これで最後だから」

 ミカちゃんが俺の首にまとわりつく。

「だめだ……よ」

 ミカちゃんが俺の顔を押さえて、強引に口付けてくる。

 ――その時、大きな音を立てて扉が開け放たれた。

「ちょっと! なんか目つきがいやらしいと思ったら、何やってるのよ!」

「サ、サッちゃん! ち、ち、違うんだ、その、あの……」

「光希は黙ってて」

「へ?」

「ミカちゃん、こっちに来なさい」

「いやよ〜、サッちゃん打つ(ぶつ)つもりでしょ?」

「言い付けを破ったんだから当然よ。あなたも天使長ほどの子なら潔く(いさぎよく)なさい」

 ミカちゃんはあとずさりしていたが、いよいよあとがなくなった。

「光希、ちょっとあっち向いてて」

「え、どうして?」

「いいから」

 後ろを向くと、納得がいった。

「いや〜放してよ〜」

 ペチン、ペチンという音が、部屋の壁に響き渡った。

「痛いってば〜。もうしないから〜」

「前もそう言ったじゃない。嘘つく子は嫌いよ」

「嘘じゃないもん、光希君を脅かしてなんかいないってば〜」

「じゃあ、強引に迫ったんでしょ。あなたみたいな子がああいう目で男の子を挑発してたら、いつか怖い目に遭うわよ? そんなことになったら、わたしはガブリエル様や父様になんて謝ればいいの?」

「それは〜、そうだけど〜許して〜光希君助けて〜」

 呼ばれて振り向くと、スカートを捲り(まくり)上げられた、あられもない姿のミカちゃんが目に飛びこんできた。

「光希!」

 サッちゃんににらまれて、俺はまた壁に向き直った。

 ――百回数えていたのか、そのあたりで音が止んだ。

「光希、もういいわよ」

 振り返ると、お尻を押さえたミカちゃんが涙目で立っているのが見えた。

「これは、いったい……」

「魔界の家で光希が寝ていた時にね、ミカちゃんが『寂しいからチューして』って目を潤ませて言ったのよ。あんまり可愛かったからキスしてあげたら、なんだか本格的になってしまって……。まさか光希にこんなことしてないわよね? って聞いたら、顔を真っ赤にして黙りこんだの。それで問いただしたら全部白状したから折檻したのよ」

「じゃあ、あの時から知ってたのか……」

「ミカちゃんに言われる前から何かあるのは気付いていたわ。あなたに浮気は無理だってわかったでしょう? 魔が差したとはいえ、ミカちゃんにいけないことを教えたのはあなたよ。だから、罪の意識に苦しんでもらったの。少しは懲りた?」

「ああ……結婚前に不倫オヤジの心境をたっぷりと味わったよ」

「馬鹿ね。ガブリエル様にばれたって、引っかかれたぐらいで済んだでしょうに。彼女、一見クールに見えるけど、とても優しいお姉さんなのよ?」

 サッちゃんが所有権を主張するような濃厚な口付けをくれた。久々の気兼ねないキスに、俺は膝から崩れ、不覚にも涙が出てきてしまった。

「もう……。泣くほど我慢していたなんて。本当にお馬鹿さんだわ」

 もう二度と放さない。そんな気持ちで熱烈な「ただいま」のキスをサッちゃんに浴びせる。無我夢中でサッちゃんをベッドに押し倒し……。

「あ、あの〜、もうお部屋に戻ってもいい? その……『続き』はまだ見たくないかな〜なんて……」

 俺達は我に返って飛び起き、咳払いなどする。

「ご、ごめん。ミカちゃんには刺激が強かったかな……あはは」

 サッちゃんが髪の乱れを撫でつけながら言った。

「ミカちゃん、寂しいのはわかるけど、今度やったら絶交よ? あなたを置いて魔界に帰っちゃうからね? だから、どんな方法でも光希とキスしたり、エッチなことをしてはだめよ? わかった?」

「は〜い。ごめんね。……ガブちゃんもメッティも、もう大人だからだめって、キスしてくれないの。だから、ちょっとキスしたかっただけなのよ。二人の仲を壊そうなんて思ってなかったの。本当にごめんなさい」

 それ以来、ミカちゃんは相変わらず微妙な行動はとるものの、キスをせがまれることはなくなった。

 代わりにサッちゃんやタナトスちゃんに迫ったり、テディベアにキスしたりしているところを見ると、本当に寂しかっただけなのだろう。だが、そんな問題行動も、ある時を境にピタリと止んだ。タナトスちゃんが、見ているだけで背筋も凍るような獰猛どうもうなキスをしたのを最後に。

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