地獄2
突然、激しく身体が上下に揺られ、地震か? と慌てて眠い目をこじあけると、俺のベッドの上で飛び跳ねるちびっ子……ではなく、ミカちゃんがいた。お尻に手を当ててミニスカートをかばってはいるが、肝心の白い布は丸見えだった。これもニンフ的悪戯ってやつなのか?
「やっと起きた。お寝坊さん」
「おはよう、ミカちゃんはよく眠った?」
「うん、ぐっすり。サッちゃんが待ってるから早く降りてきてね」
「了解」
『サッちゃん』か。もう仲良くなったらしい。サッちゃんはあのことを知っても仲良しでいられるだろうか? ……そんなわけないな。あっさり戻っていったところを見ると、サッちゃんに気をつかってはいるらしいが。
リビングに下りていくと、サッちゃんがコーヒーを手渡しながら俺におはようのキスをした。
だいぶお待ちかねのサッちゃんと、既にだて眼鏡をかけてやる気満々のミカちゃんに気をつかって、一息に熱いコーヒーを飲み干した。口と喉の粘膜が一枚剥ける(むける)のがわかる。目を白黒させる俺の顔を指差して笑う二人に、
「いこっか」
と、声をかけて、パンデモニウム中心街を目指した。
何軒ものデパートや専門店をまわり、
「あれ可愛い」
「これ素敵」
と、キャーキャーいってはしゃぐ美人姉妹のような二人に付き添っているのも悪くなかった。やましいところがなければ、目を細めていつまでも眺めていられただろう。しばらくして限界を感じた俺は「本屋にいるから」とサッちゃんに告げて立ち読みに向かった。地獄は退屈だというから何冊か仕入れていってもいいだろう。
――しばらくすると両手いっぱいに戦利品を抱えて歩いてくる二人が目に入り、俺は目星を付けて持ち歩いていた本の数冊をレジで清算した。
「いっぱい買ってもらっちゃった」
「お、よかったな」
「父様が電話でね、家に残っている魔界のお金はあげるから、好きに使ってかまわないって言ってくれたのよ。わたし達もしばらく戻ってこないだろうから、ミカちゃんにプレゼントをあげてもよかったわよね?」
「もちろん。で、サッちゃんも満足した?」
「ええ。これでしばらくは大丈夫よ」
二人は顔を見合わせて「ねー」と笑い合う。
「なんだか急に娘ができた気分だわ」
「あたし、子どもじゃないよ〜」
ミカちゃんが頬を膨らませて抗議した。
「そうだったわね。ごめんなさい」
サッちゃんは顔を赤らめて俺に訊ねた。
「……ねえ光希、わたしミカちゃんみたいな可愛い女の子が欲しいわ。光希はやっぱり男の子がいい?」
「えっと、そうだな、そこまではまだ考えてなかったよ。さてと……」
俺は地上流家庭サービスの真髄である『最上階レストラン街での昼食』を提案し、二人の手から荷物の分担を受け取ってエレベーターに乗りこんだ。まあ、昼食といっても、昼という概念がない魔界では窓の外も暗く、ただの食事なのだが、そこは気分の問題だ。
レストラン前の見本をみんなで眺めて注文を決定しておくという『地上流の作法』を踏襲しつつ、見慣れたメニューの中にグロテスクな『純魔界料理』を見つけてげんなり顔を見合わせていると、入店待ちの列は着々と消化され、俺達の番がきた。
「注文決まってる?」
「決まったわ」
「おっけー」
席に着いて、ウェイトレスにそれぞれの注文を述べる。
物質化が得意なコックさんでもいるのか、あっという間に注文の品が運ばれてきた。
俺が頼んだピザは一見地上のものと変わりがないが、謎の赤黒い物体が紛れこんでいた。これはサッちゃんに訊ねたりしないほうが賢明だろうか?
ヨーロピアンなお姫様的ファッションを好むわりには和風にも通じているサッちゃんの前に天ぷら定食が、ミカちゃんの前には黒猫の顔のプレートに載ったお子様ランチが運ばれてきた。
――食事が進んでいくと、ミカちゃんが俺のシャツの袖をクイクイっと引っ張って青い顔をしていた。指差すほうを見てみると、猫のプレートの目のところに剣の形をした楊枝が刺さった……が、あって、ミカちゃんはプルプルと震えている。
「いやな予感がしたから見ないようにしてたんだけど、やっぱりこれって……」
「……たぶん。無理に食べなくていいよ」
「……サッちゃんはこういうの好き? これ……いる?」
人にものを勧めるのに、引きつった顔でプルプル震えて指差すのもどうかと思うが、無理もない。
「やだ、まだこんなものをお子様ランチに載せる店があったなんて、あきれたわ。これで隠しておきなさい」
そう言ってサッちゃんは紙ナプキンを一枚抜き出し、問題のプレートにかぶせた。
残りのお子様ランチを続行する気がなくなったミカちゃんに、例の赤黒いトッピングを除けたピザや天ぷらをわけてやったりしたあと、サッちゃんに選んでもらった無難なデザートにしばしの安らぎを感じて昼食は終わった。
一階でサッちゃんが買い忘れた化粧品を買い、両手に荷物いっぱいの俺達はタクシーを拾って家に帰った。
一息ついたあと、女性陣は今日買ってきたものも含めて荷造りを開始した。
荷造りを終えてリビングに顔を出したミカちゃんは、白いロリータを着てテディベアを抱えていた。
「サッちゃんからお下がりもらっちゃった〜。似合う?」
「可愛いよ。やっぱりミカちゃんには白が似合うな」
サッちゃんも白い服なんて持っていたとは意外な発見だった。頼めば白も着てくれるのだろうか?
俺の荷造りはといえば、さっき買ってきた本だけをサッちゃんのトランクの一つに間借りさせてもらって完了。必要な物があったら物質化すればいいや。