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天界10

 天界から空を駆け下りる。ミカちゃんは俺の周りにまとわりついては離れ、クスクス笑って上機嫌な様子だった。何度目かの接近で、俺はミカちゃんの左手を捕まえた。

「こら、遊びじゃないんだぞ?」

「そうかな〜? 楽しい時には笑えばいいのよ。ほら、光希君も笑って? 難しい顔しても、笑ってても、上手くいく時はいくし、駄目な時は駄目なものでしょ? それなら笑ってなきゃ損じゃない」

 それもそうだ。一番偉い天使さんが言うんだから、そのとおりなのかもしれない。

 つないだ手を引き寄せ、真っ逆さまの自由落下の中、ダンスの真似事で踊った。天界からの追っ手が来るかもしれないし、魔界にすんなり入れるかどうかも不安だ。でも、だから、今を楽しんでおこう。そんな気分だった。

 いよいよ海面が近付いてきて、例の大穴がただごとではない不気味さを醸し出している。俺はミカちゃんをお姫様抱っこのスタイルで抱きとめ、空中に静止した。

「ちゅーしてくれるの?」

 ミカちゃんが目を閉じる。

「いや、ごめん。そうじゃなくってさ」

 ミカちゃんはしぶしぶ俺の腕を離れ、空中に立つ。

「まだ、昨日の今日だからな。ヘリが飛びまわってるんだ」

「あ、ほんとだ……」

 ミカちゃんが目を伏せる。自分のしでかしたことの重大さに気付いてしまったのだろう。

「反省しろよ?」

 頭のてっぺんにコツンとゲンコツを載せたあと、ほっぺにキスをしてやった。ミカちゃんは可愛く舌を出して、頭をさすった。

「さてと、未確認飛行物体のスクープにでもされたら大変だ。どこか陸地に上がろう」

 俺達は高々度まで逆戻りして、現物の世界地図を眺める。

「どこがいいかな? 俺、地理とか苦手なんだ」

「光希君にも苦手なことがあったのね。堂々としてるから、なんでも出来るのかと思った」

「おだてても、ちゅーはしないぞ?」

 『堂々としてる』か。地上人だった頃は、『オドオドしてる』とか『挙動不審』なんて言われてた俺が。

「じゃあ、カリブ海の無人島は? 前にガブちゃんとお散歩に来たことがあるの」

「無人島なら都合がいい。夜中まで隠れよう。ところで、カリブ海ってどこだっけ? 聞いたことはあるんだけど……」

「もう……頼りない王子様!」

 そう、それがお似合いなのかもしれない。

 ミカちゃんに手を引かれ、アメリカ合衆国の南、中央アメリカでいいんだったっけ? のあたりの環状に連なる島々を目指した。

「え〜と、どの島だったっけ……あ〜、もう! わかんない!」

 それでもミカちゃんは止まろうとしなかった。

「おいおい、大丈夫なのか?」

「当たって砕けろよ!」

 細く、か弱い見た目の少女が、なんとも頼もしかった。

 俺達は中央アメリカの、とある島に降り立った。ものは試しと逆五芒星を描き、魔界に入れないかどうか確かめてみたが、やはりだめだ。

 紋章がフェードアウトで消えて、昼寝でもしようかと木陰を探していた時だった。

「オラ!」

「……お、おら」

 日本の方言で言うところの『俺』ではなく、たぶんスペイン語か何かの『ハロー』だ。

「可愛い子ちゃん連れて、こんな茂みで何やってんだ? 昼間っから仲良く『しけこもう』ってか?」

 こんがり日焼けした男がニヤニヤしながら言った崩れた英語を、何故か聞き取ることができた。きっと、魔族の徴のおかげなのだろう。

「しけこむって、な、な、なんすか!?」

「な〜に、照れることはねえって。だが、この辺はまずいぜ? ヤクの精製所なんかがあっから、コソコソ怪しいことやってると撃たれっちまうぞ」

「ヤク? 撃たれる?」

「なんだ、観光客か? 迷子にでもなったか?」

「い、いや。そういうわけでは……」

「そうだ! いい場所知ってるからついてこい」

 男はさっさと歩き出してしまう。俺達は仕方なく追いかけることにした。

「さあ、着いたぞ。喉乾いたろ? ちょっと待ってな」

 ボロボロの小屋に入ると、煙草のものとも違う、変な匂いが立ち込めていた。部屋の真ん中には、元々は白かったと思われる黄色いシーツがかかったベッドだけがあった。

「なんか、嫌な予感がするな」

「そ、そうだね……逃げ……」

 振り返ると、例のこんがり男が見たこともないデザインの缶入り飲料を持ってきた。

「ビールでいいだろ? クサは?」

 クサ、草というのは、おそらく……。

「あの、お構いなく。やっぱ俺達……」

「まあまあ、遠慮するなって。まず一杯やれよ」

 男はブシュっと缶ビールを開けて、俺に手渡す。

「あの、お金とか持ってないし……」

 男が怪訝な顔をする。

「なんだって? 金も持たずに、こんな田舎に観光にくる奴がいるか? あんちゃん、ジョークのセンスねえな。人がせっかく案内してやったんだから、やることやったら、さっさと払って帰りな」

「だから、払うもなにも、お金なんて持ってないですよ」

「んだと? このクソガキ!」

 男はドアをバタン! と閉めて出ていった。

「逃げたほうがいいな。これはきっと、外国人観光客をはめるボッタクリ宿か何かに違いない」

 振り返るとミカちゃんが缶ビールを飲んでいた。

「うわ! なにやってんだ!」

「……にが〜い。でも、冷たいよ? 光希君ももらったら? せっかく出してくれたものを飲まなきゃ失礼よ」

「人の話を……」

 そこへ、こんがり男が、身長二メートル弱はあろうかという筋肉のかたまりを連れて戻ってきた。

「さあ、出すもの出せや」

「だから、お金は……」

「あるよ。ほら! おじさん、ごちそうさまでした」

 ミカちゃんは丁寧にお辞儀してビールのお礼を述べた。俺にウィンクして見せたのは「光希君の背中に隠れて物質化でお金を作ったけど見逃してね」という合図だったのだろう。しかし、差し出したお札には、えらく大人びた雰囲気のミカちゃんの肖像画が描かれていた。

「そのお金じゃ駄目なんだって!」

「あ、いっけない。てへ」

 自分にゲンコツを張って見せるミカちゃん。可愛いけど、可愛いけど……。

 こんがり男がミカちゃんから天界のお金を引ったくる。

「なんだ、こりゃ? 見たことのねえ札だな? ん……、どっかで見た顔……。って、こりゃおめえの顔だろうが! 子ども銀行の金じゃなくて、米ドル札を出しな!」

「失礼ね! 子ども銀行じゃなくって、天……」

 俺は慌ててミカちゃんの口を塞いだ。

「確かに、案内もしてもらったことだし、ビールももらっちゃったからお礼はしたいんですが……」

 ポケットを探ると、十字架入りの指輪があった。

「これで勘弁してもらえませんか? これ、有名なミッキー大島のリングなんですけど……」

 男達は顔を見合わせ、首を横に振った。まあ、無理もない。つい数時間前に考えた俺の偽名なのだから。

「そんな野郎は聞いたことがねえ。せめて宝石でも入ってりゃな」

「ああ、それなら……。ちょっとその前にトイレにいっても?」

「下手なこと考えるなよ?」

 筋肉男がミカちゃんの手首をつかむ。

「ごめん、すぐ戻るから」

「は、早くしてね?」

 薄っぺらいドアを開け、見た目、臭いともに悲惨な状況のトイレに入って、大粒ダイヤが入った指輪を物質化した。

「さあ、彼女を放してください」

 ドアを開きながら、そう言ったのだが……筋肉男が床にのび、こんがり男がぼう然と立ちつくしていた。

「ミカちゃん!」

 ミカちゃんは気まずそうな顔で、

「ごめんね。でも、……この人がお尻触るんだもん!」

 ハッと目を上げると、こんがり男が銃を構えてミカちゃんを狙っていた。

「待て、それは駄目だ」

 俺はミカちゃんを抱いて振り返り、身代わりになる。

「なんだ、その女。どうやってホセを……手が……手が光った……」

 化け物でも見るような顔で俺達を見ている。

「まあ、落ち着いて銃をしまえって。それを撃ったらさすがに冗談ではすまない」

 だが、忠告を無視して拳銃が乱射された。男は「ジーザス!」とか叫んで半狂乱になっていた。その『ジーザス』の仲間に銃を向けているとも知らずに。

 地上人の銃で殺されるはずもなかったが、さすがに頭にきた。俺はオーラでバリアを張ってミカちゃんを守りつつ、すぐそばをかすめる銃弾を素手で捕まえた。

「いいか? おまえは悪い夢を見たんだ。ホセのような大男を一瞬でノックアウトする女の子がいるか? それに、銃弾を素手で受け止める奴は?」

 男はぶんぶんと首を振る。

「そうだ。おまえは薬のやりすぎで悪い夢でも見たんだろう。さあ、目を覚ませ!」

 俺の拳が男のみぞおちに食い込む。ホセと二人仲良くベッドに寝かしつけて、小屋を出ようとした時、ミカちゃんが言った。

「お金払ってないよ?」

 身体じゅうの力が抜けそうになったが、払わないとミカちゃんの気がすまないのだろう。だが、さすがに宝石を渡すのはまずい。あくまでも、こいつらは恐ろしい夢を見ただけなのだから。

「悪事の資金源になるのも嫌だが……仕方ない」

 俺は十ドルほど物質化して、こんがり男のポケットにねじこんだ。

「これで十分だろ」

 ビールに酔って眠くなってしまったミカちゃんをおぶって歩き回り、森を見付けて身を隠す。ミカちゃんの世間知らずっぷりを思い出し笑いしつつ、俺は少しの間目を閉じた。

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